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作製編  51 【強制終了版】

 翌日、エルフの隠れ里の小さな鍛冶場――。

 イオルク亡き後、旅に出るアルスは里になかなか寄ることが出来ないため、エルフ達の生活が困らない程度の鍛冶技術を伝授することになった。しかし、あまり大きくない鍛冶場には、里全員分のエルフが入らない。アルスは数名のエルフに集まって貰い、イオルクに教えて貰った鍛冶技術を少しずつ里に広めて貰うことにした。

 とはいえ、いつもは教えられていた立場。上手く教えることが出来るか、アルスは不安だった。また、エルフほど魔法を扱えると、燃料の石炭などの代わりに魔法で熱を得る。炎の加減は共同作業するエルフと息を合わせることになる。

 エルフの魔法で猛る火炉を見て、アルスは言葉を漏らす。

「旅の途中で、唯一、お爺ちゃんが出来なかったこと。クリスさんが居なくなってからは不便したって言ってた」

「アルスは出来るのかい?」

 一人の青年風のエルフがアルスに尋ねた。

「僕は指先に圧縮させるので、精一杯。だから、少しずつ鉄を熱して、少しずつ鍛えることしか出来ないんです」

「それで十分なのか?」

「旅の途中では……。それ以外は、鍛冶場を使わせて貰う予定です」

「大変だな」

「そんなことありませんよ。魔法の使えないお爺ちゃんは、工夫していました」

「イオルクか……」

「鋳型の技術の延長――材料の知識で補ったんです」

 アルスは火炉の中に鍛冶屋はしを突っ込み、赤く熱せられて曲がった釘を掴んで取り出す。

「そろそろ始めますよ」

「ああ、よろしく頼むよ」

 金敷の上に赤く熱せられた釘が置き、アルスは入れ槌を握る。

「じゃあ、これを使って説明します」

「話は、ここまでだな」

「はい」

 エルフ達に鍛冶屋の技術の伝授が始まった。


 …


 一方のリース達は、草花の咲き乱れる場所で、クリスに抗議を受けていた。最初は山を覆う霧を相殺させる方法を教えて貰うことになっている。

「この山の霧は、魔法を使う資質に作用して方向感覚を狂わせる。勝手に入ってきて強制的に感覚を狂わされるわけだ」

 腕を組みながら、エリシスは片眉を歪める。

「それはアルスが言ってたけど、わけ分かんないのよ」

「エリシスだっけ? お前は魔法を使ってないから特にだろうな」

「ええ、レベル1の呪文を唱えても発動しないぐらい才能がないわ」

「じゃあ、魔力をコントロールするなんて分からないな」

 クリスはエリシスに右手を差し出す。

「握ってみな」

「ん?」

 エリシスは不思議そうに、クリスの右手を握る。

「今から、お前の中の魔力を動かすぞ」

「は? そんなこと出来るの?」

 クリスが手を強く握ると、エリシスの掌に痺れた時の感覚のようなものが広がる。

「な、何これ?」

「それがエリシスに取り込まれている魔力だ。補助魔法なんかで幻覚見せるのがあるだろ? その効果のものを無意識で取り込んでるから魔法に掛かるんだ。そして、オレが外から操れるように、お前だって操れる。命令権は、オレより取り込んでいるエリシスの方が強いからな」

「あたしでも出来るの?」

「イオルクの馬鹿以外なら、誰でも出来る」

「何で、そこでアルスの爺さんが出てくるのよ……」

「アイツは、どういう理屈か魔力を一切受け付けなかった」

「本当ですか?」

 クリスの言葉に反応したのはユリシスだった。

「この世界で、魔法を全く扱えない人間が居るんですか?」

「どういうわけかな。アイツの家系は、それっぽいって聞いたけどな」

「一体、どんな人だったんでしょうか……」

「魔法が使えない以外は、普通の人間さ。ユリシス達と同じだ」

 何とも言えない顔で、ユリシスは聞き返す。

「普通なんですか?」

「そんなに気になるか?」

「その、アルスさんの話を聞いていると、何と言うかデタラメな人みたいな印象も持ってしまって……。そのせいで、魔法が使えないとも考えられてしまって」

 クリスは可笑しそうに笑う。

「分かる! それ!」

「そうですか?」

「オレも同じことを思った。アイツ、明らかに変人の類だから、魔法が使えないとかいう、わけの分からないことになったと思った」

 エリシスは微妙な顔になる。

(凄いわね……。アルスの爺さんって、知り合い全員に馬鹿だって思われてるんじゃない……)

 アルスがどれぐらいイオルクの影響を受けているか、エリシスは不安に思う。

(まあ、あの性格なら、大抵のことは大丈夫だと思うけど……。お人好しで、最後に折れるってのが分かってきたところだし)

 エリシスは、それほどの問題でもないと、不安を忘れることにした。

「さて、イオルクのネタを話すと終わらなくなるから、適当なところで切り上げるぞ」

「アルスの爺さんは、どれだけ豊富な話題を持ってるのよ?」

「アルスが知っていることだけでも、聞けば旅の最中、暇にならないと思うぞ」

「あんただけ知ってる話も多そうね?」

「あるな――っつーか、年上に『あんた』はないだろ?」

「じゃあ、クリスでいいの?」

 クリスが溜息を吐く。

「お前な……。爺さん相手なんだから、明らかに年上って分かるだろ? さんを付けろよ」

「面倒臭いわね」

「教えて貰う立場の人間の態度とは思えないな」

「とか言ってるけど、あんた――じゃなくて、クリスさんのしゃべり方なら、あたしと同じ行動をとってたんじゃないの?」

「ん?」

 クリスは腕組みして考える。

「そうだったな。オレ、チンピラみたいだったから」

「説得力もなければ、敬う気もなくすわね……」

「何でだよ?」

「魔法を教えて貰う先生がチンピラって、何よ? ユリシスが落ち込んでるじゃない」

 ユリシスは、がっくりと手を着いている。

「折角、魔法の師になるかもしれない人に出会ったのに……」

「そんなに気にするなよ」

「気にしますよ……」

「お前の姉ちゃんだって、オレと同じ行動に近いみたいなことを言ってたじゃんか」

「つまり、わたしの姉さんもチンピラだったのですね……」

「そこは違うわよ!」

 リースは中断してしまった抗議に溜息を吐く。一体、いつになったら霧を打ち消す方法を教えて貰えるのか。

「何だかな~……」

 リースは魔法より武器の使い方を覚えたいと思いながら、右足のブーツに固定されているナイフを抜く。今日も曇りもなく、ピカピカに磨かれている。

 そして、ナイフをチェックしていると、クリスに頭を叩かれた。

「お前は、何をやってんだ?」

「いつまで経っても説明が始まらないから……。終わったの?」

「リースは分かってないな」

 クリスは大げさに溜息を吐いてみせる。

「何が?」

「今のところは混ざるとこだろ?」

「どうやって混ざればいいの? アルスはチンピラじゃないから分からない」

「今のうちに慣れとけ。アルスも、いつかチンピラになるんだから」

「嘘ばっかり」

「本当だ。男は、いつかチンピラになるんだ」

「ならない……。アルスは絶対にならない!」

 クリスは不思議そうにリースを見る。

「何だよ? そんなに怒って? リースはアルスのことが好きなのか?」

「……好き?」

 リースは少し頬を赤く染める。

「お、親子にそんなのない!」

「そっか……。親子だと恋人にはなれないしな」

「……恋人?」

 今度は難しい顔に変わる。

「なれないの?」

「なるつもりだったのか?」

「将来の可能性の一つとして候補にあげてた」

「お前な……」

「進んでるわね……」

「このままいくと禁断の恋に発展しそうですね……」

 エリシスが拳を握る。

「自分の子供を思い通りの女性に育てあげて恋人にする! アルス、何てことを考えてるの!」

「不潔です!」

(アルスが汚されていく……)

 リースは『アルスも、こんな話をされているとは思うまい』と同情の念を強くする。そして、リースの同情を置いて、話は進行する。

「オレは、そんな可能性の低いことよりも、別のことが気になるな」

「別って?」

「リースが嫁入りする時だ。アルスの前にリースが恋人を連れて来て、『私達、愛し合ってるの』って報告に来た時だよ」

「確かに……。アルスがどんな反応をするか見物ね」

「だろ? アルスが『娘は、やらん!』とか言っても、全然、説得力ないだろ?」

「ないわね。どう見ても兄妹にしか見えない。寧ろ、『妹は嫁にやらん!』じゃないの?」

 リースはナイフをブーツの鞘に戻して、髪を梳く。

(さっき、話に混ざれって叩かれたのは何だったんだろう? こんな話の種にされて、混ざるなんて出来るわけがない……)

 ユリシスが疑問を口にする。

「でも、アルスさんって、そこまで親子って認識してますか?」

 リースに視線が集まる。

「親子どころか兄妹と思っているかも怪しいわね?」

「よく考えたら、アルスって一人っ子だったから、兄、姉、弟、妹なんて分かんないんだよな」

「じゃあ、リースのことをどう思ってんの?」

 再びリースに視線が集まると、リースは困りながら話し出す。

「多分、私もアルスも手探りかな? ……家族になったと思ってるだけ」

「リースは、それでいいの?」

「それでいい。アルスが側に居てくれるだけで、お父さんでもお兄ちゃんでなくてもいい」

「何か、二人だけで築いた大事なものがあるみたいですね?」

「うん」

 リースの話に、クリス達は温かい何かを感じていた。

 そして、話を締めるようにエリシスが頷く。

「じゃあ、今夜はその思い出を肴に」

「「賛成」」

「おかしい! 魔法の抗議は、いつになったら始まるの⁉」

 話に混ざるとは、突っ込み役になるということだったのか?

 魔法の抗議は全然進まなかった。


 …


 夕方――。

 本日分の鍛冶屋の技術の伝授を終えて、アルスはクリスの家に帰宅する途中だった。

 緑の中で歩き続けて出来た道が真っ直ぐに里へと続いている。その帰り道の途中で、アルスに声を掛けるエルフの少女が居た。

「アルス……」

「コリーナさん?」

 かつて、イオルクが助けたエルフの女の子。姿を少女に変えて成長したものの、それ以上は外見に変化はない。アルスにとっては、初めて見た時から姿が変わっていないエルフである。

「あの、イオルク……」

 言葉を詰まらせたコリーナに、アルスは首を傾げる。

「私、イオルクには返せない恩があるの。里に来る度に、何かしてあげなきゃって思っていたけど、何も出来なかった」

 コリーナは伝え切れなかったイオルクへの想いを打ち明けた。イオルクとコリーナの交流は長い。子供の頃に出会い、イオルクの死ぬ少し前まで続いていた。そして、会った時から年上のイオルクに、コリーナはずっと甘えていた。

「返さないといけない恩って、お爺ちゃんがコリーナさんを助けた時のですか?」

「はい」

 アルスは頬を指でチョコチョコと掻く。

「一回では返せないと思いますけど、長い積み重ねで返せているんじゃないですか?」

 コリーナは首を振る。

「そうは思えないんです。無邪気だった子供から大人になって、イオルクが助けてくれたことの大きさが分かって……。そうしたら、恩を返せてないって思って」

 アルスは荷物を置いて、腕を組む。

「そうかな? お爺ちゃんは、いつも喜んでたけどなぁ」

「喜んでた? どういうことですか?」

「コリーナさん、ケーシーさん、エスさん、イフューさん……。この四人のエルフは友達の中でも特別だって言ってました。人間の汚いところ、残酷なところ、嫌なところを全部見てきたって。だから、人間として、一人の友達として、自分を見て笑ってくれれば救われるって言ってました。そして、この里に寄って、一緒の帰り道で思い出し笑いをして喜んでました」

「本当?」

 アルスは頷く。

「僕は、お爺ちゃんもコリーナさんと同じだったんだと思います。いくら謝っても返せない、人間としての罪を持ってましたから……。お互い、返し切れないものを持っていたんだと思います」

「イオルクも抱えていたんだ……」

「だから、帰り道に笑っていられたお爺ちゃんは、コリーナさん達と会って救われてたと思います。――僕は、十分に返せてると思いますよ。形のあるものや見える行動よりも、心が通っている方が価値があると思います」

「じゃあ、イオルクは――よかった……」

 言葉を止めて微笑むコリーナに、アルスは尋ねる。

「いつまで経っても忘れられないですか?」

「ええ」

 コリーナの返事を聞いて、アルスは一呼吸開ける。

「僕も、きっと悩むんだろうな」

「私の様にですか?」

「はい。お爺ちゃんに教えて貰ったことを活かすのは、これからですから……。徐々にお爺ちゃんに感じる恩が大きくなるはずです」

「そうね。アルスもイオルクに助けて貰ったんですものね」

「その時、返す相手が居ないから、僕はコリーナさんよりも返せないですね」

「アルス……」

 コリーナは、今、笑っていられるアルスを見て気付いた。

「大きい小さいじゃないのかも……。アルスと過ごせたイオルクは、一緒に居られたことが大事だったのかもしれない」

「そうだといいな」

 コリーナは頷く。

「イオルクは、そういう人だった。私を楽しそうにリュックと背負ったり、里の皆とも……」

「だったら、僕達は悩まないで受け入れればいいだけかもしれませんね。お爺ちゃんという人は、分かっていてくれる人だった。僕達の気持ちをしっかり受け取っていてくれたって」

「そうね。イオルクは、そういう大きい人だった」

 アルスとコリーナは笑い合った。

「そういえば、ケーシーさんとエスさんを見てませんね?」

「二人は畑仕事の番」

「そうか……。この里は、役割分担じゃなくて当番制だった」

「まだ居るんでしょう?」

「はい」

「じゃあ、きっと会えるわよ」

「そうですね」

 アルスとコリーナは、お互い向かう家の分かれ道まで歩き始める。

「鍛冶の腕、上がった?」

「お爺ちゃんとの最後の武器造りで、全て受け継いだつもりです」

「イオルクの後ろで遠慮がちにしていたアルスから、そういう言葉が出るのは珍しいわね?」

 イオルクとしたオリハルコンの武器造りをアルスは思い出す。

「二人とも真剣でした。手抜きの出来ない仕事で、全ての技術を出し尽くして、足りない技術は覚えて使いました」

「そんなに凄かったの?」

「最後の武器造りは、最高の材料を使いましたからね。お爺ちゃんも僕も、持てる全ての技術を注ぎ込みました。つまり、あの仕事においては、お爺ちゃんと同じ腕でないといけなかったんです」

「それを造り上げたから、自信に繋がったんだ」

「はい」

 分かれ道に差し掛かると、コリーナが軽く手をあげる。

「アルス、ありがとう。お話し出来て、よかった」

「僕もです」

 アルスはコリーナの後姿を少し見続けたあと、クリスの家へと向かった。


 …


 クリスの家――。

 アルスがクリスの家に到着すると、リースが直ぐに走ってきた。

「どうしたの?」

「からかわれてばっかりで面白くない」

 アルスは苦笑いを浮かべる。

「僕も、里に来たばかりの頃はやられたよ」

「アルスも?」

「お爺ちゃんも居たから、クリスさんが二人居るような感じだったよ」

「…………」

 リースは、自分よりアルスが不幸だと瞬時に悟った。

 そして、奥からはエリシスの声が響く。

「アルス! 早く来なさいよ!」

「どうしたの?」

「リースが話さないから、あんたがリースとの話をするのよ!」

「話題が欲しいだけなのか……」

 アルスはリースを連れて歩き出す。

「アルス、気分いいね? いつもなら、溜息吐いてもおかしくないのに?」

「鍛冶仕事を出来たからかな? やっぱり、楽しいんだよね」

「改めて、アルスは戦いには向かない性格だと思った」

「いいことだと思うけど?」

「カッコイイ、アルスも見てみたいんだけどなぁ」

「カッコ悪くていいよ」

(もう少し積極性というか、躍動的というか……。そういったものが欲しい)

 リースはアルスの穏やか過ぎる性格は短所じゃないかと思い始めた。

「さて、何と言って誤魔化すか……」

 アルスの独り言が耳に入ると、リースは頬を膨らませる。

「二人の大事な思い出なんだから、遊び半分にしゃべっちゃダメなんだからね!」

「分かってるよ」

 アルスとリースは、イフューの作った食事の用意されている部屋へと向かった。

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