初めて人を殺してしまったリース。本当は訪れては欲しくない瞬間だった。
自分の身を守るためとはいえ、それは心に大きな大きな傷を刻み付ける。正当な理由があっても割り切れるものではない。
次の日、再び出会ってしまった盗賊達に、リースは動けなくなっていた。
「ドラゴンウィングは治安が悪くなったんじゃないの⁉」
昨日の今日で、ゆっくりと考える時間も与えてくれない状況にエリシスが叫んだ。
「ドラゴンチェストも、こんなものでしたよ。それにあちらの盗賊よりは、品があります」
「っなことは、どうでもいいのよ! 金欠の時には出てこないで、こっちに事情がある時にワラワラと!」
(姉さんの都合に、盗賊が合わせてくれるわけありませんよ……)
ユリシスは溜息を吐いたが、それはエリシスの言動だけのためではない。エリシスの言っている不満も同様に持っていたからだった。
ユリシスはチラリと、リースに視線を向ける。
いつものリースではないのは明らかだった。肩に力が入り、呼吸も荒い。軽量武器を扱うリースが素速く武器を振る状態ではなかった。
「リースさん、今日は下がりましょう。わたしと魔法で援護しましょう」
リースは首を振る。
「大丈夫……」
リースは震えながら、前衛のエリシスの横まで進んだ。
「あんた、本当に大じょ――」
エリシスは言葉を止める。恐怖で体は震えているのに、リースの意思を表わす強い視線は前方の盗賊達から外れていなかった。
(この子……、もう立ち直ろうと動き出してる)
エリシスにもユリシスにも経験があった。
だが、人を殺めた衝撃から立ち直るには、理屈よりも気持ちを前に向けなければならない。それが出来なければ、二度と戦うことが出来なくなるのを知っていた。そして、それを理解しても自問自答を繰り返し、理屈を捏ね、自分の中に確固たる決意を決めるには時間が掛かる。
それなのに、リースは前へ向かおうとしている。
エリシスは後ろのアルスに振り返る。
「リースは、まだ子供だけど、ちゃんと分かってるよ。奪うことになるかもしれない相手の命の重さも、奪われるかもしれない自分と僕達の重さも……。だから――」
アルスがメイスを構える。
「――僕達が手助けして、リースが歩みを進められるように導こう」
アルスの言葉を頭で反芻すると、エリシスは頷く。
「あたしん時は、ユリシスが支えてくれたからね。それはやらなきゃだわ」
ユリシスも頷く。
「わたしの時は、姉さんです」
アルスも頷く。
「僕の時は、お爺ちゃんだった」
アルス、エリシス、ユリシスが頷く。
「なら、リースを支えんのは、あたし達よね」
「しっかりと支えてあげます」
「うん、僕達で」
エリシスは視線を盗賊達へと戻す。
「リース、そんなに肩肘張らなくてもいいわよ」
リースは首を振る。
「戦いには死が付き纏うから出来ない」
「あたしが守ってあげるわよ」
リースの顔がエリシスへと向けられる。そこにあるのは強い笑顔だった。
「あたしは強いからね。頼っていいわよ」
「エリシス……」
「逆にあたしが危なくなったら、助けてくれるんでしょ?」
「そんなの当たり前だよ」
エリシスはリースのおでこを、棒を掴んでいない左手の人差し指で突っつく。
「そう、当たり前なのよ。あたし達があんたを助けるのも、あんたがあたし達を助けるのも。だから、頼っていいの。頼られていいの。肩肘を張らなくていいの」
リースの肩から力が抜ける。
「……そうなんだ」
リースの後ろからユリシスの声が届く。
「魔法でしっかり援護しますよ。怪我だって治しちゃいます」
リースは振り返る。
「ユリシス……」
ユリシスはリースに微笑んで返す。
「何というか……、本当に心強いね」
「アルス?」
「正直、仲間が居るとこんなに安心できると思わなかったよ」
自分だけではないリースへの想いが集まっていると思うと、アルスは嬉しかった。この問題はアルス自身がリースを立ち直らせなければいけないと思っていたが、エリシスとユリシスの姉妹は協力的で、リースのことを考えてくれていた。
「リース、皆の言っていることに間違いはないよ。僕達は、頼って頼られていいんだ。リースにも期待してる」
「私にも?」
「リースの培ってきた力で、お互いを守ろう」
「……うん」
リースは俯き、自分を支えてくれる仲間に笑みを溢す。
「いつも通りだ。ナイフとダガーを速く振るには?」
リースは顔を上げる。
「脱力して、余計な力を入れない」
「うん。足のスタンスは?」
「楽に動けるように肩幅ぐらい」
「大丈夫、出来てるよ」
「うん」
「今日は、急所を狙うのは避けよう。僕達を頼って、ゆっくり心を強くしていこう」
「……うん」
リースは体を前に向ける。
「皆、ありがとう……。大好き……」
その言葉に皆が微笑み、視線が前方の盗賊達に定まった。
「行くわよ!」
エリシスの掛け声と共に、アルス達は盗賊達へと走り出した。