太陽が真上に昇り、作戦が始まった。
隊列は登録順だったため、アルス達は最後尾を進むことになった。この位置は作戦が始まった時、全員の視線が向かわない場所のため、一直線にセグァンへと向かうことが出来る最適な位置とも言える。
アルス達は鬱葱と茂る草木で覆われた、人二人が並べる程度の道を静かに進む。途中、別の場所に通じる脇道があったが、案内役の話では集合場所に来るまでに通り過ぎた二つある山の一つ目へと通じているとのことだった。そして、草木が開け、盗賊達の陣を確認できる場所に出た。
しかし、奇襲を掛ける部隊は、話と違う内容に動きが止まった。アルス達の前で断末魔の絶叫が響き、倒れたハンター達のお陰で視界が広がる。目の前に広がるのは、奇襲されるはずの盗賊達だった。
『話が違うじゃないか!』
生き残った奇襲部隊のハンターの一人が叫ぶ。逃げ出そうとして体を後ろに向けた瞬間、矢がそのハンターを貫いた。
逃走は許さない。アルス達が動けないで居ると、緊張感に我慢できなくなった残りの六人のハンターが走り出した。
『どうせ、やられるなら!』
『コイツらを一人でも多く道連れにしてやる!』
しかし、たった二人の盗賊が前に出て、持っている剣でハンターの男達を一太刀で切り裂いてしまった。
「……嘘でしょ?」
話に聞いていた盗賊は遥かに弱い烏合の衆。エリシスが信じられないのも無理もない。ランクCのハンターがやられるはずがないのだ。
「それだけじゃない――」
アルスの言葉に、リース達の視線が集まった。
「――この人達、作戦を知ってて待ち伏せしていた……。罠に嵌められたのは僕達だ!」
後ろを見せれば、矢により射殺される。ここでは狭過ぎるとやられたハンター達の死体を跨ぎ、アルス達が前に出る。
(この人数なら、無理をすれば僕達だけで倒せるか?)
しかし、状況は悪化していく。盗賊達は次々と人数を増やし、厚い人壁によってアルス達は囲まれ始めた。
「二十人どころじゃないじゃない……」
「きっと、後ろにも沢山居るよ!」
盗賊団は二十人どころか、その倍近く居る。この大人数で押し潰されないで戦う場所が空いているのは、戦わせて見世物にするために他ならない。
そして、先ほどのアルスの言葉を聞いた、盗賊団のリーダー格と思われる男の一人が笑いながら前に出た。
「信じられないな。一番状況判断が出来ていたのはガキじゃないか」
アルスはリュックサックを後ろに投げ、左膝のメイスの拘束を解いて構える。続いてリースが右手に小太刀を持ち、左手にダガーを握って構えた。エリシスは舌を打つと棒を構え、ユリシスはバックアップのため、一歩下がり杖を構えた。
「コイツらが一番マシだな。逃げられないと理解して後ろを見せない。そして、不用意に突っ込んでも来ない」
盗賊に相応しくない鉄の鎧を身に着けたリーダー格の男は、優雅に手を翳した。
「だが、一つ知らないことがある――」
手が振られると囲んでいた盗賊達が武器を構え、それを投げ出した。
「――俺達が訓練されているということだ」
圧倒的な数の暴力が始まる。
アルスは足、腰、腕を連動させ、メイスを振るって第一陣の投擲された武器を打ち落とす。そして、メイスを振り切った体勢を立て直すまで無詠唱のエアボールを連発する。
リースもアルスに続き、小さく細かく武器の回転を繰り返す。新たに習得した小太刀の技術で足と腰がスムーズに旋回し、腕の振りだけでは出来ない投擲される武器の軌道を逸らす。厚みのあるダガーは避け切れない武器を叩き落すための盾に近い使い方で使用する。射程外の武器は、普段使わない魔法を詠唱して遠距離から撃ち落として対応した。
それでも武器の雨は、アルスとリースをすり抜けていく。その撃ち漏らしは、エリシスが棒術で叩き落し、詠唱時間を稼いだユリシスがエアリバーで飛んで来る武器の大半を始末した。
「コイツは驚いた……。コイツら、ただのガキじゃないぞ」
リーダー格の男は、再び手をあげて合図を出す。
エリシスが叫ぶ。
「こんなの、いつまでも防ぎ切れないわよ!」
「分かってる!」
「じゃあ、どうするのよ!」
「少しずつ後退するしかない! ここに来るまでに通った狭い道まで戻れば、相手も一片に攻め切れない! 僕のメイスなら投擲された武器の盾に十分になる!」
「……了解!」
リースが付け加える。
「時間を稼げば本隊も来るよ! 時間を稼げれば状況も変わるはず!」
「悪いことだけじゃないじゃない……」
エリシスは笑みを浮かべる。要は、時間を掛けて隙を作らずにゆっくり後退すればいいのだ。
しかし、リーダー格の男は嘲笑する。
「本当に頭の回る奴らだ。こういう奴らを相手にするのは楽しくて仕方ないぜ。だから、訂正しておいてやる……、本隊は来ないぜ」
アルス達、全員が言葉を失くす。
「さっき、作戦がバレてたのに気付いただろう? だったら、本隊をここに来させるわけないだろうが」
リーダー格の男の目が見開く。
「本隊がここに来る道は、直前で岩を積んで封鎖してあるんだよ! そして、お前達の来た道を通って、俺達が後ろから本隊に奇襲を掛けて逃げ道を失くすって戦法だ!」
「最悪じゃない……」
エリシスの恨めしい言葉と同時に、再びリーダー格の手が振られた。
…
トルスティとミストの居る本隊は、盗賊団のリーダーの一人が言ったように岩で塞がれた道で立ち往生していた。
トルスティは有り得ない状況に奥歯を噛み締め、本隊を指揮する新政権派の貴族に進言する。
「私のレベル5の魔法で道を塞ぐ岩を除去します!」
「それは駄目だ」
「何故です⁉」
「この音が聞こえんのか? 既に戦いは始まっているのだぞ?」
「何の関係があるのです!」
「鈍い奴だな……。本来、奇襲するのは我々であり、あのハンター共は囮の役だ」
「そんな……!」
トルスティはアルス達を思い、倒れそうになるのを必死に堪え、次の瞬間には自分を奮い立たせる。
「ならば! ここを私の魔法で何とかするので、直ぐに奇襲を実行してください!」
「ここに岩を積まれているということは、こちらの作戦は洩れている。このまま突き進んで、貴様は本隊の他の者達を危険に曝すつもりか?」
「っ!」
トルスティの焦る顔を見て、ミストも話に加わる。
「我々、本隊の行動を指示してください」
「分かっている。このまま来た道を引き返す」
「しかし! 隊長――」
トルスティの言葉をミストが腕を掴んで止める。
「先生は正しいです。でも、本隊を全滅させるわけにいきません」
「アルス君達は、どうするのです!」
「助けに行きます! だから、ここで時間を潰せないのです! 一分でも一秒でも早く引き返して、救助してあげないといけないのです!」
「ミスト……」
トルスティは頷く。
「隊長殿、私達二人だけを先に行かせてくれませんか?」
「ハンター共に手を貸すのか?」
「はい」
「もう、全滅しているかもしれんぞ?」
「構いません」
「……許可しよう」
「ありがとうございます」
トルスティとミストは馬を借りると、来た道を全力で引き返した。
「馬鹿な奴らめ。死ぬのを早くする必要もあるまい。今日、古い仕来りに縛られた者達は全滅するというのに……」
トルスティとミストの走る馬の後姿を見ながら、本隊の隊長は邪悪な笑みを浮かべて呟いた。