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作製編  75 【強制終了版】

 五日後――。

 予定通りの日程で、約束の小太刀は完成した。

 また、それは王都を離れる日でもある。荷物を纏めたアルス達はテンゲンに報告と最後の挨拶をするため、テンゲンの居る部屋を訪れていた。

 テンゲンに約束の品が手渡され、布袋から黒漆の鞘に包まれた小太刀が姿を見せる。更にテンゲンの目に飛び込んで来たのは柄の真ん中にある小さな兎のワンポイントだった。

「何故、兎が……」

「女の子ですから、それぐらいいいじゃないですか。姿身だから、ふざけたものではないでしょう?」

「まあ、そうだが……」

「ちなみに、その兎の部分が魔力を送り込む場所です」

「う~む……」

 柄も鞘と同じように漆で覆われているのだが、兎の姿が戦う道具という意味を削いでいるような気がしてならない。

「何故、兎なのかを問うてみたいが、それはやめておこう」

 キリがテンゲンにどのように説明するのか、アルスは少し楽しみだった。この小太刀にはキリに聞いた想いも込めて造ったつもりだ。

「いつ、お渡しになるんですか?」

「キリが一人前の技を身につけたらだ」

「でも、見せてはあげるんですよね?」

「それが励みになるならな」

「厳しいですね」

 アルスの言葉に、エリシスが横から口を挟む。

「あんなこと言ってるけど、あたしは、途中で折れると見たわ」

「それはありますね」

「だって、キリに甘々なんだもん」

 リース達の言葉に、テンゲンは苦笑いを浮かべる。

「本当に何も言い返せないな」

「ちゃんと修行しておくといいわよ。外交には口の上手さも必須事項だからね」

「考えておこう」

 テンゲンの言葉をエリシスは笑ってみせるが、それを見たアルスは最後にまた頭を下げなければいけないかと溜息を吐いていた。

「テンゲン様、最後まで申し訳ありません。僕達は、これで失礼します」

「近くに来た時は、いつでも寄ってくれ」

「ありがとうございます」

 アルスが立ち上がると、リース達も続いて立ち上がる。

「お世話になりました」

「キリによろしく」

「今度は、テンゲン様がお店を紹介してくださいね」

「元気でね」

 リース達の挨拶に頭を押さえるアルスを見て、テンゲンは笑いを堪え切れなかった。

「騒がしい連中だったが、久々に笑わせて貰った。こんな気分になったのは何年ぶりだろうか」

 アルス達はテンゲンに見送られ、ドラゴンテイルの王都を後にドラゴンチェストを目指す。北上する旅が再開するのだった。


 …


 王都でのみ使える許可証を返して、アサシンの少年達の紹介の道場を辿る旅に戻る。

 この先、また四ヶ月の時間を掛けてドラゴンチェストへの旅となる。服装も町娘から、王都に辿り着く前の服装に戻った。

「少し体が鈍ったかな」

 のどかな田舎道の真ん中で、エリシスは伸びをしながら呟く。

「少し食べ過ぎたのでウェストの辺りが心配でしたが、ローブの着心地は変わってませんでした」

「…………」

 リースは無言で視線を逸らした。

「どうしました?」

「……ベルトの穴が一つ」

 エリシスとユリシスは可笑しそうに笑い、アルスは首を傾げる。

「成長しているんだし、大きくなってもいいんじゃないの?」

「一週間ちょいで、大きくなるわけないじゃない」

「つまり?」

「無駄なお肉がお腹に付いちゃったのよ」

「ううう……」

 リースは項垂れた。

「まあ、そんなに気にすることもないんじゃないかな?」

「アルスは優しいなぁ……」

「今度は道場回りだから、嫌でも痩せるじゃないか」

「全然労わりの心じゃなかった……」

 リースは、更に項垂れた。

 そんなリースを見ながら、アルスはリースに造った武器のことを思い出した。

「リース、ドラゴンテイルで新しい武器を造ったんだ」

「私?」

「キリ様のついでで申し訳ないんだけどね」

 リースに渡されたのは、キリと同じ小太刀。ただし、鞘は鉄ごしらえ、鍔が付き、握りの部分も刀のそれと同じものだ。

「これって、ドラゴンテイルの武器でしょ?」

「大体指先から肘より少し長いぐらい。ナイフやダガーと大分使い勝手が違うけど、リースなら扱えると思うよ」

 リースは鞘から小太刀を抜くと、刀身に目を這わせる。

「ダガーよりも薄い……」

「強度で言ったら、ダガーの方が頑丈だね。それでも使ってる鉄と造った製法が特別だから、頑丈さと切れ味は保障するよ」

「頑丈なの?」

「頑丈と少し違うかな? 靭性があるんだ」

「靭性?」

「衝撃を吸収できるって言えばいいのかな?」

「そうなの?」

「撓る(しなる)んだよ」

 リースが首を傾げるのを見ると、アルスは草と枝を拾う。

「草と枝だと、硬さと頑丈さが違うの分かるよね?」

「うん」

「枝の方が頑丈だけど、こうして力を加えると……」

 左手で持った枝の先端を右手で押すと、枝はポキリと折れた。

「これは硬いからなんだ。仮に枝じゃなく石だったら、少しも撓らないで折れる」

 枝を捨て、草に持ち替える。

「これで、さっきと同じことをしたら?」

「折れないで、フニャッてなる」

「そう。これを応用して、鉄を薄い板にすると撓りが出来る。それを何枚も重ねて一つの武器にしたのが、その武器だと思ってくれる? だから、頑丈だし、衝撃を撓りで吸収できる」

「なるほど」

「あまり強い衝撃を受けると曲がるから、よく確認してね」

「曲がったら、どうするの?」

「手を切らないように気をつけながら反対に力を加えて直す」

「……それで直るの?」

「直るよ」

「少し信じられない」

 アルスは笑っている。

「日々のメンテナンス以外にも、月に一回、武器は完全に分解メンテナンスしてるから、リースが心配しなくても大丈夫だよ」

「自分の武器だから、簡単なところはアルスに習おうかな?」

「それもいいかもね」

 話に区切りがつくと、エリシスとユリシスがアルスの肩を掴む。

「あたしとユリシスは?」

 ユリシスも無言で頷く。

「これ」

 渡されたのは、紙が一枚ずつ。

 エリシスとユリシスは受け取った紙を眺めると、顔を顰める。

「何これ?」

「武器の構想案だよ」

「何で、案で止まってるのよ?」

 アルスはエリシスの棒とユリシスの杖を指差す。

「少し想い入れのある武器かなって。勝手に造って、今までの武器を捨てるなんて出来そうにないかなって」

 エリシスとユリシスは自分の武器に目を落とし、暫くすると顔を上げた。

「よく分かったわね?」

「これ、形見のものなんです」

「そんなに大事なものだったのか……。じゃあ、寿命を迎えたらだね」

「そういうことになるか」

「今回は文句を言えませんね」

 エリシスが握っている紙をペラペラと振る。

「で、この紙に描いてある棒って、どんななの?」

「リースの武器の応用でね。螺旋状に伸ばしたものを張り合わせて、金属製の武器に木製の棒ぐらいの撓りを出せないかなって考えてる」

「へ~」

「理想は使い慣れたそれと同じ精度で、強度だけを上げること。重さだけは、どうにもならないから勘弁してね」

「面白いことを考えるわね」

 ユリシスが自分の紙を軽く掲げる。

「わたしの杖の方は?」

「月明銀という金属で魔法の形態補助を付け加えるんだ。いくらか楽に精神力を削らないで魔法を使えるようになるはずだよ」

「凄いですね」

「それでね――」

 アルスはユリシスの握る紙に描いてある杖の握り部分の装飾を指差す。

「――ここがスイッチになってるんだ」

「スイッチ?」

「これを入れると、月明銀で刻まれた文字の意味が逆になる」

「何の意味があるんですか?」

「今まで以上にハードな鍛練が出来る」

「いりません! 何で、そんな機能をつけるんですか!」

「結構、重宝すると思うんだけど。なかなか自分で精神をガリガリ削るのって難しいから」

「呪いのアイテムじゃないですか……」

 項垂れるユリシスを見て、リースとエリシスは笑っている。

「まあ、二人の武器は少し特別な金属を使っているから、ノース・ドラゴンヘッドに戻ってから造らないといけないんだけどね」

 エリシスは首を傾げる。

「ん? リースの武器は特別な金属を使ってないの?」

「ただの良質な鉄だよ」

「それでいいの?」

「モンスターみたいな大男と戦うなら物足りないけど、相手は普通の人間だしね」

「それもそうか」

「それに――」

 アルスは、ポンとリースの肩に手を置く。

「――そんな事態になったら、リースには僕の取っておきをプレゼントするから大丈夫」

「そんな事態って、何よ?」

「モンスターが復活するとか」

「有り得ないわね」

「だから、今の武器がリースをしっかり守ってくれるはずだよ」

(守る武器か……)

 リースは新しく貰った小太刀の意味を感じるように優しく撫でる。

「ところで、何処に付ければいいの?」

 右足のブーツにはナイフ、腰の後ろにはダガー二本。

「何かリースは全身武器だらけになってきたわね……」

「ダガー、一本減らす?」

「何か、それもバランスが悪い」

「腰のベルトに付けれるようにしようか」

「あんた達、同じような格好になるわね」

 エリシスの言葉に、アルスとリースは自分達の格好を見合う。

「教えてる人間と同じになるのは仕方がないかな?」

 照れ笑いを浮かべるアルスに対し、リースは嬉しそうに微笑んで頷いた。

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