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作製編  83 【強制終了版】

 リースとエリシスは、エリシスの採ってきた薬草を口に含み噛み続けていた。

 薬草は唾液の酵素と合わせて効果を発揮する。既に回復魔法の効果を得られないユリシスに、薬草を使って残りの止血をするのだ。リースが薬草を吐き出し、ガーゼに載せ、ユリシスの傷口にそっと載せた。

「リース……。ユリシスは……」

「内蔵の修復まで済んで、傷口を塞ぐところで限界がきた……」

「ユリシス……」

 エリシスはユリシスの手を強く握った。

「あとは薬草を使って、回復するのを祈るだけ……」

「……助かるの?」

「助かるって信じてる……。この薬草が効いて、血が止まって元気になるよ……」

 リースが涙を流すと、エリシスも涙を流す。

 そして、その時、凄まじい音が響いた。リースとエリシスの振り向いた視線の先で赤い柱が立ち上がった。

「何…あれ……」

 リースとエリシスは、さっきまで居た場所だったことを思い出し、盗賊達で埋め尽くされている戦場に視線を釘付けにされた。


 …


 盗賊達の前でアルスの体が一瞬で癒されたあと、姿を消した。いや、目で終えないスピードで動かれ、見失ったのだ。

 そして、次の瞬間、セグァンが居た場所で赤い噴水が空を貫いた。空を貫いたのが何かと分かったのは、メイスに潰されて押し潰されたセグァンが着ていたはずの鎧を見た時だった。鎧に詰まっていたものが圧力で行き場をなくして、鎧の首の穴から噴き上がったのだ。空からは戦場で目にする不快なものが落ちてきた。

 最後に落ちてきたセグァンの首を『それ』は踏みつけ砕いた。

『う、うぁぁぁ――っ!』

 盗族の一人の叫び声を合図に狩りが始まった。メイスが振られる度に赤い水溜りが広がる。殴られたなどと生易しいものではない。メイスが触れた先は、体から吹き飛ぶのだ。

 逃げても追いつかれる。肉を潰す音と骨が砕かれる音が響き続け、立ち向かった者は反応も出来ずに、次々に潰されていった。

『矢だ! 弓矢で仕留めろ!』

 しかし、『それ』は速過ぎる。狙いも定められない。打った矢が酷く遅く感じる。

 盗賊達に徐々に恐怖が広まり、盗賊達は何を相手にしているのか分からなくなっていった。さっきまで、自分達の掌で弄んでいた者が牙を向いた瞬間『それ』になり、動くものを殺し続け、生きているものを許さず走り続けた。

 単純に全てが二倍になることの恐ろしさ。『それ』は、バーサーカーの呪いが発動したアルスの姿だった。


 …


 リースとエリシスは言葉を失くしていた。

 人と地面で出来ていた、黒を基準にした場所が徐々に赤に変わっていく。自分達の居た場所から赤が広がり、森に囲まれた緑以外が赤に変わるのに時間は掛からないように感じた。

「アルス……」

 リースには、それが分かっていた。

「バーサーカーの呪いを使ったんだ……」

「リース?」

 リースは胸の服を強く握る。

「使いたくないから魔法を使わなかったのに……」

 リースは涙を拭い、立ち上がる。

「アルスのところに行く!」

「行くって……。何が起きてるか分からないのよ!」

「……分かってる!」

 リースはエリシスを置いて走り出した。

「一体、何が起きたっていうの……」

 エリシスは不気味な赤い大地から目を背けた。


 …


 リースは、十五分走り続けて戦場に戻る。

 目に飛び込んできたのは、一面の死体……。

 赤い地面が続く最初の場所に転がっていたのは仇の潰れた首だった……。

「アルス……」

 地獄絵図のような戦場で動いている者を探すが、何処まで行っても赤い大地が続くだけ。血で湿って乾き始めていない地面だけが行き先を教える。

 リースは走る。戦場を抜け、森に入って、数体の潰れた死体を見たあと、血を踏んで出来た足跡を見つけた。

(アルス……)

 森を抜けた遠い先で動いている者を見つけると、その者に続く地面には足跡に続いて何かを引き摺った跡を残していた。

「アルスのメイスだ……」

 リースは視線の先で歩き続ける者に走り、大声で名前を呼んだ。

「アルス!」

 少し振り返る動作をすると、その者は止まらずに歩き続ける。

 リースは全力で走り続け、追いつくと叫ぶ。

「アルス!」

 アルスは振り返らなかった。

「どうして、振り返ってくれないの!」

「…………」

 僅かに声が聞こえる。

「もう、一緒に居られない……」

「……どういう……こと?」

「僕の体は血塗れだ……。もう、皆と一緒に居られない……。あんな残酷な殺し方をして……」

「だって……」

 アルスは、また歩き出す。

「待ってよ!」

 リースがアルスの外套を掴むと、ビシャリと手に湿った感触が伝わる。

(血……)

 アルスはリースの手を振り払う。

「帰って……」

 そして、また歩き出す。

 しかし、リースは許さなかった。アルスの背中に体ごとぶつけて押し倒した。

「何を――」

「行かないで……」

 アルスが体を捻って振り向くと、アルスの背中からずり落ちたリースがアルスのボロボロの外套を持って泣いている。

「行かないでよ……」

 リースはボロボロの血に染まった外套を体に巻きつける。

「一緒に居て……。私も一緒に血塗れになるから……」

 アルスはリースから乱暴に外套を取り上げる。

「……そんなことするな」

「だって、アルスが……。私のせいで……」

 リースは大声で泣き出し、アルスの名を呼び続けた。

 アルスは何も言えずに、ただ俯いた。髪からは、血が滴り続ける。

「どうして、こんなことになったんだ……」

 アルスは最悪の気分で呟いた。

 そして、この時だけは、リースに優しい言葉を掛けることが出来なかった。

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