美鳥の受け売りで花林に確信を突かれ、茉鈴にも異常な心音を聞かれて
だってこの二人に、淫乱な二人に弱みを握られるのは避けたい。
けれど焦っている所為か、二人の手によって悪戯される自分の姿ばかりが浮かんできてしまう。
そんな中、ティーカップをソーサーへ置く音が静かに鳴り響いた。
「来ましたね」
美鳥はアイロンのかかったハンカチで口元を拭くと、何かを企んでいるかのような表情で微笑した。
視線はなぜか私に向く。
ええ⁉ ちょっと怖いよ。何でこっちを見て、眼鏡をくい上げするかな?
「おっ」
「あれって!」
「さっきから、みんなどうしたの……ふぁ⁉」
花林と茉鈴が指差した方へ視線を移した途端、再び鼓動が早く鳴る。私の視界が、エフェクトをかけたようにキラキラでいっぱいになった。
サラサラくんが、体育館の中へと入って来たのだ。けれど……。
「あれま。他の女の方に行っちまったよ。フラれちったか?」
「こら花林、しっ! あやみん、あんなショタなんか忘れてさ、一緒に腐女子になろうねぇ?」
ううっ。そのズレた茉鈴の気遣いが逆に涙を誘うんよ。
サラサラくんが向かった先は美鳥のところだった。
まぁ何だ。私たちはたった一言、二言、言葉を交わしただけの、赤の他人に等しい間柄だ。だから、まさか自分に会いに来てくれたのではなんていう淡い期待を抱く方が、どう考えたって可笑しいのだ。
なのに、ぽっかりと穴が空いたみたいな喪失感が私を襲う。このままその穴に、呑まれてしまうんじゃないかと思った。
え、呑まれる? 喪失感?
「いやいや私は別に、好きとか、そんなんじゃ……ないし……」
上手く虚勢を張れない私に、花林と茉鈴は顔を見合わせた。
それから二人は、慰めるように私の頭や背中を優しく撫でたり摩ってくれたりして、いつもみたいにふざけたりはして来なかった。
「これを届けに来ました。これを見て、君のだと思ったのですが、違いましたか?」
「いいえ私のです」と、美鳥は眼鏡をくい上げする。
そうして美鳥がサラサラくんから受け取ったのは、黒地に金のノックが付いたシャープペンだった。気に入っているものなのか、美鳥がいつも使っているシャープペンである。
ん? サラサラくんが言った
「すみません。足元に転がっていたから、うっかり踏んでしまったんです。壊れていませんか?」
「ええ平気です。わざわざすみませんでした吹奏楽部の部長代理さん。ですが、ふふ。これを付けていて正解でしたね」
そう言って微笑すると、美鳥は私に見せるようにシャープペンに巻き付いた付箋を引き伸ばした。そこには走り書きで、女子バドミントン部という文字が書かれていた。
「はへ?」
「ん? ああ君もここの部だったんですね!」
サラサラくんは私に気付くと、パッと笑顔に花を咲かせたのだった。