目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
作製編  87 【強制終了版】

 誰もが疲れ果てて深い眠りに着き、夜から朝に変わっても一向に目を覚まさない。午後になって、ようやく目を覚ましたエリシスは、隣のベッドが空になっているのに気が付いた。

「ユリシス……」

 寝ぼけた頭で豪華な造りの客室を見回し、白い裸体が浮かんでいるのを見つけた。

「裸体? 裸?」

 思わず吹き出し、寝ぼけた頭も一気に覚めた。

「何、脱いでんのよ!」

「姉さん?」

 姿見を映せる大きな鏡の前で、ユリシスはエリシスに振り返った。

「傷痕を確認してたんです」

 エリシスはベッドの上で胡坐を掻きながら、頭に手を持っていく。

「完全には消えないわよね……」

「いいえ、完全に消えているから確認してたんです」

「ん?」

 ユリシスの居る鏡の前まで歩いて行くと、エリシスはマジマジとユリシスの傷痕を確認する。

「正直、しっかりとは見てなかったのよ。他人の目もあるし、じっくり見るのも失礼かと思ったし」

「分かります」

 エリシスは改めて確認するが、ナイフを入れたであろう痕も残っていない。

「これ、普通に凄いんじゃないの?」

「凄いと思います。この技術があれば、救われる人も沢山居ると思います」

「そうよね。男だったら傷は勲章になるけど、女の子は綺麗な肌で居たいもんね」

「はい、心が救われると思います」

「アルスの話だと、クリスさんが開発したんでしょ? 切っ掛けは、何だったのかしら?」

「その辺、詳しく聞いていませんね」

「聞いてみる?」

「はい」

「でも、その前に――」

 ユリシスは首を傾げる。

「――何でもいいから、服着ろ」

 ユリシスは忘れていたと、髪を一つに纏めてポニーテールを作る。

「同じ姿だから、姉さんの前だと遠慮しなくていいんですよね」

「同じ姿だから、皮肉も言えないのよね。言ったら、そのまま自分に返ってくるから」

「双子の喧嘩ほど辛いものはありませんよね。ブスって言えば自分に返るし……」

「胸が小さいといえば自分に返るし……」

「懐かしいですね」

「本当……。物事をまともに考えられるようになってから、喧嘩なんてしてないもんね」

「いっつも二人」

「二人で一人。共通の敵をボコボコに――」

「してません」

 エリシスとユリシスは笑い合う。

「準備できたら、行くわよ」

「はい」

 エリシスとユリシスはアルスの部屋へ向かう準備を始めるため、洗面所へと姿を消した。


 …


 お揃いのリュックサックから替えの服を取り出し、エリシスは武道着、ユリシスはローブに着替える。

「ミストがリュックサックを拾って来てくれて助かったわ」

「まあ、予備はアルスさんの宿の部屋に置いてはあったんですけどね」

「全員で共通してアルスに物を持たせてるってのも凄いわよね?」

「持って貰って何ですが……。あの人、わたし達の歩く箪笥です」

 エリシスはクスリと笑うと、少し眉を歪める。

「そういう、軽口叩いて返ってくるかな?」

「どうしたんですか?」

「う~ん……。昨日は、まだ戻っていたけど、二日間廃人になっちゃってたのよ」

「廃人?」

「アルスだけじゃないわ。あたしはユリシスに付きっ切りだったし、リースはアルスに付きっ切り」

「心配掛けて、すみません」

「体調はいいのよね?」

「まだ少し体がだるいんですけど、お腹一杯食べれば元気が出ると思います」

「あんた、湯薬ばっかりだったからね」

「さっき、歯を磨いたら緑色の得体の知れないものが沢山出てきました」

「あはは」

 エリシスは可笑しそうに笑っている。

「ところで、姉さん」

「ん?」

「わたし達が助かったのって、アルスさんが廃人になったのと関係あるんですか?」

「多分ね。それも聞くつもり」

「何も分からないんですか?」

「リースの話だと、バーサーカーがどうとか……」

「バーサーカー? 狂戦士のことですか?」

「分かんないわ」

「結局、全員が三日間、沈んだままだったということですか?」

「ええ」

 ユリシスは静かに目を閉じると気持ちを整理する。そして、次に目を開けた時は、浮ついた気持ちを排除していた。

「何があったかを受け止めに行きましょう」

「ええ」

 エリシスとユリシスは部屋を出た。


 …


 アルスとリースの部屋を少し緊張感を持ってノックするが、返事がないので、まだ眠っていると思われる。エリシスは、そっとドアノブを回し、自分達の部屋と同じ内装の客室に足を踏み入れる。

 聞こえてきたのは静かな寝息ではなく、魘される音だった。それを聞いて、エリシスとユリシスはアルスの寝ているベッドへ走る。

「…………」

 がっくりと項垂れ、『さっきまでの緊張感を返せ』という思いが二人を襲う。

「う~ん……。う~ん……」

 魘されているのはアルス。

 その左肩に『絶対に離さない』としがみ付いて寝ているリース。

「関節が極まってる……」

 アルスの左肩をロックする形で、リースが関節を極めて眠っている。

「どっちを起こすかな……」

 今日だけは特別だと、エリシスはリースの鼻を摘まむ。

「……ふ…ぐ……ぷむぅーッ!」

 妙な音を立てて、リースが口から息を吐き出して目を覚ました。

「何するの!」

「あんたこそ、何してんのよ? アルスの肩を外す気なの?」

「へ?」

 リースは力一杯握っているものに気付くと、慌ててアルスの腕と肩を解放する。

 それを見たユリシスは目を細め、口に手を持っていく。

「あらあら、リースさんったら……。アルスさんのベッドに入り込んで夜這いですか?」

「ち、違うよ! ……それに、時々アルスとは一緒に寝るし」

「あんた、十三にもなって何してんのよ?」

「だって……。エリシス達だって、一緒に寝てたじゃない!」

「あたし達は双子だもん」

「関係あるの?」

「あるわよ。双子って、時々一緒に寝ないと体調壊すのよ。知らないの?」

「そうなの? 知らなかった……」

(姉さん、またそんな嘘を……)

 リースは、あまりにも堂々と言われるので信用してしまった。

「だから、あたし達にリースみたいな邪まな気持ちはないわ」

「私だって、ないってば! ただ時々思い出しちゃうの……。怖いこと……」

「そういう時は、アルスと寝れば平気なわけ?」

「うん……」

「コイツの体からは、癒しの効果でも出てんのかしらね?」

「どんな人間なんですか……」

 リースはアルスを指差し、エリシスを見る。

「抱きついてみたら?」

「え? いいわよ」

 ユリシスは、そっとエリシスに耳打ちする。

「姉さん、寝起きなら朝だ――」

 ユリシスの顔面に枕が炸裂した。

「何を言おうとした! 馬鹿ユリシス!」

「った~……。起きたんですか?」

「最悪の寝覚めだよ! 何か、左肩も痛いし!」

「それ、リースさんです」

「は?」

 笑って誤魔化しているリースに首を傾げたあと、アルスは左肩を廻し、頭をガシガシと掻く。

「朝風呂に入ってくる」

「もう、とっくに午後ですけど?」

「時間の感覚がおかしくなってる……。兎に角、行ってくる……」

 アルスはリース達を置いて洗面所に消えた。

「アイツ、あたし達が居るのに何を考えてんのよ?」

「まあ、大目に見てあげましょう」

「仕方ないわね。――リース、あんたは?」

「お風呂?」

「一緒に入らないの?」

「そこの境界だけは、しっかりと守ってる」

「あ、そう」

「でも、髪だけは梳かそうかな」

「手伝います」

 鏡台の前に移動し、リースが椅子に座るとユリシスは櫛でリースの髪を梳かし始める。

「ユリシス、体は大丈夫?」

「平気ですよ」

「よかった。あのまま死んじゃったら、どうしようかと思った」

「そんなに酷かったんですか?」

 リースは視線を斜め下に落とす。

「多分……。体の中身が見えた……」

「そ、それは見えても言わないで欲しかったですね……」

「私もトラウマものだよ。そこに手を突っ込んで魔法掛けたんだから」

「重ね重ね、申し訳ありません」

「……気にしなくていい。生きててくれたから」

「ありがとうございます……」

 ユリシスはリースの言葉や態度から、本当に生死の境を彷徨ったのだなと実感する。しかし、その割には立っていられるほど元気なのに疑問が残る。

「ミストにも感謝して、お礼を言わなきゃダメだよ。貴重な薬草を煎じて薬湯を作ってくれたんだから」

「貴重?」

「ユリシスは魔法を掛けられる体力がなかったから、それを補ったのがミストの作ってくれた薬湯なんだよ」

「そうなんですか……。お礼を言っておきます」

「忘れないでね」

「はい」

 髪を梳かし終わり、リースはユリシスにお礼を言う。そして、鏡台の前で回り右して座り直す。

「あとは、何があったかだね?」

 エリシスとユリシスが頷く。

「アルスが話してくれると思うけど、ミストやトルスティさんも呼ぶべきかな?」

「呼んだ方がいいんじゃない? アルスに何度も説明させるのは可哀そうだし、外から聞こえる、うるさい声も気になるし」

 城の外で抗議するサウス・ドラゴンヘッドの国民は、今日も城へと押し寄せていた。

「時間的には夕方ですし、ミストさん達も時間を取れる頃かもしれませんね」

「ええ」

 そこに腰にバスタオルを巻いたアルスが頭を拭きながら現われた。

「さっぱりした……」

 アルスはリュックサックを漁り、着替えを持つと再び洗面所に消えた。

「ここで着替えなさいよ。アイツ、何で、妙に乙女なのよ?」

「エリシスとユリシスが厭らしい目で見るからじゃない?」

「…………」

 何故か反論できない双子の姉妹。彼女達には列記とした前科があった。

「いい加減、卒業したら?」

「いや、寧ろ入学したてなので無理」

「リースさんも何れ、わたし達のようになるんです」

「将来に夢も希望もない……」

 リースが項垂れたところで、アルスが替えの旅人の服を着て戻ってきた。

「待たせて、ごめんね。リースも着替えてきな」

「うん」

 入れ替わりで、今度はリースが替えの服を持って洗面所に入った。

「あんた、大丈夫?」

「何とか……。リースのお陰で割り切れてる」

 エリシスとユリシスは疑問符を浮かべて首を傾げた。

 そして、今度は体を心配して、アルスがユリシスを見る。

「ユリシスは……大丈夫だよね。いきなり下ネタを吐けるんだし」

「根に持ちますね……」

「持つよ。当たり前だよ。ユリシス達だって、セクハラされたら嫌でしょう?」

「完全に男のあんたが言う台詞じゃないわね」

「わたしはアルスさんが望むなら、少しぐらいのセクハラは……」

 アルスは溜息を吐く。

「助けなきゃ良かった。盗賊達は、そういうこともするつもりだったらしいから」

「そうなの?」

「そうだよ」

「冗談で済まないところまで追い詰められていたんですね」

「多分、特殊な性癖を持っていたんだと思うよ。エリシス達を襲うなんて考えているんだから」

「そうね」

「確かに」

「…………」

 エリシスとユリシスのグーが、アルスに炸裂した。

「どういう意味よ!」

「十六歳は立派な大人です!」

「立派な大人は、直ぐには手をあげない……」

「馬鹿じゃないの!」

 額に手を当て、アルスは溜息を吐く。

「やっぱり、気分がまだ乗らない……。少し強引に話を振ったけど、これ以上、続けられないや」

「アルス……」

「暫くおかしいかもしれないけど、気にしないで。少しずつ、戻していくから」

「……分かったわ。気長に待つわ」

 話が一段落した(?)ところで、アルスの部屋をノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

 アルスの返事に反応して、扉が開くとミストが顔を出した。

「失礼します。起きられましたか?」

「起こされました」

 アルスの言葉に、ミストが静かに笑みを湛えると、そのミストにユリシスが近づき、深く頭を下げる。

「色々とありがとうございました。リースさんから、お薬の話とかを聞きました」

「気にしないでください。あんなもので、私達の過ちは許されません」

「過ち?」

「そのことも含めて、お話をする時間を頂きたいのですが、皆さん、お時間の方は?」

 アルス達は頷いて返事を返す。

「では、別室へ案内します」

 ミストが扉の外に向かうと、アルスが洗面所の方に声を掛ける。

「リース、出掛けるよ」

「今、行く」

 リースが着替えを済まして洗面所から出てくると、アルス達は、事の真相を聞くことになった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?