半年が過ぎた頃――。
アルス達はアサシンの修練場を回る戦闘訓練を終え、ドラゴンテイルからドラゴンチェストに入り、西回りの安全の確立していない道を進んでいた。
ドラゴンテイルにて、アルスは鍛冶技術の経験を獲得し、リース、エリシス、ユリシスは新たな戦う技術を手に入れた。
リースは基本の間違い探しに始まり、戦いの流れを作る技術。エリシスは集中力の切り替え。ユリシスは二重詠唱の戦い方。そして、全員が手に入れたのが戦いにおける自信だろう。年上のアサシンとも手合わせをし、盗賊相手になら負けない自信をつけた。アルス十七歳、リース十二歳、エリシスとユリシス十五歳。あと数ヶ月で、また一つ歳も上がる。
その四人は、今、ドラゴンチェストで何をしているかと言えば――
「「「「お腹減った……」」」」
――二日間の断食をしていた。
魔法があるので水には困らないが、食べ物だけは魔法で作れない。
そして、何故、断食をしているかと言えば、二日前に遡る――。
「こっちを行けば近道じゃない?」
切っ掛けはエリシスのこの一言だった。全員で地図を見て、道なき道を直線で結ぶ。
「確かに近道ですね」
「僕は近くても地図に道が描かれていないのには理由があると思う」
「でも、お腹減った……」
「あんたの都合は聞いてないわ! あたし達は、餓死しそうなの!」
大きく頷くリースとエリシス。
リースは完全にエリシス達の勢力になってしまっていた。このせいで、多数決を取るとバランスが崩れ、抑止勢力は存在しなくなる。
「分かりました。お好きにどうぞ」
「最近、抵抗しなくなったわね?」
アルスは諦め顔で説明を始める。
「エリシス、人間には学習能力というものが付いているんだよ」
「だから?」
「無駄なことをしない。負けると分かる不毛な争いはしないということだ」
「それでも抵抗するから楽しいんじゃない」
「君はね」
「まあ、いいわ」
エリシスはビシッと指差す。
「あっちよ!」
――と、進んだのが最後に迷った。
道なき道の先にあったのは崖。これ以上、進むことは出来なかった。つり橋を探して崖沿いに歩いたが、つり橋は一向に見つからない。ようやく道に出た頃には、一日経っていた。
そして、確認した地図で、元の場所から一キロと進んでない曲がり道であることが判明。その後、暫く揉めたあと、道なりに進み二日目が終わったというところだ。
「アルス~……。あと、どれぐらい~?」
項垂れながら歩くエリシスに、アルスは答える。
「そろそろ町が見えるはずだよ」
「お腹減った~……」
「お腹減りました~……」
「お腹減ったよ~……」
(地図通りに進めば、昨日のうちに着いてたんだけどね……)
アルスは怒らせて口喧嘩になるのも疲れるので、皮肉を言いたいのを我慢する。
そして、見えてきた町……。
「ご飯~!」
エリシスが走り出すと、リースとユリシスも続いた。三人は町に向かう他の旅人を次々と追い越し、町の中に消えて行った。
「あの調子なら、あと二、三日は平気そうだな」
アルスは本格的に食べられなくても、このパーティなら四、五日行動可能だなと頭に入れておくことにした。
…
ドラゴンチェストになら、どこにでもありそうな町に入ると、リース達は突然歓迎された。
「「「へ?」」」
「おめでとうございます! ただいま訪れた旅人の方々に、特別審査員の名誉が与えられました!」
「「「は?」」」
リース達は暫く固まったが、今はそれどころではない。
「あたし達は食べ物屋に行きたいの! そんなイベントに関わっている余裕は、これぽっちもないのよ!」
エリシスは指で作った輪をこれでもかと小さくする。
「話は食べ終わってからにして!」
「……審査するのは料理の審査なんですけど?」
「受けるわ」
今度は町の人間が沈黙した。
アルスは後ろから見ていたが、頭を掻くと方向を変えた。
「関わらない方がいい……」
今まで培った勘が碌なことにならないと告げている。アルスは町にある屋台の方へと足を向けた。
…
町のイベントの司会者が声高々に実況する。
「町の料理店による対決イベント! 去年の優勝店レストラン・高嶺の花と予選を勝ち抜いた大衆食堂・親父の鉄拳、屋台同盟代表・猫舌激熱ラーメンの三店で町の一番美味しい店を争います!」
…
アルスは屋台のおじさんに豚骨ラーメンを注文するついでに話し掛ける。
「突っ込みどころ満載の店の名前があったんだけど?」
「この町の飲食店は、大体、こんな感じだ。この屋台も『猛牛注意ラーメン』だからな」
「どんな意味があるんですか?」
「客の目を引く名前を付けて、呼び込むんだ」
「へ~……」
「何年か前にそれで大成功して以来、町の飲食店の名前は変り種になってる」
「そうなんだ……」
「ちなみに、この店の名物は牛骨ではなく豚骨だし、猫舌激熱ラーメンの一番人気は炒飯だ」
「…………」
アルスは妙な町に来てしまったと溜息を吐く。
「それで、このイベントは?」
「町の一番旨い店を決めるんだよ。決勝に勝ち上がったのが、あの三店だ」
「ふ~ん……」
「だけど、また『高嶺の花』の優勝だろうな」
「どうして?」
「審査員がインチキしてるって噂だ。町からの三人とランダムで町を訪れる三人での審査だが、町の審査員は『高嶺の花』の身内だし、町を訪れる旅人も細工しているって噂だ」
(あれ? でも、リース達は全然関係ないはず?)
アルスはリース達が旅人を追い越して走って行ったのを思い出す。
(イレギュラーってことか)
注文した豚骨ラーメンが出来上がり、アルスの前に置かれる。
「いただきます」
我関せずで、アルスは豚骨ラーメンを食べ始めた。
…
司会者から、リース達の紹介が始まる。
「本日の特別審査員は可愛らしいお嬢さん、三人! 不正のないように町の審査員に加え、町を訪れた旅人の中からランダムで選びました! 特別審査員の報酬は、このイベントの飲食代をただにすることです!」
アルスは『しょぼいな』と思いながら豚骨ラーメンを啜り、後ろから響く声だけを聞いている。
「では、特別審査員の方々に一言頂きましょう!」
司会者の手がエリシス達に向けられる。
「ご飯!」
「ご飯!!」
「ご飯~!!!」
三匹の獣は飢えていた。
「え~……よく分かりませんが、これ以上、おあずけをすると噛み殺されそうなので、直ぐに試食を始めます」
司会者は幾分か勢いを殺し、早速、審査のための試食を開始するように連絡を入れた。
僅かな待ち時間のあと、審査員達の前に料理が運ばれてくる。
「お待たせしました! 最初に審査して頂くのは、大衆食堂・親父の鉄拳の生姜焼き定食です! 薄く切った肉に醤油と生姜に浸け込ませて焼く定番食! 秘伝の醤油の濃度と浸け置き時間は一切の秘密! これだけで、ご飯は三杯いけます!」
ホカホカのご飯に食欲を誘う香ばしい醤油の焦げた匂いとアクセントの生姜。そして、一噛みすれば染み込んだ醤油と肉汁が合わさった味が口一杯に広がる……、そんな妄想がリース達の頭を駆け巡っていた。食べる合図はまだかと、獣達は箸を握り締めて目を血走らせる。
「では、試食を開始してください!」
リース達は目をキュピーンと光らせると、肉に手を伸ばした。
久しぶりの肉の味。口の中に広がる旨み。食べられるって素晴らしい。
「がっついています! 特別審査員の三人! がっついています!」
肉、肉、ご飯、味噌汁、肉、肉、キャベツの千切り、ご飯、ご飯……!
素晴らしいペースで主食とおかずがなくなっていく。
「「「おかわり!」」」
「ご飯のおかわり入りました!」
『お~!』
素晴らしい食べっぷりに、観客から声が上がる。解説通りにご飯を三杯食べ終えたところで、おかずがなくなった。
「肉がなくなったわ……」
「お味噌汁も……」
「まだ食べたい……」
三人は、おかずの入っていた皿に手を掛ける。
「「「おかわり!」」」
「すみません……。審査をして頂けませんか……」
「アァ~んっ⁉」
エリシスに睨まれ、司会者は後退する。
「あと二店の審査もありますし、他の審査員の方々も試食は終わっているので……」
「仕方ないわね」
フリップとマジックを渡され、リース達は仕方なしに中断する。
「十点満点で、お願いします!」
四点、五点、四点、十点、十点、十点。
「四十三点! 大衆食堂・親父の鉄拳四十三点です! それでは審査員の方々から、一言、貰いましょう!」
町の審査員からコメントは始まる。
『少し味が濃過ぎた感じがしたね』
『美味しかったです』
『何処にでもある味だ』
「濃い味付けが最高だったわ。あれは炭水化物のご飯と食べる合わせるために計算されつくしたものだったわ」
「付け合せのお味噌汁も、舌を休ませるのにちょっと薄めに気を配っているところが嬉しいです」
「何より、三杯食べれるのは嘘じゃない」
大衆食堂の店主は、うんうんと頷き、リース達の食べっぷりに満足していた。
「賛否両論というところでしょうか? 引き続き、屋台同盟代表・猫舌激熱ラーメンの審査に移ります! メニューは、『五目炒飯』『餃子』の二品です!」
次の審査に移り、運ばれてきた料理を見てリース達が一言。
「「「少ない……」」」
「これって炒飯なら、おかわり可ってことじゃないですか?」
「でも、さっきみたいに全部食べ終わると審査になっちゃうよ?」
「なら、簡単ね」
「「「餃子を一つ残して、おかわりをすればいい……」」」
明らかに審査と違うところで、リース達の心は一つになった。
「試食を始めてください!」
蓮華を握り締め、補給作業再開。飢えた獣三匹は、五目炒飯を口の中に掻き込む。途中、餃子を摘まみ、自分のお腹と相談しながら、いつ食べ切るかを計算して五目炒飯をおかわりする。『これは本当に試食なのか?』そう観客に思わせながら、満足いくまで食べる。
五目炒飯は、遂に五杯目に突入した。
「さすがにしんどくなってきたわね……」
「四皿でやめようかと思ったんですけど、まだ少し余裕があるような気がして……」
「お腹を一杯まで満たさないのは犯罪だよ」
「じゃあ、これを最後に」
リース達は頷くと、五目炒飯を食べ切り、最後の餃子を食べる。
「……特別審査員の試食が終わったようです。果たして試食だったのか? とりあえず、審査をお願いします」
五点、四点、五点、十点、十点、十点。
「四十四点! 屋台同盟代表・猫舌激熱ラーメン四十四点です! それでは再び審査員の方々から、一言、貰いましょう!」
コメントは、再び町の審査員から。
『おかずが少ない感じがました』
『美味しかったです』
『さっきよりは美味しかったかな』
「炒飯最高! あれだけで三杯はいける! 餃子があったから、更に二杯いける!」
「柔らかい、ふわっとした卵、口の中で解けるご飯、そして、切られた五種の野菜は噛み応えと火の通りが均等でムラもありません。あえて二品で勝負した、店主の自信が伺えます」
「大満足。もう、お腹一杯……」
猫舌激熱ラーメンの屋台の店主は、うんうんと頷き、リース達の食べっぷりに満足していた。
アルスは、後ろからの声を聞きながら屋台の店主に一言。
「残ったスープにご飯を入れたいから、ご飯を追加で」
「お兄ちゃん、興味ないのか?」
「……エリシス達を使うなんて、完全な人選ミスだよ」
店主は首を傾げるが、リースの『お腹一杯……』という言葉をアルスは聞き逃していなかった。
…
最後の審査が始まる。
運ばれて来たのは『ビーフシチュー』『スペアリブ』『チーズの掛かったサラダ』『ロールパン』。
しかし、どんなに美味しそうに見えても、どんなに食欲を誘うような匂いを漂わせても、お腹一杯の状態では何の魅力も感じない。
「試食を始めてください!」
リース達の手は止まっていた。
リースが面倒臭そうに、司会者に顔を向ける。
「これ、食べなきゃダメ?」
「は?」
「もう、お腹一杯……」
「……あの、少しでも食べて評価していただかないと」
ユリシスがリースを気遣って話し掛ける。
「さっき、向こうの人達も残していましたから、少しでも手を付ければ問題ありませんよ」
「そういうことではないのですが……」
司会者の困ったような顔を無視して、リース達は一口ずつ味わい――。
「もういい……」
「ごちそうさまでした……」
「ケプ……」
―――口を押さえながら食器を前に出した。
司会者、観客、レストラン経営者は固まった。そして、その隣で食事を続ける町の審査員も、先ほどのリース達ほどの食いっぷりを発揮することはなかった。
「……試食が終わったようです」
司会者のテンションはガタ落ちだった。
「では、審査をお願いします」
十点、十点、十点、一点、一点、一点。
「三十三点? レストラン・高嶺の花三十三点です。……審査員の方々から、一言」
審査員からのコメント。
『とても素晴らしい味でした』
『シチューのコク、スペアリブの柔らかさ、どれも最高です』
『どの食材も最高です。そして、最高の調理を施され、一体になっています』
「脂っこい」
「カロリー高くてクドイです」
「見るのも、うんざり」
あまりに酷いリース達の評価。当然、レストランの経営者はリース達を怒鳴りつけた。
「ふざけるな! こんないい加減な審査があるか!」
「うるさいわね。こっちだって好きで審査してんじゃなくて、無理やりやらされたのよ」
「納得いくか! 何で、うちの料理が前の二店に劣るのだ!」
「脂っこいって言ったじゃない」
「前の二店も同じだろう!」
ユリシスが溜息を吐く。
「愚かですね」
「何⁉」
「貴方も料理人の端くれなら、何で、負けたか分かってもいいと思いますよ。大衆食堂に屋台関係者……。出されるメニューに偏りがあるぐらい分かるでしょう? だったら、最後の貴方が用意すべきメニューは分かるはずです。カロリーの高めの料理が続いた後に、我々審査員がどのような料理を望んでいるか?」
「……つまり、サッパリとした……」
「そうです。それに付け加えるなら、この三食連続の審査というのも如何なものかと。食休みもなしに続けるのが慣わしなら仕方ありませんが、順番が悪かったと諦めてください」
「そんな……」
レストラン経営者は、がっくりと手を着いた。
「でも、勝てるメニューもあったよね」
リースの言葉に、レストラン経営者は顔を上げる。
「デザートだったら勝てたかも」
「な、何故?」
「甘いものは別腹だから」
「が……」
レストラン経営者は撃沈した。たった三人のイレギュラーな存在に計画は壊された。
…
ラーメン屋の屋台では、アルスがお茶を啜る。
「やっぱり、こうなったか」
「よく分かったな? こんな大番狂わせ」
「大番狂わせじゃないよ。エリシスもユリシスも満腹のいいわけを勝手に捏造しただけだし、リースに至っては、デザートが食べたかったという本音を追加しただけ」
「……は?」
「僕達は、二日の間、何も食べてなかったから、兎に角、お腹の中に何かを入れて満腹にしたかっただけ。だから、詰め込めるだけ詰め込んだ」
「つまり?」
「味は関係なし。順番が違えば評価も変わる。最初にあのレストラン経営者のメニューが出てれば、全部十点満点。お腹が満たされた時点で、全部一点」
「最悪だ……」
「何で、リース達なんかを特別審査員に選んでしまったのか」
アルスは、お茶を啜る。
「僕は、腹八分目で十分。美味しかった」
アルスは代金を屋台に置くと立ち上がる。
「さて、迎えに行くか。どうせ、この後に『デザート食べる』と言うに決まっているからな」
屋台の主人はポカーンと口開けたまま動けなかった。
…
イベントでの一騒動が終わり、アルスとリース達が合流する。
アルスは、早速、一言だけ言うことにした。
「何か臭わない……」
「「「え?」」」
リース達は自分達の臭いをクンクンと嗅ぐ。
「もしかして、餃子が……」
「生姜焼きも臭いが強いよ?」
「近寄らないでください」
アルスの言葉にカチンとくると、リース達がアルスにしがみ付いた。
「冗談! 冗談だから!」
アルスの謝罪にリース達は手を放す。
「ああ……。でも、アルス如きに軽蔑されるなんて……」
「調子に乗って食べ過ぎましたかね?」
「そういう食べ物なんだから、しょうがないし……」
アルスは道具屋を指差す。
「ハーブでも噛んだら?」
リース達が頷くと、アルスを置いて道具屋に走った。
「言わなくてもよかったけど、言わずにはいられなかった……」
自分も含めてなら、兎も角。自分以外の周りの女の子がニンニク臭いというのはアウトな気がした。
…
数分後――。
ハーブで臭いを消したリース達が再び合流する。
「さて、何処の食べ物屋に行くんだい?」
リースは不思議そうに問い掛ける。
「アルスは、まだ食べてかったの?」
「いや、屋台で済ませたよ。でも、甘いものは別腹なんだろう?」
「アルス、大分寛容になったよね」
「リースは、すっかりど毒されちゃったよね」
エリシスが眉を顰めて、アルスに文句を言う。
「あんた、それが悪いことだって言うの?」
「いや、最初は悪いことだと思ってたけど、今はいいことだと思ってるよ」
「ん?」
「僕を引っ張り回すぐらい元気な方がいいと思う」
「何があったの?」
アルスは腕を組む。
「何て言うのかな? 僕もそうだけど、リースやエリシス達は両親を殺されてるだろう?」
「それが何なのよ?」
「だけど、それに支配されて心を真っ黒にしていないと思うんだ。そして、そういうものに立ち向かえる強さって、日常の中で楽しいことを見つけられて、一生懸命生きている中にあるって思ったんだ。多分、僕だけじゃ、今のリースの明るさは存在しないと思う。エリシスが居て、ユリシスが居て、初めてリースは、現実に負けない強さを手に入れたんじゃないかって思う」
エリシスはチョコチョコと頬を掻く。
「あんた、よくそんな恥ずかしいこと言えるわね?」
「違うかな?」
「大間違いよ」
リースとユリシスも頷く。
「あんたも含めて、今のあたし達が存在してるの」
「その通りです。アルスさんが切っ掛けになって、旅をしているところも多いんですよ」
「自分のことだと分からないかもしれないけど、アルスも変わってるよ」
「そうかな?」
エリシスが両手を軽くあげる。
「コイツの鈍いところは変わってないから、言っても無駄よ。さっさと餡蜜食べに行きましょう」
「ドラゴンチェストには、あまり置いてないんですよね」
「アルス、行こう」
リースがアルスの手を引く。
「アルスにもエリシスにもユリシスにも、皆に感謝してる。私は失ったものも大きかったけど、失ってから得たものも大きかったって気付いてる」
リースは、クルリと半回転して振り返る。
「セグァンをやっつけたあと、普通の女の子に戻るから安心して」
「うん……」
アルスはリースだけではなく、エリシスとユリシスも普通の女の子に戻れるようにしてあげないといけないと思い始める。そのためには、三人の心の中にある復讐対象をどうにかしなければいけない。
(僕も、本当に覚悟を決めないといけないかもしれない。嫌だ嫌だじゃ救えない心もあるんだ)
アルスは、セグァンとの戦いに、真剣に参加することを決める。そして、その時、危険なことが起きたら身を挺してリース達を守らなければいけないとも決意する。
「僕の用事も終わったし、リース達を手伝わないといけないな」
「でも、ドラゴンチェストとドラゴンアームは?」
「もう十分だよ。流通を確認したけど、ドラゴンアームは武器を輸出するのではなく輸入する国。武器は造っていない。そして、ドラゴンチェストの武器を見る限り、剣ならドラゴンヘッドに劣るし、刀ならドラゴンテイルに劣る。確かめたかった鉄と特殊金属の合金の技術は失われていた」
「失われてたの?」
「お爺ちゃんの時代から職人を見つけ出せなかったんだ。理由も何となくだけど分かる」
「理由は?」
「お爺ちゃんと僕の秘密」
リースは詰まらなそうに顔を背けた。
(オリハルコンに関わることだから言えないんだ。そして、お爺ちゃんは、こう言っていた。『人の意思を伝えるオリハルコン……。これが鉄や特殊金属に多く含まれた時だけ、合金が出来るんじゃないか』って。僕も、その意見には賛同している。ドラゴンチェストの鍛冶職人の質は高いとは言えない。その質が下がっていれば、武器に込める意思も低下してオリハルコンは反応しない。いつしか合金にする技術は消えてしまったに違いない)
アルスは、今度の旅でドラゴンチェストの印象をそういう風に感じていた。
「ここは何でもあるんだけど、本物が少ない気がする……」
リースがアルスの前に出ると微笑む。
「多分、そう言えるのは、アルスが本物を見てきたからだよ」
「リース……」
「アルスのお爺ちゃんが一番」
「そうだね」
(色んなところを回って、僕は確かにお爺ちゃんが培った努力を確認した。そして、そのお爺ちゃんの技術と努力が一番だと思える。それが僕に受け継がれているなら、誇りに思わなくちゃ)
アルスはリースに改めてお礼を言う。
「僕の我が侭に付き合ってくれて、ありがとう」
「気にしないで。この旅は、本当に楽しいんだから」
「うん、楽しい……」
アルスはリースに再び引っ張られ、甘味処へ向かうエリシス達の後を走って追わされた。