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序章・切っ掛けの少年 21

 イチが加入して、ユニスの騎士達の噂が広がり始める。ティーナとイチの二枚看板は、城の中でも評価はうなぎ上りである。元が真面目な二人は仕事もきちんとこなし、非の打ち所がない。また、二人の知らないところでは、美人派のティーナと可愛い派のイチと別の評価もこっそりと上がっている。

 城に居る者は、この二人を見て、ユニスの人を見る目の高さを褒め称え、ユニスの親衛隊に入る為の難易度を改めて認識させられる。


 ――故に謎が残る。


 イオルクと名乗る皮の鎧を着た騎士……。大会では途中まで素晴らしい戦いをするも、一人だけ謎の棄権。ティーナやイチと比べると、粗野な言葉遣いに仕事の効率も、今一。何故、イオルクがユニスの親衛隊に居るのか、誰も分からなかった。

 そんな城内の噂を聞いて、ユニスは、今日も面白そうにしている。

「ティーナとイチの二人の評価で気分がいいわ」

「「ありがとうございます」」

 静かに頭を下げた二人に対し、イオルクは自分を指差して訊ねる。

「俺は?」

 ユニスは椅子に体重を預けながら目を瞑って答える。

「微妙ね」

「微妙?」

「城内に謎だけが広がっているわ。優秀な二人の騎士に対して、謎の腰ぎんちゃくって」

「こ、腰ぎんちゃく⁉」

 ティーナが腕を組みながら口を開く。

「腰ぎんちゃくの方がマシだな」

「そうですね」

 イチも同意を口にする。

「足しか引っ張らないし」

「は?」

「毎日、怒鳴らされてばかりだし」

「は?」

「コイツと居て、いいことあっただろうか?」

「…………」

 イオルクは、右手の人差し指を立てながらボソリと答える。

「朝の手合わせの相手は?」

「それを周りは知らないから評価できない」

「そうですよね。直接は役に立っていませんから」

「…………」

 ユニスは悪戯っぽい目でイオルクを見詰めて話し掛ける。

「イオルク、言われているわよ?」

 ユニスの視線を受けて、ほんの数秒だけイオルクが僅かに不快そうな顔をした。

 しかし、直ぐにイオルクはいつもの緩い顔になり、腕を組むと面倒くさそうな様子で答えた。

「言わせておけばいいですよ」

「意外な返事ね?」

 右手で頭を掻き、左手の掌を返しながらイオルクは言う。

「実際、楽なんですよ。隊長と二人の時は周りの目が俺にも向けられて気遣ってましたけど、今は隊長とイチさんに目が向いて俺の姿なんて見えないようなもんだから、油断していても全然平気なんです」

「…………」

 イオルクの正直すぎる告白に、ユニスは呆れている。

「しかも、イチさんって優秀でしょう? 俺の仕事なんて、ほとんど無いですもん。それぐらいのこと言わせてあげますよ」

 ティーナとイチのグーが、イオルクに炸裂した。

「何で、お前が偉そうなんだ!」

「しかも、堂々とサボっていることを!」

 ユニスはクスリと笑う。結局、イオルクの方が一枚も二枚も上手だった。ティーナとイチが手を組んでも、イオルクに精神的ダメージは与えられないのである。

 しかし、今日は馬鹿ばかりをしているわけにはいかない案件がある。

 ティーナが代表して一歩前に出る。

「気を取り直します。明日に行われる式典についてです」

 本題に入って、いくらかマシな顔つきになったイオルクがティーナに訊ねる。

「あの遠征から帰って来た部隊を労うってヤツですか?」

「そうだ。大きな功績だったから、今回は王様自らの御言葉がある」

(面倒臭そうだ……)

 イオルクは心の中で溜息を吐いた。

「我々も警護に出る」

「また王の親衛隊がやるんじゃないの?」

「王の親衛隊が居るにしても、広場での警護は広過ぎる」

「……そうですか」

 あから様に嫌そうな顔をしたイオルクをイチが咎める。

「イオルク。またサボれるとでも考えていたのですか?」

「考えてた」

「貴方は、よくそういうことを堂々と言えますね?」

「俺のいいところです」

 ティーナのグーが、イオルクに炸裂した。

「恥の部分だ!」

 ユニスは可笑しそうに笑っている。

 イチはその笑っているユニスを見て、思わず複雑な気分になる。

 何故なら、ユニスの騎士になるまで、ユニスは気の抜けない王族の責務を任される幼い少女に見えていたからだ。第三者の立場で見ていた時、いつか重責に押しつぶされて子供らしく笑えない、大人びた少女になってしまうのではないかと思っていた。

 ところが、今、目に映るユニスはどうだろうか?

 年相応の子供のように笑っているのだ。

 確かにイオルクは悪い面の方が目に付くが、ユニスはイオルクが冗談を言えば笑うし、嫌なことを嫌だと包み隠さず言えば笑うのだ。張り詰めた城の中、ましてやまだ子供のユニスのためには、『イオルクの存在は必要悪なのではないか?』と思えてしまう。

 しかし、イチの考えはティーナの語気の強さで中断される。

「話を戻します!」

(今は式典の警護の話でしたね)

 イチは気を引き締め直す。

「我々の護衛が姫様であることに変わりはない。王様と王妃様は、王の親衛隊が警護する」

 当たり前のようなことを言われた気がしたイオルクが首を傾げる。

「それって、普段と何が違うんですか?」

「他にも招かれた貴族の方々を護衛する必要がある……ということだが、警護するのは他の部隊になる。指揮するのはジェム様だ」

「ジェム兄さんか。ん? フレイザー兄さんの方は?」

「指揮する部隊の大きいフレイザー様は、広場の外全般になる」

「外がフレイザー兄さんで、内がジェム兄さんになるのか。じゃあ、内と外を遮る建物は?」

「銀の鎧のドルズド・メペルト率いる部隊だ」

「あの馬鹿か……」

 イオルクの言葉に、何も知らないイチが強く指摘する。

「イオルク! 仮にも銀の鎧の指揮官ですよ!」

 しかし、イオルクは反省せずに両手をあげる。

「俺は例え王様でも、馬鹿だと思った者には馬鹿だと言いますよ」

「イオルク!」

「しかも、ドルズドは折り紙付きの馬鹿なんですよ」

「……折り紙付き?」

 イオルクは視線を床に向けて溜息を吐きながら続ける。

「おまけに俺より弱いんだから、心配にもなる」

「は?」

 イチは呆然としているが、ユニスとティーナはドルズドの名前が出れば、イオルクがこういう態度を取るのは予想していたことだった。

 しかし、イチはイオルクの過去に何があったのかを知らない。

 だから、自らも銀の鎧に居るがゆえに、その位に至る道のりの険しさを知るイチにはイオルクの言葉が分からない。

 イチはイオルクに訊ねる。

「何故、貴方より弱いと言い切れるのですか?」

 イオルクはガシガシと頭を掻くと、ぶっきら棒に聞く。

「……アイツが、一度だけ大怪我したことがあるのを知ってますか?」

「いえ、知りませんが……」

「俺が、ぶん殴ってやったんです」

「な⁉」

 イチはティーナを見て確認する。

「本当だ」

「何故、そのようなことを……」

 イチの問い掛けに、イオルクは真っ直ぐにイチを見て答える。

「戦場で仲間を犠牲にしたから」

「それで……殴ったのですか?」

「俺は、そういう単純で器の小さい男です」

「…………」

 イチは溜息を吐く。

 今の話が嘘ではないことは、何となく分かった。戦場での話をする時、イオルクは嘘は吐かない。

「もう、いいです。イオルクは、そういう方でした……」

「さすが、イチさん」

 イチは、再び溜息を吐く。

「ティーナ殿。貴女の意見も聞かせてください」

「私もドルズドの実力には疑問を持っている」

(ティーナ殿も呼び捨てに……)

 イチはユニスを気に掛ける。

「あの……」

「何かしら?」

「ドルズド殿は、ユニス様の親戚では……。それを悪く言うのは……」

 気遣いの目を見せるイチに静かな笑みを浮かべて、ユニスは答える。

「ありがとう、イチ。でも、いいのよ。悪いことは直さないといけないから」

「何か知っているのですね?」

「ええ」

「もし、本当にドルズド殿に非があるのであれば、罰っするべきではないでしょうか?」

「時期を逃してしまったから……」

 そう答えたユニスは、どこか辛そうだった。

(そうだ……姫様は聡明な方だ。知っていれば放っておかないはず。それを訴え出ないのは言葉の通りなのだろう)

 イチは丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありません。浅はかでした」

「いいのよ。イオルクの言い方が分かり辛いだけだから」

「俺のせいですか?」

 ユニスとティーナが頷くと、イオルクは肩を竦める。

「そういうことみたいです、イチさん」

 イオルクの言葉にイチは苦笑いを浮かべ、ティーナへと顔を向ける。

「ティーナ殿。そうなると、ドルズド殿の管理する場所にも気を付けた方が良い……ということなのでしょうか?」

「その通りだが、我々の護衛がそれによって怠慢になるのは困る。姫様に八割、周りの建物に二割ぐらいの意識であたって欲しい」

「分かりました」

 そう答えたイチは、自分の中で、さっきの話に区切りをつけたようだった。雰囲気が、いつものアサシンに戻っていた。

 ティーナが凛とした声で話を続ける。

「では、明日の配置について説明します。王様と王妃様が広場の奥の中心になる塔の前。そこへ労いを受ける部隊が入る予定です。今回、姫様は左の脇に控えることになります」

 ユニスは確認の意味を込めて、ティーナに頷いて返した。

「そして、姫様の右に私。左にイチになります」

 名前を呼ばれなかったイオルクが軽く右手を上げて訊ねる。

「俺は別ですか? それと、何でそんなにユニス様に二人は密着してるの?」

 その指摘にティーナとイチが複雑な表情をする。

「実は労って貰う部隊からのリクエストでな……」

 言いづらそうにするティーナにイオルクが疑問符を浮かべる。

 そして、ティーナの続きはボソリとイチが続けた。

「……華が欲しいそうです」

 ユニスとイオルクが、ガクッと肩を落とす。

「ず、随分と正直な方々ですね」

「野郎は要らないってか……」

「王様も笑って許してしまって、反論の機会を失くしてしまったのだ!」

 顔を赤くして俯いてしまった上司二人に、イオルクは苦笑いを浮かべながら補足する。

「まあ、考えようによっては、ここまで密着して警護できるのはありがたいですよね。本来、一歩控えさせられるべきところだから」

「お前からフォローされるとは思いもよらなかったな」

「で、俺は?」

 助け舟を出された形になったティーナが、やや声のトーンを落として答える。

「お前は、王様の真正面の門の脇だ」

「確か、その門から例の部隊が入るんですよね? ある意味特等席だけ――あ」

「どうした?」

「ユニス様が遠過ぎて警護できません」

 頭の中で位置を想像すると、ユニスとイオルクの距離はあまりに離れ過ぎていた。もし、ユニスの側で何かが起きても、直ぐに対応できない。

「姫様から離れ過ぎか……」

「イオルクの位置は、そこでいいと思います」

 しかし、イチがイオルクの位置を肯定した。

「どうして?」

「我々は姫様に近過ぎて全体を見渡せませんが、イオルクの位置なら全体を見渡せるからです」

「逆も然りか。俺は遠くから全体を見渡せるが、近くは見渡せない」

 イチは頷く。

「もし、そちらで何か異常を確認したら合図をください。ハンドシグナルでも、大声で叫んで貰ってもいいです」

「ハンドシグナルは見えなさそうだから、叫ぶか」

 ティーナが大きく息を吐きながら腰に右手を置く。

「役割は配置で決まってしまったな」

「じゃあ、終わりですね」

「あと、万が一を考えて明日は、これを外しておけ」

 ティーナは腕の重りを指す。

「分かりました」

「了解」

 重りを指したのは、大会でのイオルクの不注意を頭に入れていたティーナの警告だった。

 そして、しっかりとイチにもティーナからの重り入りの手甲と具足がプレゼントされていたのであった。

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