目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
作製編  62 【強制終了版】

 船は、イオルク達が利用した時と同じく簡素な帆船。ドラゴンテイルに運ばれる僅かな物資を積み込み、乗客のアルス達を乗せると、船は直ぐに出発した。

 そして、船に乗るのは全員初めての中、アルス一人だけ船酔いに襲われていた。

「気持ち悪い……」

 船の縁に捕まって何とか吐かずに耐えているアルスの後ろでは、狭い船の甲板で三人娘が元気に話しをしていた。

 アルスは、その元気な声を聞きながら溜息を吐く。

「何で、あんなに元気なんだろう……。男と女って、構造から違うのかな……」

 そんなわけはないが、一年と数ヶ月で女の子ならではの気の強さを目の当たりにしていると、そう思えてくる。特にエリシスとユリシスが加わってから、二倍、三倍ではなく二乗、三乗で元気さが増した気がする。

「年配の男の人が増えれば、僕の負担も減るのかな……」

 頭に思い浮かぶのは父親の姿。

「お父さんなら、きっちりと躾けられるかもしれないな」

 次に浮かんだのはイオルク。

「絶対にダメだ……」

 その次に浮かんだのはクリス。

「あの人も絶対にダメだ……」

 その次に浮かんだのはミストの先生のトルスティ。

「ダメだ……。僕は、まともな大人に悉く会ってない……。子育てって、こんなに孤独なのか……」

 船酔いのためテンションが上がってこない。

 その気分の悪そうなアルスに船員の一人が声を掛ける。

「兄ちゃん、大丈夫か?」

「正直、あまり……」

「船は初めてか?」

「はい」

「じゃあ、船酔いだな」

「船酔い……? 僕は酔っていたのか……」

「ああ、そうだ」

 アルスは縁に捕まったまま、船員に話し出す。

「酔いが回ってるなら丁度いい……。話を聞いてくれませんか?」

「うん。お前さん、酔いを確実に間違えてるな」

「最近、子育てに悩んでいまして……」

「……話すのか?」

「男の親だけで女の子を育てるのって限界があるんですかね……」

「その歳で、何を悩んでんだ?」

「一人は自分の子供で、残り二人は……勝手に寄生した感じで」

「家族構成がさっぱりだな?」

「そんな感じで、四人で今までやってきたんですが、僕の意見が中々通らないんですよ……」

「明らかにバランスの問題だと思うな」

「教育の方も少しお座成りで、彼女達の人生を考えると、もう少し力を入れないといけないんですが、旅をしながらの生活じゃ、しっかりとした教育も受けさせてあげられない……」

「そこいらのダメな親に聞かせてやりたいセリフではあるが、この世界なら文字が書けて簡単な計算が出来れば、生きていくのに困ることはないと、おじさんは思うけどな」

「そうでしょうか? 僕は、ちゃんと父親としての義務を果たせているでしょうか?」

「よく分からないが、おじさんは君を立派だと思うよ」

「ありがとうございます……。こんな見ず知らずの僕なんかのために……」

「正直、船酔いを勘違いして、ここまで酔った状態を再現できるのは才能だな」

 そのアルスの頭に踵落としが炸裂した。

「何、馬鹿なことを言ってんのよ!」

「エリシス……」

 蹲るアルスに、エリシスが指差す。

「コイツ、船酔いで頭がおかしくなってるだけだから、無視していいわよ」

「いや、その兄ちゃんが悩むの当たり前だろ? 船酔いで弱ってる相手に踵落としを決めるなんて見たことないし」

「大丈夫よ。本人の認識は薄いけど、頑丈に出来てんだから」

「そうなのか?」

「そうよ。ほら! アルス!」

 エリシスはアルスの襟首を持つと引っ張り出す。

「海なんて眺めてるから船酔いが治らないのよ。こっち来て、あんたも話しに加わりなさい」

 ズルズルと引き摺られるアルスを見ながら船員は呟く。

「どうも、あれで上手くいってるみたいだな……」

 『おかしな家族関係もあったもんだ』と、船員はアルスに声を掛けたことを後悔しながら仕事へと戻って行った。


 …


 ドラゴンテイルの港に到着し、アルスは、ようやく船酔いから解放される。それでも、まだ足が地に着かずにふわふわする。

「アルス、大丈夫?」

「大分、良くなってきた……」

「しっかりしてよね。ドラゴンテイルのことは、あんたの知識頼みなんだから」

「僕の知識もお爺ちゃん頼みなんだけど……」

「それは少し不安ですね」

「ユリシスも遠慮がなくなってきたよね?」

「何といいますか……。根が真面目なアルスさんを、ここまでの天然さんにする影響力は計り知れないとしか言いようがなくて」

「天然……」

「色々と考えてみたんですけど……。真面目な性格にいい加減さが加わると、今のアルスさんになるんではないでしょうか?」

「お爺ちゃんは大事なことも沢山教えてくれたんだけど……」

「多分、それは知識や技術です。性格や物の考え方に与えた影響は少しずれていると思います」

「つまり、僕がずれていると?」

「だって、機動力はありませんよ」

「まだ引っ張るんだ……」

 アルスは話を終わらせたくて、リュックサックを降ろして中を漁る。そして、古い地図を取り出した。

「そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「アルスさんの天然の由来を確認できていませんが?」

「もう、やめてくれ……。僕のおかしいところはお爺ちゃんの影響がほとんどで、本来、僕がどの程度おかしいのか判別がつかないのも認めるから」

「そこまで言い切ると清々しいですね」

「自覚はあったのね」

「少し可哀そうになってきた……」

(何だ、この扱い?)

 アルスは溜息を吐くと、古い地図を広げる。

「お爺ちゃんが旅をしていた時に使った、ドラゴンテイルの地図」

「年期が入ってるね」

「何十年も前のだよ」

「ふ~ん……」

「座って話そうか?」

 船を降りた港で、それぞれ荷物を降ろすと地べたに腰を下ろす。輪になって座っている真ん中に、アルスは地図を置いて話し出す。

「少し現状を確認しよう。ドラゴンウィングに入ってからセグァンの情報を集めたけど、セグァンの盗賊団を見つけることが出来なかった。このことから、活動を停止しているか、ドラゴンウィングに入らなかったかの二通りが考えられる」

「あたしは前者だと思うわ。ドラゴンアームで暴れてからドラゴンヘッドで暴れるまで、一年のブランクがあったんだから」

「一年周期で活動していたなら、もう事件を起こしてもいいはずなんですけど、それがないとなると周期的ではなく、何か別の要因で活動をしているのかもしれないというのが、わたしと姉さんの最近の考えです」

「なるほど」

 リースがアルスに質問する。

「ドラゴンテイルに入っている可能性は?」

「多分、ないと思う。物々交換しか出来ないここで、盗賊団を維持するのは大変だからね」

「じゃあ、ドラゴンテイルに留まる理由はあまり多くないの?」

「多くない。リース達の目的にしても、僕の目的にしても」

「アルスの目的? 鍛冶技術のこと?」

「うん。お爺ちゃんの話だと、武器の作製は王都で管理されているらしいんだ。だから、僕も王都に真っ直ぐ向かって、そこで技術を見ることが出来たら終わりになる」

「そうなんだ」

 エリシスは溜息混じりに漏らす。

「この国って、面白みが何もないのね」

「そんなことはないと思うけど?」

「どうして?」

「この国の戦い方は、僕達の戦い方の参考になるものが多いんだ」

「参考?」

「この国の戦士は、アサシンがほとんど。武器の切れ味を頼りにした急所を狙うのが主流なんだ。僕やリースは、そういう戦い方が主流だし、エリシスも女である以上、棒術や体術で狙うのは同じところだろう?」

「なるほどね」

 ユリシスが手をあげる。

「わたしも覚えること、ありますか?」

「あるよ」

「どんなことですか?」

「呪符」

「呪符?」

「ここの人達は、魔法の代わりに、札に記録された能力を発動する。例えば、魔法ではレベル5でしか再現できない凍らせる魔法とか」

「そんなものが……」

「だけど、一番参考になるのは呪文を唱えないで発動できる時間が掛からない戦闘方法。今、練習している無詠唱魔法の戦い方を知っていることになる」

「まだ完璧に使いこなせないので、失敗する方が多いんですけどね」

「二重詠唱は?」

「先生に言われた感覚が分かるようになったので覚え始めたところです」

「案外、この国で覚えることは多いかもしれないね」

 アルスを除く三人が考え込む。

「日々の鍛練で成長に合わせた攻撃力の修正は行なわれてるけど……」

「新たな技術の習得は置き去りになっている気がします」

「セグァンをやっつけるなら、技術を見に付けないと」

 リース達は力強く頷くと、リースがアルスに視線を向ける。

「アルスが私達のことでアドバイスをくれるなんて珍しいね?」

「僕の意見は通らない以上、生き残るための技術を蓄積して貰わないと。僕は、この仲間が一人だって欠けるの嫌だからね」

(結局、アルスは、もう諦めたんだ)

 リースは、ちょっとだけ、我が侭を押し通してしまったことを反省する。しかし、街の皆の仇を討つことを諦め切れない以上、これは仕方のないことでもある。

「仇を討ったら、アルスの言うことは何でも聞く」

「出来れば手の掛かる子供の時に聞いて欲しいんだけど……。分別ある大人になってから素直に言うこと聞かれても、聞いて欲しいことなんてほとんどないよ」

(そうかもしれない……)

 エリシスがリースに耳打ちする。

「この前、話したアレよ」

「……あ」

 リースはアルスを見ると、はにかんで呟く。

「仇を討ち終わったら……、体で払うね」

 アルスが吼える。

「リースに、何てこと教えてんだ――ッ!」

「いいじゃない」

「碌なことを教えない!」

「不満でしたら、わたしもオプションで付けましょうか?」

「何のオプションだ……」

 エリシスは、アルスの反応を見て可笑しそうに笑っている。

「我が家のモラルが崩壊していく……」

「冗談に決まってるじゃない。こんな冗談、婆さんになったら言えないんだから、今のうちに言っとかないと損じゃない?」

「誰がどんな損をして、どんな被害を被るのかを詳細に説明して欲しい……」

「あたし達がアルスをからかえる時を逃して、あの時にあれをして置けばよかったと後悔する被害が発生する」

「ノンタイムで切り返した……」

「あたしの数多い能力の一つよ」

「他にも、こんな迷惑な能力を備えているのかと思うと、先が思いやられるんだけど……」

「全部披露してあげるから感謝しなさいよ」

「未来に被害が発生することが約束された……」

 アルスが項垂れると、エリシス達は可笑しそうに笑う。しかし、アルスは溜息を吐きながらも頬が緩む。からかわれるのは面白くないが、こうやって笑っていられるのは悪いことじゃない。

「じゃあ、僕がからかわれたところで話を続けようか」

「それ、自分で言っちゃうんだ?」

「よく言うよ。リースだって、エリシスにそそのかされて一緒にからかってたくせに」

 リースは笑って誤魔化している。

「さて、残りはドラゴンテイルの滞在方法ぐらいだと思うけど、お爺ちゃん達は、野宿でほとんど最短距離を進んで王都まで向かった。そして、王都で、そこの王様……でいいのかな? 兎に角、王都を治めてる人と知り合って滞在したらしい」

「あんたの爺さん、何でもありね。何で、そういう重要人物と知り合いになれるわけ?」

「旅をするには運とタイミングも大事だって言ってたね」

「あたし達には無理ね」

「多分」

「じゃあ、どうするの?」

「食料を買い込んで、水の心配がないように川や湖のあるところの道を進んで野宿かな?」

「大変そうね……」

「宿屋がないの嫌です……」

「私も……」

「贅沢言わないでよ」

 リース達から溜息が漏れる。

「そして、最後にお金の代わりになるもの」

 アルスはリュックサックを漁って、造り貯めしていたアクセサリーの入った布袋を取り出す。それを地面に置くとアクセサリー同士のぶつかる音がして、かなりの量を造りこんだことを分からせる。

「これを少しずつ交換していこうと思う」

「見ていいですか?」

「いいよ」

 ユリシスが袋を開く。

「「「おお!」」」

 リース達はアクセサリーに瞳を輝かせた。

「あたし、これが欲しい!」

「わたしは、これを!」

「私は、これ!」

「君らが身に着けて、どうするんだ?」

「「「え?」」」

「何で、『え?』なの? それ、お金の代わりのものだよ?」

 エリシスは選んだアクセサリーを凝視する。

「これ、何気にあたしにくれたアクセサリーより、質が良くない?」

「いいと思うよ」

「何で、あたしにワンランク下のものをプレゼントするのよ!」

「エリシスだけじゃないよ」

「そうなんだ……」

「「「って、そういうことじゃない!」」」

「じゃあ、ワンランクじゃなくて、スリーランク下の出来のこと?」

 リース達のグーが、アルスに炸裂した。

「おかしいでしょ!」

「そうですよ!」

「何で、私達の装備品の方がランク低いの!」

「だって、その分、耐久性を高くしてるから」

「耐久性?」

「君達、戦うのに壊れ易いアクセサリーなんてつけて、どうするの?」

「どうって……」

「…………」

 リース達は沈黙する。そして、目が座る。

「アルス、正座しなさい」

「は?」

「いいから、正座!」

 アルスは訳が分からないまま正座する。

「アルス、あんたにはがっかりだわ」

「何が?」

「分からないんですか?」

「アルスの鈍ちん」

「怒ってるの?」

「「「当然」」」

 エリシスは自分の胸に手を当てる。

「あたし達は女の子なのよ」

「そうです。偶には、おしゃれに気を遣いたいって思う時もあります」

「普段、あれだけ戦うことを反対しているのに、女の子らしいことをさせないなんて」

「三人の女の子らしいところって?」

 エリシスは、一瞬、胸に視線を落としたあと、ビシッと指を差す。

「あんた、また胸の話を蒸し返す気!」

「そうではなく、性格的な話をしているつもりなんだけど……」

「あたし達の何処が女らしくないのよ!」

「何処って……。例えば、女の子って、泣いて謝る盗賊を問答無用でボコボコにするの?」

「いや……」

「その……」

「女の子って、魔法の実験とか言って、必要以上の魔法を使って気絶させたりするの?」

「あ、あとで、回復魔法を掛けてます!」

「「「全部、不可抗力!」」」

 アルスは足を崩し、リース達にビシッと指を差す。

「必要なし!」

「「「ええ~っ!」」」

 エリシスは腕を組んで考えたあと、指を立てる。

「じゃあ、予約ということで、これは頂いておくわ」

「予約?」

「今は緊急事態なだけで、これが終われば普通の女の子に戻れるわよ」

「……戻れると思ってるの?」

「戻れるわよ! ……で、その時に遠慮なく使わせて貰うわ」

「その時は、少女じゃなかったり……」

「二十歳までにはケリを付けるわよ!」

「十代過ぎたら少女じゃないんだ」

「細かいわね……」

「こんな時じゃないと、僕に仕返し出来るチャンスなんてないし」

「ほほう……。それは、あたしに対する挑戦と受け取っていいわね?」

「それは勘弁して。エリシスには挑戦どころか関わり合いになりたくない」

「どういう意味よ……」

 珍しく項垂れるエリシスを無視して、ユリシスとリースはアクセサリーの入る布袋を漁り、アクセサリーを一つずつ取り出す。

「わたし達は、これを予約にします」

「アルス、いいでしょ?」

「一個ずつなら問題ないか――」

 エリシス達は喜びの声をあげる。

「――今度、新しく三人に造るのを延期すればいいんだから」

「そこは手を抜くな!」

「アルスさん! これも修行です!」

「ユリシスは、いいこと言ったよ!」

「ドラゴンテイルの生活を考えて、アクセサリーばっかり造ってたから装飾技術しか上がってないんだけど……。武器造りを優先させてくれない?」

「だからって、手抜きはダメ!」

 アルスは諦める。結局、この三人には敵わない。

(今日は少し抵抗した。これは間違いなく前進だ)

 アルスは心の中で小さく拳を握る。果たしてアルスの抵抗による何かの経験値が上がり、何かのレベルが上がる日は来るのだろうか……。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?