一週間が過ぎた頃――。
人間の適応能力は凄いということが分かってくる。集中力の切り替えというものを理解し始めると、エリシスは敗者から勝者へと状況を変更し、いつの間にかアサシンの少年達に教える立場になっていた。
そして、エリシスの存在がアルスを除く全員に遠慮という壁をぼやけさせると、リースとユリシスもアサシンの少年達に話し掛けるようになった。アルスは、この現象を何度か見て、いつもエリシスの存在に驚かされる。
リースもユリシスも躊躇していたはずなのに、エリシスが居ることで一歩を踏み出せる。血は繋がっていなくても、エリシスは間違いなく三人のお姉さんの位置にいて、しっかりと引っ張っている存在なのだ。
その成果が発揮され、ユリシスは自分の作った二重詠唱の考えを纏めたノートをアサシンの術師と話し合って使いどころを検討している。魔法の経験と呪符の経験の情報交換により、少しずつユリシスの二重詠唱の戦い方は形になり始めていた。
一方のリースは、出来る限りの模擬戦を繰り返していた。ナイフとダガーでの模擬戦を繰り返し、間違い探しをしながらの戦いの予測。戦いを有利に進める選択肢の選び方を模擬戦の中で増やしていった。
「皆、充実してるね」
アルスは活気付いている道場の音を聞きながら、今日も中古武器を修繕する。
「鍛冶屋の仕事がご無沙汰になっていたから、僕も気分がいいなぁ」
山のようにあった修繕する武器も残り僅かになっていた。
「でも、一週間も四人も食い扶ちが増えて迷惑掛けてないかな……」
それが少し心配だった。
「大丈夫ですよ」
縁側で腰を下ろしていたアルスの独り言に、道場の戸が開いて答えが返ってきた。振り向いた先には、アサシンの少年。
「毎回、思うんだけど、仮面をつけてるから見分けが付かなくて、誰に話してんだか分からないんだよね」
「情報は共有していますから、大丈夫ですよ」
「う~ん……。慣わしとはいえ、こっちは困る……」
アルスの困り顔に、アサシンの少年は笑っている。
「本当に、お金に困ってない?」
「ええ。我々は多めに給金が出ていますし、自分達以外の戦いを目にするのも得難い経験です」
「そう言って貰うと助かるんだけど、動いてる分だけ、全員の食べる量が明らかに増えてるんだよ」
「女の人でもあんなに食べるのだと驚かされはしました。ですが、安心してください。アルス殿の仕事に、皆、喜んでいます」
「嬉しいな」
「冗談抜きに凄い技術です。修繕された武器を諸先輩方に見て貰いましたが、感心されていました」
「役に立てたようで良かった……。それと、直った武器は新しい主を見つけられたのかな?」
「取り合いになっていましたよ」
アサシンの少年は笑って答えた。
「本当に良かった」
アルスは残り四本の修繕すべき武器を指差す。
「これ、君達に残していきたいんだ」
「我々にですか?」
「一番お世話になったからね」
アルスは残った四本の小太刀を並べ直す。
「本来、この四本の小太刀は、ここにあるようなものじゃない業物と呼ばれるものだよ」
「業物?」
アルスが小太刀の柄を全て外すと、茎(なかご)と呼ばれる握る部分の金属が姿を見せた。
「この小太刀、茎尻(なかごじり)というお尻の部分がないんだ。よく見ると茎(なかご)が真っ直ぐになってるでしょう?」
「はい」
「本来、刀として使われていたものの先端が壊れたか折れたかして、小太刀に造り替えたんだ」
「何故、そんな立派なものが、ここに?」
アルスは複雑な顔になる。
「元の武器自体は凄いんだけど、直した職人の腕が悪かったみたいだ。武器の扱いに長けている君達が違和感を感じて避けたから、封印されていたんだよ」
「それで……。『呪われている』とか『気持ちが悪い』と言われていたような気がします」
「だから、少し本格的に火入れをして造り替えようと思う」
「ここには火炉がありませんよ?」
「足りない分の火力は、リースとユリシスに手伝って貰うよ」
「我々も呪符を使いましょうか?」
「あれは消耗品だからダメだよ。それに魔法を使い切れなくなるまで使うのは、僕らの鍛練の一つだから気にしないで」
「そうですか?」
アルスは頷く。
「そこで、君達の小太刀を見せてくれないかな?」
「何故です?」
アルスの目が真剣になる。
「同じバランスに整えてみせる」
「専用の小太刀を造ってくれるのですか?」
「うん、持てる技術を全部使って」
アサシンの少年は遠慮がちに話す。
「……我々のような半人前が専用の武器を持つなど、あまりに早過ぎる気がします」
「でも、素は廃棄されている武器だよ?」
「微妙ですね……」
「中古の武器を持ってても、怒られるとは思えない。持ち主の居ない武器も、新たな持ち主が大事にしてくれるなら喜ぶはずだよ」
アルスの言葉に、アサシンの少年は中古武器だったことで納得する。
「……それもそうですね」
「言い掛かりを付けられたら、柄を取って見せれば切断した痕が残っているんだし。相手は、それを見せられたら、何も言えないよ」
「確かに。――では、御願いしてもいいですか?」
「うん、心を込めて造り直すよ。そして、それを造り終えたら、ここを出る」
「え?」
信頼関係が築かれ、もう少し滞在していると思っていたアサシンの少年は心惜しそうに言葉を漏らす。
「そんなに急がなくてもいいのに」
「長く居過ぎると離れられなくなりそうだ。僕達は旅人だからね」
「そうですか……、あ!」
「どうしたの?」
「同期の仲間の居る場所を御教えします。そこを訪ねてください。そうすれば、この国でも滞在出来ます」
「いいの?」
「はい」
「ありがとう。本当に助かるよ」
「今日中に手紙を出しておきます。また、我々と同じように武器の修繕の仕事も御願いしておきます」
「これで、王都まで何とかなりそうだ」
「御役に立てて、何よりです」
アルスは旅の見通しがついて安心した。
そして、アルス達のドラゴンテイル最初の滞在場所での時間も、残り僅かになった。
…
夜――。
道場に敷かれた布団の上で、アルスはリース達に出発の話をしていた。
「――と、いうわけで、三日後にここを出ようと思う」
「あたしはいいわよ。全員に勝ったし」
「わたしは、もう少し滞在して居たかったですね。まだ二重詠唱を使いこなせていませんから」
「私は、どっちでもいい」
「ん?」
リースらしからぬ言葉に、エリシスが疑問符を浮かべる。
「リースは、まだ勝ってないじゃない?」
「勝たなくてもいいの。攻撃の選択肢は全て頭に入れたから、今は、もっと違う人と戦って戦術の情報が欲しい」
「リースは完全にデータ派よね?」
「そうかな?」
「そうじゃない」
「私は最低限のことかなって、最近、思うようになってきた」
「あれが?」
「だって、私は同じぐらいの男の子よりも弱くて、力じゃ絶対に敵わない。それだったら、違う部分のところで勝てるところを身につけるのは当たり前だと思っただけ。そして、それすら身につけてないと、旅も出来ない足手纏いになるだけだよ」
「健気ね……。アルスの言いつけ通りじゃない」
「でも、最終目的のセグァンをやっつけることには変わりないよ」
「そこはアルス否定か」
「健気って、何だっけ?」
「何でしょうね?」
いつも通り、最後はアルスが無視されるのは変わらない。
エリシスがユリシスに視線を向ける。
「そうすると、問題はユリシスだけか? ユリシス、諦めなさい」
「……やっぱり」
「あんたのは頭ん中で出来ることなんだから、歩きながらでも出来るでしょ? この三日で宿題を作って貰いなさいよ」
「また宿題が増えるんですか? わたし、先生の宿題も終わってないのに……」
「同じでしょ? 今やってることが終わらなければ、クリスさんの宿題も終わらないんだから」
「わたし、やり残しって好きじゃないんですけど……」
「贅沢言わない!」
「……はい」
リースは、そっとアルスに耳打ちする。
「逆にエリシスの方が課題が残ってたら、どうなると思う?」
「その時は、滞在延長確定だよ。このパーティで、エリシスに逆らえる人間は居ないよ」
「でも、それでもアルスの旅の経路が優先されてるのは凄いよね?」
「会った時に言っといて良かったよ。今なら確実に却下されるし、僕も押し通せる自信がない。あの時と今で、何がこんなにも違うんだろう?」
「信頼関係じゃない? 信頼されて、我が侭言っても大丈夫って思われた」
「えぇ……」
「私も少なからず感じるところがあるよ」
「それって、本当に信頼関係なの?」
「分かんない」
アルスが溜息を吐くと、視線の先では同じように諦めた顔で項垂れるユリシスの姿があった。
(今日は、同じ被害者だな……)
アルスの立場は、ユリシスの立ち位置で、常に大きく変化するのだった。
…
そして、三日後の朝――。
お世話になったアサシンの少年達とも別れの時がきた。アルス達は、それぞれお礼の言葉を交わし、あとは旅立つだけとなった。
アサシンの少年達の前に歩み寄ると、アルスは仕上がった小太刀を一人ずつ手渡す。
「自分で言うのも何だけど、いい仕事が出来たと思ってる」
手渡された小太刀を鞘から抜き取り、アサシンの少年達は感嘆の息を吐く。
「ありがとうございます」
「大事にします」
「こんなに良い武器を持つのは初めてです」
「あの使われなかった武器が……」
その言葉に、アルスは嬉しそうに微笑む……が、それを見て、リースがアルスを突っつく。
「私達には?」
「また?」
「また造ってないの!」
「だって……、ねぇ?」
アルスはエリシスとユリシスに助けを求めてみたが、当然、味方になってくれるはずがない。
「あんたって、いつも身内を最後にするのよね……!」
「ついでに一緒に造るという発想は出来ないんでしょうか……!」
アルスは回れ右をすると走り出した。
「あ、逃げた!」
「待て!」
「走らないでください!」
アサシンの少年達に別れの言葉も告げず、アルス達は走って行ってしまった。遥か先で、アルスが振り返り大きく手を振ると、直ぐに走って行く。それを真似して少女達も手を振り、再び走り出した。
「別れの挨拶がないのが自然な気がしてきた……」
「力一杯、元気に走って行く姿が何よりの挨拶ですね」
アサシンの少年達は珍妙な客が去って行くのを笑いながら見送っていた。