約三年ぶりになるドラゴンヘッド――。
アルス達は砂漠を抜け、サウス・ドラゴンヘッドに入る。この国に入ったら、何処でハンターの募集の受け付けをしているかを確認しなければいけない。手っ取り早いのは、何処かの町にあるハンターの営業所に入ることだろう。
その当たり前のことに、アルスは悩む。
「記憶に残るのは王都の近くの町なんだけど……」
リースがアルスの横に出ると、アルスの顔を見上げる。
「アルスは、あそこにいい思い出ないもんね」
「そうなんだ」
「それに、あそには敵も居るし」
「敵ですか?」
ユリシスが首を傾げると、リースは胸に手を置き、眉を吊り上げる。
「ミストという三人の敵が……!」
「ああ、あの方ですか」
エリシスも加わる。
「アルスを巨乳好きに変えた女ね」
「ミストは巨乳という部類に入らないと思うけど……」
「じゃあ、小さかったわけ?」
アルスはエリシスの胸に視線を落とす。
「小さくはなかった」
エリシスのグーが、アルスに炸裂した。
「今、何と比較した!」
「エリシスで比べてもユリシスで比べても同じじゃないか」
ユリシスのグーが、アルスに炸裂した。
「聞き捨てなりません!」
「痛いなぁ……」
「私は?」
「怒らない?」
「うん」
「このまま成長すれば、ミストの成長と同じになるんじゃないの?」
リースは視線を落として自分の胸を揉む。
「憎しみは憎しみしか生まないかも」
「リースが裏切った⁉」
「わたし達の鉄の結束は、何だったんですか⁉」
「このまま成長すればアルス好みの女になれるかもしれないし……」
「騙されちゃダメよ! コイツの好みは機動力を胸に兼ね備えていないといけないっていう訳の分からない縛りがあるんだから!」
「さっきの巨乳好き宣言は、何処に行ったんだ……」
「じゃあ、間を取って美乳を目指せば、私達の結束は崩れない」
「打倒! ミスト嬢!」
「「おお!」」
(この子達、大丈夫かな?)
妙な不安を残し、あの忌まわしい過去のある町へと進路は取られた。
…
数日後――。
セグァン・アバクモワの情報を求め、アルス達が訪れた町は、かつて、アルスが災難に遭いながらハンターの資格を取った町だ。魔法使い中心のハンター試験で、トルスティ・カハールとミスト・ベルグストロームの師弟に痛い目に遭わされたことが、アルスの頭の中では鮮明に蘇っている。
そして、目の前の貴族専用のハンター営業所も、記憶を呼び起こす手伝いをしている。
「何これ?」
中に入って直ぐのエリシスの言葉も尤もな、今まで見たこともないようなハンター営業所。
貴族がハンターの資格を取るだけの営業所のはずが、今日は、ハンターの試験を受ける貴族以外でも賑わっていた。――と、言っても、報奨金の値段から集まっているハンターの数は圧倒的に少ない。
「やはり、報奨金の値段が低いせいで、集まりは悪いですね」
ユリシスの言葉に、アルスは補足する。
「あれのほとんどは、ハンター業に関係ないよ」
「そうなのですか?」
「うん。――相変わらず、訳の分からない営業所だ……。前回の試験の受け付け以外、何処がカウンターなのかも分からない……」
アルスが困っていると懐かしい声が響く。
「アルス君じゃないですか?」
アルスが嫌そうな顔で振り向くと、そこには黒髪の魔法使いが居た。
「私よりも背が高くなりましたね」
「トルスティさん……」
「やっぱり、アルス君でしたか」
アルスは軽く頭を下げる。
「お久しぶりです」
「三年ぶりですか?」
「そんなもんだと……」
「歯切れが悪いですね?」
「僕は、あの時に二度と関わり合いにならないことを心に誓ったもので」
「まだ根に持っているのですか?」
「死に掛けましたからね。それを水に流せるほど、僕は大人じゃありません」
トルスティは、アルスの言葉を冗談だと思って笑っている。
「誰?」
エリシスとユリシスがリースに近寄って質問した。
「アルスを被害者にした一人」
「あはは……。ここでも被害者だったんですよね……」
「結構なことやられてるから、苦手意識があるみたい」
「ふ~ん」
「ちなみにミストの魔法の先生」
「ほほう……」
「ところで、そのミストさんは?」
「居ないみたい」
その話題に上がっていたミストは、アルスの方でも気になったようで、トルスティに質問が出ていた。
「トルスティさんもミストも、元気でしたか?」
「ご覧の通りです。ミストも元気ですよ」
「お変わりないようで安心しました」
「機嫌を直してくれましたか?」
「警戒は解いていませんが」
「手厳しいですね」
トルスティは肩を竦める。
「ところで、今日、ここに来たのはハンターの募集の件ですか?」
「はい。もしかしたら、セグァン・アバクモワという盗賊が関わっているんじゃないかと思って」
トルスティの目が、一瞬、険しくなる。
「どうやら、何かの因縁……。もしくは情報をお持ちのようですね?」
「はい」
「その募集は終わっていません。手続きのあと、お話し出来ませんか?」
「セグァンが関わっている……ってことでいいんですね?」
「はい」
「受け付けは?」
「あちらです」
トルスティの指差す方を確認すると、アルスは頷く。
「では、所用がありますので、また迎えに来ます」
トルスティが軽く会釈をして去って行くと、アルスの周りにリース達が集まる。
「当たりだったみたいね」
「これで目的が果たせるかもしれません」
「だけど、大きな問題が……」
全員の視線がリースに向かう。
「私、ハンターの資格を持ってないから、参加出来ないよぅ……」
「「「あ」」」
アルスはコリコリと額を掻く。
「タイプを魔法使いで我慢できるなら、ここで取れるけど……」
リースは溜息を吐いて、腰に手を置く。
「贅沢言ってられないか……。年齢は、大丈夫だよね?」
「エリシス達は同じ歳で資格を持ってたから平気のはずだよ」
「ランクFを取って来るから、待ってて」
「受け付けは、あっちだよ」
「うん」
リースはハンター試験の受け付けに走って行った。
「あの子の実力なら平気よね?」
「ランクDぐらいならね」
「ランクCぐらいの実力はあると思いますけど?」
アルスは溜息混じりに説明する。
「ここ、貴族が試験を受けるから、筆記試験が洒落にならないぐらい難しいんだ。裏技的なのもあるけど、十分間の間、魔法をレジスト出来ないと試験に受からない」
「じゃあ、ランクCは無理ね」
「多分」
アルス達はリースの試験が終わるのを静かに待つことにした。
…
待つこと一時間――。
思っていたよりも長い待ち時間にアルス達が心配していると、リースが笑顔で戻って来た。
そして、ズズイッと突き出される資格には、ランクCの資格がしっかりと刻まれていた。
「筆記試験解けたの?」
「裏技の方に行った」
「は? 僕と同じこと、仕出かしたの?」
「もっとスマートにやったよ」
「スマート?」
「壇上の魔法使いをやっつけた!」
アルスはクラリと眩暈を覚える。
「……どうやって?」
「私も戦いというものを経験してきたからね。嘘とはったりで、どうにかなるのをエリシスから学んでるんだよ」
(またエリシス絡みか……)
「レベル3の魔法の威力で、レベル1の威力に負けるなんて有り得ないでしょ?」
「そうだね」
「第一射の攻撃を魔法使い目掛けて、レベル3のエアリバーで全部押し返したら、次の攻撃は躊躇したくなるよね?」
リースの笑顔が、アルスには悪魔の微笑みに見えた。
「疑心暗鬼にさせられた魔法使いなんて、怖くも何ともないよ」
「一体、エリシスに何を教わったんだ……」
「相手を恐怖で支配する方法」
「何処の魔王の発想だ……」
アルスが、がっくりと項垂れた横で、エリシスはユリシスの視線を笑って誤魔化している。
「リースの末が恐ろしくなってきた……」
「エリシスの言った通り、所詮、貴族なんてお坊っちゃんの集まりだったってことだね」
アルスはリースを抱き寄せてエリシスを睨む。
「これ以上、うちの子に変なことを教えないで」
「あっははは……」
(アルスさんがお父さんではなく、お母さんに見える……)
一騒動起きたが、これで全員が今回の募集に参加する資格を得ることが出来たのであった。