翌日――。
キリのための武器造りは、材料を使うところから違うものになった。使用するのは貴重な鉱石の黄雷石。これを溶かすのには莫大な熱量を必要とするため、普通の火炉で熱を上げればイオルクのように壊しかねない。
そこで呼ばれたのがリースとユリシスだった。
「レベル4の熱量が欲しいんだ」
「私、まだレベル4の魔法発動しないよ」
「わたしは精神力が削られると使えなくなります」
「じゃあ、無詠唱で火炉の中に火を送ってくれない?」
「無詠唱は出来ない……」
「無詠唱は出たり出なかったりです……」
アルスは頭に手を当てる。
「結構、時間が経つんだけど、直ぐには上達しないか」
「私、無詠唱魔法に繋がるからって、回復魔法を繰り返し練習してる最中だもん」
「わたしは無詠唱魔法も練習していますが、攻撃魔法はレベルが上がるまで二重詠唱の方をしていますから」
「困ったなぁ。僕のレベル1じゃ、黄雷石は少ししか溶けないんだ」
アルスは指を立てると圧縮した小さな火球を作ってみせる。
「この人、何気に見せ付けてくれるんですよね……。正直、気分が滅入ります」
「遺伝のせいだから、どうしようもないよ」
落ち込むユリシスに、リースが励ます。
「アルス、火力が欲しいんだよね?」
「うん」
「私とユリシスが交代で風を送るから、アルスが火を送り続ければ?」
「それでも普通の火炉よりは高い熱が得られるか……」
アルスは腕を組むと考える。しかし、それでも熱量を維持するのは難しい気がする。そうなると、火炉に細工を入れるしかない。
「使い捨ての火炉を造るから、明日、手伝ってくれるかな?」
「分かりました」
「いいよ」
「ごめんね、足を運ばせちゃって」
リースとユリシスは『今日、何処へ行くか?』を話しながら鍛冶場を後にした。
残されたアルスは職人達に振り返る。
「使い捨ての火炉を造ろうと思うんです」
『それは玉鋼を使うものと同じでいいのかい?』
「少し違いますね」
アルスは鍛冶場の地面に火炉の略図を描き始める。
「黄雷石は玉鋼を溶かす温度よりも高い熱じゃないと溶けません。お爺ちゃんは、それを溶かすために火炉に空気穴を造ったんですが、それだと通常よりも熱が上がり過ぎて火炉が使い物にならなくなったのが、この国で、しでかした火炉を壊した事件です」
『そんなに壊れるほどの熱が必要なのか?』
アルスは片手をあげて、説明を続ける。
「伝説の武器に黄雷石が使われているのは知っていますか?」
『ああ』
「伝承では特別な鍛冶場が必要らしいので、それが再現できない限り、一回の製鉄で火炉が一個壊れることになります」
『そういうことだったのか……』
「だから、その火力を魔法で補えば火炉は壊れないと……踏んでいたんですけど――」
『そうは問屋が卸さないと』
アルスは頷く。
「とりあえず、廃棄寸前の火炉があれば、そちらで黄雷石を溶かして不純物を取り除いた玉鋼状のものを作製したいというのが、僕の希望です」
『黄雷石の武器造りは、俺達も初めてだから構わないが、ケラを使わないのか?』
「なんて言えばいいのかな? 火炉をケラとして扱って、玉鋼状の黄雷石を錬成するんです。溶ける火力は知っています」
職人の一人が、あることに気付く。
『……もしかして、イオルク殿の技術は材料を知り尽くしていることにあるんじゃないか?』
「それはあると思います。お爺ちゃんは、貴重な鉱石での試作もしていましたし、材料の研究は緻密にしていました。それに金属同士も混ぜ合わせたりもしていました」
『よくやる勇気があったもんだ』
「逆かもしれないですけどね」
『逆?』
「若い時に見た切れ味鋭い何かに恐怖を感じていたからこそ、それを乗り越える何かを造らずには要られなかったのかもしれません」
『何か?』
「本当に理解できないものだったそうです」
イオルクの技術の出発点は、己の武器であるロングダガーを切り裂かれたところから始まる。それに打ち勝つ武器を造るため、イオルクは世界中を回り、各地に点在する鍛冶の技術を集めた。そして、三十年以上の歳月を掛けて材料の研究を続け、その材料を扱う技術を研磨してオリハルコンの武器を造った。
ドラゴンテイルの職人との差があるとしたら、未知の材料を扱ったことがあるかどうかの違いが大きい。この国にしかない黄雷石を溶かす熱量とその熱量を作り出す火炉を造る工夫をイオルクだけが知っていたからだ。そして、その未知なる物に挑んだ挑戦こそが、決定的な差になっている。技術にしても、気持ちにしても……。
アルスは、イオルクの話はここまでと切り替える。
「火炉造りを始めましょう。空気穴を開けて、通常よりも温度の上がる火炉を造ります。僕の知識と皆さんの知識の合作で、キリ様に造る小太刀の素を造ります」
『キリ様のものか』
『まだまだ先の話だが、俺達の造ったものを使って頂けるのは光栄だな』
「じゃあ、使う火炉を教えてください」
職人達は鍛冶場の中で一番古く壊れかけた火炉を選ぶ。アルスが火炉に印をして、イオルクが壊した時の空気穴の場所を示す。理論上は、このままで問題ないはずだが、職人達は、更に思案して別の空気の流れを模索した。アルスのレベル1の魔法で風を舞わせ、火炉の中の風の通り道を何度も何度も確認する。この作業は魔法の使えないイオルクには出来ない確認方法だった。
やがて、職人の一人が提案する。
『どうせなら、この火炉を完全に造り直して、我々でも黄雷石を玉鋼状に錬成できるように造らないか?』
「でも、一回の熱で火炉は使い物にならなくなると思いますけど?」
職人がアルスの描いた火炉の壁の一部に丸をして線を引く。そして、そこに二重の壁を描く。
『中の壁を張り替えるように細工するんだ。外側の壁を後生の職人に残せば、空気穴の位置とかを受け継がせることが出来るはずだ』
「なるほど。僕達の努力を一回で終わらせるのは勿体ないですね」
『そういうことだ』
「じゃあ、この火炉の壁を、更にもう一層の壁で覆えばいいんですか?」
『それで内側の火炉は役目を終えるはずだ』
(これはお爺ちゃんと使った円形の火炉の部分を少し応用できるかもしれない。オリハルコンの錬成は秘密だけど、これぐらいなら……)
アルスは火炉の入り口に縦線を入れる。
「入り口を開閉式にして、中を整備できるように大きく取りましょう」
『それは使えるな』
その日の鍛冶仕事は新しい火炉造りに費やされることになり、いつしか技術の探り合いから、ドラゴンテイルに新しい火炉を造る共同作業をすることで、心が一つになっていた。
また、この空気穴の位置というものがイオルクの秘伝の一つだったと、ドラゴンテイルの職人達は、後に知ることになる。
このアルスと職人達の合作の火炉は、アルスがイオルクの教えを離れた初めてのものでもあった。
…
いつもだったら、とっくに現われているアルスが、今日は姿を見せない。
(今日は来ないのでしょうか?)
キリが少しがっかりして俯いた時、アルスの声が聞こえた。急いで返事を返して招き入れると、アルスは疲れた顔で新しいぬいぐるみを持ってキリの部屋に入って来た。
「ひょっとして、無理をさせましたか?」
「いいえ、この疲れは気持ちがいい……」
「そうなのですか?」
「自分のやりたいことをして疲れるって、最高の贅沢だと思わない?」
「何をしたのです?」
アルスは子供みたいな笑顔を浮かべ、犬のぬいぐるみを手渡す。
「少し長くなるけど、聞いてくれる?」
「はい」
犬のぬいぐるみを昨日と同じように抱きながら、キリは耳を傾ける。
「実は、キリ様の武器を貴重な金属で造ろうと思って、鍛冶場の皆で新しい火炉を造ることにしたんだ」
「わたしのためにですか?」
「皆、大張り切り。キリ様のお陰で鍛冶場は活気付いてる。それで、火炉を造ってて遅くなっちゃったんだ」
キリは不思議そうにアルスを見る。
「アルスは幼い子供のように笑うのですね?」
「今、そんな顔してた?」
「はい」
「皆で共同作業するのって楽しいからかな」
「でも、力仕事で辛いのでしょう?」
アルスは深く頷く。
「それでも、いいものが造れると分かってしまうと、心が高鳴ってしまうものなんだよ」
キリはアルスの様子を見て、アルスが本当にやりたいことをしているように感じた。
「もう、完成したものが心に思い浮かんでいるようですね?」
「うん」
「どんなものですか?」
「柄も鞘も黒い漆で拵えた綺麗な小太刀。柄の真ん中に兎のワンポイントを入れるつもり」
「う、兎ですか?」
「姿見だけのを入れる。名前は『白兎』に決めてる」
「武器に龍や虎が入っているのは見たことありますけど……」
「変かな?」
「変わっていますね……」
「キリ様に似合いますよ」
「そ、そうですか?」
「可愛らしいじゃないですか」
キリは少し嬉しそうに笑顔を返す。
「ついでに僕の娘にも一本造ろうかと、今、考えているんだ」
「……そういえば、アルスには子供が居るのでしたね? いくつですか?」
「養子で十二」
「養子? そうですよね、その歳なら」
キリは不思議そうにアルスを見る。
「変わった経緯をお持ちのようですね?」
「うん。皆が皆、笑い転げるよ」
「娘さんは、わたしより、ずっと上なのですよね?」
「でも、キリ様より幼い感じかな」
「それは困りものですね」
アルスは笑ってみせる。
「僕は、それでいいと思ってるけどね。一時期、無理して大人になろうとしたりしたから、子供の時に子供らしいことをしていると安心するよ」
「わたしは、どうですか?」
「言葉遣いなんかは、大人っぽく感じる時もあるね。でも、僕の作ったぬいぐるみを嬉しそうにしてくれるのは、年相応の女の子だと思うよ」
「そう見えますか?」
「うん」
はにかんで、キリは本音を語る。
「アルスと居る時は子供に戻れる……、そんな気がします」
「少し自覚してたんだね」
「こういう立場ですから」
「でも、キリ様のずっと前のお爺ちゃん。僕のお爺ちゃんが若い時に会ったテンゲン様は無邪気な人だったって言ってたよ」
「そうなのですか?」
「元気なお爺ちゃんだったって。簡単に言うと、キリ様の逆。お爺ちゃんだけど、子供っぽかったって」
「歴代のテンゲンには、そういう人も居たのですか」
アルスは懐かしそうに微笑む。
「僕のお爺ちゃんも子供みたいな人だったなぁ。一緒に遊んだり、からかわれたりしてたから」
「大人になっても変わらない部分があるということですか?」
「皆、そうかもね。自分を創ってる一番重要な部分は、大人も子供も一緒なんだよ。それは子供の頃から大人になるまで変わらないんだ」
キリは自分の胸に手を当てる。
「安心しました。正直、自分が少し違うのだと心配になることがありました。中々、同い年の子供と会えない生活。会うのは教育係の大人や父上の客人ばかり……」
「キリ様……」
「そんな時、父上から妙な依頼が入りました。わたしと『遊びたいという旅人が居るから、相手をしてやってくれ』というのです」
キリは微笑みながらアルスを見る。
「造ってあげる相手に心を込めるなら、友達になるのが一番だと思ったんだ。小さな子に武器を造るから会うっていうのは、何処か冷たい接し方のように感じたし」
「ええ、初めて友達が出来た気がしました。歳も、ずっと上なのに、幼いわたしに合わせて優しく接してくれた」
「照れますね」
アルスは照れ笑いを浮かべる。
「アルス……。貴方を友達と思っていいのですよね?」
「思ってください。僕に心を込めた武器を造らせてください」
「ありがとうございます」
キリはアルスの手を取ってお礼を言った。
「武器造りが始まれば、完成するまで数日ですか? 御話し出来る時間も残り僅かですよね?」
「そうだろうね。一週間もすれば完成する」
「作製に時間も取られるだろうし、少し寂しいです」
キリの寂しそうな顔を見て、アルスは顎に手を当てる。
「う~ん……。うちの娘と会ってみます?」
「娘さん?」
「キリ様に妙な影響が出ると困るから控えてたんですけど、騒がしい連中なので寂しいという感情はなくなると思いますよ」
「一体、どのような方達なのです?」
「戸籍的に繋がっているのは、十二歳のリース。そして、旅の途中で仲間になった双子の姉妹が十五歳でエリシスとユリシス。リース一人の時は制御できてたんだけど、エリシスとユリシスが加わってから手に負えなくなったんだ」
「はあ……」
「女の子が三人も居ると、男一人じゃ押さえ切れない力を発揮するんだよ」
「よく分かりませんね……」
「明日、会ってみれば分かるかな? とりあえず、頼んでみるから」
「はあ……」
「間違いなく失礼なことをすると思うから、気に障ったらちゃんと注意してね」
「……友達になれるでしょうか?」
「気付いた時には巻き込まれてると思うよ」
キリは少し不安を覚えつつも、新しい友達と言う言葉に胸を高鳴らせた。
…
夜――。
アルスは、部屋で裁縫をしていた。
「チクチクチクチクチクチク……。あんた、何やってんのよ?」
「もう、そのパターンいいだろう……」
エリシスの三日連続の切り出しに、アルスは眉をハの字にした。
「分かってるわよ。今日も手伝えばいいんでしょう?」
「意外なことに、エリシスが一番上手かったんだよね」
「針握ったら指にぶっ刺すようなベタな展開にはならないわよ。あたしは料理だって教えられれば、適当な調味料を突っ込んで究極の一品に仕上げてやるわよ」
「料理の方は失敗するパターンしか予想できない……」
「あんたみたいに、最後に味噌をぶち込めばいいんでしょ?」
「入れ過ぎるとしょっぱくなるから、加減を覚えてから料理はしてくれ」
「そうするわ」
アルスは溜息を吐くと、キリと約束した内容を頼む。
「少しお願いがあるんだけど、いいかな?」
「いいわよ」
「明日、キリ様の相手をしてくれない?」
「あたし達が?」
「うん。女の子同士だから、本来、僕よりも話は合うはずだから」
「まあ、暇してるし。いいわよ」
「助かるよ」
アルスに返事を返したエリシスの側に、リースとユリシスが近づいて話し掛ける。
「明日は、南側を探検するんでしょ?」
「延期にするんですか?」
「一日ぐらい平気よ」
エリシスはアルスに顔を向ける。
「直ぐに、この国出ないんでしょ?」
「二ヶ月も滞在することはなくなったけど、あと一週間ぐらいは居るつもり」
「了解」
エリシスは振り返ると『ね』と、リースとユリシスに声を掛ける。
「じゃあ、安心ですね」
「あそこで王都を全部回ったことになるからね」
(この子達、凄い行動力だな……)
アルスはリース達の会話を聞きながら、改めてリース達の独特の力みたいなものを感じる。
(女の子同士だし、きっと大丈夫だよね)
リース達の力が強過ぎるかとも思ったが、そこは女の子同士と信頼することにした。