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交換可能なわたしたち
コハコ
文芸・その他ショートショート
2024年11月12日
公開日
3,500文字
完結
父親役が現場に来られない。さあどうする。

残念ながら、選択の余地はない。

交換可能なわたしたち

 父親役が感染症で来られないと連絡を受けた時、アシスタントディレクターの明田は嫌な予感がしていた。

 プロデューサーに伝えると、途端に不機嫌になった。

「今から手配するのも面倒臭いな」少し考えて、「お前が代わりにやれ」と明田に命じた。

「え、俺ですか」

「今日は家族の団欒シーンの再現だろう。別にドラマを演じるわけでもないし、いけるだろう」

「まあ、はい」いや、無理だろう。

「任せたからな。うまくいけば、次は母親役もADにさせよう。予算も削られてるからな」

 とんでもないことになった。

 両親と兄妹役の四人での再現ドラマだ。その中に自分が入ることが想像できない。


「おはようございます」

 妹役の青葉ちゃんがお母さんに付き添われてやってきた。丁寧にお辞儀をしている。まだ小学二年生だが、すでに三年以上のキャリアがある。今年入社した明田に比べると、大ベテランである。

 兄役の龍馬くんもやってきた。龍馬くんは一時期語尾に「ぜよ」をつけていたらしいが、今はしていない。もしかしたら、親が目立たせるためにさせていたのかもしれない。もう六年生なので、きっと忘れたい黒歴史だろう。

 母親役の治田さんも現れた。治田さんはフルネームでは治田治子と言って、割と覚えやすい名前である。

 実際も二人兄弟の母親なのだが、雰囲気は清楚だ。元アイドルとかではないので知名度はあまりないが、番組で出てもらいたい場面も多い。

「父親くん来られないんだって?」治田さんがさっそく切り出した。「アットホームが売りなのに、毎日飲み会だもんね」口はあまり良くない。

 治田さんは明田を見つけると、ズカズカと近づいてきた。

「代わりに出るんだって? 協力してあげたいけど、うまくいっても困るのよね。次は母親役が削られるんでしょう?」

 誰だ、要らないことを告げ口したやつは。

「おたくのプロデューサーが直々に伝えにきたわよ。母親役も見直しの対象だって」

 まさかのプロデューサーだった。


 明田は泊まり込みでよれよれだった服を着替えさせられた。

「明田は初めてだし、一度練習をしておくか」ディレクターの秋本が顎ひげをさすりながら言った。

「あの、台本とかは」

「そんなもんねえよ。知ってるだろう。自分ちでも思いだせよ」

「俺、独身なんですが」

「それはお前の事情だろ。知らねえよ。すぐ始めるぞ」

 全員が配置についた。無言で促されるまま、明田もテーブルについた。自分が今までしてきたことの報いを受けている気分だ。

「はい、テスト」と秋本が合図を出した。

 しばらく沈黙。

 顔を上げると、治田さんが顎をしゃくって明田に合図していた。

 ああそうか、自分のための練習だったか。

「ユウタは、学校の調子はどうかな」明田は、とりあえず龍馬くんに振ってみた。

「ぼく、サッカーでレギュラーになったんだ」と、龍馬くんは笑顔になった。さすが場慣れしている。

 そしてこれは本当のことらしい。龍馬くんは運動が得意で、いずれアイドルになる予定である。

「あかねはどうだ?」今度は青葉ちゃんに聞いてみた。

「わたしは、読書感想文で賞をもらったよ」青葉ちゃんも笑顔で言う。これも本当らしい。文学少女なのだ。

「母さんは?」

「え、私?」治田さんは、自分まで聞かれると思ってなかったらしい。確かに、これでは普段の会話が無い夫婦みたいだ。

「えっと、俺の知らない秘密とか無い?」余計変か。

「あっても言わない」そうでしょうね。

 パンパンと手を叩く音がした。

「まあ、テストはこんなもんでいいか」秋本が中断した。

「次は本番ね。一発で頼むよ」秋本はカメラマンに指示をする。そして明田たちの方を向いた。

「展開的には、ちょっと誤解して揉めるけどすぐに解決してアハハという感じでいこうか」

「え、そんなの無理ですよ」

「そうなの?」秋本がキョトンとする。

「みんないけるよね?」秋本はまわりを見渡してきいた。

「いけます」と治田さん。

「大丈夫です」と青葉ちゃん。

「ほら、青葉ちゃんも大丈夫だって。小学二年生だよ?」

「台本とかは・・」

「あ?」

「いえ何でも」

「理解できたら、さっそく始めるぞ」秋本はカメラマンに確認する。

「きっかけだけ決めておこう。ハルコちゃん頼めるかな?」

 ぎらりと治田さんの目が光った。「もちろんです」

「では、開始」秋本が軽く言った。

 急に隣の治田さんの圧力が増した。絶対、何か仕掛ける気だ。

 治田さんは、ぐりっと体の向きを変え、明田に人差し指を向けた。

「ちょっと、あなたの給料が低くて、私たち暮らせないんだけど」直球がきた。

「俺もがんばってるんだけど、景気がね、悪くてね」何とか打ち返す。

「でも、あなたの上司は良い暮らしをしてるっていうじゃない」

「ああ、あれはスポンサーからもらった商品をネットで売りに出してて」

「ストーップ、馬鹿かお前。人が信じるだろうが」高級腕時計をはめた右手首をあらわにしながら、秋本が止めた。

「しばらく休憩。お前ちょっとトイレまでこい」秋本が明田を手招きした。あ、怒られる。


 しおしおとなった明田がトイレから出てくると、青葉ちゃんがいた。

 青葉ちゃんは明田を見上げ、ささやいた。

「わたしはいつでも明田さんの味方だからね」

 小学二年生に励まされる自分。

 明田は気を取り直し、現場に戻る。

「あなた、馬鹿でしょう」あきれた顔で治田さんが出迎えてくれた。


「そろそろいくよ。給料の話はやめてね」秋本が治田さんを見ながら言った。治田さんがうなずく。「はい、スタート」

「あなたのポケットから、口紅のついたマスクが出てきたわ。何よこれ、浮気?」

「浮気? 結婚もしてないのに?」素で返してしまった。

「父さん、それは母さんに失礼だよ」龍馬くんが困った顔をしている。

 そうだ、家族の団欒シーンだった。

「それはあれだ。新たなサービスだよ」

「サービス?」治田さんがキョトンとした。「浮気じゃなくて?」

「そ、そう、お店で三千円だしたら貰えたんだ」そんなサービスがあるのか知らないが、適当に言う。

「そうか、浮気じゃないのね」

「もちろんだよ、僕が愛するのは君だけだからね」食卓でする話ではないような気がする。

「そうか、そういうことか・・」

「そう、僕が愛するのは君だけだ。一生かけて、君だけだ」確認されたのでもう一度言う。毒を食らわば皿まで。

 治田さんの鼻から鼻水が垂れた。驚いて顔を見ると目から涙が溢れた。何で?

「あ、ごめんなさい。あれ、こんなことないのに」治田さんが珍しく動揺している。

 またしばらく休憩となった。明田は再び秋本に呼び出された。

「お前わざとか?」秋本が睨みつけてくる。「ハルコちゃんのところ、旦那と揉めてるの知ってて言ってる?」

「まさか。そんなの知りませんよ」驚いた。


 スタジオに戻ってくると、セットの奥から青葉ちゃんの声が聞こえてきた。治田さんと話しているらしい。

「わたしはいつでもハルコさんの味方だからね」

 この子の闇も深そうだ。

 全員が揃ったところで、入り口の扉が開いた。

「お前ら、さっきから何やってんの?」開いた扉からプロデューサーが入ってきた。

「大丈夫です。すぐに始めます」秋本が慌てて答えた。「では位置について」

「一体いつまでやってんだ?」プロデューサーが秋本を睨む。「この状態は誰のせいだ?」

 全員が息をのんだ。

「俺はいったい誰を辞めさせればいいんだ?」秋本を見た。「お前か?」

 秋本はプルプルと首を振る。

「それともお前か?」明田を見る。明田は「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

「お前がもっとうまくやれば経費も削減できたんだ」その言葉に、治田さんがピクッと反応した。

「もっと使えるADはいないのか?」

「明田は頑張ってます」秋本が意外にも明田を庇った。

「じゃ、逆に演技できる女のAD連れてこい。案外居るんじゃないか?」プロデューサーが笑った。

「さすがにそれはハルコちゃんに失礼ですよ」秋本が止めようとする。

「うまくいけばポイント稼げそうだな。人件費が削減できる、いい案じゃないか?」

 青葉ちゃんの視線が治田さんとプロデューサーの間を行ったり来たりしている。

 治田さんは怒りに震えていた。左手で右手を抑えている。


「いいかげんにするぜよ」嫌な空気を切り裂いて龍馬くんが叫んだ。興奮して昔の口調に戻ってしまったらしい。

 龍馬くんはプロデューサーに言った。

「二人が、かわいそうではないか」

 治田さんの腕の震えが止まった。

 憤慨する龍馬くんに、プロデューサーは笑顔になった。

「冗談ですよ、冗談。皆さん、早めにお願いしますよ」プロデューサーは入ってきた扉をくぐり、出ていった。

 反省した大人たちは、その後素直に再現ドラマを撮影し、解散となった。

「次回もよろしく」治田さんの声は聞こえなかったことにした。

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