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作製編  52 【強制終了版】

 翌日――。

 鍛冶場では見習いのエルフ達が、昨日、アルスに教えて貰った技術を繰り返す。一方のアルスは、質問や相談を持ちかけられるまでの待ち時間に、エルフ達からの依頼である金属製のアクセサリーを造っていた。

 そこにケーシーとエスがアルスを訪ねて来た。二人の姿もイオルク達と旅をした時と変わっていない。あの時の少女のままの姿だった。

「遅くなって、すみません」

「アルス、久しぶり」

 アルスは手を止めて、挨拶を返す。

「ご無沙汰してます」

「相変わらず礼儀正しいんだ?」

「昔よりは、マシになったと思うんだけど」

 ケーシーが顔を顰める。

「二人とも会話がおかしい……。何で、言葉遣いが悪くなるのが正しいみたいな話になっているの?」

「お爺ちゃんの影響で」

「イオルクがよく注意してたから」

 ケーシーの何処か疲れた姿に、アルスとエスは笑って誤魔化す。

「イオルクは、アルスに何を教えたかったのかしら?」

「多分、気楽に生きろってことじゃない?」

(そうなのかな?)

「違うと言い切れないのがイオルクなのですよね……」

 アルスは笑いながら納得する。

「不思議だ……。お爺ちゃんが、まだ生きてるみたいに感じる。もう居ないはずなのに、皆の中に確かに存在してる」

「しかも、変な印象で?」

「反論できないです……。でも、だからかな? 少ししか悲しくないんだ」

 エスは少しだけ寂しさを湛えて笑って見せる。

「何かね……。イオルクを思い出すと、一緒に楽しく笑ってたことばっかり思い出しちゃうんだ。ケーシー姉さんは、あのドラゴンチェストの町から里までの旅を思い出さない?」

「思い出します。その後、暫く経って里に来た時も。私は、イオルクが居なければ罪悪感で押し潰されていました」

「その話は聞いたことありませんね?」

 ケーシーは懐かしそうに話し出す。

「私はエス達を里の外に連れ出したことを、ずっと許せなかったの……。もちろん、今でも許せない」

「ケーシー姉さん、暫く誰とも目を合わせられなかったから……」

「それって、次にお爺ちゃんが来るまで?」

「そこまでは酷くなかったけど……。どうしても許せなくて、罰が欲しいと思っていました」

「でも、今は大丈夫なんですよね? お爺ちゃんは、どうしたんですか?」

 ケーシーが下を指差す。

「この鍛冶場を一緒に造らせたのです」

「どういう理由?」

「『連れ出したのも悪いけど、人間も悪い。だから、一緒に償ってやるから、鍛冶場を造るのを手伝え。ケーシーの建てた鍛冶場で、ここに来る度にエルフの注文したものを造ってやる。これで、お互い罪を償うことにしよう』です」

「この鍛冶場、ケーシーさんが建てたんですか?」

「そうなります。そして、イオルクは、ここを訪れる度に色んなものを造っていました。私とイオルクの建てた鍛冶場で造られたものを他の皆が嬉しそうに使うのを見て、私は、やっと気が楽になりました」

 ケーシーの話に、アルスは既視感のようなものを感じる。

「少し似てる……。僕の場合は、一緒にナイフを造ってくれました」

「イオルクは自分の出来る範囲で、精一杯助けてくれたのだと思います」

 アルスは頷く。

「きっと、その通りです」

「だから、アルスにお願いがあるのです」

「僕に? 何ですか?」

 ケーシーは胸に右手を置く。

「私にも、鍛冶仕事を教えてください」

「女の人には辛いと思いますよ?」

「女でも出来る範囲でいいのです」

 アルスは頬をチョコチョコと掻く。

「仕方ないですね。お爺ちゃんは居ないから、誰かが鍛冶場を使えないといけないし、話を聞いてしまったから、ここがケーシーさんにとって特別な場所だとも分かってしまったし……。最低限のことですよ?」

「ありがとう」

 アルスは、ふと思う。

「もしかしたら、エルフの方が鍛冶向きかもしれないな?」

「どうしたの?」

「いや、技術って長年磨くものだから、長寿のエルフの方がいい鍛冶職人になるかもしれないって」

 エスが納得して、腰に片手を置く。

「そうかもね。でも、短い時間しか生きられない人間だから輝くものもあると思うよ。私は、イオルクの造るものが特別に見えたもん」

「それ、本当に特別だからです」

「へ?」

「お爺ちゃん、大事な人達に贈るものは手を抜かないって言ってました」

「そうなんだ」

「それに……。僕は、お爺ちゃんの腕が世界で一番だと思ってます」

 言い切ったアルスに、エスは笑顔を浮かべる。

「言うねぇ」

「それを確かめるための旅でもあるんです」

「アルスは逞しくなったよ」

「そうなら、嬉しいです。お爺ちゃんに近づけたみたいで」

 アルスは嬉しそうに笑って見せた。

「今日で畑仕事の方が一段落するので、明日から鍛冶仕事を教えてください」

「分かりました」

「では、失礼します」

「頑張ってね」

 ケーシーとエスが鍛冶場を後にすると、アルスは鍛冶場をゆっくりと見回す。

「こんなところにも、お爺ちゃんの思い出が残っていたんだ」

 アルスはエルフの隠れ里にある鍛冶場が、少し特別な場所のように感じた。


 …


 昼食が終わり、午後になってもアルスは鍛冶場でアクセサリーを造っていた。『生活用具の注文より、こういうものの注文が多いのはどういうわけか?』と、アルスは不思議に思いながらも作業を続ける。

 そのアルスのもとに、今度はエリシスが訪ねて来た。

「ちーす」

「どうしたの?」

「魔法の抗議が終わったから来たのよ」

「随分、早いね?」

「あたしは、霧の相殺だけだからね」

「普段、使わないのによく出来たね?」

「昔から、頭で覚えるより体で覚える方が得意なのよ。感覚派ってヤツ?」

「そうなんだ」

 アルスが他の二人は何処かと辺りを見回すと、それに気付いたエリシスが片手をあげて答える。

「ユリシスとリースは、まだ霧の相殺をやってるわよ」

「魔法を使ったことのないエリシスの方が早く習得したの?」

「体に入り込む魔力の感覚さえ分かれば簡単じゃない」

「それが分かるまで、何年も修行する人も居るのに……」

「ユリシスは、本気で落ち込んでたわね」

「魔法使いに転向したら?」

「クリスさんも同じこと言ってたわね。日々使い続けることが限界を超えて絶対値を伸ばす方法だって」

「やらないの?」

「最初の魔法も発動しないんだから、伸ばしようがないじゃない。呪文唱えても発動してるかどうかも分からない曖昧なもんを成長させて、どうすんのよ?」

「感覚が分かる今なら、別だと思うんだけど?」

「そのせいで棒術が疎かになるのは、イ・ヤ!」

「両立できなくもないと思うんだけどな」

「あたしのことは、どうでもいいわよ」

(適当な人だな……)

 アルスは溜息を吐く。

「ところでさ」

「何?」

「昨日、はぐらかしてたリースのことなんだけど」

「何か気になるの?」

「あの子のあんたに対する気持ちは普通じゃないわよ?」

「それはそうだろうね」

「何で?」

「似たもの同士だからね。同じように両親を殺されて、同じ苦しみを知ってるから」

「あたし達もそうよ?」

「会って数日じゃ分からないよ。僕もエリシス達には踏み込んで聞いていないから分からない。お互い様だよ」

「そっか……。――話した方がいいのかな?」

「それは信頼関係が出来てからでいいよ」

「でもさ、あんたは信頼してくれたじゃん。あたし達をここに連れて来てくれたでしょ?」

 アルスは首を振る。

「もっと深い信頼のこと。僕はリースと家族になった時も家族になってからも、何度も考えたし考えさせられた。リースを蔑ろにして反省もしたし、二人で一緒にやっていくために何が最適かを考えた」

「家族として?」

「家族として、自分として」

 エリシスは腕を組む。

「確かにそういうのは、まだないわね。仲間意識っていうより、仲のいい友達未満って感じだもんね」

「そんなところだろうね」

「でも、アルス達のこと、嫌いじゃないわよ」

「そう?」

「優柔不断でムカつく時はあるけど」

「優柔不断かな?」

「そうよ。いっつも安全な方ばっかりとって、反対してばっかりじゃない」

「当たり前だよ。命は一つしかないのに、何で、危ないことに首を突っ込む必要があるんだ」

「手早く大金を手に入れるためとか」

「旅に必要なものが揃えば十分だよ」

 エリシスは拳を握る。

「旅が終わったら、どうすんのよ! 稼いどかないと収入ないじゃない!」

「僕、鍛冶屋だし」

「自分のことだけ?」

「リース一人ぐらいは面倒看れると思う」

「あたし達は?」

「何で、僕がエリシス達の面倒まで看なくちゃいけないんだ……」

 エリシスは溜息を吐く。

「だから、ダメなのよ」

「具体的に何が?」

「器量が小さい。女の子が二人ぐらい増えたって平気よ」

「エリシス達も、僕の子供になりたいの?」

「なりたかないわよ」

「じゃあ、何なの?」

「とりあえず、住む家ぐらい確保したい」

「自分達の都合じゃないか……」

 フンと鼻を鳴らし、エリシスは腕を組み直す。

「あたし達、ドラゴンアームを出る時に家を引き払っちゃったのよ」

「家を売ったんなら、金欠になるとは思えないんだけど……」

「一年前よ? それほど大きい家じゃないし、両親の葬式と旅の資金で消えちゃったわよ」

「そうか。エリシス達は旅の途中で鍛冶仕事して生計を立てるなんて出来ないんだ」

「そうよ。それで手っ取り早くハンターになって、お金を稼いでたの」

「納得したけど……。計画性の無さは最初からだったんだね」

「大きなお世話よ!」

 アルスはクスリと笑う。

「まあ、少し考えとくよ」

「何を?」

「旅が終わってから住むところ。お爺ちゃんの家は、結構、広いから」

「何よ、ちゃんと住む場所あるんじゃない」

「鍛冶場がないと鍛冶屋は出来ないからね」

「それもそうね」

 エリシスは納得しつつ、続ける。

「でも、旅の終わりって、どうなるのかな?」

「どうって?」

「アルスの用事が済んでも、あたし達の用事が終わんないと困るでしょ?」

「僕はリースを連れて、先に帰ってるよ」

「あの子も、あたし達と目的同じじゃない」

(そうだった……)

「それに逆もあるでしょ? あたし達の用事が先に済んで、あんたの用事が終わってないパターン」

 アルスは溜息を吐く。

「もう、着いてくるのも、僕の家に寄生するのも決定なんだね……」

「当たり前じゃない」

「当たり前の意味が分からない……」

「あたしに目を付けられたのが運の尽きだと思って諦めなさい」

「何で、僕はエリシスに会ってしまったんだろう……」

「幸運よ」

「運の尽きだって言ってたのに……」

「細かい奴ねぇ」

「僕以外に会わなかったの?」

「あたし達と同じぐらいの歳の子は見てないわね」

(それはそうだろうな……)

 アルスは、この出会いはいいものなのか、悪いものなのかと首を傾げる。

「ねぇねぇ、それより。さっきから、何造ってんの?」

「エルフ達に頼まれたアクセサリー」

「何で?」

「いつからか、お爺ちゃんが頼まれて造るのが恒例になったんだ」

「へぇ、上手いじゃない」

 エリシスは出来上がったピアスの一つを手に取って眺める。

「簡単に造れるの?」

「まあ、細工も、それほど細かくないしね」

「宝石じゃないんだ?」

「ガラスだよ」

 エリシスは手の中のピアスを転がすと、ふと思いつく。

「あたし達にも造ってよ」

「エリシス達に?」

「そう、三人分」

「そういうのは早いんじゃない?」

「リースに武器与えてる、あんたが言うな」

「……それもそうだ」

(アクセサリーを渡す方が、まだ普通だ……)

 アルスはエリシスを見て、顎に手を当てる。

「何がいいかな?」

「何がいいと思う?」

「髪留めかな?」

「何で?」

「エリシスとユリシスのは鉄製の丸い同じものを三つでいいから」

 エリシスのグーが、アルスに炸裂した。

「量産品で、手を抜くな!」

「いいじゃないか……。戦いの邪魔にならないの、それぐらいだよ?」

「え? う~ん……。そうかも」

「じゃあ、決定」

「何か釈然としないわね……。で、リースには?」

「バレッタでいいんじゃないかな」

 エリシスが項垂れてアルスを見る。

「あんた、結構、適当に決めるわよね?」

「共通しているのは、三人に髪関係でアクセサリーがないことだからね。そもそも、女の人の趣味なんて分からない。五分刈りの女の子に出会ったことはないから、髪関係のアクセサリーにハズレはないよ」

「どうしようもないわね」

 エリシスは呆れて両手をあげた。

「男の趣味は、どうなのよ?」

「それがエルフの男の人も温和で髪の長い人が多いから、髪留めとかの注文が多いんだ。夫婦揃ってとか、恋人同士でとか」

「次に多いのは?」

「指輪かな? 変り種だと、パイプを造ってくれっていうのもあるよ」

「あんた、造れるの?」

「造れないから、基のパイプと変わらないものを造ってみたよ」

「それでいいの?」

「ダメだった。あとから細かい注文がきたから、一緒に造り直した」

「そこまでしたの?」

「結局、どれも習得しとかないといけないからね。例えば、エリシスの棒。木製だから木を削る技術とかも必要になる。依頼主によっては、代々受け継がれた家紋を入れてくれって人も居るよ」

「なるほど」

「木も金属も扱えるようにならないと。……日々修行中ってことだね」

 エリシスは、再びピアスを見る。

「でもさ、これって売り物になるぐらい上手く出来てない?」

「本当? 嬉しいな」

 エリシスは、他のアクセサリーも手に取って見てみる。

(デザインも悪くないし、丁寧に造ってあるから歪みもない)

 エリシスは、改めてアルスを見る。

「結構、いい腕だと思うけどな……。今度、売ってみたら?」

「買い取って貰った値段が材料費に見あうようなら、時間の空いた時に造ってみるよ」

「いいかもしれないわね」

「それに、ドラゴンテイルは物々交換が主流だって話だから、今のうちに造り貯めしておく方がいいかもしれない」

「そうなのよねぇ……。あそこは、お金が使えないから旅するのも大変って噂なのよね」

「うん」

 エリシスはアクセサリーを元の場所に戻すと伸びをする。

「暇つぶしになるかと思って来てみたけど、話し続けられるもんじゃないわね」

「そう? 僕は少しエリシスのことが分かったよ」

「じゃあ、無駄な時間じゃなかったわ」

 エリシスは少し真面目な顔になると、アルスに別の話題を話し掛ける。

「ねぇ、滞在費とかって、どうすればいいかな?」

「僕がここで働いてるから問題ないと思うけど?」

「そうじゃなくて……。ユリシスがクリスさんに本格的に魔法を習いたいみたいだから、一ヶ月ぐらい滞在するかもなのよ」

「リースも看て貰えると助かるな」

「じゃあ、ユリシスの修行期間だけ滞在してもいい?」

「構わないよ」

「助かったわ。あと、あたしなんだけど……」

「エリシス?」

「何か手伝えないかな? こうやって、世話になりっぱなしっていうのも……」

「そうだね。畑仕事でも何でもいいなら頼んでみるけど?」

「何でもいいから、お願い」

「分かったよ」

「今日は、ユリシス達のところに居る」

 話を終えると、エリシスは鍛冶場を出て行った。

「我が侭なだけの人かと思ったけど、ちゃんと働いてないと後ろめたくなるんだ……」

 アルスはエリシスの印象を少し修正した。

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