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第59話 CASSIOPEIA(カシオペア)

 衝撃的なひと言が会場に響き渡った。それを聞き、会場の観客は凍りつく。それは、一緒に演奏をしようとしていたメンバーも同じだった。


 時が止まったかのような感覚……会場の様子を見て、神門秋じんもんあきは全てを悟った。


 春樹はるきに挑発されて、煮えたぎっていた気持ちを吐いただけだが、それがマイクにも入ってしまっていた。


 自分が犯した初歩的なミス。焦りが見え始め、これからのことを集中できない。


 しばらくして会場はどよめき始める。お互い顔を突き合わせるもの。心配になり、キョロキョロとするもの。混乱で状況が呑み込めない人など、会場は演奏を待っていた時とは真逆の雰囲気を醸し出してしまった。


 取り返しのつかない事態にあきは、自分の拳を強く握り締めて後悔を浮かべる。そんな時……


「ごめんなさい!」


 メンバーのひとり、ギター担当の女性──海原恵美うなばらえみがマイク越しに言葉を発し、頭を下げる。それにメンバー全員が続いていく。


 メンバーの行為に秋は驚き、ましてや自分の中に沸いてきていた焦燥感が消えていくのがわかった。


「お騒がせしました。今のは彼女たちの歌の歌詞の一部でして……いやー、それにしても歌い出しが早すぎましたね。そんなに歌いたかったんですか?」


 彼女たちの歌に『クソが』などという歌詞は本来存在しないが、司会者であるレミーがフォローを入れてくれた。


 突然の行為にメンバー全員が不思議に思うが、ここはありがたく便乗させてもらう。


「そうなんですよね。あきってば、おっちょこちょいなんだから」


 誰がどう見ても『嘘』だとわかる物言いでなんとかやり過ごそうとしていく。


 だが、彼女たちの言葉に会場は笑いに包まれた。


 理由は簡単。あのレミーがフォローしている。


 絶対的な信頼を寄せたスタープロジェクトの司会者。公平さがウリで誰かに肩入れすることはない。


 彼女たちだけで説得していたら嘘だと怪しまれただろうが、『あのレミーが言うなら』と言う感覚に包まれ、会場の皆をなんとか説得できた。


「それでは! 歌っていただきましょう!」


 まだ訝しむものもいたが、とりあえず一悶着も解決。CASSIOPEIAカシオペアの演奏に入る。


 先ほど、フォローを入れたために必然的に歌詞にない言葉を入れなくなってしまった罵詈雑言。


 怒りを込めながら叫び、力強いメロディーが流れた。


 神門秋じんもんあきという大和撫子やまとなでしこに似合わないハードロック調の歌だった。


 激しい音が聴いているものの鼓膜を振動し、一気に歌の世界に吸い込まれていく。


 極力イントロを短くし、秋が第一声を紡ぐ。


 全ての人が待ち望んでいた歌声だったが、特別何かを感じる歌ではなかった。


 確かに美声びせいで、耳が痛くなるような歌声ではない。それでも、心を掴むような歌だとは思えなかった。


「おかしい……」


 モニター越しの美月みづきあきの歌に違和感を覚える。


 ここまで勝ち上がってきた者の歌に聞こえない。例えるならカラオケで歌うまと呼ばれる類の歌唱力。


 彼女の歌声にロック調の荒々しい感じが合ってないだけなのかもしれないが、あれほどの実力者が選曲ミスをするだろうか。


「ミスじゃない」


「どういうこと?」


「見てればわかる。秋姉あきねえの実力はこっからだ」


 春樹はるきの言葉に一同は釘付けになる。それは、ソファに踏ん反り返っていたつよしですら前のめりになるほどに。


 春樹はるきの言葉の数秒後、世界は変わる。


 今までの凡庸ぼんぷな歌声とは裏腹に、超高音のシャウトが響き渡った。


 そこからは人間離れした高音で歌は続いていく。


 女性ですら出すのが困難と言われる音域。五オクターブを操る歌姫──それが神門秋じんもんあきの正体だ。


「前半はわざとか。サビとのギャップを生むために。なかなか手強いな」


 つよしがコメントを残し、あきの音楽を評価していく。


「お前としては珍しいな。歌の方だけ褒めるなんて。好みじゃないのか?」


「あぁ、好みだよ。願わくばお願いしたいな。でも神門じんもんだろ? 食ったら死ぬ。あの家系にだけは手を出しちゃいけねぇのはお前が一番わかってるだろ? 音楽一家のお坊ちゃん」


 つよしの言葉に有馬ありまは鼻を鳴らし、そっぽを向く。


「凄い……」


 一気に鳥肌ものの演奏を見せられ、美月みづきは感嘆していた。


 夏祭りで否定されたが、これほどまでの歌を披露できるのであれば、彼女の意見にも納得できる。


 サビが終わっていくが、彼女の卓越された技術に会場は驚きで置いてけぼりだった。


 後半からはシャウトに高音、デスボイスまでも使い分け、見ている人々の感情を揺さぶってくる。


 もう既に彼女の歌の虜になっているものもいた。


あき……まだ諦められないんだね」


 画面を見つめる香織かおりが、悲しげな表情を浮かべる。


 神門じんもん家の次期当主の最有力候補だった。だが、夏弥なつやに取られた。それがあきにとっては悔しく、許せない。


 努力し、努力し、努力して、スタープロジェクトで優勝する。そして、夏弥なつやを超えたと証明する。それが神門秋じんもんあきが歌を歌う理由だった。


 荒々しい曲調に鈴の音のような歌声が混合する。一見ミスマッチのように見えるが、聴いているもの一瞬で釘付けにするだけの歌唱力と表現力があった。


 今回の歌の最高音を披露し、観客たちに度肝を抜かせる。


 元々人間離れしていたが、さらに超越する。なのに、綺麗に声を届けられているのが不思議に思う。


「また音域が広がった」


 春樹はるきの言葉にこの場にいたものは驚愕した。


 春樹はるきの発言は、彼女が元から異次元の存在にいたことを示していた。


 異次元の歌姫を皆が見つめていく。


 いつも通り、ステージで独壇場の演奏を披露するCASSIOPEIAカシオペア


 ヤジなどを入れる隙は与えず、音をぶつけていく。


 彼女の歌に思考停止するもの。現実から乖離するもの。挙句は脳を直接揺さぶられる感覚を得るものもいた。


 そんな観客にとどめを刺すために、最後をウィスパーボイスで囁くように締める。ロックを歌い終わった後の終焉とは思えない優しい声だった。


「悔しいけど……」


「手強すぎるじゃん。美月みづきたち、勝てるかな」


 明里あかりようが周りに合わせて拍手をしていくが、胸中では心配しか抱いていなかった。


「いやー、素晴らしい演奏でしたね。最初のハプニングはヒヤヒヤしましたが」


 世界レベル。そう呼称しても差し支えない神レベルの演奏を終えたCASSIOPEIAカシオペアをレミーが称賛していく。


「では、得点いきましょうか!」


 彼の言葉で審査員全員が得点を出す。その合計点数は……


「九百九十五点! ANDROMEDAアンドロメダには一歩及びませんでしたが、これも高得点だ!」


「チッ!」


あき、また聞こえるよ」


 悪態をすぐ外に出してしまうのが彼女の悪い癖だ。それさえ無くせば、ちょっとした失敗などもなくせるのに。


 次の出番が来たため、あきは悔しさを出しながら控え室へと戻っていく。


秋姉あきねえ、やっぱり手強い。あの時から変わってないか」


春樹はるきくん。次、私たちの出番だよ」


「あぁ、今行く」


 ついに出番が回ってきたBIGBANGビッグバン。だが、春樹はるきの中にはある感情が渦巻いていた。


 かつて、神門秋じんもんあきの歌を聞かされ、自分の未熟さを呪いたくなったあの日の記憶が……


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