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第60話 神門家(じんもんけ)

夏弥なつやを養子縁組し、我が本家の後継として招き入れる」


「兄上! どういうつもりだ!」


 二人の男性が言い合いをしている。それをたまたま通りかかった春樹は、隠れながら見ていた。


 和室に堂々と鎮座位している神門節雄じんもんよしお。この神門じんもん家の当主であり、全ての決定権を持っている人物。


 対して、食ってっかかっているのが神門絢梅じんもんあやめ春樹はるき夏弥なつやたちの父親である。


「どうもこうも、奴が世間で注目されているからだ。私はバンドという低俗なものは嫌いだが……どんな形であれ、音楽で注目されているものは神門じんもん家にとっては優遇されるべき存在だ。それを一家の顔にするのは当然のことだろう」


「ふざけるな! 夏弥なつやは私の子だ! それを無理やり奪う形でやるなんて、馬鹿げてる」


「目を覚ませ。お前には神門じんもん家としての矜持がないのか?」


「それは……ないことはない」


 今の父の覇気の落ちた言葉を聞いて春樹はるきは胸が痛くなった。


 父は神門じんもん家として誇りを持ち、神門じんもんのために音楽で称賛される成績を収めてきた。


 それがクラシック音楽の指揮者──神門絢梅じんもんあやめという男だった。


 そんな父がここまで熱くなっているのを見て、春樹はるきは少しだけびっくりした。


 この反論は家族を守るためのものだったから。父の価値観としては一族より家庭だった。


「何してるの?」


秋姉あきねえ


 春樹はるきに声をかけたあきは二人がいる和室の方を覗いた。


「へぇ、お父様と叔父様が喧嘩ねー。珍しいこともあるもんだね。ところで何を話してたの?」


「兄貴を養子にしたいって……」


 その言葉であきは黙り込んだ。一気に雰囲気も変わり、春樹はるきはそれが怖かった。


 部屋一帯が冷気に包まれたかのように寒気を感じた。そして……


「へぇー」


 あきが溢した一言で背筋が震えた。


 春樹はるきを睨む。


「あ、きね、え……」


「チッ!」


 苛立ちを表し、その場を離れていく。


「秋姉、やっぱり」


 昔から感じていたが、彼女は夏弥なつやを勝手に敵視している。


 神門じんもん家次期当主。それが神門秋じんもんあきには確約されていた。しかも、彼女はそれを誇りに思い、それだけのために一族に尽くしてきた。


 しかし、夏弥なつやはそんな彼女を嘲笑うかのように、頭角を表してくる。兄自身にそんなつもりはないが、あきから見たら、それが憎たらしくてたまらないのだろう。


 春樹はるきあきのことで悩んでいると、二人の言い合いはさらに加速していた。


「兄上にはもう頼らない! 私は本家と縁を切る! 子供達は私が守る!」


「好きにしろ。だが、夏弥なつやは渡してもらう……何をしてもな」


 背を向けた絢梅あやめに、冷徹に言い放つ当主。その言葉を無視して、彼は和室を飛び出そうとしていく。


 こちらに近づく足跡を聞き、春樹はるきは急いでこの場から離れ、自室へと戻っていった。


「俺たちどうなるんだろう……」


 神門じんもん家と縁を切る。それは、今までと全く違う生活が始まることを意味していた。


 春樹はるきにとってはそれは嬉しい。


 今まで彼が一族から受けてきた仕打ちを考えたら、こういった感情にならないほうがおかしい。


 あれは小学生三年生頃からだろうか……


*****


「歌の感想は?」


「よか、ったと思うよ……」


 緊張しながら、本音で感想を述べていく。だが……


「その目をやめろ!」


「えっ!」


「その目を止めろって言ってるんだよ!」


 急に怒りを表した秋に、顎に膝蹴りを思い切り入れられ、春樹はるきは吹き飛ばされる。


夏弥なつやと同じ目! あぁ! 憎い! 憎い! 憎い!」


 ボコボコになるまで殴ったり蹴ったりするあき春樹はるきは「痛い!」と泣きそうになる声で訴えていくが、スイッチが入った彼女は止めることはなかった。


 全くの手加減を知らない秋。殺してしまうほどの勢いが数分続いた。


あきちゃん、何してるの!」


 しばらくして、意識が遠のいていく中で優しい声を聞いた。


 音が隣の部屋に漏れていたためか、母が助けに来てくれたらしい。あれがなければ死んでいたかもしれない。


 母──神門美雨じんもんみうあきから自分を解放し、抱きしめてくれる。


 美雨みうの行動があきの癪に触ったのか、助けに来た美雨みうに刺すような視線を向ける。


 その後舌打ちをして、あきはこの場を去った。


「お母様、ありがとう」


「当たり前じゃない。アナタは私の宝物なんだから」


 母の優しさに温もりを感じた。それに涙が出てきて……とても嬉しかった。


 それからも神門じんもん家の嫌がらせは続いた。


 食事の格差。好きなものを食べさせてもらえる秋と、リクエストすらも通らない春樹はるきたち一家。


 掃除も春樹はるきに全て任せ、完璧にやらなければ文句を言われ、暴力を振るわれる。


 その扱いようは、人に対して行われるものではなかった。


 この日常は、彼にとっては地獄でしかなかった。しかし、家族の温もりがあったからこそ、春樹はるきはなんとか生きてこれた。


 *****


 本当に悔しい思いをした春樹はるき。そんな彼がこの五年間のことを振り返りながらは唇を噛み締める。そんな時、部屋がノックされた。


「私だ、入るぞ」


 そよ風のような優しい声がし、男が部屋の中に入ってきた。


「親父……」


 入ってきた人物──神門絢梅じんもんあやめに顔を向ける。


 父が自分の正面に座り畏まる。その姿に、春樹はるきも真剣に向き合わなければならないと感じる。


 父の言葉を待つ。緊張したが、幼い頃から自分や兄に優しくしてくれた父に限って酷いことをするはずがないと安心感を得れた。


春樹はるき、私は家を出ようと思っている」


 父の第一声に、一瞬、息を呑んだ。だが、


「そうか……」


 春樹はるきは父の意見に賛成だった。


 本家との格差は明らかな神門じんもん家での生活。それを長年見せつけられた父は、息子たちの境遇に我慢の限界だった。それは父だけではなく……


「私も絢梅あやめさんに賛成です」


 母も部屋へとやってきて、自分の意見を述べる。


「お袋……」


 両親だけが自分の味方でいてくれる。それが嬉しくて……嬉しくて……


 そんな両親が言葉をかける。


春樹はるき、お前もくるか?」


はるちゃん、どうする?」


 もう答えは決まっている。速攻で返答し、二人と一緒に本家を出た。


 その旨を兄にメッセージで伝えると、「それがいいと思う」とメッセージが来た。


 兄も本家に嫌悪感を抱いていたことをがわかる。


 本家の人間とは、どうしても救いもないような醜悪な存在だったと証明された。


*****


 あれから時は流れ……四年。


 春樹はるきは生まれ変わって帰ってきた。兄の意思を継ぎ、スタープロジェクトのステージへと。


 大勢の観客がBIGBANGビッグバンの演奏を楽しみしていたが、その中に苦虫を噛み潰したような表情をする人がいた。


 神門節雄じんもんよしお春樹はるきを全否定し、彼に酷い仕打ちをするよう命令していた男。


 出来損ないと思っていた人物がこの最高の舞台に立っているのが節雄よしおにとっては虫唾が走る。


 熱狂が沸き、会場が熱に包まれていく。こんな場所での演奏を彼らは一度もしたことがない。


 会場の雰囲気にとても緊張しているが、やっと夢見た舞台に立てた。それがとても嬉しく、今にでも感情が爆発しそうだった。


 兄が立てなかったステージ。そこに今自分が立っている。


 兄は自分の姿をどう見えているのだろう。


 喜んでくれているのだろうか。


 そんな感情が渦巻きながら、彼らの演奏は始まる。だが……健斗けんとが暗い表情をしており、それが春樹はるきの目についた。


健斗けんと?」


「なんでもない、なんでもない」


 まだ、『あい』に似ている人物に気持ちを持っていかれ、心が追いついていなかったのだろう。


 気持ちはわからないでもないが、そこに意識を持っていかれるといい演奏はできない。


 この大会はBIGBANGビッグバンにとって、最初で最後の全てを賭けた大会。他のバンドよりも背負っているものが大きいのだから。


「演奏に集中しろよ」


「あぁ……」


「では、BIGBANGビッグバンの演奏です! みなさん、楽しんでくださーい!」


 司会者──レミーの言葉でBIGBANGビッグバンは演奏を開始した。


 彼らの運命を決める重要な一曲を。

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