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作製編  71 【強制終了版】

 次の日も、アルスは鍛冶場での仕事。リース達はドラゴンテイルの王都の探険をすることになる。

 鍛冶場では職人達がアルスの技術を目で追うが、一向に自分達との差は見分けられない。全てが自分達の技術と変わらないように見える。そして、この日も、何の違いも確認できないまま、鍛冶場の仕事は終わりを迎えた。

 アルスは鍛冶場での仕事を終えると、昨日と同じように風呂で汗を流し、キリの部屋へと向かう。ただし、今日は、昨日の夜に作製した猫のぬいぐるみを手土産にしている。

 使いの者なしでキリの部屋へ訪れたアルスは、昨日の使いの者に倣って『アルスです』と声を掛けた。

「待っていました。入ってください」

 キリのお許しの声が掛かると、アルスは障子の扉を開ける。

「こんにちは。昨日、言っていた猫」

 アルスが猫のぬいぐるみをキリに見せると、キリは笑顔を浮かべてアルスのところまで走って来た。

「愛らしい……。さ、触ってもいいですか?」

「キリ様のために作ったんだ。貰ってくれると嬉しいな」

「く、くれるのですか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます!」

 キリは猫のぬいぐるみを抱きしめ、手で柔らかさを実感する。

「本当に愛らしい……」

「本物の魅力には敵わないけど、これはこれでいいでしょう?」

「ふわふわしています」

「生地に拘りました」

 アルスはぬいぐるみを持つキリの手を見詰め、この小さな手がどのように成長するのか想像する。そして、思い出されるのはリースの手。あの手が人を傷つけてしまったこと。

「キリ様はくノ一という職業に就くことを、もう理解していますか?」

 キリはぬいぐるみを抱きながら答える。

「正直、理解していません。でも、わたしの役目だということは理解しています」

「そうですか……」

「どうしたのですか?」

「僕はキリ様の歳のくらいは、魔法使いになると思っていました」

「それが今は鍛冶屋だというのだから、分からないものですね」

「はい」

「ところで……。どうして、そのようなことを?」

「鍛冶屋の仕事もそうですが、これから辛いこともあります。キリ様の道は、僕なんかより、ずっと険しいものだと思います。だから――」

 キリは首を傾げる。

「――だから、今は楽しい思い出を作りましょう」

「変なことを言いますね? それと、敬語に戻っていますよ?」

「あ、ごめん」

 キリは小さく笑うと、ゆっくりと目を伏せる。

「アルスの気遣いは分かっています。父上も同じことを悲しんでいました。この手が戦いに使われ、血で汚れてしまうかもしれないのですよね」

「そこまで知っていたのか……」

「分からないことだらけで、これから分かることも多いと思います。だけど、もう決めました。わたしは、父上に従って行こうと」

 アルスは少し真剣な顔になり、話を続ける。

「テンゲン様は何も分からない子に、ただ武器を造って与えるなんて出来なかったんだな……。そこまで考えているなら、少し安心したよ」

「安心されましたか?」

「うん。きっと、辛い時が来た時は、キリ様のお父さんが支えて守ってくれると思えた」

「父上に、そういう印象を持って貰えて嬉しいです」

 アルスは背筋を伸ばして正座する。

「キリ様は、どのような武器が欲しいですか?」

「生憎、武器の種類には詳しくなくて……」

「武器でしたいことでも構いませんよ」

「武器で?」

 キリは少し考え込むと答えを出した。

「父上の隣に居たいです。わたしが父上を守って、父上がわたしを守る。そして、願わくば、皆を守れるくノ一になりたいです。わたしの武器はそれを手助けしてくれる――力を貸してくれる武器がいいです」

「守れる武器ですか……。僕がキリ様に考えていたのは、クナイ、脇差、小太刀、短刀のこの四つ。クナイは、斬る投げるの両方を使えるもの。脇差は、刀と添え差しで刀を小さくしたようなもの。小太刀は、刀と脇差の中間のもの。短刀は、嫁入りに持たせることも出来る着物の内に携帯できるもの」

「刀が省かれているのは?」

「女の人の体の大きさを考えて、邪魔になると判断したから」

「では、わたしには何が相応しいと思ったのですか?」

「最初は脇差。でも、今は小太刀だと思ってる」

「どうしてですか?」

「守るなら脇差よりも小太刀の方がいい……。そう思ったから」

「小太刀……」

「多分、成長したキリ様が扱える武器で、一番長いのがこれだと思う」

「わたしに扱えますか?」

「話してくれたことをしっかりと忘れなければ」

「……頑張ってみます」

 アルスは右手の人差し指を立てる。

「あと、一つ細工を入れようと思うんだ」

「細工?」

「そのためには、キリ様が呪符を扱える必要もあるんだけど……」

「父上の教育の必須事項に入っています」

「なら、安心だ」

 アルスは右手を差し出す。

「手を貸して」

 キリはアルスの右手に右手を添える。

「硬い掌……」

「おじいちゃんと頑張ったんだ」

「努力した証ですね」

「下手っぴの失敗した積み重ねでもあるんだけどね」

 キリはアルスの言葉を可笑しそうに微笑む。

「こういう指の形か……」

 アルスはキリの右手が大きくなったことを想像する。自分の右手を比較対象に、女の子だから一回り小さい大きさ。

「キリ様、大女になんかなりませんよね?」

「アルスの手より大きくなるかってことですか?」

「うん」

「母上はアルスの手より小さいですよ」

「じゃあ、それを素に想像します」

 アルスはキリの手を大きく想像し、握り込む柄をイメージする。

「大体、このくらいか……」

 キリにはアルスの見ているものは見えない。しかし、真剣に眺めている目を見ると、確かに何かが見えているような気がした。

「明日から造ります」

「鍛冶場の修行はいいのですか?」

「どうも、こっちよりもあっちの方が興味を持っているみたいだから、切り上げることにします」

「こっち? あっち?」

 キリの言葉に、アルスは微笑む。

「こっちの話だよ」

「よく分かりませんね」

 キリもアルスに微笑んで返す。

「今日は、何をしますか?」

「僕の用件は終わったけど、暇なら、毎日、通いますよ」

「毎日、通ってください」

「では、今日は何をしようか?」

「わたしが聞いたのに」

 その日から、キリはアルスが来るのを楽しみに待つようになった。


 …


 夜――。

 アルスは部屋で裁縫をしていた。

「チクチクチクチクチクチク……。あんた、何やってんのよ?」

「何で、この部屋に全員集合してんの?」

「暇だからよ」

「暇だからです」

「暇だから」

 アルスは溜息を吐く。

「君達、今日も遊んできたんじゃないの? 暇を潰してきたんでしょう?」

「今日も、まだアルスで遊んでない」

「昨日と同じく、おかしな表現をしないでくれ」

 アルスは溜息を吐きながら、犬のぬいぐるみを作っていく。

「あんた、鍛冶屋をやめて玩具屋にでもなる気?」

「気に入ったみたいなんだ」

 アルスは積まれた生地の一つをエリシスに渡す。

「何これ?」

「手伝ってくれない?」

「は?」

「あと、兎と熊と亀と鶏とヒヨコを作らないといけないんだ」

「どうして、あんたが頼まれるのよ!」

 アルスは軽く笑う。

「エリシスも分かっているだろう?」

「何をよ?」

「僕が頼まれたら断われない性格だって」

「……へたれ」

「誰のせいで断われなくなったと思うんだ……」

「あたしのせい?」

 アルスは頷いた。

 不満顔のエリシスの横でリースとユリシスが座り、生地を持った。

「何やってんのよ?」

「このパターンは、わたし達も含まれるパターンです」

「被害が大きくなる前に手伝うのがいいと思う」

「被害って……。分かったわよ。でも、問題があるのよね」

 リース達の目がアルスに向かった。

「「「裁縫できない(ません)」」」

「教える方が時間掛かるなんてことにならないよね……」

 それから、アルスの裁縫教室が始まった。

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