与えられた部屋は、二部屋――。
どちらも和室で仕切りは襖の扉だけ、ほとんど一部屋と変わりはない。
今は、行為で準備して貰った大きな風呂で旅の疲れと汗を流すことが出来て、アルスはさっぱりとして部屋の障子を開けて夜風を受けていた。そして、無事に鍛冶技術習得の許可が下りて滞在できたことをイオルクに感謝していた。イオルクがドラゴンテイルに縁を作ってくれていたからこそ、ここに居ることが出来るのである。
そして、明日からの鍛冶仕事に備えて、アルスがリュックサックの中身を整理しようとした時、襖が勢いよく開いた。
「ねぇねぇ! 見て見て!」
リース達が、この国ならではの浴衣という姿で現われた。全員、髪を下ろして少し雰囲気も違う。
「この国、プライバシーに気を遣って欲しい……」
(僕が着替えてたら、どうするつもりなんだ?)
アルスは、いつもの溜息を吐く。
「何で、溜息なの!」
「そうよ! ここは欲情するところでしょ!」
「いつもと違うんですよ?」
「だったら、落ち着いて見せてよ。いきなりノックもしないで扉を開けないでさ」
「いつものことじゃない」
「だから、鍵を掛ける癖が付いたんだけど……」
「あ~! もう! 細かいわね! 褒めて!」
(全てを無視した素晴らしい要求だな……、エリシス)
同じ浴衣、同じ髪型、同じ背格好で区別がつかないはずなのに、はっきりと区別がつく不思議な双子。
アルスは独特の着物を観察する。
「三人とも同じ格好で、本物の姉妹みたいだね」
「でしょ? 髪型を同じにしただけで、三倍よ」
「何が三倍になってるかは分からないけど、得した気分にはなったよ」
「他には?」
「凄く新鮮かな? いつもと違う服で。柔らかいのに帯がしっかりしてるから、緊張感を醸し出してる」
「つまり?」
「凄く可愛いよ」
「おお!」
「初めて褒められた!」
「アルスさんも、やっと正常な感性を持ちましたね」
(言いたい放題だな)
エリシスは、更にアルスを追求する。
「他には?」
「他? こんなところだけど?」
「あんた、本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「この浴衣の下から覗く生足とか、体に出るラインとか、全体的に薄い布地だけで包む裸体を想像するとか、首筋から覗く鎖骨とか、髪をかきあげて見える項なんかに欲情しないの?」
「今の全部に欲情してたら、君達の貞操が危ないんじゃないか?」
「アルスの発情は、まだ先か……」
「あのねぇ……」
リースは、いつもの服のままのアルスに首を傾げる。
「アルスは浴衣を着なかったの?」
「着方が分からないから、いつも通りにしたよ」
「簡単だよ。それに、その服だと目立つよ」
アルスは自分の服装を確認する。
「おかしいかな? 基本、黒髪のこの国だと、服ぐらい同じにしても目立つの変わらないと思ったんだけど」
「そんなことないよ」
「じゃあ、明日、聞いてみるよ」
「わたし達、知ってますよ?」
「はい?」
「そうね、アルス一人ぐらい」
「やっちゃおう!」
リース達がアルスに飛び掛かった。
「ちょっと!」
「あたしが腕を押さえるから、ユリシスとリースは脱がしちゃって!」
「はい!」
「分かった!」
「やめて! 自分で脱ぐから!」
ユリシスが不敵な笑みを浮かべ、アルスに近づく。
「アルスさん、ここの国では下着を着けないのが普通らしいですよ」
「そこは個人の自由だ!」
ユリシスの言葉に反応して、リースがモジモジと質問する。
「え、と……。アルスを脱がすんだよね? じゃ、じゃあ、私も見ていいの?」
「いいわよ。あたしが許す」
「いいわけあるか! それと何を見るつもりだ!」
「でも、最初は吃驚するかもしれないから、わたしが――」
アルスのズボンに手を掛けようとしたユリシスの顔面に、アルスの足の裏が炸裂した。
ユリシスはバタリと後ろに倒れた。
「この……!」
「へ?」
アルスがエリシスの拘束を力任せに外すと、エリシスを担ぎ上げる。
「ちょ、ちょっと!」
「この腐れ姉妹が――ッ!」
エリシスがユリシスの上に放り投げられ、ゴンッと頭同士がぶつかる音がすると静かになった。
アルスはリースを庇うように抱き寄せる。
「リースに変なことばかり教えるな!」
「…………」
しかし、双子の姉妹は頭を押さえて返事が出来ない。
「まったく……、あれ?」
アルスが何かに気付く。
「どうしたの?」
「少し胸に手応えがある」
リースは赤くなると無言で俯いた。
「ハウッ⁉」
アルスの頭にユリシスがぶつかった。
「あんた! 何、セクハラしてんのよ!」
「不可抗力だ……」
「っていうか! リースは、あたし達を裏切って胸を大きくしたわけ!」
「えっ⁉ えっ⁉」
「発育に制限なんて掛けれるわけないじゃないか……」
「うるさい! ユリシス! あんたも何か――」
アルスの横でユリシスはピクリとも動かない。
「――あれ?」
「気絶してんじゃないの?」
「どうして?」
「さっき、突っ込む時、エリシスがユリシスを投げちゃった……」
リースがうつ伏せになっているユリシスを仰向けにすると、額には大きなコブが二つ。
「きゅう~……」
「やり過ぎだよ……」
「ユリシス――ッ!」
その後、ユリシスのノックダウンのお陰で、部屋は静かになった。
…
次の日――。
リース達三人は、ドラゴンテイルの町娘が着ているような着物に身を包み、髪を結った同じ髪型でドラゴンテイルの王都に遊びに出掛けた。アルスは、自分一人ではリースを遊びにも連れて行けなかったのだと思うと、エリシスとユリシスの存在を有り難く思う。
アルスは鍛冶場に向かい、鍛冶技術の確認と習得のため、ドラゴンテイルの職人と仕事を始めるのだった。
…
お昼が過ぎ、三時間経った頃――。
職人の一人が呼ばれ、テンゲンにアルスの様子を知らせていた。
「どうだ?」
「正直、変わっていますね」
「変わっている?」
「こちらが見習いたくなるぐらいの丁寧さですよ。手抜きはありませんし、こちらが納得して次の工程に進んでも、その工程が納得するまで次に進みません」
「それは、御主達が手を抜いているからではないのか?」
「そうではなく、後の工程で必ず修正が入るので時間を掛けない箇所もなのです」
「そういうことか」
「正直、無駄な感じがしますが、あのイオルク殿の技術を受け継いでいるなら、こちらも技術を学びたいので文句も言えません」
「なるほどな」
「あと、本人が言ったように鍛冶技術は相当のものです」
「ほう」
「こちらが知っていることは、あちらも知っているという感じです。今のところ、技術に差を感じません」
「それだけでも凄いのだろう?」
「はい。あの歳で、どうやって身につけたのか」
「イオルク殿と二人で、かなり追い込んだ仕事をしたらしい。その時、『全てを受け継いだと確信した』と言っていた」
「きっと、快心の出来だったのでしょうな。全てを懸けた仕事――ある意味、鍛冶職人なら一度は携わりたい境地です」
「イオルク殿は、それを体験させたのだろうな」
「まだ少年の身なのに無茶をさせます」
「だが、そのことを誇りに思っていても文句を言わなかった。あの少年は、純粋にイオルク殿の業を受け継いだのだろう」
「しかし、その技術が我々と大差がないということは、イオルク殿も同じ技術を使っていたということになります」
「つまり、名匠と言われた技術に差はないのか?」
「そう感じます」
「もう少し調べてみてくれ。そして、アルスには自由にさせて構わない」
「分かりました」
技術の探り合い……。
かつて、ドラゴンテイルから出た技術がイオルクの手で昇華され、アルスの手により、再びドラゴンテイルに戻ろうとしていた。しかし、それを回収できるだけの知識が、ここの職人にあるかどうかは分からない。イオルクの技術は口伝でしか伝わっていないものもあるのだ。