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作製編  65 【強制終了版】

 日が沈み、夕闇が辺りを覆う頃――。

 アルス、リース、ユリシスは、アサシンの少年達の好意で夕飯を頂くことになった。人数が増え、手狭になってしまった母屋では全員で食事というわけにもいかず、場所は道場を引き続き利用している。

 しかし、この場所にエリシスの姿がない。

「相当、ショックだったのかな?」

 リースは少し心配になってきた。

「姉さんが、ここまで一人で居るのは珍しいです」

 アルスは二人を見て腰を上げる。

「探しに行ってくるよ」

 リースとユリシスも一緒に行こうと腰を上げようとした時、道場の引き戸の開く音がした。

 全員の視線が道場の入り口に集まると、汗だくになったエリシスが姿を現わした。

「姉さん、どうしたんですか?」

「今まで、鍛練してたの? 服が汗で濡れてるよ?」

 ユリシスとリースの言葉に、エリシスは自分の武道着を手で摘まむ。

「気持ち悪いわね……。まあ、反省したかったから……」

「それで、こんなに遅く……」

 その場に居た全員がエリシスの努力の跡に尊敬の念を向けた。

「いや、この汗は帰り道が分からなくなって、走り回って掻いたヤツだから」

「は?」

「だから、反省したあとに迷ったのよ。一時間ぐらい走り続けたから汗を掻いたの」

「僕達の感動を返せ……」

「うるさいわね」

 エリシスはアサシンの少年達に指を差す。

「明日、またやるわよ」

 アルスはツカツカと道場の玄関まで歩くと、エリシスの頭を掴む。

「いい機会だから、少し礼儀を覚えよう。前々から気になってた」

「何すんのよ?」

「頼む立場なんだから、頭を下げる!」

「何でよ? あたしはアルスに頭なんて下げたことないじゃない」

「僕は、いいんだ!」

((((((えぇ……))))))

 アルスとエリシス以外が、アルスの言葉に妙な気持ちになった。

「エリシス達の中で、僕が底辺なのは知ってるから、もう何も言わない――」

 アサシンの少年達の目がリースとユリシスに向かうと、リースとユリシスは『そんなこと思ってない』と首を振った。

「――だけど、他の人に最低限の礼儀はしなきゃダメだ。彼らの善意で、ここに泊めて貰えることになったんだ」

「分かったわよ」

 エリシスはアルスの手を振り払うと、頭を下げる。

「明日、手合わせをお願いします」

「え、ええ……」

「あと、気持ち悪いので、お風呂に入りたいです。風呂上りの食事は温め直してくれるとありがたいです」

「…………」

 アルスは、がっくりと項垂れた。

「すみません……。それ全部、僕がやるので、お風呂貸してください……」

「ど、どうぞ」

 アサシンの少年が風呂場を指差すと、エリシスが替えの服の入った自分のリュックサックを持って姿を消した。

 そして、暫くして声が響く。

「アルス~! 水のまんま~!」

「今、行くよ……。――薪をくべるのは裏手でいいんですよね?」

「はあ……」

 アルスは『行ってくる』と入り口から外に出た。

 残されたアサシンの少年の一人がリースとユリシスに質問する。

「あれは、一体……?」

「保護者であろうと頑張ってるんだけどね」

「一番上の娘は、かなりの我が侭さんなんです……」

「そして、優しい性格のアルスは、結局、逆らえない」

「お陰で、わたしの苦労の半分以上がアルスさんにシフトされて大助かりなんですが」

「最初の頃は『アルス~!』じゃなくて『ユリシス~!』が、ほとんどだったもんね」

「いつからか、この優先順位が定着しましたよね」

(あの人の位置関係って……)

 アサシンの少年達は、模擬戦では感じなかった圧倒的な別の強さを少女達から感じていた。


 …


 次の日から、リース、エリシス、ユリシスの挑戦が始まる――。

 朝、最初の模擬戦。その後、反省点を見つけての個人修行。夕方、再度の模擬戦。そして、就寝までの自由時間というのが一日の日程だ。旅をしないで腰を据えての修行時間というのは初めてだった。

 一方のアルスは、アサシンの少年達に貰った仕事を黙々と続け、庭先はアルスの所有物の鍛冶道具で一杯になっていた。中古武器は一から造り直すわけではないため、今のところユリシス、リースの力を借りなくても、火炉の代わりをするアルスのレベル1の火の圧縮魔法でも事が足りる。

 欠けたり潰れたりした箇所を叩いて直し、時には丁寧に研ぎ直し、中古の武器のいくつかは、本来の輝きを取り戻していた。

「中々の武器も残ってるな」

 玉鋼から折り返し鍛錬という方法で造られた武器は、不純物が少なく錆び難い。表面の錆を落とすだけで、本来の性能を取り戻すのは当たり前かもしれない。

「問題は修正方法と研ぎ方だな」

 武器を造った職人の意図に反した修正をしてバランスを壊せば扱い難い武器になり、研ぎ方を失敗すれば鈍らの武器に変わる。アルスは本来の姿を思い描きながら、丁寧に整備を続けていた。

 そのアルスに、一人のアサシンの少年が声を掛ける。

「どうですか?」

「全部直りそうだよ」

「本当ですか?」

「これなんかは、ここにあるのが不思議なぐらいだよ」

 アルスが整備し終えた小太刀を渡すと、アサシンの少年は小太刀を鞘から抜いて驚いた。

「新品みたいです」

「この国の武器は、本来、長持ちするように造られているんだよ。錆びない壊れないが売り」

「曲がらないはないのですか?」

「材質によるけど、柔軟な造り方で衝撃を吸収する粘りもあるから、曲がって当たり前なんだ」

「と、言いますと?」

「折り返し鍛錬という製法で造られた武器の特徴なんだけど、鉄を折って重ねて叩く、鉄を折って重ねて叩く……。これを繰り返して、何枚もの薄い鉄の板を重ねた状態にするんだ。薄い方が弾力があるでしょう? それを何枚も重ねてるから靭性があるんだ」

「なるほど」

「そして、その最初の段階の玉鋼という砂鉄から鉄を造る方法で不純物の少ない純粋な鉄を造ることで錆び難いものになる。更に折り返し鍛錬で不純物が飛び散るから、より錆び難い」

「そこまでは知りませんでした」

「だから、ここの武器はほとんどが表面だけの錆で、歪みも直せる程度のものなんだよ」

「『普段使っている武器に礼を持って接しろ』と言われたのは、そのためなのでしょうね」

「どんな武器にも、職人の血と汗が染み込んでるってことだね」

「アルス殿の造った武器にも?」

「僕は入れたり入れなかったり」

「どういうことですか?」

「気に入らない相手と、単価に見合わない仕事には心を込めない」

 アルスの言い方に、アサシンの少年は思わず笑ってしまう。

「アルス殿は真面目で冗談を言わない人だと思いました」

「そう? でも、職人も人間だからね」

「分かります」

「ここの武器の整備には心を込めてるから、修繕が終わったら安心して使っていいからね」

「ありがとうございます」

 アルスは両手を振る。

「いや、お礼を言わなくちゃいけないのはこっちだよ。完全に我が侭を聞いて貰っちゃって」

「こちらも勉強させて貰っています。あの三人、日々変わっていっているので、我々が教わることも多いです」

「特にエリシスが別人みたいでしょう?」

「初日のあれは、演技だったのではないかと思わされましたね。基礎からの連携などを丁寧に組み上げ始められたら、手に負えませんでした」

「本来、そういう次元にいる人間なんだけど、性格が災いする時があるんだ」

「凄く分かります」

 アルスはアサシンの少年の言葉に笑ってしまう。共通認識を持って貰えるのが、ここまで早いとは思わなかった。

「ユリシスとリースは?」

「成長中ですね。完成間近というエリシス殿の印象に対して、御二人は、今から手に入れるものが多い気がしました」

「二人とも新しいことをやり始めたばっかりなんだ」

「予想が当たっていましたね」

 アルスは頷く。

「本当は、ただ旅をするだけだから、ここまで強さに拘る必要もないと思うんだけど、万が一を考えると、出来ることはさせておきたいとも思うようになったんだ」

「確か旅をするなら、異国のハンターというランクのDかCがあれば十分と聞きましたが?」

「というか、B以上のハンターなんて見たことないんだけど、本当に居るのかな?」

「一般には御目にかかれないと聞いています。営業所でランクBに挑戦するために呼び出すか、金持ちに雇われて一緒に仕事をするか、らしいです」

「聞いてはいるけど、ランクA、Bは、本当に雇われちゃってんのかな?」

「権力を持つ者ほど、失うことを恐れると聞いています。故に権力者の中で取り合いになっているのでしょう」

「ランクCのハンターの方が健全な気がするね」

「そうですね。しかし、昔は沢山のランクA、Bが居たみたいですよ」

「昔?」

「モンスターと呼ばれる存在が、砂漠以外にも出没していた時代です」

「モンスターか……」

「大きな熊を倒すのと同じと聞いています」

「あの硬い毛と厚い筋肉を攻略するのは大変そうだ」

「ええ、我々の武器も太刀と呼ばれるものに持ち替えて戦ったと聞いています」

「人相手なら、刀で十分だもんね」

「実際、モンスターというものと戦ったら、急所まで届くのでしょうか?」

 アルスは自分の手首を指差す。

「人型のモンスターなら、共通して狙えると思う」

「確かに。では、獣の場合は?」

「う~ん……。武器の性能を上げるしかないかな?」

「鍛冶屋らしいですね」

「それと、刀から騎士剣が主流になるかもしれない。斬るより頑丈さに要点を置いてるのが騎士剣だからね」

「なるほど」

 モンスターの話から武器の話になり、アルスは、そこで気付く。

「そういえば、アサシンの太刀捌きって見たことないけど、鍛練してないの?」

「技術としては残っていますが、それを主要武器に戦う者は居ないです」

「どうして?」

「武器としては大型になりますから……」

「大き過ぎて隠密行動できないか」

「モンスターが居れば立場は逆で、刀が少なくなったかもしれませんけどね」

「そうだね。僕達は生きている時代に合わせて武器を使っているだけだもんね」

「はい」

 話が一区切り付くと、アルスは手が止まっていたことを思い出す。

「ごめんね。話し過ぎちゃって、時間を取らせちゃったかな?」

「大丈夫です。アルスさんの御話は、とても有意義でした」

「よかったよ。僕も普段は女の子とばかりの会話だから楽しかったよ」

「いつでも、御相手します」

「ありがとう」

「それと、最初に鍛冶屋としての腕を疑ってしまい、申し訳ありませんでした」

「気にしないで」

 アサシンの少年は、一礼すると仲間の居る道場に戻って行った。

「凄く新鮮だった……。久々に普通の人と会話した気分になった……って言ったら、リース達に怒られるかな?」

 アルスは軽く笑うと仕事を再開した。

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