迷路のように広い城の中を、右折左折を繰り返し、階段を上ったり下りたり……。アルス達は絶対に案内なしでは帰れないと思いながら、ミストに続いて歩き続ける。
そして、目的の部屋に着くと、ハンターの営業所で使った部屋よりもやや小さい部屋の中にトルスティが待っていた。
「お待ちしていました。座ってください」
アルス達はトルスティに言われるまま、椅子に腰掛けた。
全員が席に座るのを確認すると、話が始まる前にトルスティは席を立ち、アルスに深く頭を下げた。
「アルス君、君のお陰で沢山の仲間が助かりました。ありがとうございます。そして、ユリシスさんに怪我をさせ、大事なものを奪ってしまいました、申し訳ありません」
(きっと、トルスティさんは自分が直接的な原因でなくても、殺されたハンターの人達の関係者にも頭を下げるんだろうな……)
アルスはトルスティの言葉の意味を自分なりに理解すると、言葉を返す。
「トルスティさんの真摯な態度をしっかりと受け止めました。そんなに畏まらないでください」
「しかし、全てはこの国が原因なのです」
「あの時は強いことを言いましたが、責任を感じてる人間を責められませんよ。それにこのままじゃ、話し合いなんて出来ません。僕達、そういう雰囲気で話すの好きじゃないし」
アルスの言葉に、三人も付け加える。
「アルスのいうことは、一理あるわね」
「わたしは命を助けて貰いましたし」
「でも、ちゃんと許さないから安心して」
エリシスはリースの言葉に『どういう意味?』と首を傾げる。
「簡単に許されると逆に辛いんだって、謝りたいのに謝れなくなるから」
「そういう気遣いもあるのね」
「アルスに教えて貰ったんだ」
「ふ~ん……」
(アルスは、どんな状況で教えたんだろう?)
トルスティはアルス達の気遣いを理解し、『分かりました』と呟くと話を進めることにした。
「今回の一件は、四十年以上前に遡ります。ニーナ王妃が実行したとされる王の暗殺により、この国の内政が二分されたところからです。アルス君のお陰で、新政権派の仕業であったことが証明されるかもしれません」
「僕……、何かしましたっけ?」
「アルス君が盗賊団を全滅させてくれたお陰です。そこから全てを突き崩せそうなのです」
エリシスがテーブルを叩いた。
「あれをアルスが全滅させたなんて、嘘よ! それが出来るなら、アルスはユリシスが怪我をさせる前にそうしていたわ!」
「確かに倒れる前までは、盗賊達に囲まれて投げつけられる武器を落とすのが、やっとだったと記憶しています」
「しかし、アルス君は自分で盗賊団を皆殺しにしたと言いました。その方法はアルス君以外、誰も知りません。故に皆さんの認識が共通しているアルス君が残される前までは省きます。――その後、何があったのか話してくれますね?」
トルスティの問い掛けに、アルスはゆっくりと頷いた。
「リース以外の皆に言ってないことがあるんだ」
アルスの声は少し重かった。
「僕の体には呪いと呼ばれるものが掛かってる」
「呪い?」
「トルスティさん達にも関係があると思います。僕の呪いの原因は、サウス・ドラゴンヘッドの宝物庫から流出した、魔族の魔具らしいですから」
アルスの告白に、トルスティは額に手を置く。
「何てことだ……。アルス君を含め、全員がサウス・ドラゴンヘッドの被害者だったなんて……」
トルスティの落ち込み具合は半端ではない。両手で頭を抱えて、机に肘を突いてしまっている。
「続けます。僕に掛かっている呪いはバーサーカーの呪いです」
(リースが口にしてたものだ……)
エリシスはユリシスを置いて走り去る前の、リースの言葉を思い出していた。
「この呪いが僕の魔法の制限を掛けています。レベル2以上の魔力を使うと発動して、生きているものを殺し続けます。効果は単純に全てが二倍になり、持続時間は使用した魔力量で決まります」
「あ」
今度はミストが気が付いた。アルスが魔法を使えないことを主張し続けた理由が、ここにあったのだ。
ミストはアルスに質問する。
「アルスさんは、本来、どの程度の魔法が使えるのですか?」
「十歳の頃には、レベル5の魔法を詠唱すれば発動してたよ」
「レベル5……」
ミストは胸の服を掴む。
魔法使いであり、日々、切磋琢磨して努力をしているから分かる。年齢からいって、努力でどうにかなるものではない。両親から貰った掛け替えのない才能を捨てることになってしまっていたのだ。ミストは魔法使いという自分の価値観を捨てることを想像すると、胸が締め付けられるようだった。
「それでも両親からの資質を大事にしたくて、無詠唱魔法や応用に手を出していたんだけどね」
「ご両親は優秀な魔法使いだったのでしょうね……」
「僕の憧れで目標だったよ」
「今、ご両親は?」
「別の呪いの掛かった街の領主様に殺されてる。僕の呪いは、殺されない代わりに領主様に掛けられたものなんだ」
「そんなのって……」
これ以上は聞けないミストの代わりに、エリシスがアルスに話し掛ける。
「あんた、結構、酷い人生送ってるわね?」
「その時は、二週間、廃人になってたよ」
「よく将来の希望を奪われて立ち直れたわね?」
アルスは頷く。
「お爺ちゃんが助けてくれたんだ。殺されそうになったところを助けてくれたのも、力強い腕で立ち上がらせてくれたのも、将来、生きていくのに困らないように鍛冶屋の技術を仕込んでくれたのも、皆、お爺ちゃんのお陰なんだ」
「だから、あんたは爺さんを尊敬してるのね」
「うん……。だから、今度は、僕がお爺ちゃんのようにしてあげなくちゃいけない」
アルスの話を聞いて、リースの頬を伝い、涙がテーブルを叩いていた。
「だからって、アルスがバーサーカーになるのは間違ってるよ……。アルスは、本当は戦うのが大嫌いで優しいのに……。私が仇討ちを諦めないから、こんなところで戦うことになって……。結局、最後にまた傷ついたのはアルスじゃない……。こんなの間違ってるよ……」
リースの涙は、この場に居た全員の涙を代弁していたのかもしれない。リースと同じように仇討ちにアルスを巻き込んでしまったエリシスとユリシス、サウス・ドラゴンヘッドが引き金になっているトルスティとミスト……。全員がアルスに謝りたかった。
アルスは、そっとリースにハンカチを差し出す。
「だけど、いいこともあったよ」
「え?」
「バーサーカーになって沢山の人を殺してしまった。それこそ、人として最悪な殺し方だったと思う。だけど、その多くの命よりもリース達の命の方が、僕にとってはずっと重かった。それを守ることが出来たのは良かったことだよ」
アルスはチョンチョンとリースの鼻を押す。
「一番守りたかったもの……。リースを守ることが出来た」
「アルス……」
アルスはリースに笑って返した。
「使い物になるか分からない呪いの使い方を一緒に考えてくれた、お爺ちゃんに感謝してる。お陰で、皆を助けられた」
ミストが、今のアルスの言葉を聞き返す。
「アルスさんのお爺さんが呪いの使い方を一緒に考えたのですか?」
「掛けられた呪いの効果が分からなかったんだ。お爺ちゃんは呪いとも向き合えって、力のない子供のうちに効果を一緒に調べ上げてくれたんだ。使う機会は絶対にないと思ってたんだけどね」
トルスティはアルスの養父であるイオルクに尊敬の念を浮かべる。
「アルス君のお爺さんは凄い方ですね。掛けられた呪いさえも、人生の一部として使いこなさせようとするなんて」
「あの何にでも前向きな姿勢は、僕も憧れます。……話を続けても?」
「ええ、お願いします」
アルスはイオルクのことを話せたことで、少し心が楽になっていた。リースを守ることが出来たと口にしたこと――あの呪いが救ったという事実は、アルスとイオルクの二人で呪いに打ち勝ったとも考えられえたからだ。
「またリース達に謝らなくちゃいけない」
「何をよ? あんた、助けてくれたんでしょ?」
「セグァンを僕がやっつけちゃったから……」
「いいわよ、別に。ボコボコにしてくれたんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど……」
「あれは、そういうレベルじゃなかったよ……」
リースが思い出して口を押さえる。トルスティとミストも同様の気持ちだった。
トルスティが話を進めるため、アルスを促す。
「アルス君。まずセグァンではなく、バーサーカーの戦いぶりを説明してあげてください」
「はい……。あんまり、言いたくないんだけど……。エリシスは、バーサーカーっていうモンスターを知ってる?」
「知らないわ」
「実際に居たモンスターじゃなくて、空想上の物語にあるモンスターなんだ。狂戦士とも言って、理性が吹っ飛ぶ代わりに力が二倍になって殺し続けるんだ」
「で?」
「その状態になるから、エリシス達の前で呪いを発動できなかった。逆に殺してしまう立場になってしまう」
「それで、あたし達が居なくなってから――」
「発動をしたんですね」
「……発動? ちょっと待って!」
エリシスは、あの時の状況で納得できないことを思い出した。
「あんたがバーサーカーになったのって、あたし達が十分に距離を取ってからよね? それって、山中に入ってからでしょ? その間、あんた無傷だったの?」
「怪我をしたよ」
「でも、怪我はないじゃない」
「エリシス達が居ないから魔法を使えるでしょう」
「あ、そうか」
「本当に、そうですか?」
新たな疑問を投げたのはトルスティだった。
「あの大人数を相手に少しの怪我だったのですか? 軽傷とも思えませんし、魔法を掛けて直す時間があったとも思えません」
「話の腰が折られてばっかりだ……」
トルスティはアルスに強い視線を向ける。
「アルス君、我々に気を遣って嘘をついていませんよね?」
「嘘じゃないです。一つの魔法を使って治しました」
「では、本当にほとんどの攻撃を躱し続けたのですか?」
「そんな状況じゃないです。足と肩と腹に怪我を負っていたんだから」
「では?」
アルスは困った顔になる。
「あの、絶対に秘密にしてくださいね? 本来、クリスさんからユリシスに受け継がれるはずの魔法なんですから」
「クリス先生の魔法?」
ユリシスの言葉にアルスは頷くと、トルスティに話し掛ける。
「魔法使いなら知っていると思いますけど、この世に管理者の魔法というものがあるのを知っていますか?」
「あるとは聞いていますが、発動しないとも聞いています」
「かなり強引な方法ですが、発動させる方法があるんです」
「まさか……」
「僕はお爺ちゃんの親友から、幾つかの管理者の魔法を教えて貰っています」
「そんな方が居るのですか?」
アルスは頷く。
「使ったのは傷を一瞬で治す魔法……。本当はユリシスに掛けてあげたかったものです」
トルスティは、さっきから驚かされっぱなしだった。
「アルス君、君は――いや、君のお爺さん達は、一体、何者なのです?」
アルスは腕を組む。
「道を分けた親友と言うんですかね? お爺ちゃんは武器、クリスさんは魔法を研究することを誓ったって聞いてます」
「このサウス・ドラゴンヘッドにも伝えられていない魔法があるなんて……。そのクリスさんという方は、どのような魔法を研究していたのですか?」
「これ以上は言えません。クリスさんの許しが要ります」
アルスはユリシスを見る。
「いつか、クリスさんから受け継ぐ約束だよね?」
「はい」
アルスは口に人差し指を立てる。
「そういうわけで、詳細は秘密です」
「凄く気になるのですが……」
「多分、トルスティさんやミストが、どんなに努力して探しても見つからない可能性が高いと思いますよ」
「何故です?」
「向こうは、相当な知恵袋の集団だからです」
リース達の頭にはエルフ達の姿が浮かんだ。確かに老人の知恵袋で勝負をしたら、人間とエルフの引き出しの数では勝負にならないとリース達は笑う。
「まあ、いいでしょう。今度、ミストと研究するテーマは管理者の魔法に決めました」
「頑張ってください」
エリシスがアルスに手で合図を送る。
「話が逸れてるわよ。一体、何がどうなったのよ?」
「ああ、あの話をしなくちゃいけないんだった……。え~っと、僕が呪いでバーサーカーになるのは分かったよね?」
「ええ」
「僕がメイスを思いっ切り振った時の威力って分かる?」
「結構な威力じゃなかったかしら? 厚手の鎧を着た盗賊の鎧がひしゃげて脱げなくなったぐらいだから」
「それを単純に頭で二倍して、その盗賊をぶっ飛ばしてごらん」
「え? ……体が飛んだ? あ!」
エリシスは不気味に立ち上がった赤い柱を思い出し、赤い地面が広がるのを思い出した。
「に、人間の体が吹き飛ぶ……」
「そんな怪物が暴れたんだ。盗賊は堪ったもんじゃない。実際、あの場所にまともな死体なんて一つもない。セグァンは、僕が叩き潰してしまった。人間らしからぬ方法で、人間の形をしないように……」
エリシスはテーブルを叩く。
「いい気味よ! それで、あんたが心を痛める必要なんてないわ! アイツらは、それだけの報いを受けることをしてきたんだから!」
「それでも、僕は人間で居たかった……」
「あんた、優し過ぎるわよ! 少しぐらい人を憎んだって撥は当たらないわよ!」
「エリシス……。その光景も感触も全部覚えていなくちゃいけなくても……、君は同じことを言える?」
「全…部……?」
「殺した感触と返り血が掛かる感触、悲鳴、音、臭い……。バーサーカーの呪いは理性を奪って暴れさせても、それらの記憶を忘れさせないんだ。だから、心が壊れ掛ける」
「…………」
エリシスはアルスが壊れ掛けた原因を理解すると言葉を止める。
「対象は一人じゃない……。殺す者は全員だ……」
「……悪かったわ。でも、セグァン達がそれだけの仕打ちを受けたのは当然よ!」
「エリシス……」
エリシスから怒りが消えると、今度は俯いた。
「だけど、反省してアルスに謝らなきゃいけない……。それは分かってる……」
「エリシス?」
「その嫌な記憶は、本来、あたしが持つものだった……。仇討ちに不快なものが付き纏うのは知ってた……。だから、それを全部、アルスに背負わせたのが嫌なの……。辛いのよ……」
「エリシス……」
「……ごめん」
エリシスは両手で顔を覆うと、ユリシスも頭を下げる。
「姉さんだけじゃありません。さっき、リースさんも言ったように、わたし達がアルスさんを巻き込みました。そして、心に消えない傷を負わせてしまった。わたしの体の傷は治して貰ったのに、アルスさんの心の傷は治せません。本当にすみません」
アルスは遣り切れない思いで溜息を吐く。
「こんなはずじゃなかったのに……」
エリシスとユリシスが落ち込む姿など、アルスは初めて見る。
「あのさ……。確かに嫌なものが記憶に残っちゃったけど、最悪とか最低とかではないと思うんだ」
エリシスとユリシスは顔を上げた。エリシスの目には涙が溢れている。悲しさからではなく、悔しさからの涙だった。
「誰も欠けなかった……。これを僕達の勝ちってことに出来ないかな?」
「勝ち……?」
「最終目的のセグァンと盗賊団は倒したんだ。これから普通の人生を歩むのに、僕達は誰一人欠けなかった」
「アルス……」
「一緒に、また騒がしい日々を送れるんだよ」
エリシスは涙を拭う。
「そうね……」
「皆さんが居れば……」
「きっと、楽しい」
アルスは頷く。
「報告しに行こう。ドラゴンアームのエリシスとユリシスの両親……。ノース・ドラゴンヘッドのリースの両親と移民の町の皆……」
リース達は強く頷いて返事を返す。
「そうだね。皆に報告しないと」
「わたしは先生のところにも行きたいです」
「だったら、もう一回、ドラゴンテイルにも行きましょう」
「ああ。全部、回ろう」
アルス達は新しい目標を立て、少し前に進み始めた。
その光景を見て、トルスティとミストは何も言えなくなってしまった。本当は四十年前の分裂を切っ掛けに出来た新政権派が、セグァン率いる盗賊団を操作していたことと、そのことが明るみに出て城の外を国民が囲んでいることを話すはずだった。
「今は言える雰囲気じゃありませんね、先生」
「折角、気持ちが上に向いたのを邪魔できません。後日、話す機会があれば……。もしくは、手紙に綴らせて頂きましょう。これ以上、アルス君達を巻き込めません」
「はい」
トルスティとミストは、ここで話をやめることにした。アルス達が与えてくれた、この国をやり直す機会と目を背けられない闇は、自分達だけで何とかしようと心に決めるのだった。