突然目の前に現れた神門秋。その姿に、身内である春樹は不安と怒りが入り混じった表情を浮かべた。
「いきなりなんなんだよ」
「口答えするなんて良い身分ね」
翔兎が割り込んできたことにより、秋は苦い顔をする。
突然始まったBIGBANGと秋の口論に、この場にいた人の意識は持っていかれた。
こんなところで不祥事でも起こせば、原因を作ったグループは失格になる。そうならない前に春樹は手を打った。
「秋姉、何の用だ」
「現実を教えに来てあげたんだよ。アイツらの演奏見て怖気付いてしまったアナタたちにね」
演奏を終えたANDROMEDAを顎で指したのち、BIGBANGに言葉を浴びせる。
その言葉を聞いた美月たちは、何も言い返せないでいた。
彼女たちの姿を見て秋はため息をつく。
「やっぱ、私の選択は間違ってなかったみたいね」
突然紡がれた謎の言葉に、一同は虚を突かれた。全員の驚きなどお構いなしに、秋は自分のペースで言葉を紡いでいく。
「春樹、覚えてる? アナタは神門家のアイドルだったこと」
身に覚えのないことを言われ、春樹は困惑する。
だが、それも無理のないことだ。
今、秋が話しているのは春樹が五歳までの頃の話。この頃の記憶など曖昧な人が多く、覚えていろと言う方が難しい。
「あの頃のアナタは可愛かったなー。もう、みんなメロメロになるくらいに。それでも、一番可愛がっていたのは私だけどね」
懐かしそうに独り言を呟く秋。春樹が知っている秋とは別人のような甘い声だった。それと同時に、自分が神門家でそのように思われていたことに驚愕した。
自分の記憶が覚えているのは、神門家にぞんざいな扱いをされていたことだけだ。
本家の当主には見限られ、他の者たちと格差をつけられた。
冬美には『死ね』と言われ、秋は口を聞いてくれることはなかった。
この時の味方は父と母と兄である夏弥だけ。
だが、それより前はしっかりと神門家に寵愛されていた。それも、次世代の希望として。
春樹が初めて知る事実を噛み締めていると、突如、彼女の声色は幻だったかのように切り替わった。
「でも、アナタは彼らの期待を裏切った。分家、本家など関係ない。劣性遺伝が生まれたことが問題なの。あんな何処の馬の骨ともしれない女の遺伝子なんか入れたからこんなことになったのよ」
「お袋のことを悪く言うな!」
「そんなこと言っても事実でしょ? アンタの親父も変わってるわ。『神門家はよそ者を入れるべからず』。これは家系を守るための鉄の掟。優秀だったからって、例外を認められた結果がこれよ」
実際、春樹は音程感は皆無。楽器も死ぬほど練習してやっと大会で通用すると言ってもいいレベル。神門家の中では無能と言われてもしょうがなかった。
事実を言われ、反論できないことが何より悔しい。
「春樹、私はアナタことが大好きだったわ。それこそ、将来結婚しても良いと思えるほどに」
「なに……」
意外な言葉が飛んできて、春樹は驚きを見せる。だが、それは一瞬のことだった。
「でも、私はアナタに失望した。だって、音楽の才能が一切なかったから」
音楽の名門──神門家。この一族に生まれ、音楽の才能がないことは致命的すぎるものだった。
それこそ、狩りを行えないオスライオンのような。そんな立ち位置だ。
秋の言葉に春樹は口答えが一切できなかった。悔しさを浮かべ、ただその言葉を聞き流すことしか。
「テメェに春樹の何がわかる!」
「アナタたちこそ、ソイツの何を知ってるの? たかだか一年近く一緒に音楽をやっただけじゃない。私は赤ちゃんの頃から春樹を知ってるんだよ。私の方が春樹については詳しいの」
文句のつけようのない正論を並べる。だが、柚葉が勇気を振り絞って「アナタたちの価値観で春樹くんを決めつけないでください!」と声を上げる。それに美月も賛同していくが……
「アナタは確か……」
口を挟んできた美月を見て、何かを思い出したかのように口を開く。
「夏祭りの演奏で無様な演奏を晒した人じゃない。あんな実力でよくここまで来れたわね」
夏祭りの日、始めた彼女たちは交わった。その時の出会いは最悪で、美月としては思い出したくもない過去の一つだ。
その時のことが胸の奥で蘇り、心苦しくなってくる。そんな彼女に追い打ちをかけるように、秋は言葉を浴びせる。
「あの時とメンバーが違うってことは、彼女たちが使えないって悟って切り捨てたんだね。結構賢いじゃない。でも……神門家を引き込んだのは許せない」
秋にとってはエリートと凡人は交わってはいけないというルールでもあるのだろうか。
そう聞こえた翔兎は、「美月はそんなんじゃ……」と、反論していこうとするが……美月が割り込み……
「今なんて言ったの……」
静かなる怒りを見せる。今まで見たことない美月を見た春樹は体が硬直するような感覚を得ていた。
「使えないから切り捨てたって」
「陽奈や明里や曜はそんなんじゃない!」
「そんなにムキになっちゃって。バカじゃないの」
今の言葉が秋には癪に触った。自分に口答えをしたから。誰にも聞こえない程度に舌打ちをする。
秋が機嫌を損ねていると、画面に次の演奏者が表示される。それを見て、背を向けた。そして、「まぁ、いいわ。いずれわかるから」とだけ残して、この場を去って行こうとする。
「秋姉!」
そんな彼女に春樹が指を突きつける。そして……
「見とけよ! 二次予選も突破して、秋姉にも勝って、絶対優勝してやる! 俺たちが最高のバンドマンだって証明してやる!」
春樹の言葉に秋がゴミを見るような目つきを見せる。彼の宣戦布告に微動だにせず、秋は控え室を後にした。
「秋、あのガキ調子に乗りすぎじゃないか?」
メンバーの男に声をかけられるが、秋は沈黙を貫く。彼女が纏っている空気が人を殺めるくらいの気迫で男は寒気を感じた。
ステージへと上がっていくカシオペア。
それぞれが演奏できる位置に立つ。
神門秋の前にはスタンドに設置されたマイクが用意されていた。
それでも春樹に宣戦布告されたことが胸中から離れない。
自分の意見など持っていなかったはずの落ちこぼれに口答えされた。
それは彼女のプライドに傷をつけられたも同然だった。
神門家史上最高の歌姫──神門秋。
神門家としての矜持を誰よりも持っており、責任感だけで生きていきた。
彼女もまた不器用で、しがらみから解放されていない。
何もかもから解放された春樹を羨ましく思う反面、それを認められないのも事実だった。
観客は彼女たちの演奏を楽しみにしている。
この重圧に押し潰される。この感覚を何回味わってきたか。そんな彼女の心は限界を迎え……外へと飛び出す。
「クソが」
本人はほんの小声で発したつもりだ。しかし……その声はマイクに入ってしまい、観客へと届いてしまった。