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作製編  42 【強制終了版】

 砂漠の前の町を出発して、次に目指すのはドラゴンウィングの北部にあるエルフの隠れ里。イオルクの親友であるクリスに直接会って、イオルクの死を伝えるのが目的になる。

「しかし、お金が底を尽きそうです。途中の町でアルバイトをします」

「私も?」

「リースは……遊んでる?」

 リースは眉をハの字にする。

「何か嫌なんだけど……」

「次の町の鍛冶屋で、子供も手伝わせてくれるかだね」

「そうなるのか」

 ノース・ドラゴンヘッドの魔法特区の町で領主に稼がせて貰ったお金は、そろそろ底を付きそうだった。砂漠で倒したモンスターの代金は、次の町のハンターの営業所で換金するまで手に入らず、その換金した代金も、倒したモンスターの数的に僅かな額にしかならないのをアルスは理解している。

(暫く間が空いてしまって、火炉を使った仕事の感覚を取り戻したかったから、丁度いいか)

 アルスは次の賃金を稼ぐ仕事は、少し長い日数を取ろうかと考えていた。


 …


 アルスとリースは西に進路を取り、ドラゴンチェストに入って二番目の町を訪れる。そして、早速、町にある鍛冶屋へ向かい、仕事をする交渉を始めていた。

「アルバイトねぇ……」

 アルスの申し出に、鍛冶屋の主人は、それほど乗り気ではなかった。

「仕事がないんですか?」

「そうじゃないんだが……。お兄ちゃん、随分と若いから」

「雑用でも何でもいいんです」

「……そうかい? じゃあ、燃料の荷物運びをして貰おうかな」

「ありがとうございます」

 アルスは頭を下げる。

「そっちの女の子は?」

「手伝えますかね?」

「家事と洗濯でもいいかい?」

 リースは『うっ』と声を漏らす。

「料理は苦手……」

「拙い料理しか作れないのか?」

「いえ、鍋に魔法の調味料の味噌をぶち込む料理しか作れない」

「どんな料理だ……」

 アルスが補足する。

「薬草辞典で調べて、食べれそうな草と味噌をぶち込んで食べるのが、食料がなくなった時の料理法です」

「それ、間違ってるぞ……、多分」

 アルスとリースは笑って誤魔化している。

「じゃあ、洗濯をして貰うか。賄い分ぐらいにしかならないけどな」

「頑張ります!」

「いい返事だ」

 こうして、アルスとリースの路銀稼ぎが始まった。滞在中、鍛冶屋の主人は自宅の空き部屋を提供してくれたため、宿代も浮いてアルス達は大助かりだった。

 ここの鍛冶場は、結構、大きく、抱えている職人も複数人居る。その職人達の利用する寮のの部屋の掃除と洗濯物の洗濯をリースが行い、アルスは鍛冶職人たちが使用する火炉の燃料運びを一日中することになった。

 その一日の仕事が終わり、鍛冶屋の営業が終わると火炉の火が落ちるまでは鍛冶場を自由に使わせて貰えることになった。アルスは給料の中から鉄鉱石を二つ買い取り、初日の営業が終わってから武器造りも始めることにした。

 そのアルスの武器造りを見た鍛冶屋の主人は感嘆の声をあげた。

「一体、誰に習ったんだい? 選んだ鉄鉱石も上質だったし、鉄を打つ姿も様になってるじゃないか? しかも、鋳型じゃなくて鍛造でなんて」

「お爺ちゃんに教えて貰いました」

 鍛冶屋の主人は腕組みをすると頷く。

「心配して燃料運びにしてたが、これだったら、槌も持たせられるな」

「他の職人の方も、親方の相方も居るじゃないですか?」

「いや、もう一人、槌を持てる爺様が居るんだけど、歳でな。お前さんが大槌を振ってくれるなら、爺様が小槌を振れる。生産量が増やせるわけだ」

「しっかりしてますね」

 鍛冶屋の主人はニカッと笑うと、仕事の後片付けをしている老人に声を掛けた。

 次の日から燃料運びの日課は鍛冶仕事に変わり、アルスは老職人と武器造りをすることになった。


 …


 翌日――。

 鍛冶場の一番小さい火炉の仕事場で、アルスは老人に話し掛ける。

「指示を頂けますか?」

「……好きにせい」

「え? でも――」

「大丈夫。文句は言わんよ」

「はあ……」

 この鍛冶場では溶鉱炉で溶かした鉄鉱石から型に鉄を流し、そこから武器を造り出していく鋳型での製法が主流だった。アルスは『勝手にしていいのかな?』と思いながらも、イオルクに教わった方法で、型から取り出した、熱した鉄を打ち始めた。相槌を打つ老人の小槌。それを見て、何となく老人のやりたいことが分かる。大槌を振るうアルスは、老人に導かれるように大槌を振るった。

 鍛冶場の中では、一定のリズムで鉄を打つ音が響く。型から取り出した鉄の塊は徐々に歪んだ姿を真っ直ぐに変え、焼入れをして、武器に姿を変える前段階まで辿り着いた。

 老人は均等の厚さに打たれた状態のそれを確認する。

「最近の若い者とは思えんな……」

「若い?」

「早く武器を造りたくて作業を焦る傾向があるのに、コイツは、別の用途で造られている」

「特に変わった造り方はしていないつもりですけど?」

「あんた、本当の武器を造っとるね」

 老人は均等な厚さで打たれた武器を手に取ると、バランスをみる。軽く叩いて返ってくる反応も均等。この武器は強度も均等に保たれている。

「武器に本物も偽者もないでしょう?」

「そう教えられたのか……。いい師匠だ」

 アルスはイオルクが認められたようで、嬉しくて笑みを浮かべる。

「ええ、最高でした」

「儂が槍の柄を造る。あんたは、そのまま槍に付ける刃を造ってくれんか?」

「形状は?」

「そのまま両刃のものでいい」

「分かりました」

 アルスと老人は、砥ぎの作業と柄の作製の作業を分担し、昼食前にお互い受け持った作業を完成する。最後に槍頭と柄が合わさると、槍が一本完成した。

 その完成した槍を見た鍛冶屋の主人が声を漏らす。

「腕は鈍ってないな、爺様」

「現役の時より、いい出来だ」

「口も達者だな。その槍の出来なら高く売れそうだ」

 鍛冶屋の主人は満足顔で、アルスの背を叩く。

「お兄ちゃん、しっかり頼むぜ」

「はい」

「ただ、爺様を張り切らせないようにな」

「いい様に使われます」

 アルスの答えに笑って返すと、鍛冶屋の主人は持ち場に戻って行った。

 老人は、アルスに話し掛ける。

「その言葉、冗談じゃないのにな。初めてだぜ、こんなに気持ちよく槌が振れたのは」

 アルスは笑って返す。

「ちゃんと打つ場所を教えてくれてるじゃないですか」

「それが分かるまで何年掛かるか。この老いぼれの気持ちを分かってくれる奴は少ないんだ」

「教えてあげれば? 楽しいですよ、きっと」

「はは……。こんな爺の話を聞く奴は居ないさ」

「じゃあ、僕と会話をしましょう」

 アルスは大槌を握る。

「僕の居る間、この店の武器の売り上げ一番は、二人で造った武器です」

「……くくっ、いいな。久々に若返った気分だ。老いぼれて力が出せない分は叩いてくれよ」

「はい!」

 アルスの滞在中、鍛冶場では老人の技が蘇った。そして、長年培った老人の経験を鍛冶場の若い職人は思い知るのだった。


 …


 滞在期間は、十日間――。

 アルスとリースは路銀を稼ぎ、再びドラゴンウィングを目指す。ボーナスも出て、路銀は十分だった。

「やっぱり、働いて得たお金っていいよね」

「うん、悪くなかった」

 リースも、お小遣いとしてお金を貰って労働の喜びを噛み締めていた。今回の収入はお手伝いとは違い、少なくても給金として貰ったことで、リースは特別なお小遣いと感じていた。

「僕は鍛冶仕事だったけど、リースは、どんなことをしたの?」

「鍛冶屋の奥さんと、掃除と洗濯だよ。料理なんかも一緒にした」

「そうなんだ」

「ちょっと嬉しかったな」

 移民の街で両親を亡くしてしまったリースは、母親と過ごしたことを思い出していた。アルス以外の誰かと触れ合うことで、人同士の繋がりや温かさを改めて感じていた。

 アルスも、それとなく気付いていた。

「料理の腕は上がった?」

「そんなに変わらないかな? 味付けは、奥さんが担当してたし。でも、肉を切ったり、魚を切ったりする刃物の扱いを褒められたよ。毎日、ナイフ術を練習している成果が出たんだと思う」

「…………」

(凄く微妙だ……)

 喜んでいいのか悪いのか、アルスは良く分からなくなった。

「ねぇ」

「何?」

「今度は、ドラゴンウィングに行くんだよね?」

「そうだよ」

「あと、どれぐらい?」

「十日……と、ちょっとかな? 砂漠越えを含めて」

「また砂漠か……」

「移動日数のうち、砂漠越えは一日だよ。ドラゴンチェストとドラゴンウィングを結ぶ砂漠は小さいんだ」

「そうなんだ」

 アルスは頷く。

「砂漠に着くまでの間は、ドラゴンチェストの町々をゆっくり回ろう。商業大陸だから、色んなものが売ってる」

 リースは腕を組むと、頭を悩ませる。

「逆に考えると、あと十日しかドラゴンチェストに居られないのか。色んなものも売っているみたいだし、何処で、お小遣いを使うか考えておかないと」

 リースを見て、アルスは微笑む。イオルクに言われた通り、世界を楽しんで見て回るつもりだったが、そっちに関してはリースの方が積極的なように感じた。

「僕も、リースに負けてられないな」

「何が?」

「何でもない」

 アルスがただ笑って返すのをリースは不思議そうに首を傾げたが、直ぐに視線を前に向けた。視線の先では、旅商人が路上販売をしていた。

「アルス、行ってみよう!」

「うん」

 こうして、ドラゴンチェストのアルスとリースの旅は、ゆっくりと楽しく過ぎていった。

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