「ふぐっ」
お腹が満たされて、何と無しに力なく空を仰ぎ見ていると、美鳥に鼻をつままれた。
「腑抜けていますね」
「いいでしょ別に。今はお昼休み中なんだから」
私は鼻を
「まぁ、そうですけれど……」
美鳥はそう言って私の隣に座ると、頬に流れ落ちた髪を耳に掛けた。そして教室から取って来た文庫本のページを捲ると、眼鏡をくい上げする。
「足、痺れませんか?」
「うん。大丈夫」
「……べったりですね」
「ね」
本に目を向けたまま話す美鳥に返事をしながら、私は膝の上で眠る凜々果の頭を撫でた。
ついでに睫毛も触っちゃう。
長いなぁ。天然でカールしてるもん。
くすぐったそうにする凜々果の寝顔が可愛くて、もっと悪戯をしたいところだけれど、起こしたら可哀想だから2、3回だけ触れて
「もうすぐですね予選」
「……うん」
「緊張しているのですか?」
「そりゃあ人並みに。美鳥はどうなの?」
「ええ私も人並みに。でも練習試合がとても面白かったので、本番も楽しみになって来ました」
「だね。片寄先生に感謝だよ本当。私たちにも勝利の気分を味わわせてくれたんだから」
このイメージを持ったまま大会に臨めば、きっと本番でも
「あ、そろそろですね。みなさ~ん、起きてくださ~い!」
「花林と茉鈴は、もう起きないと着替える時間なくなっちゃうよ? ほら、頑張って起きるよ~」
そうして私は美鳥と一緒に、予鈴よりも早くみんなを起こしていく。すぐには起きてくれないから。
「あと1時間……って、やば! 着替えないといけないんだった!」
「しかも今日の体育っ、外だったじゃんっ!」
予定を思い出したようで、いつもよりも早く目覚めてくれた。
花林と茉鈴は同時に飛び起きると、散らばっていた弁当袋を引っ掴んで、脇目も振らずに走り去っていった。
それから私はセバスと協力して何とか凜々果を起こし、立膝になって上体を反らしたり、解放されたばかりの足を労わるように揉み
「あれ?」
ふと周囲に視線を移すと、花林と茉鈴が枕代わりに敷いていた、BL漫画の単行本が落ちていることに気付いた。「僕の拘束白書~女子に人気の教育実習生を雌にするまで~」というタイトルの二冊だった。
「……犯罪記録だよね、これ?」
「あらあら、お弁当箱だけ持って行ってしまわれたんですね」
「はぁ、もう仕方がない。じゃあ今から私、B組まで届けてくるよ」
「私めが」と名乗り出るセバスを適当にあしらって、私は美鳥たちを残し、一足先に屋上を後にした。
既に更衣室に行ってるようだったら、机の中に入れておいてあげよう。でもそれだけだと不安だから、置いておいたからってスタンプ付けて送信しようっと。
そんな風に、スマホ画面に並ぶ猫のイラストを思い浮かべつつ階段を下りていると、不意に何かが足元へ滑り込んで来た。
気が抜けていた分、冷っとしたけれど、私は持ち前の運動神経で見事に回避する。跨いだだけだけれど。
「ふぅ。危なかった……」
小さなメモ用紙だった。もしかしたら大事な用事が書かれているかもしれないし、うっかり踏まなくて良かったと思った。
「すみません! 大丈夫でしたか?」
「ああ、は……い」
背中に声が掛かって振り向くと、そこにはサラサラ髪の男子が立っていた。
私より少しだけ背が高い子だった。