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作製編  90 【強制終了版】

 獣が大きく吼える。

「何故、この男が管理者の魔法を使える!」

 走り出した獣に、ゆっくりと振り返ったのは、もう一匹の獣。同じ力で右拳とメイスがぶつかった。

 だが、同じ力なら硬いものの方が勝つ。さっきと違い、獣の力は前に向かわないで反射して返ってきた。

「ぐぅっ!」

 獣は唸り、粉砕された右拳を無理に握る。

「これが正体か……! 魔族の作った紛い物に手を出したな、人間!」

 獣同士の戦いは力と力のぶつかり合いだった。人間同士の限界を無視し、力任せに己の武器を振るう――バーサーカーのメイスと黒い獣の拳が瓦礫の中で交差する。

 しかし、同じことを繰り返せば、先ほどと同じように獣の拳が砕かれる……。

 獣は知っていたのだ。バーサーカーは理性を飛ばして戦うだけの獣。攻撃は単調一辺倒になる。

「過去に体験済みだ! 愚か者め!」

 獣でありながらフェイントを加え、戦いの中に戦術を用いて黒い獣はアルスに迫る。砕かれた右拳を寸止めして、体を捻って左拳を振るう。

「何…だと……?」

 だが、獣の思惑が外れる。バーサーカーとなったアルスが、フェイントをなかったように、獣の右腕にメイスを叩き込んだ。獣の右腕は不快な音を立たせ、だらりと垂れ下がり、硬い毛を無視し、厚い筋肉と頑丈な骨を押し潰した。

「本能が一番効率のいい戦い方を選択した……? 体に覚え込ませてあるのか……!」

 獣は小さく唸り、目の前のアルスに興味が湧いた。

「バーサーカーという獣になら、メイスを持たせるのはありだ……。他にも管理者の魔法と魔族の協力……、問い質さねばならぬことが沢山ある」

 獣の目的は変わり始めていた。

「私の計画を邪魔した者を殺して終わりにするつもりだったが、そうもいかなくなった……」

 獣は唸る。

「まずは、理性が戻るまでコイツの相手をしなければな」

 獣はバーサーカーとなったアルスへと立ち向かった。


 …


 幾多の衝突を繰り返し、時間は刻々と過ぎていった――。

 獣は武器のない不利に、全身を殴打され血を流していたが倒れなかった。

 そして、バーサーカーとなったアルスの時間は終わりを迎える。

「っ!」

 理性を取り戻し、肩が酸素を欲して上下しているのが分かる。目の前には右腕を完全に潰され、体の所々から血を流す黒い獣の姿があった。

「仕留め切れなかったのか……」

 アルスが追加の魔法を使用しようとした時、獣が話し掛けた。

「待て……。戦う気はない……」

 アルスは信じられないという表情で獣を睨んだが、怪我の具合を見れば自分の圧倒的有利が動かないことを確認した。それに逃げるなら、この獣の足なら十分に可能のはずだった。

 フラッシュバックするバーサーカーになっていた記憶を辿れば、獣がただ防戦していたことが理解できる。

「話は、何だ?」

 獣は短く唸って話し出す。

「色々と聞きたいことがある」

「僕もだ」

「いいだろう。だが、私の質問から答えて貰う」

「ああ……」

 獣は鋭い視線でアルスを射抜きながら問い掛ける。

「貴様は何処で管理者の魔法を知った?」

「詳細は言えない。でも、歴史に埋もれていた魔法を掘り返して使った」

「それの使い方は? それは管理者しか使えないはずだ」

「管理者のロックを外す方法がある。詳細は言えない」

「管理者の魔法は数多く存在する。だが、貴様が知っているのは、回復魔法、時魔法、転送魔法だな?」

「どうして、それを……」

 驚くアルスに、獣は静かに答える。

「理由は簡単だ。この魔法だけが歴史上、人間の前で使われたからだ」

「まさか……。お前が管理者なのか?」

「違う……。だが、管理者の目的を代弁する者とだけ言っておこう……」

 アルスは何か大きなうねりのような物に巻き込まれた気がして、背中に悪寒を感じていた。

「魔法の発掘は褒めておこう……。人間の英知を利用した正しいものだ……。だが、何故、魔族と結びついた? 人間としての誇りを捨てたのか?」

「魔族の協力? 何のことだ?」

「その忌まわしいバーサーカーの力は、魔族が人間に与えたものではないか」

「魔族が人間に……? この力は、呪いじゃないのか!」

 アルスの動揺に、獣は面食らった顔をすると笑い出す。

「ククク……。分からすに使っていたのか? それは力のない魔族が自分達より力のある人間を強化させて、私達に対抗するために作った力だ。呪いなどではない」

「魔族が人間に協力をしてた? 聞いたことがない……」

「愚かしい人間のやりそうなことだ。歴史を残さなかったのだろう」

 ここの歴史は、かつて、イオルクと接触のあったミリアムの話とも差異がある。ミリアムは『三番目に殺された風の国の王は、人間を恨み、絶命する一年前に再び力を蓄えて、こっちの世界に進出した』と告げ、『管理者も人間だったという話です』とイオルクに伝えた。

 しかし、事実は違うと獣は言う。魔族は人間と敵対したのではなく、人間と管理者に立ち向かおうとしていた、と。

 イオルクからアルスに語られた話は、獣からアルスへと真実を映し出し始めていた。

「……さて、話を続けよう。その力を何処で手に入れた?」

 アルスは我に返り、質問に答える。

「これはサウス・ドラゴンヘッドの宝物庫が解放されて、同じような呪いを掛けられた街の領主に刻まれたものだ」

「宝物庫の……! 馬鹿共が! 何も分からずに解放したのか!」

 今度は、獣が真実を知ることになる。自分に向けられた力は、門外不出で封印された力だった。

 そして、今の獣の言葉で人間の協力者が居たことをアルスは理解し、もう一つ、セグァンの言葉を思い出していた。

「セグァンの言っていた『あの方』っていうのは……、お前なのか?」

 怒りを表わしていた獣だが、アルスの言葉に嬉しそうに唸る。

「なるほど。奴らと違い、貴様は賢い。だから、バーサーカーの力を制御する方法を身につけたか」

「質問に答えろ!」

「その通りだ」

 理由も告げず、あっさりと認めた獣に、アルスは分からなくなる。

「……一体、何が目的なんだ?」

「伝説の武器だ」

 アルスは予想外の言葉に追求を止める。

「……何?」

「古代人の血を引く人間に伝説の武器を造らせることが目的だ」

「伝説の…武器……?」

 獣は吼える。

「そうだ! この大陸で赤火石とオリハルコンで出来た武器を造らせることだ!」

「そんなものを造って……。そんなものを造って、どうするんだ!」

 獣は静かに唸り、首を振って答える。

「それは、私も分からない。私は、そのためにこの国を手に入れようとしただけだからな。だが、もうこんな回りくどいことは終わりにする。ノース・ドラゴンヘッド、ドラゴンチェスト、サウス・ドラゴンヘッドと人間が如何に使えないかを痛感させられるばかりだ」

「……何を言っているんだ?」

「馬鹿で使えない人間共には、危機感を募らせて武器を造らせるしかあるまい」

「そんなこと――」

「出来るのだ。暫く寝かしていたモンスターを起こせば簡単だ」

 アルスは理解できない言葉や信じられない言葉に頭の理解が追いついていなかった。しかし、その言葉は無視できずに反応した。

「モンスターを起こす……? ふざけるな!」

「ふざけてなどいない……。私は、このためだけに生きてきたのだ。貴様のような紛い物に倒されるわけにいかない。だが――」

 獣は歩みを進め、崩壊した壁の縁から城の周りを囲む人々を見下ろした。

「――私の体を治すまでの時間をくれてやる……。貴様は間違いなく、この国を救った英雄だ」

 獣は空気を震わせて吼えた。

「よく聞け! 人間共! ニーナ王妃を亡き者にし、セグァンを操り、この国を滅ぼそうとしたのは私だ!」

 アルスは獣の行動が理解できなかった。

(……何を考えているんだ?)

 獣の咆哮は続く。

「この国の人間は、そこの小僧に感謝するのだな! その小僧が私をここまで追い込んだ! 今度は、ドラゴンレッグに伝説の武器を持って来るがいい! 私を倒すことだけが、モンスターを打ち消す方法だと頭に刻んでおけ!」

 獣はアルスに振り返ると、ニタリと笑う。

「短い平和を楽しんでおくがいい。この平和は、確かに貴様が勝ち取ったものだ」

 獣は城の三階から飛び出し、人々の頭を越えると何処かへ走り去って行った。

 アルスは呆然と立ち尽くす。

「何が起ころうとしているんだ……」

 そして、ゆっくりとリース達に振り返ると、破顔して目から涙が溢れた。

「皆……。ごめん……」

 アルスはその場に蹲り、共に歩めなくなってしまった未来に泣き叫んだ。

 二度と手に入らない日常――当たり前だった日々がどれだけ大事だったか、当たり前だった日々がどれだけ大切だったか……。

 大事な者を守った代償は、大事な者との別れだった。

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