あるドラゴンウィング北部の町――。
ここのハンターの営業所で盗賊達を突き出したあと、早速、エリシスはアルスに質問をしていた。
「さっきの話なんだけど、アルスは、どういう教えを受けてたの?」
「武器造りに必要な基礎だけだけど」
「じゃあ、その攻撃方法が全部急所なのは?」
「僕が弱いからだよ」
「弱い?」
アルスは営業所の中を見回し、誰にも会話が聞かれない状態を確認すると話し出す。
「一ヶ月で信頼関係も出来てきたし、そろそろ話してもいい頃かもしれない。リースのことは、本人のプライバシーがあるから話さないけど、僕のことは話すよ」
「ええ、お願い」
「リースも、それでいいよね?」
「うん……」
(自分だけの特別が少し減っちゃう気がするけど……)
アルスは静かに自分のことを話し出す。
「僕の両親は、両方とも魔法使いだったんだ。だから、僕自身の体の強さや体格は、遺伝的には武器で戦うのに向いていない」
「日々の鍛練の割には少し線が細い感じだものね」
「うん。だから、少しでも鍛練を怠れば、直ぐに並みの一般人になってしまうはずだ。そして、この体格こそが戦い方に繋がるんだ。お爺ちゃんが心配してたのは、僕が旅で襲われる時だった。まともに戦ったら、騎士崩れの盗賊や本格的に戦闘訓練をしている盗賊に勝てない時がくる。特に複数を相手にする時を心配してた」
「それは、まんま女である、あたし達にも言えることね」
「そう思う」
「それで?」
「うん。長時間受け続けない、一人ずつ確実に倒していく方法として、毎日の基礎で培った絶対の動作で確実に急所を切り裂く。これがお爺ちゃんに教わった、生きていく術の一つだよ」
「道理で……」
エリシスは足を組み直す。
「リースを一番最初に泣かしてしまったの覚えてる?」
「はっきりと」
「あれ、手加減するはずが本気にさせられたのよ」
「え?」
「そうなの?」
エリシスは、リースに少し申し訳なさそうにする。
「リースの狙いは急所か腱か関節。どれも確実に回避しないといけない場所に集中してる。そんなところを狙ってくるもんだから、最初に手加減なしで打ち込んじゃったのよ」
「負けて当然だ……」
「私は、それでも負けないつもりだった」
「本当に負けず嫌いね……」
エリシスはリースの相手をして『勝つまでやる』もしくは『出来るまでやる』を経験している。
「しっかし、あんたの爺さんは恐ろしいことを教え込んだわね」
「多分、僕に旅の仲間が出来るなんて思わなかったんだよ。僕も、一人で世界中を回る予定だったし」
「確かに助けてくれる人間が居ないなら、複数相手に確実に息の根を止めるのが一番安全だわ」
「そういうわけで、警戒するのが一人以外の時は、確実にやっつけるのが身についているんだ」
エリシスはユリシスに話し掛ける。
「悪いことじゃないけど、吃驚するわね」
「そうですよね。アルスさん、大人しそうな顔してますから」
「リースに教えるの間違ってるかな?」
アルスはエリシスとユリシスの反応を見て、自分が少し違う教えられ方をしたのかと不安になった。間違った教え方をリースに教えてしまっては意味がない。
しかし、エリシスは、きっぱりと否定した。
「あたしの考えでは間違いじゃないわ」
「本当?」
「ええ。戦いにおいては、まず生き残るのが第一。相手を殺すことでも、身を守ることに繋がるなら、優先させて覚えさせるべきよ。逆に最初に手加減なんて教えて殺されたら、どうしようもないでしょ?」
「その通りだね」
「まず、全力で戦うこと。手加減を覚えるのは、それが出来てからよ」
「優先順位から考えれば、僕の教え方で正しいか……。よかった……」
安堵したアルスに、エリシスは強い視線を向ける。
「安心しない。あんたは複数人でも手加減することを覚えなさい」
「僕も?」
「あんたの話じゃ、爺さんは一人で戦うことを前提にしか教えてないじゃない。ここには誰が居るの?」
アルスの視界に入るのは、三人の少女。
「もう、あたし達は仲間になったはずよ。頼って連携して戦うことを覚えてもいいんじゃないの?」
「……仲間」
アルスはしっかりと認識すると頷く。
「そうする。これが旅に出て得た、掛け替えのないものかもしれない」
「今日から連携の練習も追加よ。基本的には、二対二の模擬戦を入れ替えでやるの」
「他は?」
「いつも通り。あたしは、リースにダガーの使い方なんて教えられないわ」
「分かったよ」
この日より、日々の鍛練に連携の訓練が加わった。
しかし、順調に仲間との関係を築いてドラゴンウィングを南下する旅も、エルフの隠れ里を旅立って五日目までだった。