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作製編  85 【強制終了版】

 経過の報告――。

 トルスティは戦場に繋がっていた山の中腹までアルスに肩を貸して戻り、リースとミストは、エリシスと合流後、ユリシスを町の宿屋に運んで医師を呼んだ。

 その後、トルスティの待つ山の中腹の広場に本隊が到着した。部隊長はトルスティが生きていることに疑問を持ち、現われるはずの盗賊団が現われずに辿り着いてしまったことに、焦りを顔に浮かばせていた。

 そして、トルスティの全滅の言葉に目を見開き、体を震わせた。盗賊団が全滅しては、ニーナ王妃を支持した者達を殲滅しようにも数の上では完全に負けてしまっている。作戦は盗賊団が居ないと成り立たないものだった。ニーナ王妃を支持した者達の殲滅は行なわれなかったのである。

 挟み撃ちにするという作戦ゆえに、引き返すことで自分達の位置を最前列から最後尾にして退路を塞ぎ、ニーナ王妃達を指示する者達を盗賊団の前に曝す。盗賊団には魔法防御力の高い月明銀の鎧も用意し、魔法使いの魔法を無力化する準備もした。しかし、その盗賊団が全滅したのだから、挟み撃ちにする作戦が成り立つはずがない。

 部隊長は、あの人数の盗賊団が全滅したなどとは信じられなかった。だが、己の目で全滅した光景を見れば、信じないわけにはいかない。予定にない状況に焦り、戸惑い、冷や汗を流しながら、部隊長は、ちぐはぐな命令を出しながら現場の後処理を指揮した。

 その姿を見て、トルスティは確信した。

(アルス君の情報は嘘ではない)

 トルスティは顔には出さず、心の中で歯軋りし、拳を強く握っていた。


 …


 日が傾き、夜になる頃――。

 王都の近くにある町の宿屋では、ハンター達の唯一の生き残りのアルス達が、二部屋に分かれて滞在していた。一つの部屋では、エリシスとユリシス。もう一つの部屋では、アルスとリース。

 エリシスとユリシスの居る部屋では、エリシスがベッドで眠り続けるユリシスの手を握り続けていた。ユリシスはミストが呼んでくれた医師により適切な治療がなされ、傷口は縫合によって閉じられた。今は包帯で見えないが、傷跡が大きく残ってしまうかもしれないということだった。

 今後は体力の回復を待ち、体力が回復次第、回復魔法で一気に治癒させることになった。

「ユリシス……」

 エリシスは弱々しい声でユリシスの名を呼び、仇討ちなどするのではなかったと後悔していた。

「あんたに大怪我させるようなことして、初めて思い知った……。復讐を果たすより、あんたを失う方が、ずっと辛くて怖い……。あたし、ユリシスを失ったらって考えさせられて、自分の半分がなくなるような喪失感を感じた……」

 エリシスは俯いて涙を流す。

「アルス達が一緒に居るだけで楽しいって教えてくれたのに、仇も討つって欲張り過ぎたのかな……?」

 涙は点々と、エリシスとユリシスの手を叩き続けた。

「あたし達は、どういう選択をして、どういう生き方をするのが正解だったの……?」

 答えの出ない自問自答。確実な未来などなく、時に未来は自分の予想を大きく外れた結果を出す。今回はエリシスの考えもしなかったサウス・ドラゴンヘッドの陰謀というものが未来を大きく変える歯車になってしまった。

 いや、既にドラゴンアームでセグァンが動き出していた時から、歯車は回りだしていたのかもしれない。


 …


 一方のアルス達の居る部屋では、アルスがベッドに腰掛けたままピクリとも動いていなかった。宿に帰り、何度も何度も不快なものを洗い流した後は、ずっとこのままだ。隣ではリースがアルスの手を取って、ピッタリと寄り添っていた。

 今、アルスの頭の中では、バーサーカーとなって暴れた記憶が思い出されていた。バーサーカーの呪いは、アルスの理性を奪うのに記憶を残してしまう残酷なもの。殺した感触も、畏怖の目で見られたことも、逃げ惑う者を追ったことも、鮮明に思い出させてしまう。全て自分でやったと分からせてしまう。

 そして、その殺し方や行為が人間らしくない思考と行動で行なわれたことが、身を守るために戦うことを信条にしていたアルスにとっては許し難いものだった。

(手が冷たい……)

 リースはアルスの手を握りながら、不安で仕方なかった。今まで、こんなに落ち込むアルスを見たことはなかったし、あんなに冷たい言い方をされたこともなかった。

 何より――

『もう、一緒に居られない……』

 ――この一言が怖くて仕方なかった。

 居なくなるかもしれないという不安で手が放せず、アルスが本当に居なくなってしまうのが怖かった。

 だから、縋るようにアルスの手を強く握る。

(私、アルスのことが大好きで仕方ないんだ……。離れたくない……。一緒に居たい……。私の未来は、アルスと一緒にあると思いたい……)

 リースがアルスの手を放せない、もう一つの気持ちは思い出と共にあった。リースが大事なものを失った時、アルスの手は必ずリースの手を握っていてくれた。両親を失った時、会って直ぐの不安な時、初めて人を殺してしまった時、それ以外の日常でも優しく差し出されていた。

 大きくて少し硬い手は、お父さんのようだった。温かくて、優しくて、何度も冷たくなった自分の手を温めてくれた。自分の手が血で汚れてしまった時、一緒に悲しんでくれた。

(だから、悲しい理由が分かる……。戦うことを嫌っていたアルスが、私のせいで汚れてしまった……。きっと、やりたくもないことをやってしまった……。私が仇討ちを諦めていれば、こんなことにはならなかった……。仇討ちより、アルスの方が大事だった……)

 後悔と自責の念が、リースを押し潰すように積み重なっていく。

(今はこれしか出来ない……。アルスが私にしてくれたように、アルスのために、アルスを想って、傷ついてしまったアルスの心が癒されるように祈って握り続けるしか出来ない……)

 リースは、アルスの手を強く握る。

「アルス、ごめんね……」

 リースの言葉はアルスの耳には入ったが、心が受け止められなかった。セグァンという仇を討ち取ったはずなのに、心の中は誰も晴れないままだった。


 …


 二日後――。

 アルス達は、サウス・ドラゴンヘッドの王都の近くの町から王都の城の中に場所を移していた。盗賊団を全滅させた功績とユリシスの治療を王族お抱えの医師がしてくれることになったためだ。

 しかし、王族お抱えとは言え、ニーナ・ビショップの一件以来、サウス・ドラゴンヘッドの王族の血筋は途絶えている。現在の王族は、新政権派の中から選ばれた者が代行している名ばかりの仮の状態だ。新たな王を起てるのに新政権派とニーナ王妃派が、どちらの推薦も許さない状態が長く続いているのである。

 そして、アルス達が傷心の状態であろうと、サウス・ドラゴンヘッドの国単位では些細なことでしかない。今回の一件で、新政権派とニーナ王妃派は動かざるを得ない状態に陥った。新政権派の本隊を指揮していた部隊長の男は、新政権派の要人を集め、城下町にある小さな倉庫で会合を開いていた。

『どういうことだ? 盗賊団が全滅するなど、話が違うではないか』

『あの規模の軍が適当に集めたハンターに全滅させられると思うわけないであろう』

『そうだ。あの死体の状況を見たのか? あれでは、まるで、あの方のようではないか』

『あの場所に、あの方が来たというわけではないだろうな?』

『それはないはずだ』

「おやおや、こんなところにお集まりになって、何の相談ですか?」

『……!』

 新政権派の男達が声のする方に振り返ると、そこにはトルスティが倉庫の荷物に座りながら笑みを浮かべていた。

「皆さんがいらっしゃる前から居たのですが、お気付きにならなかったようですね?」

『貴様!』

「今回の盗賊の一件について、詳しくお聞かせ願いたい」

『何のことだ?』

「盗賊団と部隊長殿お抱えの魔法使いで、私達ニーナ王妃を支持する人間を皆殺しにすることですよ」

『ど、どうして、それを……!』

「部隊長殿が話してくれましたよ」

『貴様、裏切ったのか!』

 トルスティは荷物から降りると、溜息を吐いてゆっくりと歩みを進める。

「やはり、あなた方の仕業でしたか」

『鎌を掛けたな!』

「ええ」

『しかし、一人だけの証言では意味がない!』

「途中の過程を省いて、いきなり最終局面ですか? 裁判で訴えられるなら……ですか?」

『黙れ!』

「ええ、黙りましょう」

 トルスティは、荷物の重なる上にある小さなクリスタルを指差す。

「あれは、何でしょうね?」

 新政権派の男達は疑問符を浮かべながら、トルスティの指し示す先に視線を移す。

「あなた達が国の資産を理由に、王室の宝物庫から流出させた魔具ですよ」

『魔具?』

「管理されていたのに、まだ気付きませんか? 魔族が人間に通信する時に使っていたものです。私達の会話は、あなた方が話を始めた時からサウス・ドラゴンヘッドの町々の空に映像として流れているのですよ」

 新政権派の男達が倉庫を飛び出すと、空には自分達の姿が浮かび上がっていた。

「それだけではなく証拠もあります」

『証拠?』

「月明銀の鎧です」

『鎧……だと?』

「戦場に残された月明銀の鎧は、高価で盗賊が持てるような物ではありません。足取りを辿るのは難しくもありませんでした」

 トルスティは、新政権派の部隊長に視線を向ける。

「焦った部隊長殿は、月明銀の鎧を回収し忘れていました。まあ、仕方がないでしょう。全滅させるつもりでしたから、本来なら盗賊達が回収して証拠を残さないはずです」

 部隊長が一歩二歩と後退りする。

「最初に話していた『あの方』とは、誰のことですか? 今まで疑問を持たれていたニーナ王妃の事件は、あなた方の陰謀だったのではないのですか?」

『そ、それは……』

 新政権派の男達が何も言えずに押し黙ると、トルスティは強く握った拳で倉庫の扉を叩き付けた。

「胸糞悪い! 今回だけでも、あなた達のせいで多くの人間が殺され、若者達が心と体に大きな傷を負ったままです!」

 トルスティは拳を振るわせる。

「今回の事件の全ては白日の下で、国民の目に曝されました。沙汰は追って下るでしょう」

 トルスティは新政権派を置いて歩き出す。

 魔具の力により映し出された小さな倉庫には王都の民が集まり始め、空に映った映像が嘘ではないことが証明された。

「結局、私はアルス君達の作り出した状況を利用することしか出来なかった……。最低です……」

 トルスティは長年待ち続けた新政権派が間違っていることを証明する機会を手に入れ、確かに証明をした。しかし、その代償に傷ついたのは自分ではなく、教え子と同じ歳以下の少年と少女達だったことに遣り切れない気持ちで一杯になっていた。

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