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作製編  61 【強制終了版】

 時間は大きく流れ、一年が経過した――。

 この世界で一番大きな大陸――ドラゴンウィングの鍛冶屋を求めて、旅は蛇行して進んだ。アルス達は時間を掛けてドラゴンウィングを旅して回り、各々が求めるものを探しながら過ごしたのである。そして、ようやくドラゴンの翼の終着点――南西の翼の先に辿り着こうとしていた。

 その一年のドラゴンウィングの旅では、アルスの目的である世界中の鍛冶屋の腕を確認するも、世界で進歩進化した真新しい技術は見付からなかった。

(この世界で、お爺ちゃんだけが歩みを止めなかったとしか思えない)

 ここまでの旅で、アルスは、そう感じていた。

 鋳型を使っての材料の研究も変わるものがない。鍛造の技術は、昔よりも工程が簡略化され、逆に雑になった傾向がある。アルスの周りで起きたことも、世界には些細な出来事でしかないのだろうか……。

 一年の旅の間、リース、エリシス、ユリシスの仇であるセグァン・アバクモワの噂は一向に耳に入らず、影も形も見えない。あれだけの大人数で移動する盗賊団を養うなら、それなりの資金を維持するために、定期的な調達が必要なはず。故に、情報が一切入らないというのはおかしなことだった。

 何処かで盗賊団は解散したのではないかとも考えられたが、エリシス達の居たドラゴンアームからリースの居たノース・ドラゴンヘッドを襲うまで一年の間がある。それを考えれば、この間の沈黙は当たり前なのかもしれない。

 だが、世界に大きな変化がなくとも、着実な変化は起きている。成長過程のアルス達は、一年の間に全員背が伸び、一回り成長した。

 アルスは成長期が来たため、他の皆よりも頭一つ分抜け出し、体も少年のものから大人のしっかりとした体格に変わろうとしていた。服も新調し、旅人の服、皮のブーツ、外套も一回り大きいものになった。変わらないのは大きなリュックサックとメイス、ダガー、ロングダガーの携帯する武器だけだ。

 エリシス、ユリシスは双子のため成長は同じだった。こちらも体の成長に合わせて、装備を一新している。エリシスは、武道着、靴。ユリシスは、ローブ、皮のブーツ。服類のデザインは、それぞれが選んで替えのバリエーションも数種類。荷物を入れるリュックサックも好みで何回か替えている。現在は、お揃いの丸に近い、薄い青のリュックサックを背負っている。変わらないのは、グローブ、棒、杖。

 最後にリース。身長はエリシスとユリシスに大分近づいた。女の子の成長は男の子と比べると少し早いため、アルスと同じように背が伸びた。アルスとお揃いだった旅人の服は、女の子らしくないとエリシスとユリシスに大反対を受けて、上だけは襟元や袖に少しおしゃれを入れたシャツに変更。それ以外は麻のズボンに皮のブーツと変わらない。武器もナイフ、ダガー二本と変わっていない。

 そして、それだけの変化がありながら、唯一、変わらないもの……。エリシス、ユリシス、リースは自分の胸に手を当てる。

「「「ここの成長がなかった……」」」

「どうでもいい……」

 アルスがくだらないと溜息を吐くと、それにエリシスが食い付く。

「胸の大きさは、あんたにとっても最重要事項でしょうが!」

「何で……」

 エリシスが熱く拳を握る。

「分からないの⁉ 男ってのは、服の上からでも膨らみがあれば、ときめき! 欲情し! 燃え上がる生き物でしょうが!」

「そんな変な生物、この世に存在しないよ……」

「世界の半分が、そういう生き物よ!」

(この世界は、いつからそんな世界になったのだろう……)

「あ~! もう! あたし、前から気に入らなかったのよ!」

 アルスは項垂れて聞き返す。

「何が?」

「あんた、馬鹿じゃないの! 何で、三人も美少女を前にして、欲情の一つも出来ないわけ⁉」

「リースの前で、そういうことを言うのやめてよ」

 しかし、庇ったはずのリースもアルスを睨む。

「私も気になってた」

「は?」

「アルスになら少しぐらい触らせてもいいのに」

「自分の娘に手を出して、どうするんだ……」

 アルスは、更にがっくりと項垂れた。

「アルスさんって、あまり女の人にがっつきませんよね?」

「いいじゃないか……」

「いいわけあるか!」

 エリシスは棒のお尻でガンッと地面を叩いた。

「一年も一緒に居て、何も手を出されないとかって、あたし達のプライドが傷つくでしょうが!」

「襲って欲しいわけ?」

「その時は、容赦なく叩き潰すわ」

(どういう行動が正解なんだ……)

「そうじゃなくて! あんたも思春期真っ只中の男子でしょうが! 不能なの⁉」

 更に更にアルスは項垂れる。

「そんなこと、男同士でも面と向かって話したくない……」

「何で、そんなに賢者みたいに悟ってんのよ! 女に興味ないの⁉」

「まだ性欲が爆発してないんじゃないの?」

「おかしいでしょ! もう、来てもいい頃よ!」

「別に、いつ来たっていいじゃないか……」

「それじゃ、思春期男子を観察したいあたしの欲求は、いつ満たされんのよ!」

「……馬鹿じゃないの?」

 エリシスのグーが、アルスに炸裂した。

「馬鹿じゃない!」

「間違いなく馬鹿の考えだと思うけど……」

 アルスは殴られた鳩尾を擦る。

「あんた、女の胸に興味ないの?」

「別に……」

 ユリシスとリースを集めて、エリシスはコソコソと話し出す。

「アイツ、何なの?」

「ここまで否定されると、逆に興味が出てきますね?」

「エリシスに聞いてたけど、アルスの反応は男の子と違う気がする」

「でしょ?」

「アルスさんの好みに、わたし達が合ってないんじゃないですか?」

「好み?」

 全員の視線が胸に下がった。

「つまり、胸のでかい女が好きだと?」

「そういえば……」

 リースの言葉に、エリシスとユリシスの視線が集まる。

「以前、サウス・ドラゴンヘッドで会った、ミストって人の胸は私達より大きかった。そして、アルスが普段より親切だった気がする」

「決まりね。アルスは胸のでかい女にしか欲求できないのよ」

「私があと三年早く生まれてれば……!」

 リースは拳を握った。

「三年後に大きくなってる保障なんてないわよ?」

 リースの視線がエリシスとユリシスの胸に向かう。

「私は分からない……」

「あたし達だって、あと二――いや、一年後は分からないわよ」

「でも、そのミストさんって方には負けているようですけどね……」

「ミストは、これから三人の敵ね」

 リースとユリシスが頷き、ミストの知らないところで、ミストは勝手に敵に認定された。

 そして、話を終えると、エリシスがアルスに振り返り咆哮する。

「この巨乳好きが―――ッ!」

「女の人の胸は関係ない……」

「嘘言ってんじゃないわよ! じゃあ、あたし達の胸とミストって人の胸を選ぶとしたら、どっちよ!」

「それ、答えなきゃいけないの?」

「「「当然!」」」

「何で、こんな変な流れになったんだ……」

 がっくりと項垂れ、アルスはエリシス達を指差した。

「エリシス達……」

「理由は?」

「それも言うの?」

「当たり前よ。女の子に恥を掻かせたんだから」

「勝手に掻いたんじゃないか……」

「いいから、言う!」

「じゃあ、き――」

(き? 綺麗な胸? 美乳派なの?)

「――機動力があるから? 早く動けるよ」

 エリシスとユリシスとリースのグーが、アルスに炸裂した。

「「「アホか―――ッ!」」」

「乙女の可憐な胸を機動力なんかに例えたのは、あんたがこの世で初めてよ!」

「アルスさん、酷いです!」

「さすがに私も我慢できなかった!」

 エリシスがアルスの襟首を掴む。

「あんたの頭の中は、どうなってんのよ!」

「どうって?」

「何で、そんなに興味ないわけ!」

「女の人の裸は見慣れちゃってるから」

「……は?」

 エリシスが固まった。

「い、今、何て言った?」

「女の人の裸は見慣れてる」

「ハァ⁉」

「どうして⁉」

「何で⁉」

 アルスは視線を斜め下に移す。

「その、お爺ちゃんのせいで……」

 エリシスは溜息を吐く。

「また、あんたのお爺ちゃんネタか……。あんたの爺さん……、今度は何したのよ?」

 エリシスの視線がアルスに突き刺さる。

「僕も、あまり言いたくないんだけど……」

「この一年で、あんたの爺さんがかなりのアホだということが判明して、それをあんたが素直に受け入れた馬鹿だということは理解したけど、世の中、あんたの爺さんのせいにして話を終わらせられるものばかりじゃないのよ?」

「人の尊敬する人になんてことを……。今の言い方、凄く傷ついた……」

「いいから話しなさいよ!」

 アルスは溜息を吐く。

「十歳の頃からお爺ちゃんが死ぬまで、娼館に連れて行かれてたんだ……」

「……は?」

「お爺ちゃん……凄いスケベだから、遠出すると必ず娼館に寄ってたんだ」

 エリシスが項垂れる。

「あんたの爺さんって……」

「時々、アルスさんが可哀そうに感じます」

「娼館って……。女の人と……」

 リースは顔を赤くして俯いた。

「お爺ちゃん、そのまま僕まで引っ張って行って……。そのまま娼館の裸のお姉さん達がウロウロする場所に放置して……。最初は、どうしようもなく恥ずかしくて混乱してたんだけど、そのうち見慣れてきて……」

「それで、変な耐性が付いちゃったわけ?」

「多分……」

「アルスさんのお爺さんって、凄い(?)ですね」

「十一、二の時には娼館に通い出してたとか……。記憶は定かじゃないって言ってたけど」

「だから、アルスは女の人を好きになれないんだね……」

「それは違うと思う。今は変なスイッチが入ってて切れないだけだと思う」

「そのスイッチが切れたら、どうなるのよ?」

 アルスは腕を組んで、首を傾げる。

「お爺ちゃんみたいになるのかな?」

「あんたが娼館に通い詰めるのなんて想像したくないわね」

「僕だって想像したくないよ……」

「でも、わたし達は、アルスさんに襲われることなく安全ってことでもありますね?」

「ユリシス、その言い方って……」

 アルスは『だから、言いたくなかったんだ』と呟いて項垂れる。

 そして、そのアルスの外套をリースが引っ張る。

「私は、いつでも大丈夫だから」

「……何が?」

 リースが『言わせないでよ……』と言って、恥じらいながら顔を背けると、アルスはリースを指差しながらエリシスに尋ねる。

「エリシスが仕込んだの?」

「誰が近親相姦に繋がりかねない危ないことを伝授するか」

「兄妹から恋人に格上げされたんじゃないですか?」

「君達、宿屋でどんな話をしているんだ?」

「それは……」

「えっと……」

「「「歳相応の乙女チックな話を……」」」

(悪い予想しか出来ない……。女の子って、どんな話をしてるんだろう?)

 アルスは男親の娘を心配する気持ちが少し分かった。


 ――と、さっきから雑談が延々と続いているのは、ドラゴンテイルの定期船を待っているからに他ならない。

「ドラゴンテイルも昔に比べたら入り易くなったんだけど、日程が正確じゃないのは変わらないみたいだね」

「爺さんメモでは、どうなのよ?」

「二、三日ずれるのは当たり前で、許可証も必要だったみたい。今は許可証なしで入れるけど、誰もドラゴンウィングから向かわない」

「ドラゴンチェストから陸路か……。安全になったって話だもんね」

「それにしても、船が出ると困るから、ここを離れられないのは困りものです」

 アルス達、全員から溜息が漏れる。

 遥か先に見えるドラゴンテイルの対岸を見詰めながら、リースが何かに気付く。

「あれ、船じゃない?」

「どこ?」

 全員でリースの指差す先を見る。

「見えない……」

「同じく……」

「見えません……」

 リースは、更に強く指差す。

「あれ! ちっちゃいのが動いてる!」

「どれよ?」

「動いてる?」

「分かりません……」

 リースは憤慨する。

「よく見てよ!」

「あ。あの海と太陽の光が反射してる付近」

「どこどこ?」

「あれですかね?」

 エリシスだけが確認できない。

「まあ、近づけば嫌でも気付くからいいわ」

(((何? そのリアクション?)))

 自由過ぎるエリシスに、他の面々は何も言えなくなった。

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