「ナイスショー!」
5月に入り、市内にある運動公園の体育館で総体予選が始まった。
緊張は拭えないし、周りからも伝わってくるけれど、そんなものだろう。
「試合前にしては締まりのない顔ですね。でも許します」
「失礼だなぁ。こういう顔なの私はー。でも許します」
しかもあの日、美鳥の棚ぼたでサラサラくんに会えてから今日まで、私は実に絶好調で。だから今の私に、臆すなんて言葉は存在し得なかった。
けれどこうした余裕が持てるのも、あの子がこの会場にいないことが一番の理由なのかもしれない。
「あやみんさん、そろそろ私たちも行きますよ?」
「あ、うん」
彼女は東京の私立へ進学している。だからもしあの子もバドを続けていたなら、次に出会うのはイレギュラーを除いてただ1つ。お互いが全国の舞台に立つ時だ。
あれからサラサラくんとは顔を合わせていないし、あの言葉だって真意はわからないけれど、いいじゃないか完全なる片想いでも。
恋愛なんて、単に自分を奮い立たせる起因の1つとして在ればいい。飲んでも飲まれるな程度にさぁ、上手く付き合えばいいじゃん。それに、ほら。予選を突破すれば、壮行会で彼が所属する吹奏楽部のみんなに応援してもらえるのだから。
「百面相ですね」
「ならもう百個目いったから、お
「何ですかそれ。でもまぁいいです、許します。さぁさぁ、勝ちを取りに行きますよ綾!」
「うん!」
美鳥にコートネームで呼ばれて、背中がシャキッと伸びた。
私を真っ直ぐ見つめる美鳥の晴れやかな表情に、自分なりに決着をつけていたつもりでも、どこかうじうじしていた気分が吹き飛んでいく。
そうだよ。今からあの子と対面した時のことを心配していてどうするんだ。それに私はもう、いつもこうして傍にいてくれる美鳥とペアを組んでいるんだから、あの子がどうとかなんて全然関係ないよ。
しばらくすると主審から声が掛かり、私たちは準備を切り上げてコートへ集まった。
背丈ほどのネットを挟んで、見知った顔が並ぶ。相手は七人。私たちは五人で挑む。
「神無月高校対、睦月高校の試合を始めます」
総体予選1日目、女子団体戦。私たち睦月高校の初戦が今、開始される――!
「お願いします」と両校で握手を交わした後、私はこれまで通りコートを離れようとした。けれど茉鈴に手を握られて踵を返す。
ふと視線を移すと、茉鈴の隣で花林が頷いていた。その二人の手も繋がっている。だから私も頷いて美鳥にも同じようにすると、凜々果までそれは繋がっていくのだった。
まるでカーテンコールをする舞台俳優のように、私たちは手を取り合った。
「大丈夫だかんね!
「そうそう。しかもみんなさ、最近すげー調子いいっしょ?」
「うん!」
「これも私の作戦通りですね」
「ワタクシは逆に、あのおチビさんと美鳥さんのお兄さまに腹が立っていてイライラが過ぎていますの! 片っ端からぶっ潰していきますの!」
「ふふ、素晴らしいですね。これも相乗効果を狙った私の作戦通りです」
「ふぁ⁉」と私を含め、みんなの視線が美鳥に集中する。美鳥はいつものように眼鏡をくい上げすると、含み笑うのだった。
またやられたと、誰からともなく笑いが出たけれど、ここでケラケラと騒ぐわけにはいかないので、みんなでお腹を抱えつつ声を押し殺した。
さすが曲者だらけをまとめる私たちの部長だ。もう負ける気がしないよ。