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序章・切っ掛けの少年 17

 数日が流れ、大会当日――。

 場所は城の敷地内に複数の武舞台を完備した会場。空は晴れ渡り、会場を囲む観覧の客席にも沢山の観戦者が集まった。

 その会場の壁には大きなトーナメント表が張られ、大会に参加する多くの騎士が人垣を作っていた。

 それを少し離れた場所から見て、イオルクは『くだらない』と思いながら直ぐにその場を離れようとして……ティーナにグーを貰った。

「何故、見ない!」

 殴られた頭を擦りながら、イオルクはぶっきら棒に答える。

「どうでもいいから……」

「お前、相手が誰か気にならないのか?」

「名前見ても顔と名前が一致しないし……」

「少しはやる気を出せ」

「……はい」

 ティーナは盛大な溜息をついた。

 そして、呆れるのと同時にこのイオルクを見て、ティーナは少し疑問に思うことがあった。イオルクは初日に強い騎士になりたいと言っていた。そのイオルクが大会に興味を示さないのは、どういうわけか?

「お前、強い騎士と戦いたくはないのか?」

「……それはね。強い騎士にはなりたいですし。でも、何か……こういう大々的に開かれる大会って白けるんですよ」

「は?」

 イオルクは参加者の装備している装飾や細工の入った鎧を見て溜息を吐く。

「貴族の優雅さを競うみたいに、どいつもこいつも……。ここには戦いの臭いがしないんですよ」

「戦いの臭い?」

「簡単に言うと真剣じゃないってことです」

「私は真剣だが?」

「ええ、隊長からは強烈なむさ苦しい男のような戦いの臭いがします」

 ティーナのグーが、イオルクに炸裂した。

「そんな体臭は出ていない!」

「雰囲気ですよ……。まあ、それぐらい温いってことです。三人一組って変則ルールも気に入らないし、日頃の訓練の成果を華麗に見せびらかすような雰囲気も気持ち悪いし、ダチ同士の模擬戦の方が、よっぽど真剣味がありますよ」

 危険と分かりながら体面を気にして真剣を使う大会。真剣なんてものは実戦の時に使うので十分。大怪我にならない模造品の武器で打ち合う方が、十分に意味がある。イオルクは、そういう考えだった。

(俺が特殊なのかねぇ……)

 見習いの一件以来、イオルクは貴族でありながら貴族を嫌う傾向がある。そのせいで、如何にも貴族の出と分かる騎士が目に付くと、大会を真剣なものと捉えられなくなっていた。

 そんなイオルクを見て、ティーナは思い出す。

(そういえば、コイツは模造品の武器じゃないと真剣に模擬戦できない変な奴だったな)

 いつもより更に締まりのない顔のイオルクに、ティーナが気合いを入れる。

「いい加減にやる気を出せ! 今回は姫様だけではなく、王様と王妃様も御覧になって居られるのだぞ!」

「そうなんですか?」

 イオルクは、会場のひと際目立つ観覧席に目を向ける。

「本当だ」

 ワンランク上の純白のドレスを着たユニスを挟んで、右隣に王、左隣に王妃が見えた。

 王は背も高く体格も大きい。少し濃いめの茶色の髪と立派な口髭を生やし、王族らしい威風堂々たる衣装に身を包んでいる。王妃は落ち着いた深い緑のドレスに身を包み、大人の女性の品格を漂わせる姿。髪型や髪の色もユニスと同じで、将来のユニスの姿を想像させた。

「恥ずかしい戦いは出来ない」

 ティーナの言葉に頷きながら、イオルクは王族の周りも確認する。

「警護の数は六人か。隊長、あの人達の腕は?」

 気移りがちなイオルクに対し、ティーナは腰に手を当てて溜息を吐く。

「まあ、ユニス様のことを気に掛けるのは悪いことではないか……。彼らは、王の親衛隊だ」

「親衛隊? 道理で年配の人が多いと思った」

 王族を守る騎士たちは、力強い精悍さの中にも落ち着きと冷静さを兼ね揃えているように見えた。

「熟練した者ばかりだ」

「じゃあ、俺たちがこっちに集中していても安心か」

 王族の観覧の準備も終わり、そろそろ大会の始まる時間が近づいていた。

 ティーナの後を追って、イオルクは開会式のある武舞台の前の広い場所へと移動する。……が、その開会式はモノの十分ほどで終わり、イオルクは度肝を抜かされた。

 開会式は堅苦しい挨拶を一切省き、大会の参加人数や簡単なルールが説明されただけだった。

(ひょっとして、そんな堅苦しい大会じゃないのか?)

 どうも、血気盛んな騎士達は早く戦いを始めたくて仕方ないらしい。

 イオルクはキョロキョロと辺りを見回す。見習いに近い考えを持つ者が多いのかと様子を伺ったが、どうも違う。ほとんどの者の出で立ちは間違いなく貴族を思わせる立派な鎧だ。


 ――そうなると、この妙な感じは何なのか?


 この感じは、さっきティーナを比喩したものに似ている気がした。

(少し勘が鈍ったかな? 貴族じゃなくて、隊長みたいのだらけじゃないか……)

 今度は別の想像をして、イオルクはがっくりと項垂れた。


 …


 大会は、人数の絞られていない最初のうちは同時進行で進む。大会を円滑に進行させるために複数の武舞台で各チームが潰し合うことになる。

 そして、その武舞台のひとつに先方を任されたイオルクが上がると、会場に爆笑が起こる。その様子を見て笑っているのは、王族の観覧席でユニスの隣に居る王と王妃も一緒であった。

 王がユニスに話し掛ける。

「ユニス。あれが、お前の騎士なのだろう?」

「はい。おかしいですか?」

「皆、戦闘用の鎧を着ている中、一人だけ皮の鎧を着ているからな」

「約一年前ですが、わたしが特権で皮の鎧から鉄の鎧に引き上げた騎士です」

「知っている。よく話題にあがる男だ。本当に強いのかは分からないがな」

「強いですよ。一年前の侵入者と対峙したのがイオルクですから」

「しかし、とどめを刺したのはティーナと聞いている」

「それは……」

 確かにあの時は、机の中で音だけしか聞けず、イオルクの強さを目にすることは出来なかった。しかし、侵入者をイオルクが言葉通りに後悔させたのは間違いない。

 ユニスの左隣に座る王妃が娘を擁護する。

「大丈夫よ。貴女が選んだ騎士ですもの。王様も、そんなにユニスを苛めないで」

「そんなつもりはないのだがな」

 王妃に窘められると、王は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 …


 和やかな会話が流れていた観覧席とは別に、武舞台では戦いが始まろうとしていた……のだが、イオルクが武舞台の上で左の腰からロングダガーを抜くと再び爆笑が起こり、他の武舞台とは違って、イオルクの武舞台だけは何処か緩んだ空気が流れていた。

 この大会では、斥候やアサシンといった短刀・短剣を主にする参加者は少ない。参加する斥候やアサシンは相当の腕を持ち、名の知れた者しか参加しないのがほとんどだ。そんな中で城に勤める騎士であるはずのイオルクの鎧は皮の鎧で、手に持っているのはロングダガーなのだ。奇異の目で見られても仕方なかった。

 会場の反応を見て、イオルクは腕組みをしているティーナに振り返る。

「俺、変ですか?」

「変だな」

 イオルクは自分の姿を確認する。

「周りに皮の鎧を着けた者は居るか?」

「ああ、そういうことね」

 本日は大会ということもあり、ティーナも城内で着けている軽装用の鎧ではない。皆がワンランク上の実戦向きの鎧を装備している。

「武器は?」

「剣ばっかりですね」

「ロングダガーとはいえ、リーチの短いダガーなど、騎士主催の大会では不利にしかならんからな。また、斥候やアサシンは闇に紛れ不意打ちを主とするから、この大会では人気がない」

「隊長、知ってたんなら教えてくださいよ……」

「注意して直すのか?」

 イオルクは少し考えたが、直ぐに答えを出した。

「直しませんね」

「そういうことだ。行って来い」

 相手は経験を積むために参加している鋼鉄の鎧のチーム。その一人が武舞台に上がり、剣を斜めに構えてイオルクを睨んでいる。しかし、口元が緩んでいるのを見ると格下に見られているのは間違いない。

 実際、ティーナと一緒に参加している騎士が人数合わせであることは広く知られていることだった。その人数合わせもティーナの体力温存に役に立っていないのがほとんどであり、今回に至っては、特に酷いと思われていた。

「始め!」

 戦いの合図が掛かると、イオルクはユニスの方を見て、ヘラリと笑いながら右手のロングダガーを振った。

 その行動にユニスも手を振り返したが、王と王妃はガクッと肩を落とした。

「な、何なのだ? あの者は?」

「イオルクは、そういう人なのです」

 王と王妃は娘の護衛に不安を募らせた。

 一方、無視された相手は、いい気分はしない。自分を無視したのは格下の騎士なのだから、当然だ。持っている剣を高々と振り上げ、力任せに振り下ろそうとする。

 しかし、そのまま彼は動けなくなる。イオルクは、彼が振り上げた時に行動を始めて、彼が振り下ろそうとした時には右手のロングダガーを首に押し付けていた。

「そ、そこまで!」

 判定が下り、イオルクはロングダガーを左の腰に納める。

「いくら何でも、油断し過ぎでしょう?」

 イオルクは元の位置に戻り、再びユニスに手を振る。

 直後、イオルクの後頭部に石が直撃した。

「馬鹿者! あそこには王様と王妃様も居られるのだ! 気安く手を振るな!」

 ティーナの声が王と王妃の耳にも届くと、王と王妃はクスクスと笑い始める。

「面白い男だな」

「はい」

「ティーナも大変ね」

「ええ、イオルクの手綱を握って貰っています」

 王族の視線がイオルクの居る武舞台に集まる中、次のイオルクの相手が武舞台に上がる。先ほどの仲間の失態から、今度の騎士は油断がない。イオルクもロングダガーを両手に一本ずつ持ち、真面目に構えている。

「始め!」

 戦いの合図に、相手はジリジリと間合いを詰める。どうやら、リーチの長さで勝負をする気らしい。剣を細かく動かしフェイントを織り交ぜる。

 しかし、イオルクは関係ないという感じで間合いへと踏み込んだ。左から横薙ぎに飛んでくる相手の剣を小回りの利くロングダガーで左、右とリズミカルに受け止め、相手の剣を弾き飛ばす。

 相手は時間差でくる剣への衝撃を初めて経験し、弾き飛ばされた剣は、いつも以上に腕に痺れを伝えて動きを止めさせる。

 イオルクは、先ほどと同様に右手のロングダガーを相手の首に押し付ける。

「それまで!」

 会城内は予想外のダークホースの出現に、大きなどよめきを起こしていた。

 イオルクは武舞台を下りて、ティーナに話し掛ける。

「寸止めが面倒臭い。だから、模造品でやればいいのに」

 ティーナが呆れ気味に話し掛ける。

「お前、鋼鉄の鎧よりも強いのではないか?」

「どうなんでしょうね? まあ、朝練で相手をしてるのは銀の鎧の隊長ですからね」

「逆に、あれぐらいして貰わないと困るか。位は鉄でも姫様の騎士だしな。――しかし、困ったな」

 ティーナは眉間に皺をよせ、難しい顔をしている。

「俺、勝ちましたよ? 何が困るんですか?」

「いや、私の出番がない」

(この人、体力温存したいんじゃなかったっけ?)

 イオルクは項垂れ、不器用な性格をしているティーナを見ながら、ふと自分がサボれる状況を閃いた。

 緩い顔に笑みを張り付かせてイオルクが言う。

「じゃあ、途中まで隊長が出ればいいんじゃないですか? トーナメントが進めば苦戦する相手が出てくるから、そこから、また俺を出して体力を回復してください」

 ティーナは一拍動きを止めたが、自身が待ち望んでいた大会ということもあり、こう呟いた。

「そうするか」

 ……と。

「ウォーミングアップも必要ですよ」

「分かった。次からは、私が出よう」

 イオルクの言葉にまんまと乗せられ、ティーナは意気揚々と先方を務めることにした。

 結果、ティーナは人気の高い騎士であるため、大会は盛り上がり、二回戦、三回戦と進むに連れて、イオルクのことなど会場の観戦客は忘れていった。

 しかし、観戦客が忘れても、大会に参加している騎士達から見れば異様な光景に他ならない。

『何故、大将であるティーナ様が先人を切って、おまけである皮の鎧が踏ん反り返っているのだ?』

 参加する騎士に用意された席で欠伸をしながら、足を組んで観戦しているイオルクの態度は傲慢に見えた。

 それは王と王妃も同じ様に見えていた。

 理解できない状況を、王はユニスに訊ねる。

「ユニス。あそこでふんぞり返っているあの男は、どういう者なのだ? まさか、ティーナよりも実力が上なのか?」

「それはありません」

 王妃も不思議な光景に思わずユニスに聞いてしまう。

「でも、ティーナが貴女の一番の騎士なのでしょう? 会場は盛り上がっていますが、騎士達は混乱しているようですよ?」

 困惑する王と王妃を見て、ユニスは状況の分析を始める。そして、『この状況を的確に把握できるのは、自分しか居ないだろう』と微笑む。

 ユニスが胸を張りながら右手の人差し指を立てる。

「この状況は二人の性格を知る、わたしにしか分かりません。まず、イオルクは、この大会自体に興味がないので欠伸をしているのです」

「騎士のくせにか?」

「そういう人なのです」

「では、ティーナの方は?」

「ティーナは、この大会を待ち望んでいました。戦いたくて仕方がないはずです。しかし、思いの他、イオルクが善戦するので自分が戦えません。きっと、我慢できなくなって武舞台に上がったのです」

「それでは、一昨年と同じ結果になりそうですね」

 王妃は、一昨年の試合の途中で息の上がったティーナを思い出していた。

「どうかな?」

 王妃の意見に王が異を唱える。

「ティーナは格段に強くなっている――いや、一昨年よりも戦い慣れている。戦い慣れているから無駄な動きがない」

 かつては、自身も優秀な騎士だったから分かること。毎年行なわれている、この大会の有能な騎士は記憶している。そして、その者達がどのように強くなったかを見るのが、この大会の楽しみなのだ。

 今度は王にしか分からないことのため、ユニスが訊ねる。

「お父様、無駄な動きがないとは?」

 王がゆっくりとした話し方で答える。

「使う武器によって、間合いが変わるのは分かるな?」

「ええ。剣と槍では全然違います」

「その通りだ。もう少し厳密に言えば、使う人間に合わせて同じ武器の長さも変わるのだ。そして、世に武器の種類は沢山あり、体格も個人によって違う。この二つを埋めるのは容易ではない。初見の時は、特に警戒しなければならない。対策を頭で作り上げなければいけないからな」

 王の話にユニスと王妃は静かに聞いている。

「対策した武器を、今度は相手に合わせた武器に置き換える。そして、頭で対策して実行に移す。初見の時は相手の武器の特徴を知るために、情報を収集するための探りの動きが出るものだ。一昨年はそれが多く目についた。色々と試すうちに体力が減っていき、終盤に息が切れたのだ。しかし、今年のティーナを見る限り、それが見受けられない。迷いなく攻めに行っている。ユニスに付きっ切りのティーナが、どのような修練を積んだのか?」

 その王の疑問に、ユニスには思い当たる答えがあった。

「イオルクとの朝の修練のせいかもしれません。ティーナの話だと、イオルクは、毎日、違う武器を使うそうです」

「毎日? それでか……。多種多様な武器を経験して、間合いの対策方法が蓄積されたのだろう」

「ティーナも、それだけがイオルクを入隊させて良かったことだと言っていました」

 ユニスの話に、王と王妃は苦笑いを浮かべている。

「しかし、その話は少し変だな」

「何がですか?」

「確か、イオルクという者はブラドナー家の人間だったな?」

「はい」

「ならば、一つの武器に特化しているはずなのだが……」

(かつて戦場で片を並べたイオルクの父であるランバートは片手剣の使い手であった。今、部隊長である二人の兄も得意武器に特化している)

 記憶にあるブラドナー家の特徴との違いに考え込む王に、ユニスが答える。

「イオルクは、まだ決めていないと言っていました。だから、未だに全部の武器の基礎をしていると」

 それを聞いて、王は顎に手を当てる。

「特化する武器を決めようとはしているのか。だが……やはり、変だな。あの歳で武器を決めていないなんて」

「そうなのですか?」

 王は頷き、暫くすると、これ以上考えても分からないと判断した。そして、今は大会を楽しむことにしようと切り替え、ユニスに笑みを向ける。

「まあ、そう気にすることもあるまい。今はティーナの成長の理由が分かっただけで十分だ」

「そうですか? お父様が、そう言うのでしたら」

 ユニス達が見守る中で、ティーナが、また勝ちを収めた。王の分析通り、今年のティーナは迷いが少なく、決着までの時間が短かった。


 …


 武舞台の前の参加騎士用の観覧席――。

 引き上げてくるティーナに、イオルクは話し掛ける。

「何か、余裕ですね。ほとんど、一振りで決めてるじゃないですか」

「トーナメントだからな。偶々、我々よりも弱い相手に当たったのだろう」

「そうかもしれませんね。今のところ、鋼鉄の鎧の編成チームだけですから。――体力の方は、どうですか?」

「比較的、余裕があるな」

「俺、本当に要らないんじゃないですか?」

「今のペースで行けばな」

 イオルクとティーナが話していると、一人の小柄な人物が近づいて来る。覆面に黒装束を身に着けて、その姿は一見怪しく見える。

 その人物が二人の前に立つと声を掛けた。

「見事な戦いでした」

「ありがとうございます。……貴方は?」

 ティーナの問い掛けに、件の人物は軽く頭を下げて答える。

「次に対戦するチームの者です。アサシンに身を置いているので、名前は言いたくありません。どうしても、と言うなら、今回登録してあるイチと呼んでください」

「分かりました。では、イチ様と」

 そう返したティーナに、イチと仮の名を名乗った人物は驚いた様子でティーナを見た。そして、再び頭を下げた。

「アサシンである私に敬意を払って頂き、ありがとうございます」

 イオルクが疑問符を浮かべて、イチと名乗るアサシンに訊ねる。

「何で、敬意なの?」

「アサシンは嫌われる仕事ですから、大抵の騎士の方は軽蔑します」

「そうなんだ」

 そう答えたイオルクを不思議そうに見ているイチに、ティーナが言う。

「気にしないでください。コイツは、一般常識が欠如した輩ですので」

「酷い……」

「…………」

 イオルクとティーナのやり取りに、イチは沈黙してしまった。

 そのイチにティーナが訊ねる。

「ところで、イチ様。御用の方は?」

 イチは我に返ると、用件を話す。

「失礼。次の戦い……イオルク殿と戦いたい」

「イオルクと?」

「この大会で短剣をあそこまで扱う相手に巡り会えたのも、何かの縁。是非、手合わせしたいのです」

 真剣味のある視線と言葉の強さから察し、ティーナが答える。

「分かりました。次の先方にはイオルクを立たせます」

「ありがとうございます」

「俺の意思は?」

 イオルクに向かって、ティーナは懐から取り出した用紙を突き付ける。

「隊長の推薦が適用されるのだ」

「それ、参加まででしょう? 横暴な……」

 面倒くさそうな顔をしたイオルクに、イチは覆面の中で怪訝そうな顔を浮かべる。

「イオルク殿は戦いたくないのですか?」

 イオルクは右手を頭に当てながら答える。

「まあ」

「では、一体、何のために参加したのですか?」

「隊長の人数合わせで」

「人数合わせ? ……やっと……やっと、尊敬できる同士に会えたと思ったのに……!」

 ティーナは、イチを可哀そうに思う。撚りにもよって、イオルクに目を付けてしまうとは……と。

「イオルク殿、貴方には絶対に負けません‼」

「はあ」

 イチは踵を返すと去って行った。

 その後ろ姿を指差しながらイオルクがティーナに訊ねる。

「何か、怒ってましたね?」

「お前、もう少し相手を気遣って話をしてやれ」

「何て言えば、正解なんですか?」

 イオルクの言葉に、ティーナは溜息を吐いた。

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