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第61話 全てを賭けて

 BIGBANGビッグバンの出番が回ってきた。


 バンド演奏としては初めての大舞台で緊張しているが、同時に美月みづきたちは嬉しさと楽しさも感じていた。


「これが私たちが目指していた舞台」


 目をキラキラと輝かせながら、美月みづきは大勢の観客のがいる方へと視線を向ける。


 レミーの演奏開始の合図は出ているが、この感覚が胸の中でまだ高まっており、次になかなか進めない。


「あのー、演奏を……」


「あっ、すみません。なんか感動しちゃって……」


「そうですか……じゃあ、そろそろいいですか? みなさんもお待ちかねみたいですし」


「わかりました」


 美月みづきたちは現実に意識を引き戻して準備をした。そして、「みんな行くよ!」とメンバーを鼓舞する。その言葉に、全員が頷き、彼らの演奏は始まった。


 一音目は激しいギターとドラムから始まった。


 魂を刺激するかのような演奏を見せつけ、観客の心へと訴えかけていく。


 その音がに観客たちは心踊らされ、熱狂する。


 ロック。それが今回美月たちの選曲だ。


 二次予選はインパクト重視でいきたかったから。


 今まで挑戦したことのないジャンルで心配だったが、それは杞憂だったようだ。


 洗礼された彼らの演奏は一瞬で人の心の隙間に入っていった。


 アクセントをつけるためにキーボードが繊細な音を奏でていく。しかし、そこには力強さも混ざっており、ただ肌を撫でるような優しさだけではない。


 しばらくして、中性的な声色が会場を包む。


 今までの翔兎しょうとと違う側面を見せられたファンと桜花おうか学園の生徒は歓喜し、それに釣られてファンではなかったものたちまでも音を楽しむようになっていた。


 掴みはバッチリ。あとは、どれだけ自分たちの世界に引き込むか。それが勝負の分かれ目になる。


 Aメロに入り、翔兎しょうとは少しだけ歌い方を和らげた。


 入りの部分と百八十度違う歌声を見せられ、一旦落ち着きを見せる観客。


 他の楽器の演奏にも耳を傾ける余裕が出てきて、聞き惚れるものもいた。


 柚葉ゆずはが奏でる主導権を握るギター、美月みづきのキーボードが見せる誰も気づかない細かさ、春樹はるきのリズムを整えるドラム。健斗けんとのリズムを支えるベース。


 それぞれが違う役割を担い、この場の演奏を作り上げている。


 それを形にしている翔兎しょうとの声。


 完全に調和が取れていると言ってもいい完璧な演奏だった。


 最高のバンドの演奏を見て、控え室にいた香織かおりは憧れを見つめるような表情をしていた。


「これが見たかったんだろ? よかったな」


 彼女の横に並び、優しい声をかける男性。


 ORIONオリオンのボーカル担当──杉本蓮すぎもとれん。このバンドのリーダーで名門音楽一家、杉本すぎもと家の当主。


 音楽に情熱をかけており、誰よりも音楽に対して愛を持っている。


 そんな彼の言葉を聞いて、香織かおりは目から流れていた一粒の涙を拭き取り……


「だって、私は美月みづきのファン第一号なんだよ。やっと、やっと帰ってきたんだね」


 ピアノコンクール以来の大舞台での演奏。一緒にあの舞台に立っていた香織としては美月の演奏を聞けたことが何よりの喜びだった。


 香織かおりの言葉に蓮は笑みを溢す。そんな彼を睨みつけるように見ている人物がいた。


 杉本有馬すぎもとありまれんの兄であり、杉本すぎもと家を勘当させられた人物だ。今はANDROMEDAアンドロメダでリーダーを張っている。


「ねぇ、どこ見てるの有馬ありまくん? 演奏見てみなよ。しょうちゃん、かっこいいでしょ?」


「そうか? これでよくここまで来れたなって感じだ」


「まぁ、少しは楽しめそうじゃねぇか」


 凶悪な笑みを浮かべるつよし。それに比べ、舌打ちをして悪態をついているあきは、春樹はるきがあれだけドラムを叩けるようになっているが気に食わなかった。


夏弥なつや……」


 大勢の場のため抑えたが、今にも感情を表に出して否定したくなる感覚に襲われていた。


 色々な感情を与えているBIGBANGビッグバン。その演奏は観客を熱狂させながら、続いていった。


 程よい高音で聴くものの耳を心地よくさせてくれる翔兎しょうとの歌声。それだけでなく、歌詞に合わせて歌い方を変える。荒々しい時には力強く、優しい時は吐息を吐く程度に調整し、自分なりの表現を繰り広げていく。


 間奏に入り、春樹はるきがドラムで魅せる。まるで、先ほどの神門秋じんもんあきのパフォーマンスに対抗するかのように。


 春樹はるきの努力の成果は、観客たちや審査員たちの度肝を抜いた。


 スティックでシンバルを叩くと、それが合図だったかのように、柚葉ゆずはもギターの音を強くし、響かせていく。


 体が熱くなっていき、今が冬であることを忘れさせてくれるビートだった。


 力強い声色で翔兎しょうとの歌が紡がれる。


 待ってましたと言わんばかりに、コーレスをしていく観客。


 アドレナリンが爆発し、問題行動でも犯してしまうのではないかと思うくらい、目の前が見えなくなっていく。


 そんな彼らの演奏は順調にいくと思われたが……


健斗けんと、いつもと違うん。何があったん?」


明里あかり?」


 明里あかり健斗けんとのベースを指摘する。


 だがそれは、音楽経験者がよく耳を凝らしてやっと理解できるくらいの些細なズレだ。


 この熱さの中で指摘できる人間はいないだろう。でも……審査員は見逃してくれないかもしれない。


 それがBIGBANGビッグバンを応援しているものたちには不安だった。


 そのまま、健斗けんとの不調はこの演奏中に正されることはなく、彼らのパフォーマンスはフィニッシュまで持っていかれる。


 最後の見せ場で、翔兎しょうとがシャウトを決める。


 あまりに長いシャウトに、会場は時が止まったかのように感じた。


 しばらく沈黙が続き……その後に拍手喝采が起きる。


「やり切った……」


 息を切らし、美月みづきたちは今の演奏に満足感を示したいた。そんな彼らにも運命の瞬間が訪れる。


「ありがとうございました! では、早速得点といきましょうか!」


 レミーの合図に、審査員は得点を出していく。


 全てが決まる数字に美月たちは手を合わせ、願いを込める。


 高得点でありますように! それが全メンバー共通の考えだった。


 そして、結果は表示される。示された結果に美月みづきたちは恐る恐る向き合っていく。


 合計結果は……九八六点。その数字を見て、美月みづきたちは愕然とした。


 平均点を取れなかったから。暫定でも十位。十一名演奏を終了し、その中でワースト二位だ。


 想像以上に低い結果に、驚きを隠せないでいた。しかも、驚きはそれだけではない。


 一番低い評価をつけたのはなんと美月みづきたちを応援してくれていた常凪とこなだった。


 八十八点。九十点もくれず、とても辛口評価をしている。


 審査員として公平に。そのために仕方のないことだったのかもしれないが、そんな彼女がこの点数をつけるほど、自分たちの実力は心に響かなかったということだ。


「いやー、常凪とこなさん、この点数をお付けしましたが、なぜでしょうか? コメントをお聞きしたいと思います」


「簡単です。脆弱ぜいじゃくな演奏だったからです。それ以外ありません。もう自覚しているでしょ?」


 健斗けんとの方を見つめ、言葉を発する。


 彼女の言葉に、健斗けんとはハッとさせられた。


 いつも通りの無愛想な表情。だが、BIGBANGビッグバンに失望の眼差しを向けながら、マイクを置いていた。


 立ち上がってコメントもしてくれない。それだけ今の演奏は彼女にとっては価値のなかったものだと言われたようなものだった。


 健斗けんとが落ち込んでいるのを美月みづきが肩を摩り、慰めていく。そして、彼女たちはステージを後にした。


 控え室に戻る美月みづきたち。


 落ち込みながら、ソファに座っていると……


「先ほどの演奏素晴らしかったです」


 突然声をかけられて美月みづきは驚いた。しかし、それ以上に驚いていたのは、健斗だった。


 なぜなら、声をかけてきたのは鳳凰ホウオウのメンバーのひとりで『あい』に似ている女性だったから。


 驚きの顔に満ちている健斗けんとの方に女性は振り向き、何かを察したかのような顔をした。


健斗けんとくんですよね。姉からは話を聞いていました」


「姉?」


 健斗けんとの返答の後に、二回だけ風邪のような咳をし、吐血する。


 その様子に美月みづきは「大丈夫ですか?」と語りかけるが、女性は頷き返し、血を拭き取ったのちにBIGBANGビッグバンを見る。そして、


「申し遅れました。私の名前は宇崎うざき……いや、今は東雲優しののめゆうと名乗った方がいいですね。東雲愛しののめあいの双子の妹です」


 その言葉にこの場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。しかし、ただ一人、健斗けんとだけが四人以上に驚きの表情を見せていた。

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