ドラゴンテイルの王都で、一番大きな建物――。
大きな門のある武家屋敷と城が存在し、王が管理する武器や品物の全てがここにある。
そして、文化圏に大きな違いのあるこの国で、一目で別の国か来たと分かる格好をするアルス達の謁見が許される可能性は低いのも周知の事実である。
それでもと、門番のアサシンにアルスは話し掛ける。
「すみません。旅の者ですが、この国の鍛冶技術を習得したいんです。王様にお許しを得ることは出来ないでしょうか?」
門番はアルス達を見て、直ぐに何かに気付いた。
「その出で立ち……。もしや、アルスという名ではないか?」
「どうして、僕の名前を?」
「テンゲン様が会いたがっている」
「テンゲン……? テンゲン様⁉」
「異国の者が知っているのか?」
「いや、お爺ちゃんが知ってて、若い時にお爺ちゃんだったって!」
アルスの言葉に、リース達の顔が微妙な顔になる。
「アルスの爺さんの若い時に爺さんって……」
「一体、何歳生きているんですか……」
門番のアサシンが笑う。
「そうではない。テンゲンとは、この国を治める者に代々受け継がれる名なのだ」
「そうなんですか……。驚いた……」
「私の用件を言っていいか?」
「はい」
アルス達は門番に向き直る。
「お前は、この国の技術を持っているな?」
「正直、本物かどうかは分かりません。僕は、お爺ちゃんに鍛冶の技術を教わっただけなんです」
「異国に流れた者の技術であったか」
「いえ、お爺ちゃんは、テンゲンさん……は拙いか」
「どうした?」
「すみません。お爺ちゃんは、テンゲン様をテンゲンさんと呼んでいたので」
「失礼なお爺さんだな……」
アルスが答える前に、エリシスが答える。
「そうなのよ。話に聞くだけで迷惑極まりない性格をしてんのよ」
「何で、エリシスが代弁しちゃうんだ……」
「あんたの爺さんって、死んでんのに居るようなもんじゃない。あんたの爺さんのせいで、どれだけ、あたし達が苦労したと思ってんの?」
リースとユリシスも加わる。
「それ、あるかも? 私も、時々アルスのお爺ちゃんが想像できる時があるよ」
「そうですよね。アルスさんの変な話の影に、お爺さんありですから」
アルスは額に手を置くと、門番のアサシンは一人取り残されて溜息を吐く。
「それで、お前の爺さんは何者なんだ?」
「すみません、脱線しました。僕のお爺ちゃんは、テンゲン様に許可を貰って技術を習得したんです」
「そんな人物は数えるほどしか……、名前は?」
「イオルク・ブラドナーです」
「イオルク⁉」
門番のアサシンが驚いた声をあげた。
「どうしたんですか?」
「道理で、この国の鍛冶技術に対応しているわけだ……」
「お爺ちゃん、この国でもおかしなことをしたんですか?」
「そうではない。イオルク・ブラドナーの武器は、名匠の武器として扱われている」
「何で、お爺ちゃんの武器がこの国に?」
「年に一振り、テンゲン様宛てに武器が送られて来ていた。それが褒美に与えられるようなものだったり、この国の実力者に与えられるものだったりするのだ」
「そうだったんですか……」
「しかし、その武器が送られて来なくなり、使いの者に調べさせたところ、イオルク殿は亡くなられたと聞いた」
「その通りです」
「お前――いや、下賎な輩でないと分かった以上、言葉も改めなくては……。アルス殿のことは、テンゲン様に御伝え致します。暫し、ここで御待ちください」
「衛兵のお仕事ですし、『お前』でいいですよ。実際、この格好は、この国で怪しいですから」
「いえ、改めさせてください」
「じゃあ、それで……」
門番のアサシンは、門の勝手口の方に姿を消し、残されたアルス達は妙な成り行きに沈黙する。
しかし、長い時間黙っていられないのがこのパーティの特徴でもある。
リースがアルスに質問する。
「アルスのお爺ちゃんって、偉い人なの?」
「それはないと思うけど……。どっちかというと、また何かして、偉い人に縁が出来たんじゃないかな?」
「一度、アルスのお爺ちゃんの経歴を調べた方がいいんじゃない?」
アルスは腕を組む。
「何かこうなるのを分かってて、お爺ちゃんはワザと詳細を僕に話さなかった気がする」
「本当に迷惑な爺さんね……」
「これが『旅するのは面白い』って言ってたことなのかな?」
「面白いですか……」
「私は、してやったりで見たこともないアルスのお爺ちゃんの笑ってる顔が浮かぶ……」
「多分、リースが正解だと思う。今頃、あの世で僕を見て笑い転げてると思う」
「こういう会話が続くから、知り合いのような気がしてくるのよね」
リースとユリシスは、エリシスに同意して深く頷く。
「普通は故人を思うと悲しくなるはずなんだけど、逆に親近感が出てくるって、どういうわけ?」
「僕は、皆がお爺ちゃんを受け入れてくれているみたいで嬉しいな」
「そういう考え方もあるか」
リースは亡くなった両親のことを少し思い出す。
「私のお父さんとお母さんは、そんなに話題になるようなことはないけどなぁ」
「それが普通でしょ? あたし達だって思い浮かばないもの」
「世界中に足跡が残っているのも大きいのではないですか?」
「確かに。あたしらの両親が世界中回っていれば、何らかの足跡が――残らないわね」
「性格も重要な要素だと思うよ。何処かでトラブルを起こさないと、後生の私達に伝わらないから」
「君達、何の話をしてるの?」
アルスはさっき言った『嬉しい』という感情は、何だったのだろうかと項垂れる。
「僕のお爺ちゃんのことを話してるけど、エリシスもお爺ちゃんと同じような足跡を残すタイプだからね?」
「は?」
「強引な性格、我が侭を突き通す、周囲を巻き込む、向かって来る相手は容赦なく返り討ち」
「あ、あたしは、そんなんじゃないわよ!」
「多分、この国のアサシンの子達には、何らかの情報が刷り込まれていると思うよ」
「何らかって、何よ?」
「年上の僕を顎で使ったり、『お風呂入りたい!』って、自分の家でもないのに――」
「ストップ! もういい!」
エリシスはアルスを止めると、リース達に振り返る。
「あんた達も共犯よね?」
「「え?」」
「思われてるかもね。エリシスが引き金になって便乗するのが二人だから」
「わたし達、周りの人にどう思われているんでしょうか……」
「不安になってきた……」
「ふぅ……。被害が三分の一になったか……」
何故かエリシスだけ、安堵の息を吐く。
「まあ、反省しないけどね」
「しなよ……」
「あたしのこの性格は変えられないし、連帯責任になるみたいだから、あたしはこのままでいいわ」
「有り得ないことを言ってる……」
「わたし達の無実の所業が蓄積されていく……」
「持つべきものは仲間よね」
エリシスを除く全員が『違うだろう』と心に思った時、門が開いた。
「御待たせしました。どうぞ、御入りください」
「ご苦労!」
エリシスは門番のアサシンに軽く手をあげると歩き出す。
「あの性格だよ……」
「姉さんは第二のアルスさんのお爺さんになる気がします……」
「連帯責任か……」
アルス達は、ズンズンと先を歩くエリシスに続いた。
…
アルス達が案内されたのは、かつてイオルクとクリスが案内されたテンゲンの部屋だった。あれから、二回のテンゲンの交代があり、今のテンゲンは非常に若い。それでもアルスよりは年上であり、背も体格も一回り以上大きい。
イオルクの時とは違う、老人ではない青年のテンゲンが上座から話し掛ける。
「楽にしてくれ」
とは言われても、国で一番偉い人に会うのだから堂々と足を崩せない。エリシスですら、正座をしたままだった。
「鍛冶の技術を習得したいということだったな?」
「はい」
「イオルク殿には、何処まで教わったのだ?」
「全てを受け継いでいます」
「その若さでか?」
「はい」
「……信じられぬな」
「いいえ、全てを受け継ぎました」
リースは言い切るアルスを珍しいと思っていた。いつも、何かしらを付け加えて、自分が最低限のものしか持っていないと言うのがアルスだったからだ。
「僕は、お爺ちゃんと最後の武器を造ったことを、今でも鮮明に覚えています。お爺ちゃんに教わっていたのは四年間。確かにあまりに短い時間です。でも、付きっ切りでした。お爺ちゃんは、僕といつも一緒に居てくれました。そして、最後の武器を造った時、心身共にボロボロになって、お互い声も掛けれないぐらいに疲れ果てていた中で、僕はお爺ちゃんのすることが分かって、お爺ちゃんは僕のすることが分かっていました。あの時に僕は、お爺ちゃんから全てを受け取ったんだと思います。――言い切らないといけない。お爺ちゃんが残してくれたものを受け取っていないなんて肯定しません」
「それほどの絆か……」
「僕は、お爺ちゃんの技術は世界一だって確かめに来ました。そして、劣っている技術があったら、それを習得するのが僕の役目です」
「そこまで言い切るか」
「あ……」
アルスは言い過ぎたと気付く。
「すみません。生意気なことを言いました」
「気にするな。逆に納得がいった」
テンゲンは一振りの脇差を取り出す。
「お主が修繕した脇差の一振りだ。正直、信じられなかったが、イオルク殿の業を受け継いでいたなら納得できる。この脇差を鈍らから名刀に変えたのを信じよう」
テンゲンの言葉に、アルスは補足する。
「それ、元々が名刀のものですから、僕は少し手直ししただけですよ?」
「知っている。しかし、この脇差は、本来の価値を忘れ去られていたもののはずだ。それを蘇らせたのは、御主だ」
テンゲンは脇差を置くと、今度は布に包まれた長刀を取り出した。
「これが伝説の武器以外で、この国にある一番の鉄製の武器だ。造り手は言わなくても分かるだろう」
「お爺ちゃんですか?」
「そうだ。イオルク殿は、ここで技術を習得してドラゴンヘッドに戻ると、更に研鑽を続けた。特に鍛冶屋の道具と材料に着眼し、試行錯誤の結果をこの国に送り続けた。そして、最後に送られたこの長刀が一番の武器になった」
(理由は知っている。オリハルコンを鍛えるために、鍛冶屋の道具自体を昇華させる必要があったからだ。だから、それを造るための材料を研究して、それを応用した鍛冶屋の道具を造る必要があった)
アルスはメイスの中に収められている大剣を思い出す。
(きっと、この国に武器を送り続けたのは、お爺ちゃんの感謝の気持ちなんだ。あのオリハルコンの武器には、この国の技術が沢山使われている)
アルスはイオルクの鍛冶技術の中心には、ドラゴンテイルの技術があると確信すると、畳に手を着いて、頭を下げる。
「この国で、基礎から技術を教えてください」
「確認にしかならないかもしれんぞ?」
「お爺ちゃんが学んだことを僕も見てみたいです」
テンゲンは静かに頷く。
「そうか……。この国に礼を尽くしてくれたイオルク殿の倅の頼みだ。許可しよう」
「ありがとうございます」
「その代わり、一つ頼まれてくれないか?」
「出来ることなら」
アルスは顔を上げた。
「その、親馬鹿であることは分かっているのだがな――」
「はあ……」
テンゲンは少し顔を背け頭に手を置くと、声を低くして話し出した。
「――娘に良い武器を持たせたいのだ」
「娘さん?」
「後々は立派なくノ一としたいので、娘のために一振り打って貰えないか?」
「僕でいいんですか?」
「本当は、イオルク殿に頼むつもりだった」
アルスは頷く。
「分かりました。お爺ちゃんの代わりに武器を造らせて貰います。そして、お爺ちゃんに負けないものを造ります」
「頼む」
「それでは、その娘さんの持っている武器を見せて貰えませんか? 癖を見極めて造る武器に反映させます」
アルスの頼みに、テンゲンは首を振る。
「娘は、まだ武器を持ってない」
「はい?」
「まだ四つだからな」
「……では、大きくなられてから?」
「うむ」
アルスは腕を組んで考え込む。
(困ったな……。使う人間の癖が収集できないのか)
使い手の情報なしに武器を造ることは出来ない。無理に造っても、使い手を無視したものになり兼ねない。
(達人は武器を選ばないというけど、鍛冶屋としては、その人にあった武器を造りたい。何とか情報を集めないとダメだな)
アルスはテンゲンに条件を出すことにした。
「一日一時間、娘さんと遊ばせてくれませんか?」
「何?」
「造った武器を未来に手にする以上、使い手の成長を予想するしかありません。性格とか手の特徴を遊びながら観察して、将来を予想して造ります」
「初めて聞くな」
「僕も使い手が未来にいる武器を造るのは初めてです」
「無理難題だったか?」
「『これも面白いかな?』と思っています」
「そうか。――では、どのように過ごすつもりだ?」
「一緒に鍛冶場で働かせて貰って、娘さんと一時間遊んでを繰り返します。そして、武器を造れるような情報が揃ったところで、鍛冶場を貸してください。その武器を造り終わったら、ここでの修行を終わりにします」
テンゲンは頷く。
「言った通りにするがいい。その間の滞在は、ここを利用するがよい」
「ありがとうございます」
「連れの者は、どうする?」
「自由にさせてあげてください。出来れば、この国の商店なんかを見て、ゆっくりと回らせてあげたいです」
「だが、通貨がないと言ったところか?」
「お爺ちゃんに聞いて、物々交換用のアクセサリーは造っていたんですけど、交換する場所が見つからなくて」
「あくせさりー……? 異国の装飾品か。面白い。それを全て貰い受けよう。その代わり、許可証を与えるということで、どうだ?」
「許可証?」
テンゲンは懐から何かの紋の入った木製の印を取り出した。
「これを見せれば、私が買い取ったことになる」
「いいんですか?」
「構わぬ」
アルスは立ち上がると部屋の隅に置いてあったリュックサックまで歩き、アクセサリーの入った布袋を取り出す。そして、それを持ってテンゲンの所まで行くと、アクセサリーと許可証を交換した。
テンゲンはアクセサリーを見ると微笑む。
「この国にはないデザインだな。娘も喜ぶだろう」
「それ、全部あげるんですか?」
「え? あ、いや……、オホン! 娘に先に選ばせてから、他の者に決まっているだろう」
「ああ、なるほど」
((((この人、本当の親馬鹿だ……))))
こうして話は終わり、アルス達は王都に滞在することになった。
そして、『部屋を案内するように』と使いの者が呼ばれる。
「こちらです」
アルスが立ち上がり、使いの者に着いて行こうとする。
「「「待って」」」
「どうしたの?」
「足が痺れて……」
「動けません……」
「どうしよう……」
アルスは額に手を置く。
「少し足を崩して」
リース達は足を崩すと血が通い始め、痺れが更に広がり、痺れが取れるまで唸っていた。
それを見てテンゲンは可笑しそうに笑い、アルスは少し恥ずかしい思いをした。