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第56話 二次予選開幕

「レディースアンドジェントルマン! さぁ、始まったぞ二次予選が!」


 大会の主催者であるレミー・シドラが声高らかに宣言する。


 会場には人の心を刺激するヒップホップのような陽気なリズムが流れており、この音を美月みづきたちは挑戦者への歓迎の音だと思った。


「さぁ、私たちは今、東京国際展示場のホールにいる! この意味がわかるかな?」


「うぉぉぉぉぉ!」


 今かと開始を待ち侘びている何万人もの観客が、ホール全体に届くような熱気をあげる。そんな彼らを「静粛に、静粛に」と押さえ込むレミー。


 観客が収まるのを見送った後、レミーは咳払いし、


「ここでお待ちかねの大会のルール説明だ。二次予選、本戦ともにこの会場で行われる。大会日数は二次予選に一日、本戦二日の計三日だ! 皆、頂点目指して頑張ってくれたまえ!」


「うぉぉぉぉ!」


「それでは、一次予選を突破した百名の紹介だ!」


 レミーの言葉で会場のモニターに全バンドの名前が表示される。人数が多いので、ダイジェスト形式での表示になる。


 当然ながら、その中にBIGBANGビッグバンの名前もあった。


「では、その中でも優秀な成績をおさめた上位十名の紹介! とくとご覧あれ!」


 会場の裏に上位十名のバンドが待機している。一人ずつレミーが紹介していく。


「まずは首位通過。ひとりひとりのレベルが高く、破壊的な演奏を見せる新世代バンド。アンドロメダ!」


 三人の男女が愛想を振る巻くように観客に手を振りながら、ステージへと出てきた。


 そのバンドを見て、控え室にいる翔兎しょうとが歯を食いしばる。


 なぜなら、出てきたのは杉本有馬すぎもとありま山本剛やまもとつよし神門冬美じんもんふゆみ。あの時に縁を切ったはずの男たちだった。


冬美ふゆみ……」


 春樹はるきが呟き、昔の思い出が頭に浮かぶ。


「続いては、二位通過。圧倒的な演奏力に、真摯な人間性が売り。トラブルがなければ首位通過間違いなしと言われていた現時点無敵のバンド。オリオン!」


 純粋な笑顔で観客に手を振る男女。その中にある人物がいて美月みづきは目を見開いた。


香織かおりちゃん……」


 去年、桜花学園を卒業した元生徒会長。


 美月みづきのピアノ教室時代の友達でもあった。


 軽音楽部が廃部になった後に開かれた文化祭の時に『スタープロジェクトで待ってる』と言われたが、こういった意味だったのかと今理解した。


「まだまだいくぜ! 三位通過。メンバー全員が前科持ちという危なすぎる経歴。今は更生したと主張しているが大丈夫か! アメリカ育ちのカメレオン!」


 だるそうな表情を見せる男女のバンド。愛想をふるまうそぶりすらせず、会場のステージに出る。


「私としてもつい嬉しくなってしまった。このグループが四位通過だ! あのOCEANオーシャンのメンバーである神門夏弥じんもんなつやの親戚、神門秋じんもんあき率いる優勝候補のバンド。カシオペア!」


 さすがはエリート一家なだけあり、礼儀作法はバッチリ。人前での顔を見せ、ファンに愛想を振り撒く。


「あの女……嫌いじゃん」


「アタシも」


 夏祭りでトラウマを植え付けられた明里あかりようが観客席から嫌味を吐き出す。


「まさかの飛び入り参加で五位通過! 期待の新人バンド。ペルセウス!」


 緊張しながらステージへと進んでいく四人の男女。


「冬夜……」


 観客席で赤ん坊を抱きながら、彼氏を見つめる陽奈ひな。そんな彼女の目には心配そうな表情が浮かんでいた。


「海外からの参加者も今回は多いぞ! ドイツ出身のバンド。ヤマネコ!」


 両手を振りながら、憧れの日本に来れたことを喜ぶ男性たち。ステージに立ち、少しだけ涙目でいた。


「長くなって悪いな! ちゃっちゃと進めていこうか! 続いては高校生バンド。全員が楽器を始めて一年という経歴。天才少年と少女が紡ぐサクセスストーリー。ペガサス!」


 学生ならではの無邪気な笑顔を向ける男女。それをモニターで見ていた柚葉ゆずはは、息を呑む。


「続いて、不死鳥の如く再生し、あのに届け! 弔いのための演奏を見せてくれるバンド。ホウオウ!」


 薬指のハートの指輪をカメラに映るように強調しながら、ステージへと上がっていく。


「まさか……」


 それを見て健斗けんとは青ざめる。


「どうしたの?」


 話しかけてくれた美月みづきの目を見るが……それがさらに彼の心を抉るように痛めつける。


「ごめんハニー。ごめん」


健斗けんとくん」


 いつもと違う彼を見て、彼女は何かを感じて取ったが、彼のためにそっとしておくことにする。


 そんな中でもメンバーの紹介は続いていく。


 九位にスネーク、十位にウルフという名のバンドだった。


「韓国のバンドか。珍しいな」


「そうなの?」


「あぁ、バンドもないことはないんだけど、確かアイドルの方が人気なんじゃなかったかなー」


 春樹はるきが自分の知っている豆知識を披露していく。


 海外事情など詳しくない美月みづきは頷きながら聞いていた。


 レミーが締めの挨拶をする。


「これで上位十名の紹介は終わりだー。だが、上位のものが絶対に優勝できるというわけではない! そこは肝に銘じて、気を引き締めて大会に挑んでほしい! では、十五分の休憩の後に一人目の演奏だ。審査員の皆様よろしくお願いしますね」


 そう言って、今回の大会で選ばれた審査員の方を見る。


 人数は十名。その中には著名人が多かった。音楽界の絶対的権力者やスタープロジェクトの歴代優勝者。そして……


「今回特別審査員としてOCEANオーシャンのメンバーであるキーボード担当の無限常凪むげんとこなさんにお越しいただきました。一言どうぞ」


「皆さん、頑張ってください」


「あのー、それだけですか……」


「はい」


 すぐに座ってしまった常凪とこなにレミーは拍子抜けする。いつも通り、赤と黒を基調としたゴスロリ衣装でお人形さんみたいに可愛い。


「挨拶ありがとうございました。本当は夏弥なつやさんに頼みたかったのですが、身内が多く参加されていたので、公平を期して常凪さんに来てもらいました。拍手を!」


 会場に穴が開くのではないかと錯覚するほどの拍手が飛ぶ。


 レミーの本音に常凪とこなは不貞腐れ、「夏弥なつやの方が愛想良いもんね」と言葉にする。


 こうして開会式が終わり、紹介された一同は控室へと戻っていく。


健斗けんと、待てよ!」


 突然、控え室を飛び出した健斗を追いかけるBIGBANGビッグバンのメンバー。廊下を走り、どこかへと向かって行く。


 その健斗けんとの手を美月みづきが握る。


「どうしたの?」


あいが! あいが居たんだよ」


 健斗けんとの言葉に美月みづき翔兎しょうと春樹はるきは驚きを見せた。


「愛って誰ですか?」


「そうか、柚葉ゆずはは知らなかったな」


 柚葉ゆずは加入前の出来事。しかも、過去の傷を深掘らないために、メンバー加入以降話をしていない。


 柚葉ゆずは健斗けんとあいという許嫁がいたことを話した。それが美月みづきに似ているということも……


「そんなことがあったんですね」


「あのホウオウってバンドにいたアイツ、絶対、あいだ。あんなに似てるなんてあり得ない」


 世の中に似ている人は三人はいると言われているが、もう既に二人目が見つかっている。三人全員が自分の前に現れるなど、どれくらいの確率なのか。


「だから確かめたいと……」


 美月みづきの手を振りほどき、走っていくが……健斗けんとが吹き飛ばされ、尻餅をつく。


「痛てぇな」


 ぶつかった肩を押さえながら、筋肉隆々の男が健斗けんとを見下す。その姿を見て、翔兎しょうとは怒りを覚えた。


つよし!」


「おー、翔兎しょうとじゃねぇか! 久しぶりだな。おっ! そっちの背が高けぇのはお前の女か?」


 長身の長髪女性を見て、つよしは舌なめずりをする。


「そうだ。それがどうした」


 美月みづきを守るように自分が前に出て、男を睨みつけていく。


「お前、名前は?」


 無遠慮に近づく。


「答えなくていい」


「答えろや! 質問には答える。常識だろ?」


 短絡的な性格なつよしはすぐにイライラする。すぐにでも怒りが爆発しそうになるが……


「やめろ。困ってるだろ」


 後ろから爽やかな声が聞こえてきて、美月みづきたちは次はそちらに目を奪われる。


有馬ありま……」


つよしが迷惑かけたな……君とは初めましてだね。陽奈ひなから聞いてた特徴と一致する。君が美月みづきさんだね」


 無遠慮に近づく有馬ありま。その姿に恐怖しか抱けない美月みづき。だが、「近づくな!」と声を上げ、翔兎しょうとが守ってくれる。


 そんな彼を見て有馬ありまはため息を吐きながら、言葉にする。


「必死になってどうしたんだ翔兎しょうと


「テメェらがその陽奈ひなって女にやったことは咲良から聞いた。もう俺はお前たちと関わりたくないんだ」


「悲しいこと言わないでよ。しょうちゃん」


 有馬ありまの後ろからツインテールの女が現れ、翔兎しょうとは身をたじろいだ。それは春樹も同じで……


「あぁ、まだ死んでなかったんだ。落ちこぼれの雑魚が」


 ゴミを見る目で春樹はるきを見たのち、翔兎しょうとに女の目を向ける。だが、翔兎に守られている美月みづきを見て……


しょうちゃん、彼女できたの。だとしたらダメだよ。君は私のものなんだから。その女、つよしにメチャクチャにしてもらおうかなー、陽奈ひなって女みたいに薬漬けにしてさ」


 あまりに倫理観のかけた言葉に、この場にいたBIGBANGビッグバンのメンバーは怒りを覚えていた。それは普段温厚な美月ですら頭に血が上り、


「ふざけないで! アナタたちのせいで陽奈ひなが……陽奈ひながどんな思いをしたと思ってるの!」


美月みづき……」


「うるさいんだよ。私が決めたらそれが正義なの。口ごたえしな……」


「そんな性格だから、神門じんもん家に勘当かんどうされるんだろ?」


「あぁ? ゴミのくせに言うじゃない」


「お前は昔から、あき姉にも呆れられてたからな」


「アイツの話はするな!」


 自分より弱いと思っていた春樹はるきに反論され、冬美ふゆみは怒声を上げる。自分の爪を噛み、イライラを隠せない。


「まぁ、落ち着きなさい」


 一触即発の雰囲気を有馬ありまが抑える。それにより、つよし冬美ふゆみは大人しくなる。


 対してBIGBANGビッグバンの方は柚葉ゆずはが抑える。


「時間か」


 有馬ありまが腕時計を見て、自分たちの演奏が始めることを口にする。


 ステージに向かうため、二人を連れて有馬ありまがこの場を去っていく。だが……美月みづきたちの方を振り返り、


「楽しみにしていますよ。アナタたちの演奏」


「またね。しょうちゃん!」


 冬美ふゆみが投げキッスをする。対するつよしは舌打ちをしてこの場を去って行った。


「私たちも戻ろうか」


「いや、僕は……」


*****


「それではお待ちかね、一組目の演奏を開始いたします! エントリナンバー・一番。アンドロメダ!」


 レミーの紹介と共に三人がステージに上がる。その姿は先ほど見た、ごろつきとは打って変わった姿だった。


「見せてやるよ」


 つよしが凶悪な笑みを浮かべながら呟く。その言葉と共に、二次予選は開幕された。

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