エリシスとユリシスの双子の姉妹が仲間に入って六日経った――。
エルフの隠れ里を目指す道中、アルスは最後尾を歩く。女の子三人が前を歩くのは華やかなはずなのに、何処か凶悪な生き物が三匹歩いているように見える。
そして、その中で一番凶悪な生物がアルスの横にやってきた。
「ちょっと、聞いたわよ?」
「何を?」
アルスは六日のうちで急速に理解させられた個性に、備わり始めた耐性を持って質問を質問で返した。
「あんた、リースに戦い方を教えてんじゃない」
「そうだよ」
「おかしくない? リースに仇討ちさせたくないくせに?」
「旅に連れ回さなくちゃいけないから、身の守り方を教えてあげないと。万が一が起きてからじゃ、困るよ」
「ふ~ん……。何処まで教えたの?」
「魔法は攻撃魔法が呪文で発動するところの確認を終えて、今、回復魔法を覚えさせてる。武器の方はナイフ術の基礎を終えて、ダガーの基礎に移ったところ。武器はリースの体の成長に合わせてる」
「じゃあ、ダガーを使えるぐらいに筋力がついたってこと?」
「その中間かな? ダガーを使って扱える筋力を身につけてる」
「なるほど。考えてるじゃない」
「命に関わることだから、手抜きで教えられないよ」
エリシスが自分を指差す。
「あたしも手伝ってあげようか?」
「何を?」
「リースの特訓」
「そうだなぁ……」
アルスは少し考える。
「じゃあ、模擬戦の相手をしてくれる?」
「いいわよ」
「そろそろ、突きの対応策を教えたいんだ。エリシスの棒術で、突きを中心に模擬戦してくれないかな?」
「いいわよ。でも、何で、突きが後回しになってたの?」
「いきなりで、対応できないと思ったから」
「ああ、そっか。いつも宿屋に帰ってからだったわよね? 今日、相手してあげる」
「お願いするよ」
エリシスは笑顔で頷くと、また二人の少女との会話に戻った。
…
そして、町に到着した夜の宿屋にて――。
「アルス~! エリシスにやられた~!」
リースがアルスに泣きついていた。
(手加減しなかったのか……)
アルスは人選を間違えたと溜息を吐いた。
リースはエリシスに完膚なきまでにやられたらしく、悔し涙を浮かべていた。少しずつ手に入れた自信が砕かれたのだから仕方がない。
「手も足も出なかった……」
とはいえ、リースにここまで言わせるのも凄いと、アルスはエリシスの実力を想像する。
「アルス! 突きの対応策を教えて!」
しかし、リースに頼み込まれ、アルスのエリシスに対する想像は直ぐに中断させられることになった。
まず、やられた状況から把握しようとアルスは質問する。
「突きだけで、やられたの?」
「避けられなかった」
「エリシスは厳しいんだな……」
アルスは苦笑いを浮かべつつ、大事なことをリースに刻み付けてくれたとエリシスに感謝する。
「色々あったと思うけど、頭の中を整理できる?」
「悔しくて整理できない」
「はは……」
(リースらしい)
アルスは右手の人差し指を立てる。
「一つずつ理解しようか。まず、やられた原因から」
「うん」
「避けれない原因って分かる?」
「攻撃が見えないから。棒の先っぽしか見えない」
「そう、それが躱し難い原因だ。剣にしろ、ナイフにしろ、突き以外は刃の部分の軌道が見える。だけど、突きに関しては、見える部分の先端が伸びてくる。非常に見え難いし、判断し難い」
「そうだった。だから、避けれなかった」
「エリシスは相当練習したんだね」
「どうして、エリシスを褒めるの?」
「僕は、お世辞抜きにリースの技術を認めてる。特に目で見て理解することに関して」
リースは首を傾げる。
「仮にエリシスが粗雑な棒の使い方をしていれば、リースだったら躱せたと信じてる」
「どういうこと?」
アルスはリュックサックの中から鉄の棒を取り出し、結合してエリシスの棒と同じ長さにする。そして、先端だけが見えるようにリースに向ける。
「これをね、少し下に下げるよ」
リースの目には、先端以外の棒の姿が見える。
「この状態で、リースに棒を近づける」
棒の姿は遠近感の違いで変わって見える。
「どう?」
「分からない」
「そう?」
アルスは、再び棒の先端だけが見えるようにリースに向ける。そして、そのまま近づける。
「どう?」
「……分かった」
アルスは微笑む。
「最初の方は棒がくるのが分かったけど、二回目の方は棒がくるのが分かりづらかった」
「正解。エリシスは練習を重ねて、相手に棒を伸ばすのを見えづらくしていたんだよ」
「そうか……」
「これはリースと同じ。しっかりと基礎を反復しないと身につかない」
「…………」
リースは自分以外の努力を初めて感じた気がした。
「躱しづらかったのは、棒の先端が遠近感の差で大きくなるのに気付いてからじゃ、反応が遅いからだよ」
「それで……」
「エリシスは、それをリースに体験させたんだね」
(一方的だったあれに、そんな意味があったんだ……)
リースはやられたことを理解すると、アルスに強い視線を向ける。
「どうすればいいの?」
「やる気が出てきた?」
「エリシスに負けたくない」
アルスは頷く。
「基本は、いつもと同じ」
「間違い探し?」
「そう。間違い探しの材料の答えを探す」
リースは顎に指を当てて考え込む。
(私の材料にないもの――突きの動き? でも、意識が棒の先端ばかりいく……。根本の突きという動作を理解していないのかもしれない……)
リースはアルスを見る。
「アルス、突きの特徴を教えて。私が知ってるのは短剣の技術だけだから」
「分かった。その時、頭で自分も同じ動きをするイメージをしてごらん」
「うん」
アルスはリースから見て横向きになる。棒を両手で構えて、ゆっくりと突き出す。
「今の動作で。突きを躱すのに理解しておかなければいけない情報は?」
「武器の長さ」
「うん、自分との間合いを計るのに大切だ」
「突き出す動き」
「それが分かれば予測できる。他は?」
「他? 間違い探しの材料だと、これぐらいじゃない?」
「うん。でも、もう少し理解しておくと有利になること――持った武器は腕を伸ばした分までしか届かない」
「そんなの当たり前だよ」
「うん。だけど、腕を伸ばす距離って個人差があるんだ。体の柔らかさとか、腕本来の長さとか。そして、持っている武器の位置とかで突きの間合いは変わる。これが躱し難い要因かな」
「そうか……」
「そして、それを真正面からだけで判断するのは難しいと思うよ」
「確かに……」
「理解してないで後ろに下がって躱すのは、まず出来ないだろうね」
「……私が紙一重で躱そうなんて無理だったんだ」
「相手のことが理解できないうちは、下か左右に避ける。後ろに下がるのは危ない」
「うん。後ろに下がって避けるのは最終手段にする」
「それがいい。そして、間違い探しの材料集めについて。最初から真正面に武器を構えている人間なんて居ないから、持っている武器を見て長さを理解。腕の長さ、攻撃姿勢から伸びる分の予測を正解のイメージにする」
「そのイメージを作りあげてないから、私は躱すことも出来なかったんだね」
「エリシスを観察するといいよ。長物を持った武器の相手と戦う時の参考になるから」
「そうする」
もう少し補足するため、アルスはリースに話を続ける。
「恐らくエリシスから学ぶのは、それだけじゃないだろうね」
「え?」
「当然、棒は槍よりも軽い。エリシスの棒は鉄製じゃなくて木製。きっと、長物の扱いの速さは一番速い人達に含まれる」
「速さ……」
「しかも、連続攻撃だ。槍は片方に刃が付いているのがほとんどで、両端で攻撃する戦い方じゃない。棒術は、どっちを使ってもいい。攻撃のバラエティは槍の比じゃない」
「戦い方のバラエティ……」
「つまり、模擬戦では棒術の方が向いている」
「模擬戦? 実戦とは違うの?」
「実戦だと棒術で致命的ダメージを与えられるかは難しいかな? 例えば、鉄の鎧を着た敵を相手にする時とか」
「隙間を通すのは、ナイフと同じじゃないの?」
「隙間を通すには棒は太いし、後ろに回り込むには棒は大きい」
アルスの握る棒を見て、リースはイメージする。
「本当だ」
「多分、エリシスは、何か別の技術を身につけているんじゃないかな」
「それって……」
「基礎じゃない特技とか奥義なんて呼ばれるもの。僕がリースに教えられないものだよ」
「…………」
リースは真剣な顔で考え込むと、エリシスの姿が頭に浮かぶ。そして、ゆっくりと立ち上がると、自分のベッドまで戻った。
「着替えて寝る」
「どうしたの?」
「横になって、忘れる前にエリシスの動きを頭に入れておきたい」
リースがやる気になったと思うと、アルスは微笑む。
「ところで、何で、エリシス達と寝ないの? 女の子同士なのに?」
「……親子だから」
「でも、そろそろ男女一緒の部屋ってダメなんじゃないの?」
「いいの! アルスは、こっち見ない!」
アルスがリースに背を向けると、リースは寝巻きに着替え始める。
「アルスの馬鹿……」
リースは着替え終わるとベッドに横になるが、イメージして数分で寝息に変わる。アルスは、そんなリースを見て苦笑いを浮かべる。
「まだまだ子供か……」
枕もとのランプを消して、アルスもベッドへ横になった。