エルフの隠れ里の一ヶ月――。
アルスは鍛冶場で鍛冶仕事。リースとユリシスはクリスの下で魔法の修行。その結果、リースは回復魔法を習得し、ユリシスは二重詠唱と無詠唱魔法の取っ掛かりまで覚えた。余談をするなら、クリスの調べた知識を経験談として聞いているので、知識面でも少し普通の魔法使いと違うものを習得している。簡単に言うと精神修行よりも、実行して覚える体の開発理論だ。
そして、最後にエリシス。里のエルフに混じって仕事をして、里のエルフのほとんどに認知されていた。イオルクやクリス同様に強い個性と積極性を持っていたため、エルフの隠れ里を出る時にはアルス以上に溶け込んでいた。
また、それが幸いしたのか、リースとユリシスも知らないうちに里の中で理解されていった。これは、おしゃべりなエリシスの手柄だったかもしれない。
こうして、一ヶ月の月日は流れ、エルフの隠れ里を出る日がやってきた。
アルスが代表して、先に頭を下げる。
「お世話になりました」
「また来いよ。仕事作って待っとくからよ」
クリスの言葉に、アルスは苦笑いを浮かべる。
「先生、ありがとうございました」
「魔法も少しいいかもって思えた」
クリスはリースとユリシスに微笑むと、ユリシスに話し掛ける。
「今度、来た時に、オレの知識を全部やるよ」
「貰った宿題をこなして、受け止められる礎を作っておきます」
「しっかりな」
「はい」
リースとユリシスは、お世話になったクリスにしっかりと挨拶をし終えた。そして、最後に残ったエリシスは里のエルフ達に囲まれている。
クリスは乾いた笑いを浮かべながら、アルスに話し掛けた。
「アイツ、大人気だな……」
「エルフって、豪快な人に惹かれるんじゃないんですか? クリスさんやお爺ちゃんみたいに」
「エリシスは、確かにそっちの類だな」
エリシスは別れを済ますと、アルス達のところに戻って来た。
「行こっか?」
「うん」
アルス達がエルフ達に手を振ると、エルフ達もアルス達に手を振り返した。
エルフの隠れ里の滞在が終わり、アルス達はドラゴンウィングを南下する旅へと戻って行った。
…
エルフの隠れ里では、お金を使用するという文化が一切なかったため、お金の支出も収入もゼロだった。その代わり、得られた知識の量は多かった。
しかし、そんな中でも新しくなったものがある。それはエリシスがアルスに頼んだアクセサリーの類だ。エリシスとユリシスは、紐で縛っていた髪を鉄製の輪に変更。リースは、バレッタを髪につけている……のだが、そのリースは少しご機嫌斜めだ。戦闘スタイルを考えて、アルスはエリシスに指の見えるグローブを造ったのだが、リースには造って貰えなかった。
「アルスはエリシスばっかり……」
「言ったじゃないか。エリシスの戦闘スタイルの方が、掌に掛かる衝撃が大きいって」
「じゃあ、私とユリシスには?」
「リースのダガーは十分衝撃を吸収できる造りになってるし、滑らないようにダガーやナイフに細工をしてるから、追加は必要ないんだ」
南下する旅の途中では、リースが焼きもちを焼くという微笑ましい場面が流れていた。
それを宥めるようにユリシスがリースに話し掛ける。
「リースさん、わたしも姉さんも武器は貰ってませんよ?」
「ナイフとダガーのこと?」
「はい。均等に頂けるなら、わたし達も特別に造って貰えることになります」
「特別……」
リースは自分の武器を思い出し、少し笑みを浮かべる。
「今回は我慢しようかな」
リースの態度にエリシスとユリシスは微笑み、アルスはホッと息を吐き出してユリシスに感謝した。
「さて、ここからはエルフの名前は禁句ね」
一段落着いて落ち着いたところで、エリシスから注意が入った。
「それが一番ですね」
エリシスの言葉にユリシスは賛成し、アルスとリースは頷いた。エルフ達の存在を守るには口に出さなければ、必ず守れることだからた。
「で、これから何処に向かうの?」
アルスはリュックサックから地図を取り出し、ドラゴンウィングに寄る町をエリシス達に見せる。
「行く先は決まっているんだ。地図に丸が付いているところ」
「蛇行してる……」
リースは一筆書きでもするように地図を指でなぞって見せた。
「お爺ちゃんが寄ったドラゴンウィングの鍛冶屋の場所だよ。新規に出来た鍛冶屋もあるかもしれないけど、それは町で話を聞いた時に対応するつもり」
不思議そうに道順を眺めてから、ユリシスは質問する。
「こんなに鍛冶屋に寄って、どうするんですか?」
「お爺ちゃんと僕の腕、どちらが優れているか確かめる。もう一つは、鍛冶屋の仕事を手伝って、お金を稼げるルートってことかな」
「そういう理由ですか」
「何か問題ある人は居る?」
エリシスが腕を組みながら、左手をあげる。
「アルスが戦いに首を突っ込みたくないのは分かるけど、今のうちに言っておくわ。旅の途中でセグァンを見つけたら、あたし達は、そっちを優先する」
「分かってる」
アルスの即答に、エリシスは意外そうな顔をする。
「今日は聞き分けいいわね?」
「この話をするのは、里に行く前以来だね」
「ええ」
「僕も少しだけ考えたよ」
「どういう風に?」
アルスは一呼吸置いてから、しっかりと話した。
「僕も手伝うよ」
「「「え?」」」
それは、本当に予想外の言葉だった。
「あんた、それでいいの?」
「色々考えたって言っただろう? まず、このパーティの流れ上、エリシスとユリシスがセグァンを見つけたら、倒しに行くのは必須事項」
「そうね」
「その通りです」
「このパーティの人数的には、二対二。だけど、必ずリースが加わるから、三対一。僕はリースの保護者だから強制参加。故に、僕に逆らう選択肢はない」
「ああ、なるほど……」
「カッコよく言い切ったと思ったけど、半ば諦めじゃない」
「でも、そうなるんでしょう?」
リースとエリシスとユリシスは暫し考えると、答えを口にする。
「なると思う」
「なるわね」
「なりますね」
(やっぱり……)
アルスは諦めの溜息を吐いた。
「まあ、あたしは、アルスは強制参加するだろうと勘で思ってたから、それはそれでいいわ」
「姉さん……」
「凄い自分主義な勘……」
(本当に僕はエリシスの中で、どんな扱いなんだろう?)
エリシスは、我関せずで続ける。
「で、当面の問題は、お互いの戦闘能力を知らないことだと思うわ」
「戦闘能力?」
「あたし達、お互い戦った姿を見せてないじゃない?」
「リースを泣かすほど打ち負かしたのは誰だっけ?」
「あれは手加減したわよ(途中から)。本気のあたしじゃない」
「私だって、あれからアルスと特訓したから、もう負けない」
エリシスの言葉に、リースは負けじと言い返した。
「頼もしいわ。また腕を上げたのね」
エリシスはリースにニヤリと笑うと、今度はアルスに視線を移す。
「リースが、結構、強いのは知ってる――」
エリシスは、ビシッとアルスを指差した。
「――でも、アルス! あんたの強さは分からないわ!」
「僕がリースに教えてんだから、リース以上に強いって思わない?」
「既に師匠越えしたかもしれないじゃない」
「里では一ヶ月間、魔法8:武器2の鍛練をしてたはずだけど……。その期間で追い抜くのは無理だよ」
「細かいわね……。兎に角! あんたの戦力が分かんないと、盗賊とかが出てきた時に連携が取れないのよ!」
「……まあ、一理あるか」
アルスは少し納得すると話し出す。
「僕の主要武器は、メイス。あと、ダガーとロングダガー。魔法もレベル1までだったら、何でも使える」
「随分、幅広く習得してるわね?」
「鍛冶屋として造る武器の特性を知るために、基礎だけは教えて貰ったんだ」
「魔法も?」
「ユリシスは杖を持ってるだろう? 杖造りのために魔法も習得してる」
「ああ、なるほど……。あんた、魔法使いなの? 戦士なの?」
「少し戦える一般人だよ」
「ハンターの登録証を見せてよ」
「え?」
「何で、『え?』なのよ? ランクとタイプを見れば分かるじゃない?」
「…………」
アルスは、無言でハンターの登録証をエリシスに渡した。
「ランクCの魔法使い? 何で、レベル1しか使えない奴がランクCの魔法使いなのよ! さっぱり、分からないわよ!」
「だから、嫌だったんだ……」
リースがエリシスの袖を引っ張る。
「ほら、里に行く前に話した……」
「ああ、あの試験がこれだったか」
エリシスはアルスを指差して、リースに質問する。
「コイツ、一体、どういう奴なのよ?」
「どうって……。私も、よく分からない。そつなく、何でもこなす感じ」
「分かんないわね」
「器用貧乏なんじゃないですか?」
「ユリシスって、時々、さらっと酷いこというよね?」
「す、すみません」
「何謝ってんのよ? あんたの本性は腹黒じゃない」
「違います! 少し頭が弱いんです!」
「自分で馬鹿宣言することもないじゃない……」
「そういうんじゃなくて……」
ユリシスは頭を抱えて悩み出した。
((どうしようもない姉妹だな……))
アルスとリースは肩を落とす。
「もう、いいわ。ユリシスのことは、あたしが一番分かってるから」
「その認識が一番誤解してそうでイヤなんです……」
「僕にはユリシスの言ったことが、何となく分かる」
「私も」
「何でよ!」
結局、何の話をしていたのか分からなくなり、話を元に戻すまで十分の時間を要した。
そして、エリシスが溜息混じりに話を終わらせる。
「面倒臭いわね。次に現われた盗賊なり賞金首をぶっ飛ばして、それぞれの強さを確認することにしましょう」
「過激だ……」
「そうと決まったら、盗賊でも襲ってこないかしら?」
「そんな物騒な期待をしないでよ」
しかし、何かに気付いたリースがアルスの外套を引っ張る。
「ん?」
「あれ」
「「「あ」」」
本当に盗賊が現われた。
「この世は、エリシスを中心に回っているとでも言うのか……」
アルスは言い知れない苦労が積み重なった気がした。
…
盗賊は四人。体格が大きく、剣を持った者が二人。小柄のナイフを持った者が一人。バックアップの弓矢を構えた普通の体格の者が一人だ。
先に仕掛けたのはエリシスとユリシス。盗賊がお決まりのセリフを言う前に走り出していた。前衛をエリシス、後衛をユリシス。普段からの連携が出来ているのだろう。体格の大きい盗賊の間合いに入ると、エリシスは棒を右から側頭部に薙ぎ払う。
「単調過ぎる!」
アルスがメイスを取ると、援護のために盗賊へ向ける。
しかし、魔法を使うため魔力を込めようとした時、エリシスが動いた。盗賊の左手にしっかりと棒が握られるのを確認すると棒を手放し、肘の伸び切った盗賊の左手を両手で掴み、膝を肘の関節に当てて引っ張った。
「ぐぁぁぁっ!」
エリシスは盗賊の左手を破壊すると棒を取り返し、体を空中で回転させ、棒で盗賊の後頭部を打ち抜いた。
「サブミッション? エリシスは、棒術と体術を組み合わせて使うのか……」
アルスは、メイスをゆっくり下げる。
そして、アルスが驚いているうちに、エリシスは次の標的に向かって走り出していた。だが、今回は弓を持つ者も居る。後方からしっかりと弓で狙いを定め、矢がエリシスに放たれた。
「アルス!」
リースは声をあげて助けるように求めたが、アルスの視線はユリシスに向かっていた。
「エリシスと一定の距離を崩さなかったのは、このためだったんだ」
ユリシスのアースウォールが、エリシスと矢の間に土壁を形成し矢を防いだ。更にユリシスはエリシスと敵の位置関係を確認すると、直ぐに次の詠唱に入った。
「凄い……」
リースは少しの攻防でエリシスとユリシスの強さと技術を理解した。また、二人の戦い方は、今の自分にない連携という戦い方も知っていると目を奪われていた。
「エリシスが接近戦、ユリシスがサポート。リース、よく見てるといいよ。ユリシスの唱えてる呪文が終われば――」
ユリシスの呪文が終わると盗賊達の動きがおかしくなった。周りを異常に警戒し出した。
「これって……、幻覚?」
「そう。そして、エリシスが一気に決めるはずだよ」
エリシスは小柄の盗賊の鳩尾に棒を突き入れ、弓を引く盗賊まで走って棒を打ち下ろす。
「ラスト!」
エリシスは、今度は大柄の盗賊の首筋に棒を薙ぎ払う。
「喰らうかよ!」
しかし、幻覚のかかり具合が悪かったのか、盗賊は両手で棒を止めた。
だが、そこに油断はなく、追い討ちを掛けるようにエリシスの右足の蹴りが棒に炸裂した。
「っが……指が⁉」
ヒットポイントを盗賊の掌から開いていた指にずらし、棒は盗賊の指を打ち砕いた。エリシスは振り抜いた勢いのまま回転すると軌道を変え、追加で下から上に棒を振り上げて盗賊の顎を打ち抜いた。
「アルスとリースの分がなくなったわね」
エリシスは棒を回して左手で受け止める。
「やりましたね」
「いつも通りよ」
アルスとリースが近づくと、リースがエリシスに話し掛ける。
「斬らなくても倒せるんだ」
「見直した?」
「少し尊敬した」
エリシスは胸を張る一方、アルスは気絶している盗賊を眺める。
「気絶させるには、これだけ強く殴らないといけないんだね。あと、当てる場所も重要なんだ」
「何? あんた、盗賊を上手く倒せないの?」
「いや、一人なら出来るんだけど……」
「じゃあ、二人以上は?」
「殺してた」
「……は?」
エリシスは危ないものを見るようにアルスを見る。
「あんた、何考えてんのよ? 実力が明らかに下なら手加減すればいいじゃない?」
「出来ないんだ」
「何でよ?」
「確実に動きを止めないと起き上がってくるかもしれないから」
エリシスは眉間に皺を寄せる。
「ちょっと、どういうことを習ったの?」
「戦い方?」
「そうよ」
「基礎だけだよ」
「基礎?」
「それで急所を狙う」
「急所――」
「皆さん!」
エリシスの会話を遮って、ユリシスの声が響く。
「この人達が起きる前に縛るの手伝ってください!」
「ごめん……。アルス、あとで話を聞かせて」
「分かった」
エリシスは自分のリュックサックからロープを取り出して、ユリシスを手伝い始めた。
「僕達も手伝おうか?」
「そうだね」
(エリシスはアルスの何が気になったんだろう?)
アルスとリースも加わり、盗賊達は縛り上げられた。
そして、次の町のハンターの営業所で盗賊達は突き出された。