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作製編  86 【強制終了版】

 トルスティの計略により、白日の下に罪を曝された新政権派に抗議するため、城の周りには多くのサウス・ドラゴンヘッドの国民が押し寄せた。ニーナ王妃を支持していた者達は、これを足掛かりに王妃の信頼を回復し、昔の仕来りに沿ったサウス・ドラゴンヘッドに戻ることを強く訴えた。

 そして、この良き日にユリシスは意識を取り戻した。宿屋のベッドにしては豪華な造りのベッドに疑問を持ちながら、ユリシスは、エリシスに寝たまま話し掛ける。

「ここは……?」

「ユリシス……」

 エリシスはユリシスに抱きつくと泣き始めた。

「姉さん……?」

 意識がハッキリし始め、自分が何をしていたか思い出す。

「……わたし、生きているんですか?」

「死なせないわよ!」

「でも……」

 手を当てた胸の真ん中には痛々しい包帯が指に引っ掛かる。

「夢じゃなかったんですね……」

「大丈夫? 痛くない? おかしなところはない?」

「痛みがあります」

「まだ治ってないの……」

「魔法で治してないということは、わたしの傷は深過ぎたんですね?」

「ええ……」

 ユリシスは自ら包帯を外し、縫合された痕を見る。体を動かしたせいで塞がり切れてない傷からジワリと血が滲んだ。

「あんた、何やってんのよ!」

「声が大きいです。あと、刃物を貸してください」

「刃物? 鋏でいいの?」

「はい」

 エリシスは近くの引き出しを漁り、治療道具と一緒に入っていた鋏を取り出すとユリシスに渡した。

 すると、ユリシスは縫合の糸を切り始めた。

「まだ、くっ付いてないわよ! 何をやってるのよ!」

「魔法で治すのに邪魔なんです」

 糸を抜く時、ユリシスは涙目になりながら小さく声を漏らすと、傷口に手を当てて、一気に回復魔法で傷を塞いだ。

「む、無茶するわね……」

「治り掛けでお腹に力を入れたら傷口が開くので、声も出せませんでした。……泣いていいですか?」

「……ほら、泣きなさい」

 エリシスはユリシスを自分の胸で抱きしめると、ユリシスは小さな声を出して泣き出した。

「本当に痛かったのね?」

「縫合の糸を抜く時の変な痛みの感覚は抜いた人間じゃないと分かりません」

「そういうもん?」

「あと――」

「ん?」

「――姉さんの胸の小ささを実感すると、同じ双子のわたしも、こんなもんなのかと悲しく……」

 エリシスのグーが、ユリシスに炸裂した。

「あんた、心配掛けたんだから反省しなさいよ!」

「冗談です……」

 ユリシスはエリシスから離れると溜息を吐く。

「傷……。結構、大きく残ってしまいましたね……」

「ユリシス……」

「誰に見せるわけでもないから、いいんですけど……」

 ユリシスが近くにあった寝巻きの上に腕を通し、ボタンを閉め直すと、エリシスはユリシスをもう一度強く抱きしめた。

「生きてて良かった……」

「助けてくれて、ありがとうございます……」

「あたしを一人にしないでくれて、ありがとう……」

「心配掛けて、ごめんなさい……」

 エリシスはユリシスの肩に顔をつけて涙を流した。そして、今度はユリシスがエリシスを抱き返した。


 …


 アルスの部屋では、アルスに寄り掛かってリースが寝息を立てていた。大分、頑張っていたが、二日間徹夜で起きっ放しということは出来なかった。

 アルスの方は完全に眠ることも出来ず、クマを作ったまま放心し続けていた。頭の中では、言い訳、大義名分、自己の正当化を繰り返すが、最後は自分で自分を許すことが出来ずに、次の一歩が踏み出せない。

 この状態を抜け出すのに切っ掛けが必要なのは、アルス自身が分かっていた。この生気の抜けた状態は、以前にも経験している。あの時は、恐怖から来るものだった。

(どうやって……。立ち直ったっけ……)

 あの時はイオルクと初めてナイフを造り、恐怖に立ち向かった。

(同じことをすればいいのかな……)

 アルスはゆっくりと立ち上がると、水で洗い流しただけのメイスを見る。

(血や人間の油がこびりついているから、しっかりと整備しないと……)

 部屋の中をウロウロと歩き回り、アルスは自分のリュックサックを見つけると、布とイオルクに教えて貰った草の粉末を取り出す。部屋に飾ってあった花瓶の花を投げ捨て、花瓶の中に草の粉末を入れて振る。そして、布に花瓶の中の液体を掛けると、メイスを磨き始めた。

 丹念に丹念に磨き続け、やがてメイスは本来の輝きを取り戻す。あれだけ乱暴に扱ったのに、傷は一つも付いていない。

 しかし、メイスを新品のようにピカピカに磨き上げても、心は沈んだままだった。

(違う……。こんなことをしてもダメだ……)

 アルスは膝を抱えて頭を垂れる。

(この晴れない気持ちは、何なんだ……。どうすれば、忘れられる……。どうすれば、仕方なかったと思える……)

 また終わりのない螺旋のような考えに囚われる。

(本当にあの方法しかなかったのか……。他にも方法があったんじゃないのか……)

 そして、極端な考えがアルスを襲う。

(あの時、僕が死んだ方が良かったんじゃないのか……)

 アルスは僅かに視線を上げ、窓の外から差し込む光を見る。

(僕は、何で、戦ったんだっけ……)

 何も分からないまま思考が止まりそうになり、始めから自問自答を繰り返そうとした時、部屋にリースの叫び声が響いた。

「何もない!」

 空っぽになっている自分の手を見て、リースは涙を流して辺りを探し回る。

「アルスが居ない! 居なくなっちゃった!」

 大声で叫び、泣きじゃくる。

「何処、行っぢゃっだの~~~! アルズ~~~!」

 リースはバタバタと部屋中を走り回り、窓際でアルスを見つけた。

「……あ」

 リースは立ち尽くしたまま破願すると、アルスに全力疾走して抱きついた。

「アルス! アルス! アルス!」

 アルスは思わずリースを手で支え、気付かされた。

「そうだった……」

(リースを守ったんだ……。エリシスとユリシスも守りたかったんだ……。それが僕が戦った理由だった……)

 アルスは泣き続けるリースを見て、後悔以外の感情が湧き上がる。湧き上がっている感情は苛立ちだった。

(僕は沢山の盗賊達とたった三人の女の子の命を量りに掛け、リース達の命の方が重いと決めた。なのに……!)

 リースの声がアルスの耳には痛いように聞こえる。

(守るべきリースが泣いているのは、おかしいじゃないか! リースの未来を守りたくて、あそこで終わりになんかさせたくなくて!)

 アルスは歯を食い縛る。

「これぐらい……!」

 しかし、震える足に力が入らない。立ち上がるには、もう少し何かが要る。

(リースを泣かしているのは、僕だ! このままにしていいわけがない!)

 アルスは大声で泣き続けるリースを見る。

「無様なんだから……。へなちょこなんだから……」

 格好なんていい。最低の考えでもいい。

(僕は、お爺ちゃんに言われた通り、へなちょこだ!)


 ――だから、どんなに無様でも……。

 ――どんなにへなちょこでも……。

 ――例え今は、リース達のせいにしてでも……。


「立ち上がれ! 泣かしたままにするな! この大馬鹿が!」

 アルスは自分の力で立ち上がると、リースの頭を強く撫でる。

「もう、大丈夫……。泣かないで……」

「アルス……」

 リースは頭に乗る手が、いつものように優しく温かく感じた。視線を上に向けて見たのは、疲れてクマがあるけど視線の定まったアルスの目だった。

「行かなきゃ……」

「え?」

「リースのお陰で大事なことを思い出した……」

「えっ? えっ?」

 二日間完全徹夜で睡眠を欲する体をアルスは無理やり動かし、リュックサックを漁るとナイフを取り出す。

 リースは慌ててアルスの後を追って話し掛ける。

「ど、何処行くの⁉」

「ユリシスのところ……」

「ユリシス?」

 アルスは部屋の外へ向かおうと、扉の方によろよろと歩き始めた。

(アルス……。足が定まってない……)

 リースは心配になってアルスの後ろを歩く。

 そして、危なっかしい足取りでアルスが部屋を出ると、ミストとバッタリ遭遇した。

「アルスさん? 凄いクマですよ⁉」

「油断したら意識が飛びそうだ……。だけど、これぐらいが丁度いい……」

「一体、何が丁度いいんですか!」

「記憶に残らないから……」

「は?」

「ミストも来なよ……。いいもの見せてあげるから……」

「…………」

 エリシスとユリシスの居る部屋に、アルスはふらふらと歩き出した。

 ミストが心配になって、リースに話し掛ける。

「あ、あれって?」

「分からない……。さっき、急に意識が覚醒したと思ったら、やることがあるって……」

 リースとミストの視線の先で、アルスがユリシスの居る部屋に盛大に頭突きをかました。

「もう、扉があるのも分かってないみたい……」

「と、兎に角、誘導しましょう」

 リースとミストは、アルスを追い掛けた。


 …


 エリシス達の部屋ではエリシスとユリシスの会話が止まり、少し落ち込んだ雰囲気が漂っていた。その部屋の扉をガンッと何かが激しくぶつかると、エリシスとユリシスはビクッと跳ねた。

「な、何っ⁉」

「わ、分かりません」

 ガチャリとドアノブが回ると、暫くしてアルスが顔を覗かせた。

「アルス?」

「アルスさん? ……凄いクマですけど?」

 ユリシスの疑問に、エリシスが答える。

「ちょっとあって、アルスは精神崩壊してたのよ……」

「は?」

(精神崩壊?)

 ユリシスには、まだ事件の詳細は伝わっていない。

 その疑問だらけのユリシスに、アルスが近づくと話し掛ける。

「ユリシス……」

「な、何ですか?」

「脱いで……」

「……は?」

 後を追って来たリースとミストを含め、女という性別を持った生き物が固まった。

 そして、リースが一瞬早く戻って来た。

「ななななな何、言ってんの! やらなくちゃいけないことって、このことなの⁉」

「そ、そうですよ! 女の子に脱げなんて!」

「あんた、頭がおかしくなったの⁉」

「どういう反応をすればいいんでしょうか……」

 アルスがユリシスにクマの入った視線を向けると、ユリシスはベッドの上で後ずさる。

「傷……残ったでしょう……」

 アルスの言葉にユリシスは顔を強張らせ、顔を背けると視線を落とした。

「あんた! ユリシスに何てこと言うのよ! やっと怪我が治って安心したのに! 何で、そういうことが言えるわけ!」

「それを消すから……」

「ん? えと、は? あ、何だって?」

「傷痕を消すんだ……」

「……そんなこと出来るの?」

 エリシスの問い掛けに、アルスは無言で頷く。

「クリスさんが開発した魔法技術……」

「先生の……?」

 アルスはユリシスに頷き、その後でミストを差した。

「魔法使いなら知ってて損はないから……」

「それで、私を呼んだのですか?」

 アルスは無言で頷くと、ふらりと倒れそうになる。思考が、更に低下してきたらしい。

「今の状態なら、記憶に何も残らないから脱いで……」

 エリシスが不満顔で頭に手を置く。

「そういうことか……。先に説明しなさいよ」

「今にも意識が飛びそうなんだ……」

「そ、それは拙いわね」

 アルスが意識を保っていられる時間は、あまりないらしい。

 エリシスがユリシスに視線を移す。

「どうする?」

「あ……。お、お願いします」

 ユリシスは寝巻きのボタンを外すと少しだけ前を開いた。

 それを見て、アルスはナイフを抜き取ると人差し指を立てる。

「消毒……」

 圧縮した火球がナイフの剣身を赤く変え、ナイフの熱が引いたところで、アルスがユリシスのお腹に手を掛ける。

「ちょっと痛いけど、我慢して……」

「ユリシスは、Mだから平気よ」

「そうか……」

「違います!」

 ミストは『この人達、大丈夫なのかな?』と不安が増す。

「いくよ……」

 左手の人差し指で回復魔法の圧縮が行なわれ、ナイフは傷口より少し上の皮膚に触れた。

「っ!」

 ユリシスが最初の痛みを堪えると、アルスの左手と右手がゆっくり動き、剥がされた皮膚がカサカサになって離れていく。傷痕を少しずつ下になぞり、ナイフが通り過ぎた後には綺麗な皮膚が再生していた。

「凄い……」

 ミストは初めて見る技術に感嘆の声を漏らす。

 やがて、傷痕を全てナイフが撫でると、カサリとカサカサになった皮膚が落ちた。

「終わり……」

 アルスはナイフを鞘に納めると、バタリと床に倒れて寝息を立て始めた。

「寝ちゃった……。コイツ、何したの?」

 エリシスはユリシスの傷痕のなくなった胸からお腹の上を撫でる。

「予想は出来ます」

 ミストの言葉に全員の視線が集まる。

「多分、皮膚の削ぎ方にもコツがあると思いますが、簡単に言うなら傷痕ごと皮膚を削ぎ取って、回復魔法で新しい皮膚を作ったのです。その際、古い皮膚を急速に活性かさせて皮膚としての寿命を終わらせ、新しい皮膚も同時に作る。回復魔法が掛かっているから痛みもない」

「肉体の活性化を利用したんですか?」

 ユリシスの言葉に、ミストは頷く。

「そう思います。未熟な魔法使いが回復魔法を掛け過ぎて失敗するケースがありますよね? それを意図的に起こして利用したのだと思います」

 エリシスが眠るアルスを指差す。

「じゃあ、アルスがユリシスを治療した方がよかったんじゃない?」

「指先一本分じゃ、治してる間にユリシスが失血死しちゃうよ」

「そっか。コイツ、何で、こんな魔法を使えるの?」

「聞きたいですけど、熟睡しちゃってますから」

「仕方ないわね」

 エリシスは、眠るアルスの左肩を担ぐ。

「ユリシスを助けてくれたから、運んであげるわよ」

 ユリシスが反対側の肩を担ぐ。

「わたしも」

 リースは扉を開けに走り、数分後にアルスはベッドに寝かしつけられた。

「あたしも眠くなっちゃったわ」

「私も」

「皆さん、ゆっくり休めませんでしたからね」

 エリシスとユリシスは自分達の部屋に戻り、ミストもアルス達が回復したことを知らせるために部屋を出た。残されたリースは、自分のベッドに入ろうとして途中でやめる。

 そして、アルスのベッドに潜り込み、目蓋を閉じる。

「何だか久しぶりに安心して眠れる……」

 リースはアルスの横で、直ぐに小さな寝息を立て始めた。

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