一日経過し、アルス達は砂漠を越えて、ドラゴンウィングに入っていた。借金返済のため、エリシスとユリシスも同行している。
「お金がないなら、砂漠のモンスターを倒せば良かったのね」
エリシスは砂漠で甲殻モンスターを倒してから巨鳥を呼び出して、お金を稼ぎ終えて呟いた。
「気付きませんでしたね」
ユリシスは僅かだが旅の路銀を稼げて安心している。
「アルス、お金は営業所に行ってからね」
「いつでもいいよ」
「そう?」
和やかな会話が続いていたが、アルスはドラゴンウィングに入って気にしていることがあった。それは仇討ちのことではなく、本来の旅の目的の一つであるエルフの隠れ里にリースを連れて行っていいか、ということであった。
(北上して、隠れ里に一番近い町で待って貰うか……)
アルスはリースに続いて、エリシス達を見る。
(この人達とは、次の町でお別れかな?)
エリシスがアルスの視線に気付くと、軽く右手をあげる。
「何か言いたいの?」
「次の町で、方向が分かれそうだなって」
「そうね。……そういえば、あんたさ。知人に会いに行くって言ったけど、それ以外は何が目的なの? 最終目的というか、本来の目的というか――そんな感じの」
「世界中を回って見るつもりだよ」
「何しに?」
「色々かな。世界を楽しんで見て回りたいし、世界中の鍛冶屋の技術も見てみたいし……。これからも、理由は増えていくかもしれない」
エリシスは少し驚いた顔をすると、直に難しい顔で考え始める。
「ユリシス……。あたし達、大事なことを忘れていたかも」
「どうしたんですか? 突然?」
「アルスの言葉……。仇討ちばっかりを優先して、旅に何の目的もなかった。楽しむとか、何処かに行ってみたいとか」
ユリシスは同意して頷く。
「そういうの、考えていませんでしたね」
「大事じゃないかな? 仇討ちしか考えられないなんて良くないと思う」
「そうかもしれませんね。仇討ちが終わって、何も残ってなかったなんて悲し過ぎます」
「そうよね」
エリシスとユリシスは俯き考える。
そして、エリシスの口から出る言葉……。
「アルスに着いてこっかな?」
「は?」
「あんた、世界中回る予定なんでしょ?」
「そうだけど……」
「そのついでにセグァンを倒せばいいんだし」
アルスは、きっぱりと言い切る。
「着いて来ないで」
「何で、拒否するわけ?」
「これから向かう知人のところに連れて行きたくないんだ」
「は? どんな理由よ? リースも連れて行けないの?」
「リースも」
リースがムスッとした顔で睨む。
「何で、私もダメなの?」
「深い理由があるんだよ」
「理由って、何?」
「簡単に話せるなら、深い理由とは言わないよ」
「じゃあ、アルスがその知人に会ってる間、私は、どうすればいいの?」
「近くの町で、時間を潰してくれないかな?」
リースは、更に機嫌を悪くする。
「あんた、指名手配犯にでも会いに行くの?」
「何で、そんな物騒な知人に会いに行くんだ……」
「言えない理由って、そういうのじゃないの?」
(何で、エリシスはこんな凶悪な発想しか出来ないんだろう?)
溜息を吐くアルスを気遣い、ユリシスがエリシスを宥めに掛かる。
「あんまり詮索しない方がいいんじゃないですか?」
(ユリシスは、真人間なのにな……)
「関係ないわよ。男のくせにコソコソと秘密ごとなんて」
(女にだけ許される理由を、是非、聞いてみたい……)
「結局、もったいぶった挙げ句、大した秘密じゃなかったってパターンに決まってるわよ」
(大した秘密以外は、もったいぶっちゃいけないのだろうか……。そもそも話す気ないから、もったいぶれないし……)
「そういうわけで、あたしとリースに理由を言いなさい」
(ユリシスが除外された……)
ユリシスは項垂れている。
(ユリシスの苦労がよく分かる……)
リースがエリシスと一緒にアルスを睨む。
「アルス、理由は?」
(早速、エリシスに影響されてないか?)
アルスは少し強めに言葉を発する。
「迷惑が掛かるから言えない」
「どんな迷惑なのよ!」
リースの代わりに反応したエリシスに、アルスは疲れた顔で質問する。
「着いて来るのは決定事項なの?」
「決定よ!」
ユリシスが左手をあげる。
「姉さん、わたしの意思は?」
「十分に善処して考えた結果、却下されたわ」
「何秒考えたんですか……」
エリシスはユリシスを無視して、アルスを指差す。
「決定事項よ!」
アルスは額に手を置く。
「また変なのに関わるのか……」
アルスの頭にはトルスティとミストが浮かんでいた。
「で? 何で、あたし達が迷惑になるの?」
話さねば諦めないであろうエリシスに、アルスは仕方なく暈かして答えを返す。
「知り合い以外、会えないルールなんだ」
「知り合い?」
「そう。当然、会ったことがない以上、知り合いになることは出来ない」
「じゃあ、その条件を満たすために、アルスはどうやったのよ?」
「僕は、お爺ちゃんに紹介された」
「じゃあ、アルスが紹介すればいいじゃない」
「だから、僕にそんな権限はないんだ」
「じゃあ、何で、あんたの爺さんにはあるのよ?」
「その人達がお爺ちゃんに恩があったから。お爺ちゃんは信頼されてたんだ」
「あんたも恩を作っときなさいよ」
「恩なんて努力でどうこうならないでしょう……」
「じゃあ、どうすんのよ?」
「だから、近くの町で待ってて欲しいって言ったじゃないか……」
(何なんだ? この実りのない会話は……)
エリシスは舌を打つ。
「役に立たないわね」
「当たり前だよ。僕はエリシスの役に立つために生きてんじゃないんだから」
「じゃあ、近くの町で待っててあげるから、行って許可取ってきなさいよ」
「……は? 僕に往復しろって言ってるの⁉」
「そうよ」
アルスは道の真ん中でしゃがみ込んだ。
「誰か助けて……」
エリシスは『大したことは言ってないのに』と首を傾げるが、ユリシスの方は申し訳なさそうにアルスの側に並んでしゃがみ込む。
「すみません……。言って聞かない性格なんです」
「……ユリシスは、どうやって制御してるの?」
「諦めるか、被害が広がらないように褒めて被害の少ない方向に持っていってます」
「……それで、我慢できるの?」
「基本、目的は一致してますから、意見が分かれることも少ないんです」
「僕は、どうすれば?」
「無難に諦めていただくのが、もっとも賢い方法かと思います」
(全然アドバイスになってない……。代わりに諦めがついた……)
アルスは力なく立ち上がる。
「全面的に善処するよ……」
リースとエリシスは満足そうに頷き、ユリシスはアルスに被害者の仲間意識が芽生えた。