アルスは鍛冶屋の主人に頭を下げると、酒場、兼、宿屋の一階の酒場でグリースと話すことにした。会話を聞かれないように隅のテーブルを陣取り、リースも会話に参加することになった。
どっかりと椅子に座る、自分よりも幼い少年にアルスは話し掛ける。
「君は王族の関係者なんだろう?」
「よく分かったな?」
「ナイフを手に取ったわけじゃないから正確には分からないけど、そのナイフがオリハルコンと緑風石の合金で造られていたとしたら、その所有者は確実に王様の血筋だ。仮にレプリカだとしても、緑風石を使ったナイフを一般人が所持してるなんて考えられない」
「武器の目利きだけじゃなくて、素晴らしい推理力も持ってるな」
リースはグリースを指差して、アルスに確認する。
「この人、偉い人なの?」
「うん。だから、指差さないで」
困り顔で答えるアルスの言葉に、グリースは大笑いをしている。
「気にしなくていいよ。オレが王様の馬鹿息子なのは、皆が知ってる周知の事実だからな」
「馬鹿息子……?」
「そうさ。だから、親父もオレにはレプリカのナイフしか与えてくれないんだ」
リースはよく分からないと顔に表して、アルスに頼る。
「アルス。レプリカって、どういうこと?」
「伝説の武器というのが、この世界には四つ存在しているんだ。ドラゴンアームの槍、ドラゴンレッグの斧、ドラゴンテイルの剣、そして、ドラゴンウィングのナイフ。彼はドラゴンウィングのナイフのレプリカを与えられているってことだよ」
「そうなんだ」
「そういうことだよね?」
アルスの確認にグリースは頷いて返すと、アルスは話を続ける。
「レプリカとはいえ、緑風石のナイフなら、僕が新しいものを造る必要はないんじゃないかな?」
「オレさ、色んなことに不満があるんだ」
「僕の話と関係あるの?」
「黙って聞いてくれよ」
「ごめん……」
グリースは頬杖を突きながら話し出す。
「さっき言った通り、親父は、オレに本物は渡してくれない。毎日、ナイフ術の修行をしているのに認めてくれない。そして、与えられたのはレプリカだけ。だけど、レプリカといえど、その力を使って十分に振るえない。オレは制限されてばっかりだ」
「一方的に君の都合しか聞こえないのは気のせいかな?」
「そう思う? このレプリカのナイフは戒めなんだよ。強過ぎる力を使わせない枷なんだ」
「つまり、君は本物が手に入らないから、普通のナイフを所持して力を使いたいってこと?」
「そう」
「何か、よく分からないな」
リースがアルスを見て、はっきりと言う。
「この人、欲張りなんだよ」
「は?」
「本物のナイフも手にしたい。だけど、自分の実力を見せ付けるためのナイフも欲しい。そんなの欲張りだよ」
「はっきりと言うなぁ……」
「そう聞こえたもん」
「最近のリースは遠慮がなくなってきてる……」
「言いたいことを言わないと相手に伝わらない」
「そうだけど……」
「この人も、自分の不満を言ってるでしょ」
「いや、そうなんだけど……」
アルスは、どうしたものかと考えながら、グリースに問い掛ける。
「勝手にナイフなんて造ってあげたら、王様が怒るんじゃないかな?」
「それはないよ。親父は『自分の短剣を見つけろ』って言ってたから」
「自分の? ……それって、何かの問答なんじゃないの?」
「問答?」
「つまり、君が見つけるナイフを見定めて、君を試しているってことだよ」
「何を見定めるんだ?」
「それは『君が日々教えられた中で知っている……』とかっていうのがパターンじゃない?」
「そっち系か……」
リースは呆れ顔で注意する。
「アルスもグリースも不謹慎だよ。王様の想いをパターンとか言っちゃうなんて」
「仮の話だよ?」
「でも、その通りだったら、王様を馬鹿にしてない?」
アルスは『そうかもしれない……』と冷や汗を流す。
「聞かなかったことに――」
「「もう、手遅れ」」
リースとグリースの突っ込みに、アルスは肩を落とす。
「他にも言っちゃいけないことを言いそうだから、僕はここからしゃべらないでおくよ」
「アルスは裏技みたいな方法で、オレの問題を解決しそうだと思ったんだけどな」
「変な考えを持っちゃいけない。君が答えを出さなきゃいけないんだから」
「ヒントっぽいのは?」
「ヒントというか、答えの一つは出てると思うんだけど」
「嘘?」
「本当」
「教えてくれ!」
アルスは溜息を吐く。
「何で、君は不満を持っているのにレプリカのナイフの力を振り翳さないんだ?」
「え?」
「力が強過ぎるって理解していただろう?」
「…………」
グリースは自分のナイフに、そっと手を当てる。
「君は無意識で王様の教えを理解しているんじゃないの?」
(そうなのか?)
「僕は、君が答えに手を掛けているように感じるけど」
「…………」
グリースが声を落として呟く。
「力を振り翳さない理由……か」
グリース自身、自分の行動に矛盾があったのは感じていた。認めてくれないという苛立ちから力を振り翳して、自分の中の鬱憤を晴らしたいと思っていた。その手段に伝説の武器のレプリカのナイフを使おうとしても出来ないでいた。
「でも、培った技術を確かめたいのも事実なんだ……」
「君は、悪戯に力を向けたいわけじゃないんだね?」
「ああ……。だから、リースと同じダガーを造ってくれないか?」
アルスは目をしぱたく。
「どうして?」
「リースのダガーは守るためのものだって聞いた。オレも、そこから立ち返ってみようと思う。過ぎた力の反対の武器を持って考えてみようと思う」
「……答えは直ぐには出ないか」
「逆の立場を知らないから答えが出ないのかもしれないって思っただけさ。やっぱり、対等になるための道具も欲しいという欲求はあるんだ」
グリースは自分が力を振り翳さない理由をおぼろげにしか捉えられないでいた。その結果、自らも封印しているナイフと対極にある、切れ味を落として厚く造った防御重視のダガーを持って考えてみようと思ったのだった。
グリースの悩みが解決するならと、アルスは頷く。
「それでいいなら造るよ。悩みが解決しないのは気持ちが悪いだろうし、傷つけるために武器を求めるわけでもないみたいだし」
「本当か?」
「だけど、リースと同じものは造らない」
「どうして――」
「だって、リースのダガーはリースのためだけに造った特別製。君には合ってないからね」
グリースはテーブルに手を付いて立ち上がる。
「あのダガーよりもいいのが造れるのか⁉」
「基本は変わらないよ? でも、グリースに合わせて微調整すれば――」
グリースはアルスの手を取った。
「よろしく頼む!」
「う、うん」
アルスは腰掛けている椅子の一番奥まで下がって返事を返した。
「で、どんなのがいいの? レプリカのナイフと同じバランスのもの?」
グリースは首を振る。
「アルスの好きなものでいい」
「そんな滅茶苦茶な注文ってある?」
「アルスだから頼むんだ」
「随分、信用してくれたんだね……」
アルスが考え込むと、身を乗り出していたグリースも元の椅子に腰掛け直した。
「ロングダガーか小太刀かな?」
「理由は?」
「ダガーよりも守備力が高いからかな? 同じ用途なら、君はリースよりも体が大きいから、それぐらい大きいものも扱えると思った」
「ロングダガーか小太刀……。その小太刀っていうのがよく分からないんだけど?」
「ドラゴンテイルの武器だよ。ロングダガーに比べると薄くて細いかな」
グリースは暫く考えると、答えを出す。
「刃じゃなくて、面で受けることも考えるならロングダガーがいい」
「そう? じゃあ、行こうか?」
アルスは酒場の外を指差す。
「もう造るのか?」
「違うよ。君のナイフ術の鍛練を見せて貰うんだよ」
「鍛練?」
「簡単に言うと癖を見るんだ」
「注文も付けていいのか?」
「細かく頼むよ」
「分かった」
グリースはテーブルに置かれたジュースを一気飲みすると、会計の書かれた紙を持つ。
「行こう」
リースも慌ててコップのジュースを飲み干すと立ち上がり、アルスは普通にコップのジュースを残したまま立ち上がった。
「アルスだけ、飲まないの?」
「飲まなきゃダメ?」
「農家の人が汗水たらして作った果物を無駄にするのはよくないと思う」
「…………」
アルスは、コップのジュースを時間を掛けて一気飲みした。
「結構、多く残ってた……」
「よく出来ました」
(どっちが親なんだか……)
アルスとリースは、グリースに続いて宿屋を出た。
…
王都近くの小さな原っぱで、グリースのナイフ術をアルスとリースは見学する。そこで披露されるグリースのナイフ術に、リースは少しおかしなことに気付く。
「グリースの間合いって、ナイフにしては少し遠くない?」
(少し見せただけで、よくナイフ術の違いに気付いたな)
グリースは、リースに答えを返す。
「このナイフは間合いが変わるんだ」
「ナイフなのに?」
アルスがリースに補足する。
「緑風石って鉱石は、風の力を宿しているんだ。それを利用して風の剣身が伸びるんだと思うよ」
グリースは驚いたようにアルスを見る。
「そんなことまで知ってるのか?」
「鍛冶屋なら、一度は使ってみたい鉱石だよ」
「ひょっとして、このナイフがどういう風に起動しているかも分かるのか?」
「予想はしてる」
「レプリカとはいえ、製法なんかも秘密が多い武器なんだけどな……」
「お爺ちゃんに教えて貰ったんだ」
「お爺ちゃん?」
「イオルク・ブラドナーって名前だった」
グリースは披露していたナイフ術を止めると、ナイフに目を落とす。
「このナイフ……。親父がオレの爺ちゃんに貰って、オレが親父に貰ったんだ……」
アルスは疑問符を浮かべながら、話の続きを待つ。
「このナイフを造ったのが、イオルク・ブラドナーだって言ってた」
リースは噴水での会話を思い出す。
(それで、私のブラドナーの名前に反応したんだ……)
しかし、造り手と貰い手の関係は分かったが、アルスは考え込んでしまう。
「何で、お爺ちゃんが王様のナイフなんて造ったんだろう?」
「そういえば……」
リースも同じ疑問を持った。
そして、二人の疑問に、グリースが答える。
「オレの爺ちゃんは、イオルクって人に憧れてたんだって。本当は、騎士になりたかったって」
「でも、この国で騎士は……」
「そう、騎士にはなれない。そこで『ナイフ術を覚えれば?』って言われたらしい」
「何で、お爺ちゃんが王様にアドバイスなんて出すんだろう?」
「そこはよく分かんないけど、それから何回か会ってるって。そして、その時、試しに造ったこのレプリカのナイフを貰ったって」
「試しに緑風石を使ったのか……」
(もしかして、鍛冶場を造った余りを利用したのかな? もしくは、ナイフを造った結果が、鍛冶場の円筒か?)
アルスはグリースのナイフが気になりだした。
「少し見せて貰っていい?」
「アルスなら、いいよ」
「ありがとう」
アルスはグリースからナイフを受け取ると、慎重にナイフを切っ先から柄まで眺める。
「お爺ちゃんの造ったものにしては、装飾が多い気がするな」
「王様が持つから細工したって聞いたよ」
「それでか……」
柄を慎重に指でなぞり、一点を指差す。
「多分、この奥に月明銀の細工があるはず」
「それって、アルスのメイスと同じ?」
「うん」
リースに返事を返すと、アルスは、改めてグリースを見る。
「グリース、このナイフを再現できる鍛冶職人がどれぐらい居ると思う?」
「さあ?」
「多分、数えるほどしか居ない」
「冗談だろ?」
「冗談じゃないよ」
「自分の爺ちゃんを過大評価してないか?」
アルスは首を振る。
「このナイフ、君に受け継がれているのがよく分かる。このナイフは、外に出せない伝説の武器の代わりをしているんだ」
「伝説の武器の代わりって、何だよ?」
「多分、君のお爺さんは、僕のお爺ちゃんに伝説の武器の構造を教えてる。伝説の武器に備わるエネルギーを変換する技法を再現しているんだ。つまり、門外不出の伝説の武器の代わりのものなんだよ。簡単に言えば、グリースが求めている普段使う短剣のようなもの。強過ぎる力を持つ代わりの短剣。強過ぎて外に出せない伝説の武器の代わりのレプリカ」
アルスはグリースにナイフを返す。
「そんなに凄いナイフなのか?」
「自覚してたんじゃないの?」
「レプリカだから、そんなに凄いものだって思わなかった」
「使わなかったんだから、無意識では分かっていたんだろうけど、自分の持ち物を理解していないっていうのは、拙いんじゃないのかな?」
グリースは緑風石のナイフを見詰めながら、呟く。
「もしかして……、最初から答えなんてなかったのか?」
「さっきの問答の話?」
「ああ、これを持ってるということは……」
アルスは頷く。
「多分、信頼されてるんだよ。僕は、そのナイフがそれだけのものだと思うよ。仮に、誰かに奪われたら大変なことになる。お爺ちゃん達が守り通した技術の秘密が流れ出ちゃうからね」
「このナイフ……。そんなに凄いものだったんだな……」
アルスはポケットを漁って、鉄鉱石の欠片を取り出す。
「斬ってごらん」
「無理だよ」
「君の鍛練した技術、武器に篭められた力、きっと出来るよ」
アルスが岩の上に鉄鉱石の欠片を置くと、グリースはナイフを握り直し、深呼吸をして脱力した状態で構える。
「剣身は当てない」
「それでいいよ」
グリースの体の周りに僅かに魔力が集まり、ナイフを握る右手に集中する。右足を踏み込み、足から回転は腰へ。そして、腕と手首のスナップを利かせ、ナイフは左から右に振り抜かれた。
「斬れたの?」
リースは首を傾げながら、岩の上の鉄鉱石の欠片を突っつく。すると、鉄鉱石の欠片が二つに分かれ、真横にずれた。
「本当に鉄鉱石が斬れた……」
鉄鉱石の欠片を斬ったグリース自身が驚いていた。
アルスが鉄鉱石の欠片を開いて見せる。
「少し切り口が粗いのは伝説の武器じゃないからだね」
「グリース! 凄い!」
「一体、何に不満があったんだろうね?」
「オレは……」
グリースはナイフを握り締めたまま動けなくなった。
リースは素朴な疑問をアルスにする。
「アルスは、グリースが凄いのを知ってたの?」
「知らないよ」
「じゃあ、何で、鉄鉱石を斬れるって知ってたの?」
「知らないよ」
「「え?」」
「いや、斬れそうだなって……」
「もしかして……、勘?」
「マジでか……」
アルスは頭に手を持っていく。
「そうじゃなくて……。グリースの言葉が少し気になってて」
「何か言ったか?」
「ナイフが特別だって知ってる割には否定しているような気がして……。『強過ぎる力』って理解してたよね?」
「それは……」
グリースが俯くと、リースがグリースに話し掛ける。
「最近、お父さんと話してる?」
「……話してない」
「何でも聞くといいよ。きっと、ナイフの価値を優しく教えてくれるよ」
「そんなこと――」
「恥ずかしいの?」
グリースは顔を赤くして言い返す。
「当たり前だろ! 何で、そういうことを言えるんだ!」
「だって、私はアルスに何でも話してるもん」
「最近は、人のプライベートも気にせずに何でもね……」
グリースはアルスの反応に押し黙る。
「しかも、最近、大きな子供が二人増えて困ってるよ」
アルスの追加の告白に、今度は軽く笑う。
「僕達は遠慮なしに何でも話すから、気持ちなんてすれ違う余裕もなく筒抜けって感じだよ」
「どんな関係なんだよ?」
「娘三人の勢いに飲まれる、お父さん……」
「あっははははははははっ!」
「笑い過ぎだよ……」
グリースは笑い過ぎで出た涙を拭く。
「そういうの、いいかもな」
「ほとんど僕の意見なんて通らないけど、楽しいと思ってるよ」
「話さなきゃ分かんないよな。そして、話すならリースと同じ立場がいいか」
「王様が我が侭を言って子供に駄々捏ねるのなんて想像もしたくないから、自分の意見を伝えるのは、子供のグリースの役目でいいと思うよ」
「そうしてみる。オレの悩みは抱え込んでも分からなかったみたいだ」
「暫くこの町に居るから、話が終わったら訪ねて来てよ。話を聞いたら、武器を持つ印象も変わるかもしれない」
「そうする。まずは爺ちゃんと話してみる。このナイフの話を聞かせて貰うんだ。……リースとアルスに会えて良かった」
グリースは王都に建つ城の方に歩き出し、途中で振り向くとアルスに叫ぶ。
「オレ達の爺さんは、こういう話をしたのかもな!」
想像を掻き立てられると、アルスは微笑む。
「だったら、いい縁だね!」
グリースは笑顔を浮かべると、アルスとリースを残して王都の城下町の町並みに消えて行った。
残されたリースがアルスに話し掛ける。
「印象が大分変わったね」
「怖かった?」
「言葉巧みに近づいて、アルスに武器を造らせたいだけだと思ってた」
「悪い人だと思ってたんだ」
「だって、私のダガーを取ろうとしたんだよ!」
リースの怒りっぷりに、アルスは笑みを浮かべる。
「それだけ悩んでたんじゃないの? リースは、それを解決してあげたんだよ」
「私とアルスで、でしょ?」
「そうだね」
リースがアルスの手を引く。
「私達も帰ろう。エリシス達も宿に居る頃だよ」
「そんな時間か……」
アルスはリースに手を引っ張られながら、王都の城下町へと戻って行った。