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作製編  89 【強制終了版】

 入り組んだ城を再び案内され、アルス達は用意された部屋のある通路まで戻った。

 トルスティとミストとは、ここで別れることになった。

「夜に重要な話し合いがあるので、私達はこれで」

「話し合い?」

「新政権派を追い詰め、昔のサウス・ドラゴンヘッドに戻すつもりです」

「それを話し合うんですか?」

「はい。アルス君に感謝しているのは、このことです。君の行動が私達に機会を与えてくれたのです」

「……そうですか」

「無駄にはしません」

「あの行動に意味が出来るなら、僕も救われます。頑張ってください」

「ありがとうございます」

「では」

 トルスティとミストは軽く頭を下げて、下の階へと下りて行った。

「さて、どうしようか?」

「あたし、お腹が減ってるんだけど」

 思い返せば、全員が食事を取っていなかった。

「何処で食べるんだろう?」

「さあ?」

 トルスティもミストも去り、誰も食事をする場所が分からなかった。

「うろつくと迷子になりそうだから、僕達の部屋で誰か来るまで待たない?」

「それがいいかもね」

「アルスさんのリュックサックには、暇つぶし用の娯楽グッズもありますし」

「トランプがいい」

 いつも通りだと笑うと、アルスは部屋に入る。

 続いて、リース達が部屋に入った瞬間、何かが粉砕したような音がした。

「な、何っ⁉」

 アルス達は部屋の中で背中合わせに警戒する。

 破壊音は連続で響き渡り、城は地震でも起きたかのように揺れている。壁が歪み、大きな音と共に亀裂が走った。

「ま、拙いんじゃないの?」

「窓から外に出よう!」

「ここ四階よ! 死ぬわよ!」

 アルスは壁に立て掛けていたメイスを掴む。

「近くに集まって!」

「どうするの?」

「最悪、上の階から崩れる!」

「「「ええっ⁉」」」

 振動が下から伝わってきたものではないのは、全員が認識できる。

「本当に崩れたら、これで打ち抜く!」

「だだだ大丈夫でしょうね⁉」

「分からない」

 アルスの握るメイスに、リースとユリシスが手を添える。

「私達も手伝う!」

「アルスさんは、しっかりとメイスを!」

「分かった! 属性をイメージして魔力を柄に送り込んでから発射をイメージして! 僕が雷属性で上を壊すから、リースが風属性で粉砕!」

「うん!」

「ユリシスは、目一杯、落ちる瓦礫を吹っ飛ばして! 僕達の撃ち漏らしを頼む!」

「分かりました!」

「崩れ出したら、五階、六階、屋根の順番に壊すよ!」

「「了解!」」

 エリシスは崩壊が始まるまでにアルスとリースの荷物を足元に引っ張る。そして、リースの腰の裏にダガー、腰の左に小太刀を着けた。

「嫌な予感がするから、しっかり戦う準備をしときなさい」

「うん」

 次の瞬間崩壊が始まった。

 周りの壁が崩れ始め、アルスの雷属性の圧縮弾が部屋の天井に皹を入れ、リースの風属性の圧縮弾が天井を粉砕した。続く、押し潰そうとする瓦礫をユリシスの風属性の圧縮弾が吹き飛ばす。

 アルス達の抵抗と共に、サウス・ドラゴンヘッドの城の三階から上は轟音を撒き散らして崩壊した。


 …


 崩壊による粉塵の煙が晴れ、アルス達はゆっくりと顔を上げる。埃が辺りに漂う中、ゆっくりと視界が開けていく。周りは瓦礫だらけだが、何とか生き延びた。

「い、生きてるのか?」

「そうみ――」

 アルスの言葉にリースが返事を返そうとした瞬間、瓦礫の重さに耐えられなくなった床が抜けた。

「嘘っ⁉」

「うわっ⁉」

「「キャーッ!」」

 四階から三階に落ち、上からの落下を警戒するが、上からは何も落ちて来ない。

 そして、落ちて初めて分かった――崩壊したのは四階から上ではなく三階から上だった。

「僕達の部屋が四階の位置で止まってたのか……」

「じ、時間差……」

「った~……」

「お尻を打ちました……」

 辺りは瓦礫の山。三階の上に瓦礫が乗っかった状態だ。

「何が起きたんだ?」

「手抜き工事じゃないわよね?」

「どっちかというと老朽化なんじゃないですか?」

「そんなことより、他に生きてる人は?」

 周りは瓦礫だらけで、立っている人間は居ない。

「階段も瓦礫で埋まってるから、下りるに降りられないわね」

 エリシスは武道着の埃を払いながら脱出口を捜し、リースはアルスの袖を引っ張る。

「アルス、リュックサックを探そうよ。アルスのリュックサックには長いロープも入ってたよ」

「下まで届くかな?」

「届かなければ、この瓦礫の中から代わりになるものを探せばいいんだよ」

「そうだね。……何だ? あれは?」

 三階の真ん中……。

 瓦礫の中に黒い何かが立っている。赤い目、黒く覆われた体。それがアルス達を睨んでいた。

「まさか、あれが……」

 黒い獣はアルス達目掛けて、突然、走り出した。

「速い!」

 アルスが一歩前に出て、獣の突き出した右拳をメイスで受け止めた。

 しかし、ズルズルと力で押される。両手で握っていた柄の左手を放し、メイスの真ん中に左手を添え直す。

「何て力なんだ……!」

「私の攻撃を受け止めるとはな」

 アルス達の目が見開かれる。獣が人の言葉をしゃべった。

 全員が恐怖で身震いし、リースが耐え切れずに小太刀とダガーを抜いて動いた。

「アァァァ――ッ!」

 瓦礫の転がる床を蹴り、突き出されている獣の右腕を潜り、がら空きの懐で回転する。まだ体の出来ていないリースは、小太刀の切れ味を活かすのに腕だけではなく、体全部を使う。足と腰の力を中心に腕の筋力は狙いをぶれさせないために使う。右手の小太刀が獣の脇の下を体の回転と共に斬りつけ、左手のダガーは全く同じ斬り筋を手首のスナップを利かして通り抜ける。

 砂煙をあげて反転して止まると、リースは震えて声を漏らした。

「き、斬れてない……。手応えがない……」

 振り向いた先では、数本の黒い毛がゆっくりと地面に落ちる。

「いい動きだ」

 余裕のある獣の声。

 この獣の硬い毛が刃物を退けてしまったと判断すると、アルスはメイスを引き、切っ先を獣の腹に押し当てる。

「魔法なら、どうだ!」

 火属性の圧縮弾が獣の腹に炸裂する。

 しかし、圧縮弾は滑るように四散し、獣の体を流れた。

「面白いものを持っているな。だが、この毛は刃物も魔法も退ける」

 アルスは奥歯を噛み締めると二連撃の攻撃に移る。地属性の圧縮で先の尖った弾を生成し、それを風属性の圧縮弾で撃ち出した。

「ぐっ!」

 ゼロ距離射程のこの攻撃は効果があったらしく、獣は後方に飛び退いた。そして、腹に刺さる弾を抜き取ると、獣は小さく唸る。

「今度は厚い筋肉に邪魔された……。先端が少し食い込んだだけだ」

 アルスはメイスを構え直し、前に出る。後ろにはリース、エリシス、ユリシスの三人が居た。

(あの攻撃は、このメイスじゃないと防げない)

 アルスのメイスには、もう一つ、対抗できる武器が隠されている。獣を前に、それが頭を過ぎる。しかし、今は使えない。

(慎重に一分以上も掛けて、鞘を外させる余裕をくれるわけがない。そして、この獣相手に自分を傷つけるかもしれない大剣を使えるか分からない。先端が不完全で、あの硬い毛に邪魔されないとも限らない。何より――)

 数日前の光景が頭を過ぎる。

(――またバーサーカーの呪いを発動しなければいけない状況になった時、理性のない状態で、あんなものを振り回せない)

 目の前に居る獣は、この前の圧倒的数の絶望ではなく、個の存在だけで絶望を意識させる。片腕でアルスの両手を押し返す力、刃物も魔法も通らない毛、勝てる要素が見当たらない。

(どうする?)

 焦り考えるアルスに、獣が話し掛けた。

「こんなものではないはずだ。あの盗賊団を潰した貴様の力は、こんなものではない。何かをしたはずだ。……いや、何かがあったはずだ。それを私に見せろ。それは私が探し求めていたものかもしれない」

(探していた? 一体、何を言っているんだ?)

 獣の言葉に疑問が浮かぶが、それは後回しにされる。アルスは決断を迫られていた。またバーサーカーになるか、このまま全員殺されるか。

「答えよ! 誰か殺されなければ答えぬ気か!」

 アルスの焦りと迷いを見て、エリシスが獣に話し掛ける。

「アルスばっかりを言ってるけど、あたし達も加わっていたと思わないの?」

「そんな女の細腕では無理だ!」

(コイツ、知能も高いんじゃないの?)

 エリシスはアルスに話し掛ける。

「迷ってんでしょ?」

「……ああ」

「あたしは、どっちを選んでも恨まないわよ」

「恨む?」

「あんたに殺されるのも、あんたと殺されるのも、どっちでもいいってことよ」

 リースとユリシスも頷く。

「わたしもです」

「でも、辛い選択だからね。一人で生き残るのも、皆で死ぬのも」

「皆……」

 アルスは目を閉じ、歯を食い縛る。

 ここに居る全員が突然の避けられない死を理解していた。

(守るって決めたんだ……。リース達は、これから楽しいことをしなくちゃいけないんだ……)

 アルスは決断すると、ゆっくりと振り返る。

 その困った申し訳なさそうな笑顔にリース達は言葉を失くし、直後、アルスに強く抱きしめられた。

「皆、大好きだ……。だから、ここでお別れだ……」

 アルスの口から呪文が紡がれると、リース達はアルスの選択を静かに受け入れ、アルスを強く抱き返した。

「僕の未来を犠牲にしてでも、皆の未来は守るから……」

 意味の分からない言葉が耳に入ったあと、リース達はアルスに優しく押し出され、そして、思考の一切は遮断された。

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