ハンター募集の受け付けを済ましたタイミングで、トルスティがアルス達の前に姿を現わした。今回は重要な話らしく、いつぞやのレストランというような感じではなかった。
…
案内されたのは、営業所の中の個室――。
周りに人を入れさせないということは聞かれたくないということなのだろう。貴族専用ということもあり、個室は清掃が行き届き、壁に絵も飾られている。長机と椅子が並び、十人は裕に入れる。
アルス達が個室に入ると、また懐かしい顔に会った。
「「「!」」」
変わらない青み繋った髪。しかし、顔は少し大人っぽくなり、少女から女性に変わろうとしていた。背も少し伸び、貴族らしいローブが落ち着いた感じを演出していた。
そして、懐かしむアルスとは反対にリース達の反応がミストを見て、あから様に変わった。
「お連れの方が増えたのですね」
「双子の姉妹エリシス・バルザックとユリシス・バルザックだよ」
アルスの紹介に、ミストは軽く会釈する。
「ミスト・ベルグストロームと言います。初めまして」
「は、初めまして」
ユリシスは何かに負けたような感じを漂わせながら返事を返す。一方のエリシスは、まだ負けを受け入れられないという感じだ。
しかし、ゆっくりと右手を差し出す。
(ああ、握手ですね……)
ミストがエリシスの右手を握り返そうと自分の右手を差し出したが、エリシスの右手はミストの右手をスルーした。
「は?」
エリシスの右手は、そのままミストの左胸をムギュッと掴んだ。
「キャッ!」
「完全に負けたわ……」
ミストが自分の胸を庇って一歩後退すると、エリシスはがっくりと床に手を着く。
「あれには……。あれには勝てないわよ……」
「姉さん……」
「予想外の代物じゃない! やっぱり、相容れない!」
ミストはオロオロと首を振り、目でアルスに説明を訴える。
「ごめん……。少し頭の可哀そうな子なんだ……」
エリシスのグーが、アルスに炸裂した。
「どういう説明をしてんのよ!」
「有りの侭だけど……。初対面で胸を揉むって馬鹿じゃないの?」
「馬鹿じゃないわよ! あんた、アレを見てショックを受けないの⁉」
エリシスの指差すミストのアレを見て、アルスは溜息を吐く。
「確かに予想外に実ってるけど……」
ミストのグーが、アルスに炸裂した。
「何を言っているのですか!」
「言わされたんだ……」
アルスは殴られた顔を擦りながら溜息を吐く。
「もう終わりにしていい? 三年も経てば変わったところの一つや二つあるのが当たり前なんだから」
ミストは額に手を置いて項垂れる。
「もっと、感動的な再会を期待してたのに……。お互い大人になったことを褒めるとか……」
「さっき、エリシスが褒めたじゃないか」
「信じられません! アルスさんは、アレを褒めたと仰るのですか⁉」
「女同士なら最高の褒め言葉じゃないの? 実際、うちの三人は沈んでるし」
ミストの視線の先で暗い影を背負う少女が三人。
(……確かに勝った感はあるのですが、私は勝負を挑んだ記憶も挑まれた記憶も一切ありません)
ミストはジト~っとアルスを睨む。
(折角、再会を楽しみにしていたのに……)
ミストはミストで、抱いていた再会を打ち砕かれて暗い影を背負う。
「何だこれ?」
個室の中はアルスとトルスティを除いて暗い雰囲気が支配していた。
「アルス君も罪な男ですね」
「そういう雰囲気でしたか? 散々、ど突かれてたんですけど……」
「……確かに、そいう雰囲気ではありませんでしたね」
「本題に入って貰えませんか? このままの状態に耐えられないんですけど」
「まあ、それは私もなのですが、彼女達が復活するまで少し待ちましょう」
(復活するのか?)
個室の中は混沌としていた。
…
陰気な雰囲気が少し振り払われると、トルスティはアルス達を席に促し、早速、今回のハンター募集の説明を始めることにした。
「改めて自己紹介します。トルスティ・カハールです」
「こちらもしますか?」
トルスティは、アルスの質問を手で制す。
「先ほどの会話で覚えました。アルス君、リースさん、エリシスさん、ユリシスさんですよね?」
「はい」
「本当は懐かしい再会を喜びたいのですが、ハンター募集の案件は今日にも締め切られ、数日の間に実行される予定ですので、こちらとしても早めに情報を収集しておきたいというのが、現状です」
アルス達が頷くと、トルスティは続ける。
「セグァン・アバクモワという盗賊を捕らえる。もしくは、殺すことが、今回の募集の内容です」
リース達の視線が鋭くなると、トルスティとミストは因縁があるのはアルスではなく、少女達にあるのだと理解した。
「募集が出された二ヶ月前。セグァン・アバクモワ率いる盗賊団が町を一つ壊滅させました。そして、今日までの間に、もう一つ町が壊滅させられています。このことにサウス・ドラゴンヘッドは、国内でセグァン・アバクモワを始末することを決定しました。始末する原因となった盗賊団の手口というのが――」
「殺し目的の殺戮……」
リースの言葉に、トルスティは小さく頷く。
「その通りです。金品を狙わない殺すためだけの殺戮です。そして、見せしめに派遣されていた兵の張り付けが残されていました」
「同じだ……」
リースが俯き、ズボンを強く握ると、アルスは『大丈夫だ』とリースの肩を抱く。
「皆さん、浅からぬ私怨があるようですね?」
「リースはセグァンに襲われたノース・ドラゴンヘッドの移民の町の生き残りです。その後、僕がリースを引き取ったんです」
「そういう関係だったのですか」
「状況は、トルスティさんの話してくれたことと同じです。ほとんどの死体が一太刀で斬り殺され、ノース・ドラゴンヘッドから派遣されていた見習いの騎士が張り付けにされていました」
「アルス君は、現場に居たのですか?」
アルスは首を振る。
「現場を見てしまったのはリースなんです。僕は、壊滅した町の第一発見者でした」
「そうですか」
「リースには、何も聞かないでください」
「アルス……」
リースはアルスを見詰める。
「あんな辛い思いを無理に思い出すことはない。僕が記憶している内容で、十分に事足りる」
「うん、ありがとう……」
(いいお兄さんですね)
トルスティは心の中で微笑む。
「では、後ほど。こちらの状況と擦り合わせをさせてください」
「はい」
「あたし達は、ここで言っておくわ」
エリシスが凛とした声で話し出す。
「あたし達は、リースの一年前にドラゴンアームでセグァンにやられてる。そして、あたし達の国からセグァンの行動は始まってる。あたし達の場合は、手口が少し違うの」
エリシスは一呼吸を置くと、心を強く持った目で話し出す。
「綺麗な死体なんて一つもなかった。ドラゴンアームの神殿を守る衛兵を徹底的に嬲り殺してた。あたしの両親の死体は、何度も……何度も何度も斬られた痕があった」
「何故、ドラゴンアームだけ……」
「予想でしかないけど……。見せしめに衛兵を殺すのは同じ理由だと思う。それ以外は、試し斬り……。人を斬って武器の切れ味を確認してたんだと思う」
エリシスの言葉に誰もが口を閉ざし、暫しの沈黙のあと、アルスが口を開いた。
「僕の予想を加えると、それ以降、その殺し方をしていないのは武器の温存のためだと思う。血が刃に残れば切れ味が落ちるし、何度も骨まで斬るような使い方をすれば刃自体が欠けることにもなる。そして、その温存された武器を使われるのは、今度かもしれないってことだ」
アルスは、エリシスとユリシスの様子を見ながら話し掛ける。
「少し休もうか?」
エリシスは額に手を置く。
「お願い……。冷静で居られない……」
「わたしもです……」
トルスティが席を立つ。
「お茶の用意をしてきます」
「私も手伝います」
ミストがトルスティに続いて席を立つと、アルスはエリシス達に話し掛ける。
「そこまで言わなくても良かったんじゃないか?」
「まだ控えてる方よ……。あの光景は忘れられるようなものじゃないわ……」
アルスは、怒りと悲しみに体を震わせるエリシスとユリシスを見て、もう一度言葉を掛ける。
「何とかしよう……」
「……何を?」
「こんなことを思い出す原因を何とかするんだ」
「……そうね」
「でも、いいんですか? アルスさんは積極的に関わりたくないんでしょう?」
アルスは首を振る。
「こんなの嫌だ。リースもエリシスもユリシスも、思い出す度に辛い顔をする。完全に忘れられなくても、頻繁に思い出させる原因は、ここで何とかしたい」
「あんたの戦う理由は、それでいいの?」
エリシスの眼差しは、いつになく真剣だった。長い旅をして、アルスの性格も分かっている。また、アルスを関わらせることに疑問を抱くようにもなっていた。
「僕の叩く理由は、それでいい。リース達のためなら戦える」
「自分のために戦いなさいよ」
「辛い顔を見たくないというのは自分のためだよ」
「理由が軽いんじゃない?」
「皆と居て、重くなっちゃったんだよ」
「それ、分かる」
「リース?」
リースは胸の服を強く握りながら話す。
「私はエリシスとユリシスを本当のお姉さんだと思ってる。その二人が辛い顔をするのは嫌だもん」
「わたし達も、リースさんのことを妹のように思っています」
アルス達は笑い合う。
「いつの間にか家族みたいになっていたんだね」
「それもいいかもしれないわ」
「はい。憎しみだけで戦っているようには思えません」
リースは頷く。
「これで心置きなく戦えるね。皆のために全部終わらそう」
リースの言葉に全員が頷くと、そこにトルスティとミストが、お茶とお茶菓子を持って現われた。
「気分は良くなりましたか?」
「大丈夫よ」
エリシスは、トルスティにチョキを見せる。
「いいパーティのようですね」
「まあね」
「では、もう一息ついてから、話を続けましょう」
「分かったわ」
それぞれの席の前にお茶が置かれ、お茶菓子を摘まみながら暫しの休憩。
トルスティがアルスに別の話題を振る。
「三年間、何処で何をしていたのです?」
「ここからドラゴンチェストを通って、ドラゴンウィングへ。ドラゴンウィングの翼の先からドラゴンテイルに入って、北上してドラゴンチェストに戻りました。そして、ドラゴンヘッドです。リース達には、僕の我が侭で鍛冶修行に付き合って貰いました。半分はセグァンを追って……っていうのもあるんですけどね」
「アルス君は鍛冶修行ですか……。腕は上がりましたか?」
「正直、あまり変わってませんかね」
「何のために旅をしたのですか……」
ぐったりとするトルスティに、アルスは答える。
「お爺ちゃんの鍛冶技術の確認です。そして、お爺ちゃんの技術が、やっぱり一番でした」
(おかしな言い方ですね? その言い方だと、アルス君はお爺さんの技術を全て知っているように聞こえます。あの時に少年だった彼が、全てを習得していたとは思えないのですが……)
トルスティはアルスの鍛冶技術が少し気にはなったが、今は追及しなくてもいいことと口を噤む。
「トルスティさんとミストは、何をしていたんですか?」
「我々はサウス・ドラゴンヘッドの魔法使いです。魔法の修練や研究をしていましたよ」
「それはそうですよね」
「ミストは貴方にやられてから、魔法に打ち込む姿勢も変わりました」
「え~っと……。凶暴になったパターンですか?」
ミストの視線がアルスに刺さる。口元の笑顔は『そんなわけないでしょう』と言っている。
「冗談だよ? 冗談」
「分かっています」
(声が怒ってる……)
アルスが咳払いをするその横では、エリシス達がリースに『凶暴とは何か?』の詳細を聞いていた。
「アルスさん」
「はい」
ミストはアルスに向かって人差し指を立てる。その指先には小さな炎が灯った。
「無詠唱魔法……」
「しっかり覚えました」
「頑張ったんだね」
「ええ、習得には多大な努力を費やしました。だから、あの時、あの歳で、アルスさんが無詠唱の圧縮を見せたのに感動し、憧れました」
「僕を目標にしちゃったの?」
「それだけ衝撃的だったのです」
ユリシスが付け加える。
「わたしも分かります。見た目は魔法使いではないのに、いきなり無詠唱魔法を使われた時は馬鹿にされたと思いました。しかも、本職は鍛冶屋とか言われた日には、プライドをズタズタにされました」
「人を見た目で判断するからだよ……」
「そのせいで、わたしも少なからず影響を受けたんです」
「クリスさんの宿題、頑張ってたもんね」
ミストはユリシスを見ると、『同じ境遇の人が居たのだな』と仲間意識を持ってしまう。
ミストは、アルスに質問を続ける。
「アルスさんは、あれからレベル2以上の魔法を使っていないのですか?」
「使ってないよ」
「使うつもりはないのですか?」
「レベル2以上の魔力は使えないんだ」
「そうですか……」
(やっぱり、何か制限があるようですね……)
ミストは三年前のトルスティの言葉が間違っていないのだと確信する。トルスティもミストが確認を取ったのを、それとなく感じていた。
そして、ミストは追求したい気持ちを抑えて本題へ戻すことにした。
「そろそろ話を戻しても、よろしいでしょうか?」
アルス達が頷いて返事を返すと、トルスティに代わり、ミストが話を進めることになった。
「今回、サウス・ドラゴンヘッドが行なう盗賊団の討伐は、サウス・ドラゴンヘッドの魔法使いで構成される本隊と、ハンター達を雇って構成する奇襲部隊の二部隊で行なわれます。決行は、明日か明後日になると思います」
「随分と急だね?」
「アルスさん達は、ギリギリの応募でした」
「ドラゴンチェストから距離があったから仕方なかったんだ。でも、間に合ったようで良かったよ」
「ええ。作戦は応募を掛けたところから始まっていました。盗賊団を追跡し、戦える場所に盗賊団が陣を張ったのが分かり、応募が締め切られるという流れになっています」
「本当にギリギリだったんだ。それにしても、その間のハンター達を雇う費用はサウス・ドラゴンヘッドが持っていたんでしょう? 随分と気前がいいね? 近くのノース・ドラゴンヘッドの騎士を雇えば、当日払いで済むはずなのに」
トルスティとミストは難しい顔になる。
「実は、それを含めておかしなところがあるのです」
アルスはトルスティの言い回しに、再度質問で返す。
「僕の疑問にトルスティさん達も気付いていたんですか?」
ミストが『ええ……』と、アルスに返事を返すと話を続ける。
「アルスさん達にお話を伺ったのも、今回のターゲットであるセグァン・アバクモワという盗賊が、どれぐらいの標的か分からないからなのです。上の命令では、ハンターのランクCの部隊があれば余裕で殲滅できると言っています。これは本当でしょうか?」
アルス達は困った顔になると、アルスが代表して答えを返す。
「正直、普通の盗賊ならランクCのハンターで十分だと思う。問題は盗賊ではなく盗賊団ということ。僕も部隊を組んで、数で殲滅する方法は考えたけど、情報があってだよ?」
「尤もです」
「今回、部隊を編成する以上、そういう情報はトルスティさん達が提供してくれるものだと思っていたんだ」
エリシスから追加の言葉が発せられる。
「あたし達からすれば、自分達が用意できない部隊を用意して貰って、ようやくセグァンを倒せる条件が整ったところなのよ」
「どうなっているんですか?」
エリシスとユリシスの意見と問い掛けに、トルスティは心痛な顔で話し出す。
「お恥ずかしい話なのですが、この国は一枚岩ではありません。内部で二つに分かれているのです」
「それが何か関係があるんですか?」
「はい、あります。この国の内部分裂が起きたのは四十年以上も前になり、ある王と王妃の死が原因になります」
アルスとリースにはピンッと来るものがあった。
その王妃の名はリースの口から漏れた。
「ニーナ・ビショップ……」
トルスティが頷く。
「ええ、その通りです。歴史上では、彼女が王を暗殺したことになっていますが、それを信じられず受け入れられない者も沢山居ました。その時に、この国は二つに分かれたのです。新たな政権を建てた者達と王妃を信じて古き伝統を受け継ごうとした者達に分かれたという次第です。大半は新たな政権に流れ、王妃を信じた者は僅かな家臣だけです」
エリシスが椅子に体重を掛けて、足を組み直す。
「なるほどね。情報が得られないということは、あんた達は、後者の王妃を信じた魔法使い達なわけね」
「その通りです。情報を制限されています。そして、今度のセグァンの盗賊団を退治する部隊に、我々、全員が新政権派の部隊長の指揮の下で参加することになっているのです」
「普通、盗賊団を潰すだけなら貴族は出ないわね。しかも、騎士を雇わないでハンターを雇うって……」
「完全な当て付けです」
トルスティは苦笑いを浮かべる。
その一方で、アルスは頭の中で部隊の編成を考える。
「部隊だけを考えると、豪華な布陣になるなぁ。この国の貴族の魔法使いなら、レベル3以上を使えるのは当たり前だろうし、遠距離の魔法もレベル1じゃなくてレベル4の圧縮魔法になるから、ランクCのハンターで十分っていうのも分からなくはないですね」
「それでも敵の情報を少しでも入手したくて、アルス君達に情報の提供をお願いしたというわけです」
ミストは不安を浮かべながら話す。
「確かに数も戦力も上だと思うのですが、私は何か陰謀めいたものを感じるのです」
「ただの嫌がらせにしか感じないんだけどね~」
エリシスは拍子抜けした感じがしていた。普通の盗賊団が魔法のエキスパートのこの国の貴族の連合軍に勝てるなど有り得ない。頭の中では奇襲部隊に組み込まれるのを条件に、如何にセグァンとの戦いに望むかを考えていた。
しかし、エリシスが拍子抜けするのも分かるが、不安を抱えているのは、長くこの国に住む魔法使いだ。
アルスはトルスティに質問を続ける。
「ちなみに作戦は、どうなっているんですか?」
「セグァン率いる盗賊団は、森に囲まれた平野に陣を敷いています。この平野に続くまで山を通らないといけないのですが、大通りを我々が進み、現地の人間しか知らない細い道を奇襲部隊が進み、我々の魔法の一斉射撃のあと、奇襲部隊で殲滅戦をします。この間に魔法を詠唱して準備が整えば第二射、第三射の一斉射撃が行なわれる予定です」
ユリシスから自分達の役目が口にされる。
「ハンター達は呪文詠唱の時間稼ぎですか……。道理で、報奨金が安いわけです」
「っていうか、こんな時間稼ぎにしか使われないんじゃ、雇われた騎士は怒り狂うわね」
「怒り狂うと思えませんが、いい気分はしないでしょうね」
ミストが付け加える。
「私達は、この作戦のせいで騎士の方達を雇えないとも言えるのです」
話を要約すると、貴族間の嫌がらせが発展した作戦としか取れなかった。
アルスがトルスティに注意を促す。
「事情は分かったけど、油断は禁物です。今の話し合いで、エリシス達が提供してくれた情報――試し斬りされた武器は、その後、一向に姿を見せていない。この戦いで使われるとなると、接近戦の戦力は格段に上がる可能性がある」
トルスティが頷く。
「確かに忘れてはいけない内容でした」
「あと、盗賊団とはいえ、腕の立つ連中です。一太刀で見習いの騎士をやっつけているんです」
「分かりました。それも肝に銘じます」
トルスティは席を立つと、軽く手を叩く。
「アルス君には、このあと、情報の擦り合わせをさせて貰いますが、他の皆さんはお休み頂いてもいいでしょう。話はここまでとして、宿屋までご案内します」
エリシスがトルスティに顔を向ける。
「宿屋って?」
「ハンターの方々には作戦が始まるまで各町の宿屋に滞在して貰い、作戦が始まる時に召集を掛ける手筈になっています」
「へ~」
「もちろん、宿代はこちら持ちです」
「助かっちゃったわね」
エリシスが席を立つと、リースとユリシスも席を立つ。
「では、案内をしてきます」
トルスティを先頭にリース達は部屋を出て行き、残されたのはアルスとミストだけになった。
「お茶を入れ直します」
「温くていいから、一杯貰えないかな? 喉が渇いちゃって」
ミストは微笑むとティーポットから、そのままアルスのカップにお茶を注ぎ、自分のカップにも温くなったお茶を注いだ。
「不思議な縁ですね」
「その縁のお陰で、緊張も何もない話し合いになっちゃったね」
「本当に……」
ミストはクスリと小さく笑い、少し時間を置いて静かに話し出す。
「もっと、別の機会でお会いしたかったです」
「そうだね。盗賊の殲滅の共同任務なんて」
「それ以上に、国のイザコザを見せるのが恥ずかしいです」
「はは……」
アルスは苦笑いを浮かべる。
「僕もリース達の仇討ちが、こういう形で終わりを迎えるとは思わなかったな」
「ただの殲滅戦だからですか?」
「正直言うと少し安心して、少し気が抜けちゃった。こういう日が来ると思って、大変な戦いになるかもしれないって、サウス・ドラゴンヘッドに来る前に覚悟を決めていたから。そして、避けられない戦いにリースは挑むつもりだったから、自分を守れるように、必死に戦い方を教え込んだんだ」
「リースさんに?」
アルスは頷く。
「リースの意志は強かった。きっと、戦いに行っちゃうって感じてた。だから、リース自身が自分を守れるように武器の扱いを教えた。そして、旅を続けて、リース以外にもエリシスとユリシスを守ろうと思ったんだ」
「リースさん達が羨ましい……」
アルスは、ゆっくりとお茶を啜る。
「だけど、これで終わる」
「そうですね」
「セグァンが居なくなれば、リース達は普通の女の子に戻れるはずだ」
アルスは少し熱く語り過ぎてしまったと笑って誤魔化す。
「ごめん、変な話をしちゃった」
「いいえ……。その思いがあれば気が抜けているのは、今だけですよ」
「そうかな?」
「ええ」
アルスは頭を掻きながら付け加える。
「ミストとトルスティさんも理由になってるのかな……」
「え?」
「僕の戦う理由に含まれてるみたいだ」
「私達も守ってくれるのですか?」
「いい人達だからね」
ミストは嬉しそうに微笑む。
「私達もリースさん達の仲間入りですね」
「そうなるね。旅をすると色んな人と縁が出来て、大切なものがどんどん増えていく。お爺ちゃんの言った通り、凄く楽しいことだらけだ」
「本当に楽しそうで、私もアルスさんと旅に出たくなってしまいます」
「これ以上、女の人が増えるのは勘弁だなぁ。もう一人、男の保護者が加われば別だけど」
「トルスティ先生は、どうですか?」
「あの人は足を引っ張りそうで嫌だ」
ミストは可笑しそうに笑っている。
「まだ警戒が解けないのですね?」
「それはそうだよ」
「私にもですか?」
「原因がトルスティさんだから、あの人にさえ気を付けていればミストは暴走しない」
「あの時は、本当に申し訳ありませんでした」
「もう、いいよ。今日話して、ミストもトルスティさんも、本来、まともな性格をしているのは分かったから」
「ありがとうございます」
「何のお礼?」
「色々です」
ミストは、また可笑しそうに笑った。
トルスティが戻るまで、アルスとミストは久しぶりの話を楽しむのであった。