進路は南西へ――。
サウス・ドラゴンヘッドの砂漠手前の町を目指して、アルスとリースの旅は続く。アルスのランクCを取得しない試みは失敗(妨害?)に終わり、使えもしない使用レベルが条件の、魔法使いのランクCという訳の分からないハンターのクラスのおまけを付けて……。
アルスは項垂れる。
「これ、絶対に誤解を招くよ……」
アルスは登録証に書かれた魔法使いのタイプに溜息を吐く。
一方、アルスとは対照に、ご機嫌なリース。
「こういうのを何て言うんだろうね? 災い転じて福と成す?」
「災いしか発生しなかった……」
「どうして? ランクCだよ? C?」
「そんなの要らないよ。リースを諦めさせるはずだったのに……」
アルスの本音に、リースは眉を吊り上げる。
「やっぱり! 本当は取れたんだ!」
「魔法使いじゃない方なら、もしかしたらって感じだけど」
「分かった! それでサウス・ドラゴンヘッドに入ってから、ハンターの資格を取ったんでしょ!」
「今だから白状するけど、その通り」
「じゃあ、あの二人には感謝しないと」
(リースはね……)
アルスは溜息を吐いた。
世の中、思い通りに行かない方がほとんどだが、今回の件は何が原因でこうなったのか……。アルスにはよく分からなかった。
(ミスらしいミスはしてないし……)
端的に言えば、災いしたのは運……としか思えなかった。
落ち込むアルスと怒り気味だったリース。立ち直るのが早いのは、当然、リースが先立った。これからのことが気になり、クルリと反転してアルスに振り返る。
「アルス、もう直ぐ砂漠でしょ?」
「うん」
「砂漠って、どんなところ?」
「砂だらけで歩き難くて、朝と夜で温度がかなり違うね」
「そうなんだ」
「昼間は暑くても外套を着けてないと火傷もするよ」
「水分の補給も大事なんでしょ?」
「よく知ってるね」
「移民の街の人で、砂漠越えを経験した人は多いんだ」
「なるほど。じゃあ、聞かなくても知ってたんじゃないの?」
「確かめたかっただけ」
(何か知ってることを説明させられてるのが結構あるような……。まあ、子供だしな)
アルスは『それもいいか』と思う。リースは、最近、また明るくなった。いや、子供らしくもなった。
(一時期の大人宣言や感情の暴走よりは、ずっといい)
前以上に安心して見ていられるようになった。
「――と、思っていたのに!」
アルスはリュックサックを地面に放り投げる。
「リース!」
先を歩いていたリースが走って戻ってきた。平坦な木々と雑草の多い茂る一本道で盗賊に出くわしたのだ。
「トルスティさんにサウス・ドラゴンヘッドの治安の情報を聞き忘れてた」
今日の数は、この前より多い。
リースは自分の未熟さを思い出すと、アルスに強く話し掛ける。
「アルス、指示を頂戴!」
この状況だが、アルスは安心する。リースの感情は昂ぶっていない。一つ大きな戦いを経験して、自分を理解している。
「僕の後ろに位置して」
「うん!」
相手は四人。鎧は着けていないが、身なりがこの前の盗賊よりもいい。盗賊として安定した収入を得ているということは、戦いなれている盗賊かもしれなかった。
「リースを狙う可能性も高い。守り切れない時は、自分で判断して」
「分かった」
「倒すよりも生き残ることを考えて」
「……逃げるって選択肢は?」
「状況が不利になり次第、荷物を捨てて逃げる」
「うん」
リースはポケットからナイフを取り出し、鞘を抜いて構える。そのリースの前では、アルスが腰の後ろからダガーとロングダガーを抜くのが見えた。
(メイスじゃない?)
アルスのいつもと違う武器の選択にリースが疑問を持つ。そんな中で、四人の盗賊のうち、二人が左右から走ってきた。盗賊達が右手に持っているのはダガーだ。
アルスが右から来る盗賊に向かい走り出すと、リースの驚いた声が漏れる。
「え?」
その光景は、いつもと違うものだった。アルスの攻撃スタイルは、普段は受け身だ。攻撃されたから仕方なく対応する。
しかし、今日は違う。自ら前に出ている。リースの目から見ても、明らかにアルスより遅い盗賊の利き腕をアルスは左手のダガーで斬り飛ばし、胸に右手のロングダガーを突き立てた。
そして、次の瞬間には目標を変えて向きを変えていた。仲間がやられて戸惑った左の盗賊の首筋を、アルスは戸惑いなく左手のダガーで切り裂いたのだった。
「手加減してない……」
仲間二人の死体が転がると、アルスの強さを悟り、残りの盗賊達は逃げ出した。
それを確認すると、アルスはダガーとロングダガーを振って血を飛ばし、腰の後ろの鞘に納めた。
「ア、アルス?」
戸惑いながら声を掛けるリースに、アルスが振り返る。
「大丈夫?」
「な、何もなかった」
「そうだよね」
アルスが大きく息を吐くのを見て、リースはナイフを鞘に納めてポケットに入れる。
「アルス……。どうして……殺したの?」
リースには分からなかった。普段、あれだけ注意するアルスが、あまりに簡単に人を殺したように見えた。
「同時に襲って来られたら、守れる自信がなかったんだ」
「私を?」
「僕も含めて」
アルスは盗賊の死体を道の脇に移動させると、丁寧に死体の胸で手を組ませた。
「仲間の死体を取りに来るかもしれないから、このままにしておこう」
アルスが歩き出すと、リースも続いた。
リースは未だ戸惑いながら話し掛ける。
「……さっきの話、続きを聞かせて」
「うん……」
アルスは少し視線を落としながら話し始める。
「僕に腕と経験があればいいんだけどね。複数人相手に手加減できないんだ」
「手加減が出来ない?」
「メイスで殴って気絶させる方法もあるけど、それは相手が一人だから出来るんだ。でも、複数人で来られて気絶させたつもりが意識を取り戻したら、別の人を相手にしているうちに起きあがって襲われる。それがリースに向くのか、僕に向くのかは分からない。お爺ちゃんは、手加減できないなら殺すしかないって。そうすれば、確実に動かなくなるからって」
「それで……」
「本当は手加減も出来るかもしれないけど……、まだ試すのが怖くて」
「怖いの?」
「中途半端な手加減のせいで、自分が死ぬのもリースが死ぬのも怖いんだ」
「……そっか」
相手を殺さないで征す。それは熟練した腕と経験があるから出来るのである。
イオルクに鍛えられたアルスの腕はかなり高いが、いくら技術を仕込んでも、イオルクには仕込めないものがあった。それが実戦経験だ。
気絶させて殴り倒す経験がアルスには絶対的に少なかった。この前の盗賊も倒して動けないことを確認して、新たな経験として蓄積させた一例にしか過ぎない。いずれは身につくかもしれない技術だが、アルスにはその技術を扱える自信がなかった。
武器を持って殺しに来る相手を気遣って殺されるわけにはいかない。出来ないもののために加減して殺されるわけにもいかない。故に戦いは武器で、一太刀で相手を殺すことが優先された。今のアルスには自分以外にも守らなくてはいけない者が居る。加減が出来ない以上、絶対条件だった。
アルスとリースは暫く無言で歩く。
「本当は、こんなの見せたくないんだけどな……」
「アルスは嫌いだもんね」
「うん……」
(殺し合いなんて、全然カッコよくなんかないんだ。私は仇討ちっていう言葉を勘違いしていたのかもしれない……)
リースは考えながら、アルスの後ろを歩く。
(でも、やっぱり許せない……)
リースは強く胸の服を握ると、ポケットからナイフを取り出す。
「これを使う日が来るのかな……」
それは使いたくないという言葉とも、復讐のために、まだ使えないとも取れる言葉だった。リースの心の中で、相反する想いが葛藤し出したのかもしれない。
「僕は、使わない日が来ないことを願うよ」
「アルス……」
「だけど、来るかもしれない」
「うん……」
「もし来てしまったら、一緒に悩んで苦しんで考えよう。お爺ちゃんは、僕にそうしてくれたよ」
(そっか……。アルスは初めてを体験してるんだ……)
リースはアルスの隣まで行って手を握る。
「その時は、お願い」
「うん」
「それを想像して怖くなっちゃった。だから、暫くお願い……」
「うん」
アルスはリースの手を握り返すと、震えた手を温め直してくれた大きなイオルクの手を思い出した。