一週間後――。
長い間、政治と法律が離れて迷走していたサウス・ドラゴンヘッドに、新たに創られた政治と法律が発表された。新政権派は法律を創るという多大な労力が掛かることには参加せず、ニーナ王妃を指示した者達が新しい政治と法律を創るのを待ち続けていた。自分達が保有する財力を使い、役職について再び権力を握るのを狙っていた。
そして、政治家を選ぶ今日、そこには新政権派の貴族達が立候補していた。
「立候補者は法律を最後まで読み、理解した上での立候補ということになります」
会場になった崩壊したままのサウス・ドラゴンヘッドの城の前では、司会者が声を張り上げて司会をしていた。王都に居る国民や遠くの町から来た国民も多い。
しかし、募集人数の関係から新政権派の貴族は、全員当選という形になってしまった。
『当然だ。奴らに法律などを創れるわけがない』
『こんなもの読まなくても、猿真似されているのが分かる』
新政権派の貴族の一人が、法律が書かれている紙を投げ捨てた。時間の都合で本に出来なかった紙は、風に巻かれて空に舞い上がった。
『これでこの国は、また我々のものだ!』
新政権派の貴族達は大声で笑った。
そこに、国民の一人が手をあげた。
「不信任案を要請します!」
『何?』
『不信任案?』
司会者は解説をする。
「法律を熟読して立候補してくださった方なら分かると思いますが、政治家として相応しくないと思われた政治家は、国民の七割以上の賛成で政治家の職を退いて貰います」
『何だと?』
「そして、不信任案は誰でも要請できる代わりに七割の賛成が取れない場合、要請した者が掛かった費用を全額負担することになります。これは悪戯に不信任案を連呼されないためのものです。可決された暁には、その政治家は、一生涯、この国の政治には関われません。まあ、国民の七割が反対する政治家など必要ありませんから、当然の結果ですよね? 投票は、明日になります」
新政権派の貴族は理解できないと言った表情をしている。
すると、そこにトルスティが現われた。
「政治家も罰を受ける法律を組み込ませて頂きました。明日、新政権派という膿は、国民全員の意見で排除されるでしょう」
『貴様、謀ったな! 今度は貴様らが、この国を支配する気か!』
「ご冗談を……。新たに決まった法律で払われる給金で、貴族の権力が維持できるとお思いですか?」
新政権派の貴族達は、自分達が巻き散らした紙を拾いあげて確認する。
『何だ、この安月給は……!』
「それが本来の政治家の価値です。この国を動かすのは、今後、私達ではありません。能力に見合った専門家達です」
『専門家? 何だ、それは?』
「その法律を熟読すれば、見えざるものが見えるでしょう。少なくとも、ここに居る国民は理解して、明日、貴方達に裁きを下します」
新政権派の貴族達は、がっくりと座り込み、今後、新政権派を名乗る者は居なくなった。
…
そして――。
今回の影の功労者はサウス・ドラゴンヘッドを出て、ノース・ドラゴンヘッドに入っていた。
「終わったな……。これで、遠い未来でサウス・ドラゴンヘッドは、リース達の力になってくれるはずだ。あとは、僕が託すべき武器を完成させるだけだ」
ノース・ドラゴンヘッドの最東を目指す道すがら、アルスはサウス・ドラゴンヘッドの城の方を見ながら呟いた。
「アルスさん、どうしました?」
そして、その旅のお供には、何故かミストも一緒だった。
「少し気になっていただけだよ。それより――」
アルスの言葉に、ミストは首を傾げる。
「――ミストは、いいの? 僕なんかに着いて来て?」
「はい」
「ミストはトルスティさんに魔法を教わるんじゃないの?」
「教わっていたかったのですが、道を分けることにしました」
「どうして?」
「私とアルスさんは、再び歩み始めたサウス・ドラゴンヘッドの足枷になりかねません。私達は、皆さんの前で頑張り過ぎてしまいました」
「いいことじゃないか」
「一番初めの礎を造るところは、平等に選ばれた専門家が選ばれないといけません。救世主の肩書きを持ってしまったアルスさんと王都の町の人間と親しくなってしまった私は、きっと特別視されます。一番最初を間違うわけにはいかないのです」
「トルスティさんも特別じゃないの?」
「今回の件で、先生は政治と法律の専門家になりました。ちゃんと役割があります」
アルスは複雑な顔になる。
「そんなに君だけが犠牲になることはないんじゃないか? 屋敷を手放し、財産も手放し、国まで出るなんて……」
ミストは少し怒った顔で、そっぽを向く。
「人のことを言えますか? 自分だけ傷ついて、誰よりも他の人の未来を大切にして、いつも自分は後回し」
「そうかな? 結局、自分のためだと思うけど? リース達の未来を守る努力をしなければ後悔するだろうし、その過程で傷ついても、出来ることをしないと後悔するよ。自分のことなんて後回しにしていない」
「では、私の行動に置き換えてください。自分の生まれ育った国が危機に陥り、それを蔑ろに出来ないから出来ることをしました。国が滅びてしまったら、きっと、私は一生後悔し続けるでしょう」
「ミスト……」
ミストは真っ直ぐにアルスを見詰める。
「アルスさんに理由があるように、私にも理由があるのです。精一杯の努力をして、後悔したくないのは同じです」
「でも、ミストは国を出ることになってしまったじゃないか……」
「だから――」
ミストは静かな目でアルスを見据える。
「――アルスさんと一緒に居たいと思うのは迷惑ですか?」
「…………」
迷惑なはずなどなかった。一緒に苦労して、努力して、リース達とは別の特別な思い出を積み重ねてきたのだ。何ごとにも手を抜かず、純粋に悲しいことに涙して、それでも優しい笑みを浮かべる少女を嫌いなわけがない。
「僕と居ても詰まらないかもしれないよ。山の奥の鍛冶屋で静かに暮らすことしか出来ないし……」
「傷ついたアルスさんが心を休めるには良い場所だと思います」
「自然の中で最低限の小さな暮らししか出来ないし……」
「小さな幸せで十分です」
「…………」
アルスは一呼吸置くと、一番気なっていることを話す。
「僕は、きっとリース達のことを忘れない。残りの人生の半分以上をリース達に捧げると思う」
「はい」
「僕と居るということは、心に他の人間が居るっていう――最低の男と居るということに…なる……」
「…………」
アルスは、ゆっくりと俯いた。
そのアルスの右手をミストは自分の両手で包み込んだ。
「……そういう風に彼女達を大切にしてくれているアルスさんだから、私は一緒に居たいのです」
「ミスト……」
アルスはミストに真っ直ぐに見詰められて赤面すると、照れながらチョコチョコと頬を掻く。
「こ、ここは、正直に言うべきなのかな?」
「え?」
「僕の気持ちにも……好きなんだけど、違った感じの好きって感情がある――じゃなくて、出来てしまったんだ……」
「それって……」
「一緒に居てくれると嬉しい……かな?」
ミストはアルスの右手を強く握り返した。
「ちゃんと言い切ってください」
「…………」
アルスは深呼吸してミストを真っ直ぐに見る。
「ミストのことが大好きだ! 一緒に居て欲しい!」
ミストは徐々に頬を染め、とびきりの笑顔を浮かべる。
「はい!」
ミストがアルスの右腕を取り、ぴったりと寄り添うと、アルスは照れながらも優しい笑顔を浮かべる。
「小さな幸せ……今度は、これを守ることにするよ」
「私達なら大丈夫です」
「……そうだね」
アルスは色々な大切なものを失ったが、色々な大切なものを手に入れた。そして、その旅の終着点は始まりの場所……。
アルスとミストは、ノース・ドラゴンヘッドの最東の山の中にある家で、一番大切な時間を作りあげていくことに決めた。
―――――作製編 完