ドラゴンウィングの王都――。
旅は順調に進み、パーティはアルスの鍛冶屋を回るルートを辿り、あっちこっちとドラゴンウィングを歩き回って、現在は、竜の翼の真ん中にある王都まで辿り着いている。
この王都に辿り着く途中で盗賊三人に襲われたが、エリシスの影響か、日々の成果か、心配だったリースは襲い来る盗賊の実力が相当高くなければ安心して見ていられるぐらいに前衛として戦い、見事返り討ちにしている。その時に見せたリースの短剣術は、実力が着実に上がっていることを認識させるのに十分なほど速く、最短距離を走っていた。つまり、死の関わる状況を克服し、迷いを振り切ったということである。
このあと、縛り上げた盗賊達をハンターの営業所に引き渡してお金に替えれば、少し自由な時間が出来る。
アルスは営業所に行く前に、これからのことを聞いてみることにした。
「今日の皆の予定は?」
アルスの質問に、エリスから順に各々返事が返ってくる。
「あたしとユリシスは、営業所でセグァンの情報を集めるわ。王都だから情報も多く集まるかもしれないしね」
「引き渡しも、わたし達がやっておきます」
「お願いするよ。僕は、いつも通りに鍛冶屋へ行く予定」
「私は、少し歩き回ってみる」
リースの言葉に、エリシスが少し意外そうな顔になる。
「珍しいわね? アルスにいつも引っ付いて歩いてるのに」
「アルスが鍛冶屋の仕事をしたいのは分かってる。だから、自分でしたいことをするだけ」
「したいこと?」
リースは王都に着いてから目にしていた、壁の張り紙を指差す。
「ここの国では、短剣の格闘大会をやってるみたい」
「参加するの?」
「しない」
「何で?」
「今の私じゃ勝てない。もう少し大きくなって、筋力がつかないと意味がない」
「一回やって、こりてるからね」
リースが慌ててアルスに人差し指を立てると、エリシスとユリシスは首を傾げる。
「で、参加しないなら、何しに行くのよ?」
「見るだけ」
「それでいいの?」
「アルス以外の動きも頭に入れておきたいから」
「そんなの役に立つの?」
「間違い探しの答えは多い方がいいの」
エリシスは腰に左手を当てる。
「また間違い探し……。それ、本当にやってるの?」
「やってるよ」
「あたしは、いくらやっても出来ないんだけど」
「出来ないんじゃなくて、やる気がないから身につかないと思う」
「だって、頭パンクするわよ」
「私は出来るから!」
リースは鼻を鳴らすと歩き出した。
「怒らせちゃった……」
「しつこいからだよ。あと、間違い探しは、エリシスも少なからずやってると思うよ」
「攻撃を予想するぐらいならね。でも、漠然とよ。あんた達みたいに精密に予測なんて出来ないわよ」
「別の戦い方に慣れちゃったんだろうね。無理に合わせると、今までの動きが狂うから真似しない方がいいと思うよ」
「そうしとくわ」
ユリシスがエリシスの肩を叩く。
「姉さん、そろそろ」
「ええ」
ハンターの営業所へ向かうため、エリシスは振り返る。
「じゃあ、あたし達は行くわ」
「分かった」
王都では、それぞれ目的のためにバラバラで行動することになった。
…
リースは、一人で目的の格闘大会の場所へと向かう。張り紙にあった場所を思い出しながら進むと、やがて歓声が耳に入りだした。
そして、ようやく辿り着いた大会の会場だったが、大人の観客が会場を囲み、背の低いリースでは戦っている人の姿は見えないほどの盛況ぶりだった。
(何処かで見えるところはないかな?)
リースは辺りを見回すが、入り込む隙間も、上から覗き込むための台になるようなものもなかった。
暫く一人で困っていると、同い年か少し上の灰色の髪の少年がリースに声を掛けてきた。
「大会を見たいのかい?」
リースは綺麗な身なりで装飾豊かなナイフを帯紐に差している少年に気が付くと、小さく頷く。
「コツがあるんだよ」
少年はリースの手を取ると、観客の隙間に強引に入り込んだ。
「割り込んでいいの?」
「いいのいいの。一番前に出ても、大人の視線はオレ達よりも上だから」
少年はグイグイと強引に割って入り、リースを一番前の柵まで引っ張って来た。
「ここなら、よく見えるだろう?」
「うん。あの、ありがとう」
「どういたしまして」
少年は笑顔で言葉を返した。
リースの視線が闘技場に向かうと、少年も闘技場に視線を移す。すると、直に少年の耳にはリースの言葉が入り込んできた。
「あれじゃダメ……。足運びが悪いから、振ったあとに利き腕の方向に反転できない……。あ、今のはいい動き……」
少年は実況を聞いているような気分で、リースの独り言と試合の内容を比べる。
(凄いな……。彼女の予想通りに隙が出来る。そして、彼女の言った通りのことをした方が勝ってる)
少年は黙ったままリースの独り言を聞き続ける。
集中しているリースは、周りが気にならなくなっていた。アルスから短剣術を学び、剣術大会で敗北も知り、戦いの中の死も体験した。リースの戦いに向かう姿勢は、愚直なまでに真っ直ぐであった。故に、間違い探しの収集にも手を抜かず、自分の中の考えを呟き続けていた。
やがて、大会が決勝戦まで終わるとリースの独り言も終わり、リースは最後に結論を口にする。
「分かってても、私じゃ受け切れないから勝てない……」
リースはアルスに貰ったダガーを扱うには、もう少し筋力をつけて片手でも受け流せるようにならなければと結論付けた。今のままでは、戦いの選択肢の幅が狭い。
そして、ふと、改めて自分の居る場所を思い出し、隣に案内してくれた少年が居たことを思い出す。
「ごめんなさい。自分のことだけに夢中になって……」
「口に出てたよ」
「…………」
リースは赤くなって俯いた。
「短剣のこと詳しいみたいだね?」
「少しだけ。――習い始めて数ヶ月なの」
「そうなんだ?」
少年はリースの腰の後ろに目を移す。
「何の武器?」
「ダガー」
「結構、良さそうだね」
「普通のダガーだけど?」
「向こうで見せてよ」
「え?」
リースは守るように腰の後ろのダガーを両手で隠す。
「取らないって……」
「本当?」
「本当だよ」
「じゃあ、少しだけ」
少年は噴水のある広場を指差した。
「あそこで見せてよ」
「うん」
リースは少し不安だったが、誘われるままに少年の後に続いた。
…
少年が噴水の縁に腰掛けると、リースも隣に腰掛けた。
「名前を言ってなかったね。オレは、グリース・ビエロフカ」
「グリース?」
「そう、ビエロフカ」
「私は、リース・B・ブラドナー」
「ブラドナー……」
グリース・ビエロフカと名乗った少年は、ブラドナーの名に反応したようだった。
「どうしたの?」
「あ、ごめん。何でもないんだ」
「そう?」
「ああ。――そうそう、ダガーを見せてくれるんだよね?」
「うん」
リースは腰の後ろからダガーを一本抜き、グリースに渡すと、グリースは吸い込まれるようにダガーに目を奪われた。
「凄い……」
「何が?」
「このダガーだよ。見た目だけじゃない。初めて手にするのに馴染むんだ」
グリースはダガーを軽く振ったり、眺めたりしてみる。
「恐ろしくバランスがいいんだな。ここまで均等に鉄を打てる鍛冶職人が居たのか……」
「その言葉を聞いたら、アルスは喜ぶよ」
「アルス?」
「私のダガーを造ってくれた人」
「造り手の名前も知っているのか……」
「だって、私のお父さんだもん」
「そうなの?」
「見たら、きっと驚くよ」
「何で?」
疑問符を浮かべるグリースに、リースは笑ってみせる。
グリースは疑問も聞いてみたかったが、当初の目的のダガーを優先して質問を続ける。
「このダガー……。少し切れ味が悪そうに見えるのはワザとかな?」
「うん、防御をするように刃は厚めにしてあるって」
「なるほど……」
グリースは右手で瞬時にダガーを逆手に持ち替える。
(この人、扱い慣れてる)
リースは自分以上かもしれないダガーの扱いに、グリースに対する興味が浮かんだ。
「グリースのナイフは凄く立派に見えるけど、特注なの?」
「特注だね。特注過ぎて使えないぐらいに」
「そんなナイフがあるんだ」
「まあね。だから、普段使う用の短剣を探していたんだ」
「それで、私のダガーに興味を持ったんだ」
「そう。……ところでさ」
「何?」
グリースの目つきが鋭く変わる。
「このダガーを譲ってくれない?」
「ダメ!」
「君に相応しくないと思うんだけどな」
「……どういう意味?」
グリースはリースの腕を取った。
「こんな女の細腕じゃ、ダガーも扱い切れなくて泣いている」
「分かってる! これから扱えるようになるの!」
「君のお父さんは、少し過保護過ぎるんじゃないのか?」
「それは……筋金入りだけど」
(皮肉を言ったつもりなのに……。娘にそう認識されているのか……)
リースは捕まれていた腕を振り払い、手を広げて突き出す。
「返して!」
「譲ってくれないってことかな?」
「当たり前!」
「どうしても、欲しいって言ったら?」
「アルスに造って貰えばいいでしょ!」
「アルス?」
グリースの雰囲気が元に戻った。
「君のお父さん、王都に居るの?」
「旅の鍛冶屋だから、ここの鍛冶屋にアルバイトしに行ってる」
「アルバイト~っ⁉」
グリースは、がっくりとしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
「何で、これだけの腕があってアルバイトなんだよ……」
「旅してるって言ったでしょ? だから、旅の路銀を稼いでいるの」
「てっきり、娘だけが遊びに来てるものだと思った」
「どうして?」
「王都の鍛冶屋は全部回ってるから、職人は把握しているんだ。王都にそのダガーを造った職人が居ないってことは、君だけ余所からダガーを持って来たって思うのが普通だろ?」
「それで取ろうとするなんて、最低」
「このダガー返すから、お父さんに頼んでくれない?」
リースはダガーを取り返すと、腰の後ろの鞘に納めた。
「頼んでもいいけど、造ってくれるか分からないよ」
「どうして?」
「アルバイトが勝手に鍛冶場を使えないから」
「……それは問題だな」
グリースは呆然と固まった。
…
グリースの案内で王都の鍛冶屋を回り、リースは三軒目でアルスを見つけた。
「アルス!」
「あ、リースと……友達?」
リースの隣のグリースに、アルスは指を差した。
一方のグリースは少し引き攣った顔のまま動けない。
「あ、あれがお父さん……?」
「そう」
グリースがアルスに駆け寄った。
「あんた、何歳だ!」
「え? 十五だけど……」
「この子は!」
グリースの指差しているリースを見てから、アルスは答える。
「十歳」
「どうやって、産ましたんだ!」
「僕の子供なわけないだろう……。養子にしたんだ」
「……養子?」
「そう」
アルスはリースを睨む。
「ワザと教えなかっただろう?」
「知らな~い」
「まったく……」
(エリシスの悪いところが移ったかな?)
アルスはエリシスが原因かと思ったが、これはリースのグリースへのささやかな仕返しだった。
グリースは、アルスとリースの関係を理解しつつも疑問を残す。
「何で、十五で養子?」
「言いたくもない理由があるんだ……」
項垂れるアルスを見て、グリースに不安が広がる。
「その、お父さんは、そんなに若いのに腕は確かなのかな?」
「アルスでいいよ。言ってて、気持ち悪いだろう?」
「……正直」
「やっぱり」
アルスが額に手を当てるのを見ると、グリースは改めて質問を繰り返す。
「それで、腕の方は?」
「自分で凄腕っていう奴は、自信過剰の馬鹿だと思うけど」
「もしかして、謙虚で面倒臭い性格してる?」
「謙虚なのは悪いことじゃないと思うんだけど……。どんな答えを期待してたの?」
「超凄腕」
「絶対に言わない」
グリースは笑って誤魔化している。
「それで、何の用で来たの?」
「一つ、オレ用の短剣を造って貰いたくてな」
「短剣? ここの鍛冶屋さんに頼めばいいじゃないか。僕は下働きの許可を貰ったばかりで、鍛冶場での作業は許可されてないんだ」
グリースが鍛冶屋の主人に目を向けると、鍛冶屋の主人は慌てて話しに割り込んだ。
「ま、待ってくれ! 許可する!」
「でも、子供の我が侭に付き合うのは――」
「いいんだ! その人の短剣を優先して造ってやってくれ!」
「はあ……」
アルスはグリースを見る。
「君、弱みでも握ってるの?」
「さあ?」
グリースは悪戯っぽい笑顔を湛えるだけだった。
「まあ、いいか。で、どんな武器がいいの?」
「やっと、やる気になってくれたか。でも、その前に試させて貰う」
「試す?」
「そう、あんたの鍛冶屋としての目利きの腕だ」
グリースは腰の帯紐に差してあったナイフを鞘から抜き取り、アルスの前に翳してみせる。
「どう思う?」
アルスは緑の剣身のナイフを凝視する。この色はイオルクの鍛冶場でよく目にしていた。
「緑風石が使われているのか」
「へぇ……。よく分かったね」
「そのナイフを簡単に人目に曝しちゃいけないと思うよ」
グリースはアルスの言葉を聞くと、嬉しそうに笑いながらナイフを納めた。
「このナイフにどんな力が宿っているかを知っているような口調だけど?」
「そのナイフを見て、君の身分も予想がついたよ」
「ふ~ん……」
「リースは、とんでもないお客さんを連れて来てしまったみたいだね」
「え?」
リースがグリースに目を向けると、グリースは唇の端を吊り上げた。