盗賊達に囲まれていたアルス達は、同様の攻撃を同様に何回か防ぎ切った。
しかし、最初と違うところがある。木製のエリシスの棒は鉄製の武器に粉砕されている。
そして、盗賊達の狙いがユリシスに集中し始めていた。
「その後方の魔法使いが要なんだろう? 大事なものは、後ろに隠すからな」
今、ユリシスの魔法が守りの要になっているのは確かだった。大量の武器の投擲を防ぐには広範囲、高威力のレベル3の魔法が必要不可欠だった。
リースは余っている腰のダガーをエリシスに投げ渡す。
「扱えなくても手ぐらいは守れるから! 体術でダガーに当てて防いで!」
「無いよりマシね……」
エリシスが右手に初めて使うダガーを握ると、武器の投擲が再開した。アルスとリースが第一陣を武器と魔法全てを使って防ぐ。
しかし、二陣の撃ち漏らしをエリシスは、ダガーをぶつけるように当てるだけで精一杯だった。
「全て撃ち落とせない!」
旋回する手斧が、アルスとリース、そして、エリシスの間をすり抜けた。その数秒後、ドサリと倒れる音がアルス達の後ろで聞こえる。そこには仰向けになったユリシスの胸の真ん中に手斧が刺さっていた。
…
「ユリシス!」
エリシスが中衛を外れ、ユリシスに走ると、そこに引き絞った弓から矢が放たれた。
「っ!」
アルスがメイスを盾のように持つことで、エリシスに向かう矢は弾かれる。
リーダー格の男がニヤリと笑う。
「お前が、このチームのリーダーか? 取り乱さないで大したもんだな」
アルスは無言で周囲に視線を向ける。
(さっきは前に出たのが完全な失敗かと思ったが、前に出なければ視界の見えない空間に大量の矢を放っていたに違いない。そうなれば、見えない矢を防げなかった。だが、出たら出たで、この状況……。逃げ出す隙がない……)
数で負ける。作戦で負ける。技量は分からなくとも、これだけの統率力を見せられれば、個人のレベルが高いのも簡単に理解できる。
(……どうする?)
後ろでは、エリシスの叫び声が響く。刺さった斧を抜いていいのかも分からず、アルスに叫び続けている。
しかし、振り向けない。振り向いたら殺される。
(……どうする?)
リースを横目で見る。口には出さないが焦っているのが分かる。口をずっと強く結んだままだ。
(考えろ……。さっきのアイツが言ったことは本当なのか? 本隊が来ないというのは?)
相手を観察するも、一向に慌てる様子がない。
(本隊が来ないのを確信し切っているのか……。僕達に出来ることは――)
アルスは無言で考え続け、決心する。
「エリシス、リース、よく聞いて」
二人の視線がアルスに向かう。
「これから、ユリシスを助けることを優先して行動する。仇討ちは忘れる、いいね?」
リースは頷き、エリシスは涙を拭うと『分かった』と返す。
「手斧は治療するまで抜かない。エリシスが責任を持ってユリシスを運ぶ」
「ええ……! 任せて!」
エリシスは不安を誤魔化すように強く返事を返した。
「リース、ユリシスに回復魔法を掛けて。僕の回復魔法じゃ役に立たないぐらいに傷が深い」
「うん」
「そして、リュックサックから治療用のバッグと薬草辞典を持って行って」
「アルスは?」
アルスは少し黙った後で呟く。
「殿(しんがり)……。足止めする役」
「私達を庇って、死ぬつもりじゃないよね?」
「まさか……」
「信じていいんだよね?」
「信じて」
「約束だよ」
「約束だ。さっき、来る時に見た山道に入って、十五分走って距離を稼いだら治療を開始して」
「分かった」
アルスは大きく息を吸う。
「出血は少し! エリシス、リース! 絶対にユリシスを助ける!」
「「了解!」」
アルスがメイスを構え、魔力を送り込む。圧縮された魔法の火球が撃ち出されると同時に、リースとエリシスは走り出した。リースは小太刀とダガーを納めると自分のリュックサックを投げ捨て、アルスのリュックサックから治療用のバッグを取り出し肩掛けする。そして、バッグの中に薬草辞典を詰め込んだ。
エリシスはダガーを投げ出し、ユリシスを両手に抱えて走り出す。
リーダー格の男は指示を出すため、右腕を上げる。
「逃がす――」
だが、指示は発せられなかった。合図を出そうとしたリーダー格の男に火球が直撃した。
「同じことだ。あなたが、この盗賊団の要なんでしょう?」
アルスの目は、今までで一番冷たく光っていた。
メイスから、次々に火球が撃ち出される。狙いは、全て顔面。盗賊達の目を焼いて視界を潰す。
『うろたえるな! 相手は一人だ!』
盗賊達の視線が集まるのを無視するように、アルスは仁王立ちする。
「ここから先には行かせない!」
アルスの魔法の奇襲と道を塞ぐ行動で、リース達は盗賊達の投擲の射程の外まで走り抜けた。
…
エリシスは走りながら涙を流していた。アルスは、ああ言ってくれたが、ユリシスの血は止まっていない。自分の武道着の胸をユリシスの血が染め始めている。
「ユリシス……。ユリシス……」
来た道を引き返し、山道の脇道を見つけると、アルスに言われたまま走り続ける。
一方のリースは、後方を警戒する。アルスが押さえ切れなかった盗賊を始末するのは自分の役目だからだ。
しかし、盗賊は姿を現わす気配すらない。
(アルス、頑張ってくれているんだ……)
ユリシスの命を必ず救えると信じて、リースとエリシスは走り続けた。
…
指揮系統がやられ、アルスの魔法の攻撃に盗賊達は混乱していた。これなら十分に時間を稼げる。
(だけど、何かおかしい……。指揮系統の一人がやられただけで、こんなに攻撃の手が弱まるのか?)
アルスの疑問を指摘するように、アルスを囲む盗賊達の後ろで新たな指示が響いた。前衛と後衛が入れ替わり、アルスの前に姿を現わしたのは重厚な鉄騎士だった。
「何で、こんな立派な鎧を着けたのが盗賊に居るんだ!」
メイスを構えて鉄騎士に火球を撃ち出すが、その火球が鎧に弾かれた。
「鉄じゃない……? 月明銀か!」
アルスは歯を食い縛る。魔法は効果が薄い。
そして、対策を考える間もなく、鉄騎士達が声あげて迫る。
「っ!」
メイスを手放し、アルスは腰の後ろからダガーとロングダガーを引き抜く。
「行かせない!」
鎧の隙間を通せないメイスをやめての換装。数は七人。
(この人数なら!)
鎧を着て動作が遅い分、アルスの方が早く動ける。振り上げた鉄騎士の一人の懐に、アルスは一瞬で詰める。
「速――」
振りあがった腕から見える鎧で覆われていない脇の部分。そこに左手のダガーを突き立て、アルスは一気に切り裂いた。
更に積極的に前に出て、全力で敵の武器は振らせない戦法を取る。横薙ぎにしようと構えた別の鉄騎士の槍に向かって、右手のロングダガーを槍に押し当てる。押し当てたまま突っ切り、アルスは鉄騎士二人の後ろを取った。
(この鎧が特注なだけで、中の人間は着慣れてない。きっと、本隊を襲うための盾にでもするつもりだったんだ)
アルスは後ろ向きになり丸見えの膝の関節を曝している鉄騎士を、一人ずつ、両手を開いてダガーとロングダガーで切り裂いた。
「あと、四人!」
しかし、アルスが次の標的に向かおうとした時、左腿に矢が刺さる。
「しまった……!」
アルスは地面に左膝を突いた。
時間は、リース達に告げた十五分を経過しようとしていた。
…
山中では、ユリシスの治療が行われようとしていた。
リースはユリシスから習い途中の二重詠唱を唱えながら両手に手持ちの薬草――竜火草を握る。そして、詠唱直後、リースの手は水球に覆われながら火球を作り出した。時間がないため、強引だったが竜火草で消毒して、熱で両手を滅菌したのだ。
リースがユリシスの左手を取って脈を確かめると、エリシスに頼んで、手斧をゆっくりとユリシスから引き抜いて貰った。
「っ!」
手斧を抜いた瞬間、血が噴き出した。リースは流れ出る血の上から傷口に手を当て、自身の使える回復魔法の効果を最大限に引き出す。
「手に付く竜火草の薬液で、傷口からの毒を消毒しながら……、っ! 出血が酷い……!」
「ユリシス……」
エリシスは正座しながら武道着の裾を握り締めた。だけど、じっとしているだけなんて出来なかった。
「リース! あたしに出来ることは⁉ あたしは、ユリシスのために何をすればいいの⁉」
今の状態を判断し、リースは囁く。
「薬草……」
「え?」
「薬草を探して」
「薬草?」
リースは回復魔法を掛けながら、いつもと治りの感触が違うことが気に掛かっていた。
「きっと、最後まで治せない。回復魔法は治療する人の細胞を活性化させるから、対象者の体力が減る。でも、ユリシスの体力は出血で下がってる。魔法を掛けれなくなったら、薬草で傷を塞いで治すしかない」
「薬草……。鞄から本を勝手に出すから!」
エリシスはリースの肩から下がる鞄を漁り、薬草辞典を開く。
「場所は、サウス・ドラゴンヘッド……。効能は血止め……」
パラパラと本を捲り、目的の血止めの薬草を見つける。
「探してくる!」
エリシスは薬草辞典を持って森に消え、リースは脈を取りながら回復魔法を掛け続ける。
「ユリシス、頑張って……。まだ回復魔法を掛けさせて……」
リースは祈る思いで回復魔法を掛け続けた。
…
ダガーとロングダガーはリース達を追って走り抜けようとした盗賊に投げつけて、既に手元にはない。続いて走り抜けようとした盗賊に魔法を撃ち、盗賊達が投げて散らばっている武器を拾って投げつけ、意地でも先に通させない。
その結果、アルスに向けられたのは弓だった。無様に転がってメイスを取ると、盾にしてやっとの状態で防ぐのが精一杯だった。
また、全ての矢は躱し切れず、新たに右腕と左脇腹に矢が食い込んだ。
アルスは右手にメイスを握り、左膝を突いていた。
「本当に大したものだ」
盗族団の大将がついに姿を現わすと、アルスの目が鋭く射抜く。
(リースとエリシスとユリシスの仇……!)
手配書と同じ整った髭を生やした顔、立派な細工のしてある鎧、盗賊どころか騎士の風体だ。
「どうだ? 我々の仲間にならないか? ここまで戦える人材を殺すのは惜しい」
アルスは口を強く結ぶ。
「まさか……。僕が何て言うかなんて分かっているんでしょう?」
「『お前らの仲間になんかなるものか』……かね?」
「そうだ。そして、どうせ、僕を仲間にする気なんてないんだろう? 騙して、殺して、嘲笑う……。そうだろう? セグァン・アバクモワ!」
セグァンは声を出して笑う。
「その通りだ。そして、そろそろ時間なのだよ」
「時間?」
「遊びの終わりの時間さ。本隊を全滅させるのに向かう時間になってしまったのだよ」
「何で、本隊を襲う必要があるんだ!」
「これから死んでしまう君に、話しても意味はないと思うがね?」
「この仕組まれている作戦の真意は何なんだ……。一向にセグァンの目的が分からない……」
セグァンはアルスの言葉に、目の前の少年はかなりの理解力を備えているが故に、もう少し自分のために苦しんでくれそうだと感じた。そして、そう感じると、セグァンは楽しそうに話し始めていた。
「少し気が変わったので話してあげよう。仕組まれていたのは全てだよ。この作戦は、サウス・ドラゴンヘッドに残る少数派閥を完全に駆逐するものだ」
「トルスティさん達を……」
「そう……。情報を操作し、作戦を立案して信用させる。忘れてはいけないのは、執拗な嫌がらせを繰り返すことだ。連中に、また嫌がらせかと思い込ませ、卑しい盗賊退治をさせることだ。簡単な任務と油断し、今頃、新政権派に誘導されて引き返している頃だろう。そこを我が盗賊団と新政権派の魔法使いが挟み撃ちにして、この事件は終わるのだ」
アルスは目を見開く。
「お前達は盗賊団ではなく、サウス・ドラゴンヘッドの兵士だったのか?」
「そういうことになるね」
「あのドラゴンアームの事件も、ノース・ドラゴンヘッドの事件も、盗賊団ではなくサウス・ドラゴンヘッドが関与していたのか!」
セグァンは以外そうな目で、アルスを見下ろす。
「おや? そういうことか……。君は、あの事件の関係者なのか。殺された中に知り合いが居たのかね? それとも親戚かね? いやいや、家族かもしれないな」
セグァンはアルスの感情を逆撫でして嘲笑う。
「仇討ちは失敗のようだ。でも、君は満足だろう? 仲間は逃がしたのだし……。まあ、最優先で探させるがね」
セグァンは声を大にして叫ぶ。
「捕まえたら、私達全員の慰み者にしてやろう!」
盗賊達に歓声が上がると、セグァンはそれを優雅に手で制し、目を鋭くしてアルスに言い放つ。
「だから、君はそろそろ死んでくれないか? 私は君の怒りに満ちた目を見て、十分に満足したよ」
アルスは奥歯を強く噛み締める。
「さあ、時間だ。まだ、私を喜ばせる言葉を吐けるかね?」
セグァンが笑い続ける中で、アルスは左腿に刺さる矢を左手で力任せに引き抜いた。
「……確かに、もう時間だ」
ゆっくり立ち上がり、右腕に刺さった矢も同じように左手で強引に引き抜く。鏃の返りで肉が引き裂かれ、辺りには血が飛んだ。
アルスは矢を投げ捨てる。
「リース達は、十分に距離を取った頃だ――」
セグァンは少し不気味な光景だと思いながらも、アルスの最後の言葉を待ち続ける。
「――本当はユリシスに掛けてあげたかった一番の魔法……。こんな使い方をしたくなかったけど、まだ人を殺し続けると宣言するんじゃ仕方ない……。あそこにはミストとトルスティさんが居る……。お前達より、死んじゃいけない人達だ……。そして、お前達が穢しちゃいけない大切な家族を守らなくちゃいけない……」
アルスが左脇腹の最後の矢に左手を掛けて引き抜くと、丈夫な麻の服に血が滲んだ。そして、矢を投げ捨てると同時に呪文を詠唱し始める。
その呪文は、ここ居る者、誰一人として聞いたことのない呪文だった。
(何の呪文を唱えている?)
セグァンは、何故か嫌な汗を掻いていた。その不気味さに耐え切れず、弓を構える合図を出そうと手をあげた時、アルスの詠唱が止まった。
「この呪文は、ここまででいいんだ……。最後まで唱えると準備が解除されてしまうから……。そして、これを唱えられなかった理由を教えてあげる――」
セグァンは矢を放つ合図を出す。
「――皆、殺してしまうから……」
アルスの魔力で管理者の魔法のロックが強引に解除されて発動すると、アルスの体を光が包み込んだ。