ユニスの暗殺事件から八ヵ月――。
暗殺者の身元が割れることもなく、事件は暗礁に乗り上げていた。この状況に城の学者達は推論を立てることしか出来なかった。
城の会議室の一室では、ユニスを殺害する狙いが検討される。
『やはり、王の血筋を絶つことが狙いではないだろうか?』
『それなら王を狙うのでは? 仮に姫様が死んでも、新たな子を授かるかもしれない』
『いや、その両方かもしれない。姫様を殺してから王を殺めて血筋を絶つのだ』
『しかし、血筋を絶って、どうするのだ? 国は王で出来ているわけではない。新たな王を即位させればいいだけだ』
『その為り代わりが目的では?』
『では、次期の王の候補である親戚が犯人だとでも言うのか?』
『内部犯の可能性も高いのだ。姫様の騎士ティーナの報告により、姫様の部屋までの経路を調査した。すると、侵入者達は何の迷いもなく部屋まで辿り着いていることが分かった。経路や衛兵の巡回時間を知っていなければ有り得ないことだ。ティーナが会議で部屋に居ないことを知っていて襲撃した可能性も高い』
『しかし、当日は会議が延長されていた。ティーナがいつ部屋に来るかは分からない。もしかしたら、襲撃前に部屋に戻っていた可能性もあるはずだ』
『いや、会議を延長させるのは会議を切り上げるより簡単だ。議題を出し続ければいいのだからな。襲撃時間が勤務の切り替わる時間帯だったのを、どう説明する?』
『では、議事録を確認して、誰が議題を出したかを確認して……』
可能性はあるが、その議題も既に確認している。今、話しているのは、一度調べたことを再確認して出てきたものでしかないのだ。
『情報が洩れていた可能性もあるし、内部に敵が居るかもしれないのも確かだ』
『……これ以上は出ないな。新たな証拠か情報を手に入れなければ』
『一体、あの暗殺者達は誰の放った刺客だったのか。八ヵ月経っても、何の手掛かりすら出ないとは』
城内では八ヵ月前の事件を学者達だけしか覚えていないほど、この八ヵ月は何もなかった。
…
八ヶ月の間に壊された壁の修繕も終わり、ユニスは元の部屋に戻っていた。内装も以前と変わっていない。火薬で壊された壁を厚くするという話もあったのだが、元々強固な壁を厚くするより侵入者に火薬を持ち込ませないようにすることの方が重要視され、壁を厚くする話は却下された。
そして、今、この部屋にはユニスとティーナしか居ない。
身の丈に合わない大きな机に左手で頬杖をつきながらユニスが零す。
「はぁ……。暇ね」
「平和ではありませんか」
「そう。イオルクが居ないと平和だから、暇で暇で……」
「姫様は、アイツを玩具か何かと勘違いしていませんか?」
「わたしの玩具だもん」
(アイツ……もう、ピエロなのではないか?)
娯楽というものを知ってから、ユニスが暇な時の余暇を埋める存在がイオルクになっていた。イオルクが来る前の静かな時間の潰し方をティーナは懐かしく思い、久々に本を読むか、絵を描くことを勧めようとした時、ユニスから声を掛けられた。
「ねぇ」
「何ですか?」
「イオルクって、カッコイイよね」
「……はい?」
「イオルクって、カッコイイよね」
「…………」
ティーナの聞き間違いではないらしい。
ティーナは眉間に皺を寄せながらユニスに訊ねる。
「アイツの何処がですか?」
ユニスは頬杖をついてる反対の右手の人差し指を立てて言う。
「性格を無視して考えるの」
「はあ……」
「背は高いでしょう」
「はい」
「顔も厳つくないし」
「まあ、ブラドナーの家系ですから。父親に少し似ています」
「そして、意外と強いし」
「アイツに関しては、私も未だに底が見えません」
「これだけなら、どう思う?」
「……悔しいですが、好青年に見えます」
「そうでしょう?」
「はい」
机に右手を置いて、ユニスは元の頬杖をつくだけの姿勢に戻る。
「でも、あの性格と緩い顔を重ねると、途端にダメ人間に見えるの」
「見えるのではなく、奴はダメ人間です。人間は内面です」
「だけど、あの緩いのがいい時もあるのよね~。むさい騎士達の中で嫌気が差している時に『ヘラ~』って……。長い儀式の中で思わず肩の力が抜けるの」
「意外なところで役に立っていますね……」
「だから、わたしの騎士は優雅なティーナか、緩いイオルクなのよね~」
「私がむさ苦しかったら、ここに居ないのですか?」
「居ないわ」
(……容姿も意外と重要なのだな)
きっぱりと言い切ったユニスに、ティーナは項垂れる。
そこに部屋をノックする音がする。ユニスが返事を返すと、イオルクが入室してきた。
「隊長、持ってきましたよ」
ヘラリと緩い笑みを張り付かせて持ってきた用紙を振るイオルクを見て、ユニスはティーナに顔を向ける。
「ね、緩むでしょう?」
「はい……」
「?」
ティーナは『この締まりのない顔が脱力させるだけではないか?』と訝しげにイオルクを見る。
「何ですか? 人の顔をジッと見て?」
「普段から、その顔なのか?」
「そうですけど?」
イオルクは取ってきた用紙をティーナに渡す。
ティーナは咳払いを入れて気分を入れ替え、受け取った用紙を眺めて間違いないことを確認する。
無視されるような形になったイオルクは首を傾げる。
(俺が居ない間に、何か話してたのかな? それにしても顔のことを聞かれるのは初めてだ。顔に朝食の食べ残しでも付いてたか?)
イオルクがペタペタと自分の顔を触って確認している間に、ティーナは用紙の確認を終え、一歩進んでユニスに用紙を差し出す。
「姫様。是非、許可を頂きたいのですが」
「ええ、いいわよ」
ユニスは用紙を特に読むこともなくサインをすると、ティーナに用紙を返す。
一方の自分の顔に何も付いていないことを確認したイオルクは、ティーナとユニスだけに分かるようなやり取りが何なのか分からず、用紙を取って来る時に仕入れた情報を加えて訊ねる。
「何かの大会のようですが、隊長が参加するんですか?」
「ああ、そうだ。昨年は、条件を満たせず不参加だった」
「へ~。その条件って?」
「人数だ」
「そうですか」
イオルクは、ティーナの横から用紙を覗き込む。
「これ、部隊代表のトーナメントだったんですか?」
「そうだ」
「三人で出場ですか……。結局、人数足りなくないですか?」
ティーナは、イオルクに見易いように用紙を突き出して見せる。
「よく見ろ。二勝による勝ち抜き戦だ。私とお前が居れば問題ない」
「勝ち抜き戦なら、一人でいいんじゃないの?」
「一人では、体力が最後まで続かないのだ」
「それで、俺か。で、俺の意思は?」
「よく見ろ。隊長推薦だ」
「拒否権なし⁉ 推薦って、こういう使い方をするものだっけ⁉」
そう声を上げたイオルクを無視し、ティーナは『フフフ……』と笑い声をあげ、活き活きとしている。
「これで久々に他の者とも、剣を合わせることが出来る」
妙なスイッチが入っているティーナを指差して、イオルクがユニスに訊ねる。
「何なんですか? あれ?」
「毎年出ているのだけど、去年は見送ったの」
「去年? ああ、時期を考えると、俺が入隊するのが一ヵ月遅かったのか」
「そう」
(それで変なやる気が蓄積されたのか……)
ティーナは腰に左手を置き、用紙を持ったまま右手の人差し指でイオルクを指差して言う。
「優勝を目指して気合いを入れることだ」
「俺も、本当に参加するんですね……」
「当然だ。我々は二人だ。三人で交代出来る他と違い、既に不利だ。一昨年、一人の参加では体力の温存が出来なかったが、今回は違う。先方であるお前が、一人でも多くの対戦者を倒すのだ」
「そんな滅茶苦茶な……。俺、鉄の鎧ですよ? 各部隊から出るなら、鋼鉄の鎧以上が参加するんじゃないの?」
「そうだろうな」
イオルクは面倒臭い役割を押し付けられたと思うと、内心で溜息を吐いた。そして、ティーナの気の入れようから、ある予想が直ぐに立った。
「隊長、今まで優勝したことないでしょう」
「大体、準々決勝辺りで体力が尽きるからな」
「隊長の相方は?」
「大抵、一回戦で怪我をするか戦意を喪失する」
イオルクは、これも原因でユニスの騎士を辞める人間が多いのではないかと思う。
面倒くさそうにイオルクが言う。
「分かりました。兎に角、大会には参加します」
「やる気になったか?」
「いや、まったく」
「お前な……」
ティーナは不満そうに言葉を漏らした。
それを気にすることもなくイオルクは続ける。
「まあ、相打ちして、一人でも多くの相手を道連れにするように心掛けます」
「最初から勝つ気はないのか?」
「そもそも出たくないし」
「何故だ?」
イオルクは心底嫌そうな顔を浮かべながら、右手の人差し指を立てる。
「この大会、本物の武器を使ってるじゃないですか。相手を気遣うのも面倒臭いし、斬られたら怪我しますよ」
「そのために優秀な魔法使いを用意している。前々回は、切断された腕を見事に繋いで見せたぞ」
それを聞き、イオルクは顔の前で片手を縦にして勢いよく振る。
「いやいやいやいや、確かに出血の少ない段階で治療すれば治りも早いですけど、そんなのは体力の高い騎士以外治りませんよ! っていうか、そんなに手加減知らずなんですか?」
「部隊色にもよるな」
イオルクは溜息を吐く。
「……出ますけど、怪我しそうになったら降参しますからね」
「お前の腕は認めているのだがな。その様子では、今年も私だけで奮戦することになりそうだ」
ティーナは雪辱を晴らすために燃えていたが、イオルクは適当に戦うことを胸に誓っていた。
そんなやる気の対照的な二人を見てユニスは笑みを浮かべ、大会の日を楽しみにするのであった。