十日後――。
盗賊ややっかいごとに絡まれることなく、アルスとリースの旅は続いていた。ドラゴンヘッドよりも治安の悪いドラゴンチェストで、安全な旅がこれだけ持続するのは珍しいことでもあった。
今、アルスとリースは見晴らしのいい一本道を進む。この道はドラゴンウィングに向かう砂漠の前の町へと真っ直ぐと伸びる、ドラゴンチェスト最後の道である。
その途中、アルスは布に包まれた物をリースに手渡す。
「何これ?」
「今、使ってるナイフは僕のお古だけど、リースのために新しいのを造ってみたんだ」
「いいの⁉」
「女の子に渡す物ではないんだけどね。火炉を使う作業を終えてから、少しずつ調整と砥ぎをしていたリース用のものが、やっと出来たんだ」
リースが布を捲ると、真新しいダガーが二本出てきた。
「大きい……」
「ナイフよりも一回り大きくて厚みもある。剣を受けても壊れない造りになってる」
「丈夫なんだね」
「うん、大きい分だけ当て易くもなってるはず。リースも力が付いてきたから、ダガーの扱いを覚えてもいいかなって」
「ありがとう」
「時間があれば、髪留めなんかも造れたんだけど……」
「そんなのも造れるの?」
「造れるよ」
「じゃあ、今度に期待」
リースは楽しみが出来たと微笑み、それとは別にと、新しいダガーを何処に身に着けようか考える。
「やっぱり、アルスと同じで腰の後ろかな?」
「次の町で、ベルトに細工しようか?」
「うん、して」
「ナイフは、どうしようか?」
「う~ん……」
リースは少し考える。
「右足のブーツにつける。この前、そういう風にしている人を見た」
「分かったよ。ブーツにも細工を入れよう」
「何か装備が充実してきた感じがする」
「そうだね」
リースは嬉しそうにダガーを眺めている。
(新しいダガーを貰って喜ぶ女の子か……。あげといて何だけど、リースは少し間違っている気がする……)
アルスはチョコチョコと頬を掻く。
(少し女の子らしいことを覚えさせないとダメかな? だけど、女の子らしいことって、何だろう?)
洗濯、掃除はリースの両親が教えていた。アルスが教えたのは味噌で誤魔化す鍋料理。
(あれは完全に男の料理だ……。僕がお爺ちゃんに教えて貰ったのって……)
思い返すが、ほとんど役に立たない。
(いやいや、お父さんやお母さんに教えて貰ったことだって……)
それを頼りに、与えられて読んだ絵本の服のデザインを勧めて拒否された。
(ダメだ……。さっぱり、分からない……)
そして、アルスが溜息を吐いて、項垂れた瞬間――。
「そこまでよ! 止まりなさい!」
「は?」
――アルスは呼び止められた。
…
振り返ったアルスに気付き、先を進んでいたリースも戻ってくる。
アルスとリースの前には、仁王立ちする武道着を来た少女と、控えめにたたずむローブに身を包んだ魔法使いの少女が居た。
一人は棒、一人は杖を持ち、同じ黒い目、同じ薄い紫繋った銀髪、同じ顔立ち、同じ体系、胸の方は、まだ発展途上……。そして、服と持ち物以外に彼女達を区別できるのは髪型であり、武道着の少女がツインテール、魔法使いの少女がポニーテールだった。
武道着の少女がアルスを指差し叫んだ。
「その子を解放しなさい!」
「解放って……」
アルスはリースを見て指差す。
「ん?」
「そう!」
(何で、こんなことに……)
武道着の少女は棒を旋回させて構えると、その棒をアルスの顔に向ける。
「大人しく渡さないと怪我するわよ?」
「え~と……、誘拐?」
「そう、誘拐よ」
「何で、誘拐するの?」
「知らないわよ! あんたの都合なんて!」
「滅茶苦茶だ……」
アルスは溜息を吐く。
「身代金が目当てなの? 僕は、そんなにお金ないよ?」
「誰が、あんたのお金を欲しいなんて言ったのよ!」
「じゃあ、何で誘拐するの?」
「だ・か・ら! あんたが誘拐した事情なんて知らないわよ!」
「僕が誘拐?」
「その女の子を誘拐したんでしょうが!」
アルスは項垂れる。
「そんなわけないでしょう……」
「誘拐犯は、皆、そうやって誤魔化すのよ!」
「いや、そこはもっと上手く誤魔化すでしょう」
アルスの尤もな指摘に、武道着の少女は憤慨する。
「うるさいわね! さっさと引き渡しなさいよ!」
「誤解だって言ってるんだけど……」
苛立つ武道着の少女は、更に棒を突きつけた。
「ハンターの営業所で確認済みよ。金髪の少女が男に誘拐されたって」
「それだけで、僕が犯人なの? 男の特徴は? 年齢は?」
「知らないわ」
「オイ……」
「最近、起きたばっかりで、金髪の少女を連れて歩いてる奴なんて、そうは居ないわよ」
「目の前に居る僕が、そうなんだけど……」
「だから、誘拐犯の言うことなんて聞く耳持たないわよ」
アルスは溜息を吐く。
「何を言っても無駄みたい……。こんなことで怪我させるのも怪我するのも馬鹿らしい……」
アルスは両手をあげる。
「好きにしていいよ」
「素直で、よろしい」
武道着の少女がニヤリと笑うと、それを見たリースがアルスに話し掛ける。
「いいの?」
「いいんじゃない」
「どうして?」
「多分だけど――」
「ん?」
アルスは、もう一人の魔法使いの少女を指差す。
「――あの顔は勘違いって気付いてるでしょう」
リースは、もう一人の少女がオロオロと慌てているのを見て納得した。
(誤解は直ぐに解けそう……)
リースも納得したところで、武道着の少女がアルスに命令する。
「武器と荷物を渡して貰うわよ。抵抗しないようにね」
アルスは携帯している武器とリュックサックを素直に降ろす。
「どうぞ」
武道着の少女は、リュックサックに手を掛け――
「…………」
――もう一人の少女に振り向いた。
「ユリシス、あんたが持って」
「……え?」
アルスとリースは、この二人の力関係と性格が何となく分かった。
…
アルスとリースは身軽な状態で、次の目的の町へと妙な珍客と向かっている。武道着の少女が全員分の武器を持ち、魔法使いの少女がうんうん唸りながら、アルスのリュックサックを背負って歩く。
「重い……。何なのよ、アイツの武器……」
「姉さんは、まだいいですよ。こっちのリュックは、人一人分ぐらいあるんですから……」
「仕方ないでしょ」
「それに……。あの人、犯人じゃないと思います」
「何でよ?」
「だって、誘拐犯と誘拐された少女が笑って話してるって、おかしいじゃないですか」
視線の先では、アルスとリースが談笑している。
「あれは演技よ。随分と手なずけたもんね」
「絶対に違いますよ……」
魔法使いの少女は涙を浮かべて項垂れた。
…
目的のドラゴンウィングへ向かう砂漠の前の町――。
武道着の少女と魔法使いの少女がアルスの重い荷物を持って、ハンターの営業所に辿り着く。
そして、営業所の主人に誘拐犯の案件を伝えて返ってきた答えは――
「とっくに解決してるよ? その依頼」
――別に犯人が居たという事実だった。
「は?」
「やっぱり……」
武道着の少女がキレると、アルスに掴み掛かる。
「ふざけんじゃないわよ! 何で、あんたの重い荷物を運ばされなきゃならないのよ!」
「勝手に取り上げたんでしょう……」
「犯人じゃないなら言いなさいよ!」
「懇切丁寧に教えたつもりなんだけど……」
「何処がよ! 分かるように言いなさいよ!」
「この中で、最後まで僕が誘拐犯だと思っていたのは君だけだよ……」
武道着の少女がリースに振り向くと、リースは無言で頷いた。続いて、武道着の少女が魔法使いの少女に振り向くと、魔法使いの少女は無言で頷いた。
「…………」
武道着の少女は咳払いをする。
「今日は許してあげるわ」
「許して貰うのは君だろう……」
アルスは溜息を吐く。
「もう、関わりたくない。リース、行こう」
「ちょっと、待った!」
アルスは面倒臭そうに振り返る。
「……何?」
「ここまで運んであげたんだから、昼食ぐらい奢りなさいよ」
「は?」
「だから、運び賃よ」
アルスはコリコリと額を掻くと、一言。
「馬鹿じゃないの?」
「馬鹿とは、何よ!」
「姉さん!」
魔法使いの少女が武道着の少女を止める。
「これ以上、迷惑を掛けたらダメです!」
「このままじゃ餓死する~! 盗賊も出て来ないし、お金もないし! 水だけじゃ、ヤ~ダ~!」
「姉さんが無計画に服を新調したからでしょう!」
「だって、直ぐに盗賊が出て来るって思ったんだもん!」
「それを無計画って言うんです!」
((何なんだろう、この二人……))
アルスとリースは無言で外に出ようとすると、バタリと倒れる音。
「「お腹減った……」」
出入り口を塞ぐ二人の少女に、ハンターの営業所の人達も困っている。
アルスは眉をハの字にして言葉を漏らす。
「奢るよ……」
「「本当(ですか)⁉」」
「うん……」
武道着の少女と魔法使いの少女が涙を流して喜んでいるのを見ながら、リースは、アルスが溜息を吐いて項垂れるに違いないと予想した。