「妖精の、意図…?」
「城に妖精はつきもの。ここからは私の推測ですが、陛下を傷つけるような真似をさせないように、妖精は王妃の傍に居たのでしょうね」
エルロットは溜め息を吐きたくなったのを呑み込んで、亡き母を思い出す。よくもまあ、何も言わずに自分たちの物語を綺麗に終わらせたものだ。
誰の手も届かない場所へ、ふたりで逝ってしまった。
『エルロット、おまじないありがとう』
そうう言って、エルロットの頭を撫でた母親の温もりはもう思い出せない。本当に遠いところに行ってしまった。真意を聞くには、まだまだ先になりそうで。それよりも先に、父親が問いかけに行くだろう。それもまだ先だけれど。
「――お姉さんは凄いね。お姉さんの言った通りだよ」
「…アルノー殿下!?」
「お前、また脱走してきたな…」
また、とは。よく脱走する子らしい。部屋にするりと入り込んできた七歳児を見る。七歳児と言ったって侮れないなあ。エルロットはアルノーが肯定したことを、自分の中で反芻する。
自分で推測して当たっているとは、なんか話が行きすぎているような気もするが。エルロットが知らないだけで妖精が絡んでいるのなら、そういうこともあるだろう。
妖精とはそう言う生き物だから。
「お父様はとっても妖精さんに好かれてるみたいだから、お父様を守るためにずぅっとお母様の傍に居たんだって!」
「アルノー殿下は、どうしてそれを?」
「妖精さんがお父様の近くにいるから気になって聞いたんだ!どうして、いつも傍に居るの?って」
「それで、妖精は何と言っていましたか?」
「お父様の幸せを願っているって!」
ニッと笑ったアルノーに、エルロットは小さく頷いた。
「…幸せ?」
「うん!だってね、お母様はいつも騎士の人と居たんでしょ?お父様が居ても。だからね、お父様には幸せになってほしいなあって思ってたら、妖精さんが、お母様と騎士の人について教えてくれたんだよ」
「…お喋りな妖精なんだな」
「でもね、事あるごとにおじい様やおばあ様のこと、守れなくてごめんなさいってずーっと言ってるんだ」
この妖精、随分とお喋りらしい。一体、七歳児相手にどこまで喋ったのだろう。王妃様がなくなったのは、二歳の頃だ。それを考えても、なぜそこまで喋ったのか。
不思議に思いながらも、エルロットはアルノーの言葉を肯定する。
「その妖精は本当に陛下のことが好きなのですね」
「うん!」
「おじい様やおばあ様のことは、他に何か言っていましたか?」
「んーん、ごめんなさいってずっと謝って来るだけ…。僕はおじい様もおばあ様も知らないけど、妖精さんはとっても優しい人だったって言ってたんだ」
「そうですか」
基本、妖精というのは気紛れだ。死に呪われたギルグガンドを愛する妖精とは、一冊の物語が書けそうだと現実逃避がてら思う。前国王夫妻について、少し調べるべきだろう。
「ねえ、お姉さん」
「はい、殿下」
「お姉さんなら、お父様のこと助けれる?もっともっと、生きていけるようになる?」
「そうですね。ニルヴァーナの名に賭けても、陛下のことをお守りしますよ」
「本当!?」
きらめいた赤い目に、エルロットは笑みを浮かべた。この七歳児、侮ることなかれ。妖精も味方につけているのだから、うっかりでも下手なことは言えない。しゃがみ込んで、アルノーの目線に合わせる。
「はい、家族には長生きしていてほしいですものね」
「うん。でも、お父様とお兄様は特別なんだ」
「ふふ、そうですか。では、このエルロットと約束いたしましょう」
「約束?」
「はい。陛下の、ギルグガンド様の本来、来たるべき『死』以外の『死』を否定し続けます」
「本来来たるべき死以外の死?」
「お父様の天命という寿命が尽きるその瞬間まで、お守りいたします。というニルヴァーナ家の御約束事ですわ」
それ、婚姻の口説きなのだが。と思ったギルバートが居たとか居なかったとか。
エルロットは、黙りこくってしまった外野に目を走らせる。どの男どもは役には立てないだろう。特に、陛下。額を押さえて、目を閉じている。俯き加減であったが顔色はかなり悪かった。
愛した女が、実は護衛の女騎士とデキていた。男の騎士を避けての抜擢だった筈なのに、と言ったところだろうか。お母様、よくやったものだ。尊敬は出来ないが、すごいなあという称賛は向けれる。嫉妬深い夫である陛下を欺いて、一緒にあの世に行っちゃうなんて。
ニルヴァーナ家、恨まれても文句は言えないな。と思うけど、そこまで今の陛下は思うことが出来ていないのだろう。
「アルノー様、侍女の声がしていますよ」
「あちゃー…。バレちゃった」
「ふふ、暫くは城内に居させていただく予定なので、戻られてはいかがですか?」
「そうするね!」
ご機嫌よく去っていったアルノーを見送る。あれは曲者に育つだろう。腹黒くはならないでほしいな、とエルロットは思うけれど環境次第である。けれどどう足掻いたって近い将来、食えない第二王子として名前を馳せる、そんな気がした。
「さてと」
この惨状をどうするべきかなあ。
エルロットは自身が生み出してしまった惨状に、大きく溜息を吐いたのだった。