道場に残されたアルスは、自分達の荷物を隅に置かせて貰い、お茶を出して貰っていた。
また、微妙なことに、同情されたことにより心の距離が縮まり、アルスはドラゴンテイルのアサシンの少年達と会話をしていた。
「さっきの中では、やはり最後の人が一番強いのでしょうか?」
「いや、間違いなく一番最初に戦ったエリシスだよ」
「エリシス……殿? それにしては……」
「完全に気が抜けてたからね……。多分、エリシスだけじゃなくて、僕達全員がドラゴンウィングに行って、弱くなったんだと思う」
「修行を怠けていたのですか?」
「成長に合わせて、力と速さは上がってる。問題は気持ちの部分。ドラゴンウィングで戦ってた盗賊が弱過ぎて、刃物を持っているのに何処か油断する癖が付いちゃったんだ」
「癖ですか?」
「緊張感が保てなくなってる。それとエリシスの武器は棒だから、対戦者の棒を見て、更に気が抜けちゃったんだろうね」
「言い訳にはなりません」
「そうだね。反省しないといけない」
アルスの話を聞いて、アサシンの少年は少し疑問に思うことがあった。
「貴方は油断をしていないのではないですか?」
「僕? 油断してるよ」
「その割には冷静な分析でしたが?」
「そうかな? 職業柄かもしれない」
「職業柄?」
「僕、鍛冶屋なんだ。だから、武器を扱った姿をよく見て考える癖がついてる。『その人が、どんな武器を使いたいか』とかを考えているんだ」
「それで、ですか。我々には分からないところですね」
「そうかもしれないね」
アルスはお茶を啜りながら、あることを思い出す。
「話、変わるけど、暫くここに滞在させて貰えないかな?」
「ここにですか?」
「今の気の抜けた状態で旅をするのは、少し危険な気がするんだ。相手をして貰えないかな?」
「構いませんが……」
「滞在費は物々交換か、ここで働くことでお願いしたいんだ」
「交換する物は?」
アルスはリュックサックからアクセサリーの入った布袋を取り出す。
「このアクセサリー」
「アクセサリーですか……。もう少し大きな都に行けば、異国の品ですし交換して貰えると思いますが、我々は戦いを専門にしているので……」
「そうだよね……。じゃあ、武器の整備をさせてくれないかな?」
「整備ですか?」
「ここには本物の武器もあるんだよね?」
「ええ」
「なら、それを整備するということで」
「御気持ちは嬉しいのですが、我々の武器というのは他の国と造りが違いまして」
「火炉を本格的に使った折り返し鍛錬まではしないで、歪みや砥ぎ直しまででもダメかな?」
(何で、この人……我が国の武器を?)
「それに常駐じゃなくて、派遣みたいな感じなんでしょう? 先輩達が残していった、古くなった使わない武器なんかもあるんじゃない?」
アルス個人に対する疑問を忘れ、アサシンの少年が仮面の下から顎に手を置く。
「そういえば……。押入れの奥に纏めて封印された箱が……」
「捨てるに捨てらんないで置いて行ったのかな?」
「多分、そのようなものです」
「それも含めて整備するから」
アサシンの少年達は顔を見合わせると、直に頷いた。
「分かりました。それで、ここの場所を提供します」
「よかった……」
アルスは安堵の息を吐いた。
「整備した武器は再利用可能でしたら、何か別の物と交換して提供しますね」
「そこまでして貰うのは悪いよ」
「でも、要り用じゃないですか?」
「どうして?」
あまりに親切な対応に、アルスは首を傾げる。
「その……。あの三人、我が侭とか言いませんか?」
(一時間にも満たない時間で、的確に分析されたのか……)
アルスは誤魔化したような笑いを浮かべた後で、頭を下げる。
「甘えさせて貰います」
((((やっぱりか……))))
アルスは、お茶をもう一啜りすると立ち上がる。
「じゃあ、整備を始めるよ。庭先を貸してね」
「こちらです」
アサシンの少年の一人が庭に案内し、残りの三人は押入れに残った中古武器を取りに行った。
…
アサシンの少年達に負けたエリシス、ユリシス、リースは、それぞれ別の場所で気持ちを整理していた。
エリシスは道場を飛び出すと、誰も居ない林の中で木に向かって蹴りを入れていた。
「何で、あんな子供に負けるのよ!」
ストレスを発散するため、蹴って蹴って蹴り捲くる。
「ドラゴンウィングだったら、一回で気絶させて終わりなのに! あんな子供が、どうして! あ~! イライラする!」
一頻り蹴り終え、今度は持っていた棒を振り上げる。
「…………」
しかし、棒は一向に振り下ろされることなく、エリシスは静かに棒を下ろした。
「これは傷つけられない……」
自分と戦う相棒を無下に扱うことは出来なかった。
「何で、受け止められたのかな……」
少し頭が冷えて分析を始めようとするが、頭に血が上ったまま収集した情報は大事な部分を全て忘れさせていた。
「最悪……。戦う前から気構えがなってないじゃない……」
何の経験も生み出さない負けに、エリシスは自分の精神状態がおかしかったと、やっと気付いた。
「相手の武器、子供、ドラゴンウィングで盗賊を倒して付けた自信……。全てが空回ってたのかしら?」
よくよく考えれば初っ端のハードヒットは、必ず当たる状態ではない。しっかりと構えた相手に打ち込んだ。
「あの子、いい構えしてたわね……。ドラゴンウィングの盗賊とは大違い……」
エリシスは両手で棒の中心を握る。手と手の間は、ほぼ肩幅だ。
「棒の使い方は左右の連撃、押し負けない両手持ち、そこから出来た隙に大技を叩き込む。あたしの場合は、女であることを補うために体術を少し加えた攻撃の種類を広げたもの」
片方の手は押し、片方の手は引く。これを交互に繰り返し、足捌きを加えて攻撃範囲を操る。
「大技出しても、いきなり当たらない。全てを出し切って使いこなさないで、どうするのよ」
エリシスは棒の基礎を続ける。
「いつもやってる……」
頭の中では繰り返し練習したイメージが鮮明に浮かぶ。
「浅はかだった……。この全てがあたしの手駒なのに、大技一つを使うことしか頭に残ってなかったなんて……」
エリシスは動かしていた棒を止める。
「使い方を考えないと。折角、使えるんだから使わないのは勿体ない」
今まで培った動きを反復し、エリシスは自分の武器を再確認し始めた。
…
ユリシスは道場から少し離れた壁に凭れ、目を閉じて自分の戦いを思い返していた。
頭に浮かぶのは完全な練習不足。
「二重詠唱の使い方が全然理解できていない」
呪文の詠唱時間、射程、威力、これらを材料に戦いを組み立てる必要がある。
「ドラゴンウィングで、後方のバックアップばかりで戦闘をしなかったツケが回ってきたに違いありません」
補助魔法で援護するのではなく、戦闘において攻撃魔法で戦いを組み立てる経験が足りない。
「まず、魔法の特性を理解して組み立てる種類を頭に入れないと……」
ユリシスの頭に、フッとクリスの顔が浮かぶ。
「先生は、どうして使いこなせたんだろう?」
ユリシスはエルフの隠れ里で、クリスが話してくれたことを思い出していた。
『オレは感覚で分かったからな』
クリスは魔法の話をする時、よく感覚という言葉を使っていた。本に記された内容を例に挙げるのではなく、自分の感覚を例に挙げていた。
「先生は、本を読まなかったんでしょうか?」
そんなことはない。クリスは自分の魔法を形作った本をボロボロになるまで読み込んでいる。
「きっと、体が覚え込むまで魔法を使ったに違いありません。だから、わたしにも、寝る前までに魔法を使えなくなるまで使えって言っていた」
クリスに言われた通りのことを続けて、体に沁み込んだ感覚をユリシスは思い出す。
「確かにわたしにもある。これは先生とは違う、わたしだけの感覚……」
ユリシスは、ゆっくりと目を開ける。
「わたしは、先生ほど感覚には優れてない。そして、それだけで分からないなら、わたしなりの方法で二重詠唱を組み立てる方法を考えなくてはダメなんです」
ユリシスは自分の感覚を理解するため、ノートに書き出してみようと考える。
しかし、ここには荷物がない。
「出て直ぐに戻るって、少し恥ずかしくありませんか?」
ユリシスは腕を組む。
「ここに来て、何分くらい経ったでしょうか?」
ユリシスは、少し対面を気にして待つことにした。
…
リースは外に出ると、当てもなく人の居ない場所を目指した。
そして、人気のない路地に入るとしゃがみ込む。
「負けた……」
悔し涙が頬を伝う。リースの負けず嫌いは、どんどんと強くなっている。負けた理由が分かる時は我慢も出来るが、自分の力を出し切って理由も分からず負けた時は我慢できない。
「動きも見えてた……。間違い探しも出来てた……。それなのに一歩遅れる……。悔しい……」
見えていたのに勝てない。
「負けたのが悔しい……。でも、負けた理由が分からない……」
グシグシと目を擦る。
「負けたくない……。頑張ってきたんだもん……」
一人悩み、負けたことを鮮明に思い出すが分からない。持っている知識から該当する理由が見つからない。リースはクスンと鼻を啜り、涙を止めようと気持ちを立て直す。
やがて涙が止まると、目に力を取り戻す。
「アルスと特訓するしかない!」
目標をアサシンの少年打倒に決め、リースは道場に戻ることにした。
…
リースが道場に戻る途中で、壁に凭れるユリシスを見つける。
ユリシスは、リースの赤い目を見て思う。
(また泣いたんですか……)
体の大きさで敵わない相手に負けて泣いたり、エリシスにコテンパンにのされて泣いたり、まだまだ感情をコントロール出来ないリースを見ると、それ相応の子供なのだと認識できる微笑ましいところなのだが、それが極度の負けず嫌いからきているというのは如何なものか……。
「ユリシス……」
「何ですか?」
「私、暫くここに滞在したい」
「……理由は、何となく分かります」
「今日から、アルスと特訓する」
(例によって、アルスさんの意思は無視です……。最近、慣れてきたようですけど、アルスさんは、どうするつもりでしょうか?)
リースはズンズンと道場に歩いて行く。ユリシスは『戻る口実が出来たでしょうか?』と、リースに続いて歩き出す。
道場に近づくと、入り口の玄関とは別の場所で音が聞こえる。
「この音……。アルスの武器を研いでる音だ」
リースは玄関を横切り、庭の方へと足を向ける。
そこにはリースの予想通り、中古品の山を選り分けて仕事をしているアルスの姿があった。
「アルス……」
「おかえり。もう、大丈夫?」
リースは無言で頷く。
「今日から特訓したい」
「そう言うと思ったよ」
アルスは手を止めて、研ぎ途中の短刀を置く。
「多分、それぞれ課題を見つけてくると思ってたから、滞在の許可を取ったよ」
(さすがですね)
ユリシスは分析されている自分達への対応に感嘆の息を吐く。
一方、アルスの話を聞いたリースは、早速、アルスに課題をぶつける。
「アルス。負けた原因を考えたけど、分からないの」
「うん」
「近道するようでズルいけど、理由を一緒に考えて」
「考えるまでもないよ」
「どうして?」
「だって、教えてないことがあったから、リースは負けたんだから」
「……は?」
リースは、一瞬、アルスが何を言っているのか分からなかった。しかし、頭で言葉を噛み砕いて理解すると、一気に沸点に達した。
「何で、教えてくれないの! 負けちゃったじゃない!」
リースは、また悔しくて泣き出した。
「え? 何で?」
ユリシスは溜息を吐く。
「アルスさん……。少し言い方を考えてください……」
「……拙かった?」
「拙かったです」
アルスは困り顔で、リースが泣き止むのを待った。
…
十分後――。
アルスは正座をさせられ、リースに鋭い目で睨まれていた。
「何で、教えてくれなかったの?」
「まだ早過ぎると思ったんだ」
「ひょっとして、私がエリシスに勝てないのは、それも原因してるんじゃないの?」
「大いにしてると思う」
「アルスの意地悪!」
「そういうわけじゃないんだけど……」
アルスは申し訳なさそうに、自分の頭に手を置く。
「……じゃあ、理由は?」
「間違い探しを慣れさせたかったんだよ」
「どういう関係があるの?」
「本当は、夕方にでも話そうと思ってたんだけど」
仕方ないと、アルスは仕事の方を後回しにすることにした。
ちなみに女の子に正座させられている姿をアサシンの少年達はバッチリと目撃し、またアルスへの同情の念を強めていた。
そして、見られていたことに気付かないまま、アルスは正座をしながら説明を始める。
「リースは今まで間違い探しをして、『自分の方が早く動ける』『防御行動の後から、自分の攻撃を当てる』が出来るようになって、これを戦いの主軸にしていたよね?」
「うん」
「この二つが出来るということは、『間違いの答えが分かる』『正確に武器を扱う情報を認識してる』ってことになる」
ユリシスがアルスに質問する。
「後者の『正確に武器を扱う情報を認識してる』って、どういうことですか?」
「日々の鍛練で、リースの中にある『武器を振るう速さ』と『武器を振るう軌道』という情報を分かっているということ。これが分かっていれば、確実に相手に当てられるタイミングと場所が分かる。これを分からずに勘で攻撃を仕掛けると予測が立てられない」
「無謀な一撃になってしまうということですか?」
「うん」
「姉さんは考えてますかね?」
「理解してると思うよ」
「難しいことをしているんですね」
「ユリシスは、そこらへんの経験が少ないかな?」
「サポート役だから、全体の位置関係を見る方に力を入れていますね」
「じゃあ、覚えるしかないね」
「魔法使いのわたしが使いますか?」
「エリシスの側で戦いたいなら、習得しなくちゃいけないと思うけど? さっきの戦いで呪符以外の体術を仕掛けられたら、躱しながら詠唱なんて出来ないよ?」
「…………」
ユリシスは自分の立場に甘んじて、努力を怠っていると言われた気がして少しショックを受けた。
一方のアルスはユリシスの表情と、先ほどのリースに対する失敗を思い出してフォローを入れる。
「別に責めてるわけじゃないよ。リースと同じで知らないことがあっただけで、これから覚えればいいんだからね。魔法を先に覚えるか、回避行動を先に覚えるかの違い」
「そうか……。まだ覚えてないだけなんだ」
「だから、泣かないでね」
「泣きません!」
ユリシスは『まったく……』と言葉を残し、道場へ戻った。
「はて?」
「アルス、今の私もカチンときた」
アルスはリースに顔を向ける。
「気を遣ったんだけど」
「皮肉に聞こえた」
「そう?」
「そう!」
アルスは腕を組む。
「でも、僕の勘違いって、エリシス達が来てから酷くなったと思わない?」
「……そういえば」
「リースと居た時と話してる内容が違うんじゃないかな?」
「それもあると思う。でも、子供から大人になっていくんだから、話してる内容が変わるのは当たり前だよ」
「そうか」
「それに対応できてないのって、アルスが何も変わってないから置いて行かれてんじゃないの?」
「……僕、成長してないの?」
「う~ん……。変わらないのもいいことではあるんだけど……」
「会話には、もう少し気を付けた方がいいのかな?」
「そうだね。でも、気を付けてアルスらしさがなくなるのも嫌だな」
「どうすればいいんだ……」
「とりあえず、置いとく。私の話を優先させて」
「多分、そのまま回収されることなく、忘れ去られる話題なんだろうな……」
「話を続けてよ」
アルスは溜息を吐くと、何処まで話したかを思い出す。
「基礎が出来て、次のステップの話だっだね?」
「そう」
「次は、戦いを予測して誘導することを覚えさせるつもりだったんだ」
「予測と誘導?」
「難しいから順番に話すね。例えば、リースが次の相手がどういう風に動くか分かっていたら、先回りして攻撃できると思わない?」
「そんなことが出来れば……だけど」
「気付かないかったもしれないけど、リースは相手にそれをやられてたんだ」
「……嘘? いつ?」
「いつっていうのは説明できないけど、リースの防御パターンなら説明できる」
「私のパターン?」
「うん。『回避>受け流す>受け止める』の優先順位で防御してる。それが分かれば、相手はリースの行動を予測できる」
「なるほど……」
「そして、このパターンが刷り込まれているのは僕のせいなんだ」
日々のアルスからの教えの中で、リースは思い当たることがあった。
「体がブレるのせい?」
「うん。次の攻撃をする時に体勢を崩したら攻撃が遅れるって教え込んだから、忠実に守ってくれたリースは、見極めて優先順位を刷り込んじゃったんだ。ごめんね」
「それは……。別にいい……」
「それと、ありがとう。僕を信じてくれて」
リースは『何が?』と首を傾げる。
「僕は人に教えられるほどの技術があるかも分からないし、人に教えた経験もない。それなのにリースは、僕を信じて技術を身につけてくれた」
「それで、ありがとう?」
「うん」
「アルスの期待に応えられて嬉しい……」
リースは小さく笑って見せる。
「私ね、アルスの教えてくれた技術が宝物に感じる時があるんだよ」
「そうなの?」
「私だけがアルスに教えて貰った技術を持ってる。私はアルスにとって特別だ……って感じるの」
「特別な技術を教えたつもりはないよ」
「アルスに教わってるのが特別なんだよ。きっと、アルスがお爺ちゃんに教えて貰ったのと同じ」
「……そうか」
(僕はお爺ちゃんと同じことが出来ていたんだ……)
アルスはリースの言っていることが胸に強く残り、胸に嬉しさが込み上げる。そして、それと同じくらいリースをとても大事に思った。
「本当の家族になれた気がしたよ」
「私は少し違うけどね」
「ん?」
「えへへ……。教えてあげない……」
少し頬を染めて舌を出すリースを見て、アルスは思う。
(そんな顔を見れば、鈍い僕でも何となく気付くよ……。最近の言動を誤魔化したかったんだけど……)
アルスは真っ直ぐな言葉で言われて照れる。
(しかし、このまま突き進んだら、変な関係にならないかな?)
思い浮かぶのは親と子の恋愛感情……。
(いいわけがない……)
アルスの思考を読み取り、リースはアルスの手を握る。
「世間の目なんか気にしちゃダメだよ」
「分かって言ってる? それと隠す気持ちは、一分で消滅してるよね?」
「女って心変わりが激しい生き物だって」
「誰の言葉?」
「エリシス」
「…………」
(今度は、何を教え込んだんだ……)
アルスは空いている手で『あの馬鹿は!』と付け加えて、拳を握る。
「それとね。ユリシスに聞いてる」
「何を?」
「世の中にはアブノーマルっていう人種も居るから、色んな意味で大丈夫だって」
「大丈夫じゃない! あの二人は、何を教え込んで何をさせるつもりなんだ!」
「二人は、私の味方だって言ってくれてるよ」
アルスは額に手を置く。
「リースのお姉さんにならなくちゃいけない立場なのに……。あの双子、ただの変態じゃないか……」
「変態?」
「忘れて。そして、絶対にエリシス達に聞いちゃいけません」
リースは好奇心に満ちた目をそっと逸らした。
「聞いちゃダメだよ?」
「き、聞かないよ」
(アルスが、この話題を忘れる頃までは……)
リースは笑って誤魔化す。
(何か不安だ……)
アルスは、この約束は守られない気がした。
そして、それはさて置きと、アルスは咳払いを一つ入れる。
「話を戻して続けるよ」
「うん」
「予測は分かったよね?」
「同じことすると、先が分かっちゃうってことでしょ?」
「間違ってないけど……」
(果てしなく自分視点だ……)
アルスは『まあ、いいか』と、諦めて話を続ける。
「次に誘導の話だけど、これは戦いをコントロールして自分に有利にするということ。例えば、さっき指摘した防御パターンが相手に読まれていない時、相手は一択から三択の防御された予測を立てないといけないことになる。分からなければ先回りされないから、これだけで、リースの防御力が上がったとも言える」
「うんうん」
「じゃあ、逆に避ける余裕がある時に、ワザと体勢を崩させようと受け流したら?」
「私の意思で?」
「そう」
「体勢が崩れるのが分かっていたなら、今度は、私が予測できる」
「正解」
「なるほど」
アルスは右手の人差し指を立てて注意する。
「でも、これが出来る条件が揃ったのは最近だからね」
「最近なの?」
「だって、リースの筋力が足りないから、『受け流す』と『受ける』は無理だったから」
リースはポンと手を打つ。
「ああ、それで後回しになってたんだ」
「理由の一つだね」
「でも、今なら――」
「出来る」
リースは力強く頷く。
「ただし、腕が痺れ切る前ならだよ」
「大人相手は難しいか……」
「大人の本気の撃ち込みは、何回も受けられないからね。使いどころを選ぶしかない」
「女の子は制約が多いね」
「僕もリースほどじゃないけど、制約あるから分かるよ」
リースはアルスの意見に付け加える。
「私、アルスが教えられない理由が、もう一つ分かっちゃった」
「何?」
「それを理解するのって、間違い探しが分からないと出来ないってこと。自分を戦い易くするために相手を誘導するのは、間違い探しの応用でしょ?」
「よく理解してるね」
「一年間、間違い探しばっかりしてたから」
「頑張ってたもんね」
「うん。それでね、アルスの教え方って少し違う気がするんだ」
「間違ってる?」
「間違ってないけど……。エリシスを見てると、基礎とか技とかを繰り返して体で覚える感じなんだけど、アルスの場合、理屈から入る……? う~ん、これも的確じゃない」
うんうん唸りながら、リースは言葉を捜す。
「頭も鍛えてる……っていうのかな?」
「それで合ってるよ。僕は理屈も捏ねるし、何より、リースのイメージする力とか、考えながら戦う力を強くしてるつもりだから」
「何のために?」
「実は詳しく分からないんだ」
「は?」
不思議そうな顔で見るリースに、アルスは困り顔で答える。
「お爺ちゃんに、そう教わったからとしか答えられない。もしかしたら、魔法使いの僕に合わせて考えてくれた鍛練方法かもしれない」
「頭で考える魔法使いのための武器の使い方マニュアル……みたいな?」
「そんな感じ」
「ちなみにマニュアルは、あといくつ?」
「二つ」
「それだけ?」
「次の戦いを誘導するのが実質最後」
「あと一つは?」
「応用編・武器の換装」
「何それ?」
「僕はこの戦い方を修めてないんだけど、戦闘中に意識的に武器を入れ替えて攻撃範囲と攻撃スピードを入れ替えるんだ。これをすると相手との情報を処理する頭の勝負に持ち込めるから、今までリースが蓄積した間違い探しとかの処理能力が上回れば有利に戦える。体の性能で負けるのを頭の勝負に持ち込む感じかな」
「それをアルスは出来ないんだ?」
「旅をするなら、今の力で十分だからね。それに難しいんだ」
「アルスでも?」
「確かに相手は混乱するけど、自分も混乱する。換装して武器が変わっても、前の武器の感覚が残っているから、僕は振る速さと攻撃範囲が混乱した」
「一応、試したんだ」
「試した……。更に言うと両利きにならないといけない」
「私、両方で使えるよ」
「それでも、右優先でしょう?」
リースは、本来の利き腕で武器を振るフリをする。
「確かに……。一体、どうすれば解消できるの?」
「体に覚え込ませるしかないっていうのが、現在の僕の結論。両手で武器の重さを条件に頭の情報を切り替える」
「それで、一緒に戦術も考えるとパンクしそうだね……」
「でも、それが出来てたのが、お爺ちゃんなんだ」
「アルスが尊敬するのが分かった気がした」
リースは『全部覚えるとなると、結構、しんどそうだ』と、これからの試練を考える。
「でも、最後まで覚えれば、私はアルスより強くなれるってことだよね?」
「そうだね」
「これで終わり?」
「終わり」
「これ以上、強くなるには?」
「これ以上?」
「うん」
アルスは腕を組み、首を捻る。
「そうだな……。やっぱり、本格的な流派とかを学ぶしかないかな?」
「本格的?」
「ここまでが強い一般人。これ以上、強くなるには騎士とか戦いを専門にしている人になるってこと。毎日、戦いのために生きる。そして、技というものを身につける」
「それは無理だね。私達は旅をしながらだから」
「うん」
リースは後ろに手を組んで、アルスに尋ねる
「最後の強さを手に入れなくても、セグァンを倒せるかな?」
「騎士とかが特別に追ってない犯罪者だし、ハンターの手配書に載る中間のレベルだから大丈夫じゃないかな」
「本当?」
「最悪、お金にものを言わせて、大量にハンターを雇って袋叩きにする方法もある」
アルスの容赦ない作戦に、リースは項垂れた。
「それ、悪者の考えだと思う……」
「基本、勝てる条件じゃないと戦う気はないよ」
「まあ、正しいんだけど……。そこまで、はっきり言われると力が抜ける……。『鍛えた力で叩きつぶせる!』ぐらい言って欲しかった……」
「カッコつけても、命は守れないよ」
「アルスを見てると、一番戦闘に向かない人間が、日々、努力してるとしか思えない……」
「僕の努力は死なないで安全に旅する努力だよ」
リースは溜息を吐いて、肩を落とす。
「何だかなぁ……」
アルスは『話は終わったね』と仕事を再開し始めた。
(戦うのが嫌いで優しいのがアルスらしいか……)
リースは微笑みながら、アルスの仕事を眺め続けていた。