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第53話 クリスマスデート大作戦前編

 美月みづきは渋谷駅の中央改札を出て、出口へと急ぐ。


翔兎しょうと、待たせてないかな」


 息を切らしながら、懸命に走っていく。


 今日はクリスマスイブ。しかも土日とかぶっており、いつも以上に駅は人でごった返していた。


 そんな大変な日に彼女もデートの予定が入っていた。だが、予定の時刻より三十分も遅刻。


 初デートで浮かれすぎて、昨日眠れなかったのが原因だとは絶対に知られたくないが。


 中央入り口に出る美月。辺りを見渡していくのだが……目的の人物はいなかった。


 心配になり、電話をかけていくが……肝心の彼は「悪い、寝坊した」とだけ返事が来るだけ。


「昨日、連絡したのに……遅刻なんて信じられない」


「悪い、もう着くと思うから」


「待ってるよ」


 自分も遅刻しているので、きつい言葉は言えなかった。しかし、少し焦って無駄な体力を使って損した気分だ。


「おめかしした姿、見てほしいな」


 気合を入れておしゃれをした。


 髪の毛一本、一本に気を使い、服もあまり着ないワンピースをチョイス。しかも、美月にしては珍しい深い赤色。靴もヒールを履いて、背を高く見せる。


 その姿はとても端麗で、目の前にモデルが立っているのか錯覚するほどだ。


 それだけ、彼に目を引いてほしかった。


 数分して、翔兎しょうとが到着する。


「悪い、遅れて」


「ぷー、もっと早く来てほしかった」


「本当に悪い。寝坊して……」


「なら仕方ないけど……」


 ツンツンしながら、内面では許していく。彼の姿がとてもかっこよかったから。


 翔兎しょうとの方を見て、美月みづきは見惚れ、胸がドキドキする。


 紺色のコート。中に色っぽく白色のセーターを着こなし、爽やかな雰囲気を醸し出している。


 ハートのピアスやネックレスも彼の魅力を押し出している。


「どこ行く?」


「決めてないの!」


「昨日あんだけ話したのに、バカ話で終わったのが悪い」


「そうだけど……けど、翔兎も楽しそうにしてたじゃない!」


「なんだよ、その言い草」


「本当のことじゃない」


 昨日の電話を思い出す。


 二人とも初めての恋人で浮かれており、長時間電話をしてしまった。メンバーの時とは違う特別感がとても心地よかった。


 どうでもいい雑談で盛り上がったのだが、肝心のデート場所を決めるという行為をしていない。


 それがこの結果を招いていた。


「一応、電話終わってから考えてみたんだけど……寝れなかったから」


 翔兎しょうとの言葉で美月みづきはドキッとした。自分と同じだったから。


 そんな彼女の感情を読み取ることなどできなかった翔兎しょうとは、昨日考えたプランを話していく。


「浅草とかどう? 色々観光もできそうだし」


「浅草?」


「なんか不服そうだね」


「だって、クリスマスだよ! もっと豪華なところでもいいんじゃって思っただけだよ。例えばさ、東京から外れるけど、デズニーリゾートとかさ」


「そうは言ってもよ……クリスマスに意外と良いらしいんだよ」


 翔兎しょうとが距離を縮め、手を取ってくる。


 その姿がとても真剣そうに見えて、美月みづきは「わかったよ」と了承してしまっていた。


「ありがとう」


「そんな目で見られたら……」


 断れない。それほど、彼女は翔兎しょうとにゾッコンだった。


 話は纏まり、二人は渋谷駅の中に入っていく。その時に手を繋ぎながら、改札を通った。


 時間になり、電車がやってくる。中に入り、二人は隣同士に座る。そして、


「年が明けたらスタープロジェクトだね」


「そうだな」


「それが終わったら、私の青春は終わり。闘病生活かー。去年は想像しなかったなー」


 今の言葉で翔兎しょうとは心が苦しくなった。そんな彼を見て、美月は微笑みを向ける。


「そんな顔しないで。私は後悔なんてしてないから。みんなとバンドできて楽しかったし、良い思い出になった。私の人生の宝物だと思う」


美月みづき


 彼女の肩を掴んで真剣な眼差しで翔兎しょうとは見る。


「近いよ。それに電車の中、とても恥ずかしい」


 赤面しながら翔兎の方を見る。突然の翔兎しょうとの行為に、周りにいた乗客も美月みづきたちの方へと注目した。


「僕のハニーだぞ!」


神谷かみや、そんな対抗するなよ。アイツらはもう付き合ってるんだ。あれくらい普通だろ」


「そうだよ。そのままキスしちゃえ。翔兎くん」


咲良さくら、いつになくハイテンションだよねん」


「ハイテンションじゃん!」


 美月みづきのデートが気になったBIGBANGビッグバンのメンバーと咲良さくら明里あかりよう。いけないとわかっていても、二人を尾行してしまっていた。


「こんなことして良いんですか?」


「良いんだよ。楽しいでしょ?」


塚本つかもとってこんな一面あったんだな」


「ただ自分が彼氏できないからでしょ」


健斗けんと、くん、何か言った?」


 不気味な声を放ち、振り向く咲良さくら。その絵面が完全にホラー映画のようで健斗けんとは腰を抜かした。


「降りますよ」


 目的の浅草駅に到着。電車を降りる二人をさらに尾行する。結局、あのあと何も起きなかった。


「なんか視線感じない?」


「気のせいじゃないかな?」


 美月みづきが背中に気持ち悪さを感じたが、翔兎しょうとはそれを否定。


 彼の言葉を信じて目的の浅草寺せんそうじへと向かっていく。


 あの代表的な『雷門』が見えてくる。


 門の前に行き美月みづきはスマホを構えた。


「記念に一枚、撮ろうよ」


「良いけど……」


「じゃあいくよ!」


 美月みづきに流され、雷門を背景にして一枚。美月みづきはピースするが、翔兎しょうとはぶっきらぼうな顔で写っていた。


「もう一枚、翔兎しょうとも笑ってよ」


「わかったよ」


 仕方なくピースをし、二人の記念撮影は終わる。結構良い写真になったと思う。


 写真が終わると、門を潜る。


 翔兎しょうとが言ったように、意外と人がたくさんいた。しかもカップルで来ている人も思ったよりもいるようだ。


 またしても手を繋ぎ、出店を見ていく。色々と種類があり、目移りしそうだ。


「美味しいそうなものがたくさんあるね」


「何か食べるか」


「うん!」


 食べることが大好きな美月みづきは、何を食べようか悩む。だが、希望を聞いたらスイーツ系が良いらしく、やはり女子だなと思う。


 悩んだ結果、甘味処に入り、白玉ぜんざいを食べた。とても甘くて美味しかった。


 そのあとは浅草寺へと行き、お参り。


 BIGBANGビッグバンのメンバーがスタープロジェクトで優勝できるように願う。


「観光って楽しいね」


「あぁ……それより、俺やりたいことがあるんだ。それが目的で浅草にしたんだけど、付き合ってくれる?」


「いいよ。翔兎しょうとのしたいことならなんでも」


「ありがとう」


 美月みづきの優しさに甘えて目的を叶えさせてもらう。


 早速、翔兎しょうとは目的の場所へと向かった。


「これって……」


「あぁ、人力車だよ。浅草来たらこれ乗っておきたいだろ?」


「でも、結構値段するでしょ?」


「大丈夫。この日のために貯めておいたから」


 無理してカッコつけて、今までの貯金を崩したとは言えないが、十万円は予算がある。


 翔兎しょうとが「大丈夫」と言い、美月みづきはお言葉に甘えて体験させてもらう。


 二人で一緒に乗るのだが……


「お客さん、ラブラブだね」


 人力車を引くお兄さんが二人をからかってくる。その言葉に、ピュアすぎる二人は赤面。しばらくは目を合わせられなかった。


 人力車という初めての体験でワクワクを抱いていた。


 同じ景色でも違って見える。それどころか、車とも歩きとも違う。なんとも言えない感覚が爽快でもあった。


 人力車は歓楽街を回る。


 昭和の雰囲気を感じさせる建物。古風で、懐かしい気持ちにもなる。まるで、タイムスリップしたみたいな気分にもなれた。


 美月みづき翔兎しょうとの手に自分の手を重ねる。彼女の行為に翔兎しょうとは胸がドキドキし、さらに体が熱くなる。


「もうすぐ、終点です」


 お兄さんの言葉に、二人は夢の世界の終わりを実感する。


 最後に思い出として、人力車の上から写真を撮り、二人は降りてお兄さんにお礼を言う。


「次どうする?」


 その言葉を聞いた直後、美月みづきのお腹が豪華に鳴る。


 恥ずかしさで顔を逸らす美月みづきだったが、


「ご飯にするか。俺、良い店知ってるんだ」


「本当!」


「本当だよ」


 事前に調べた情報により、翔兎しょうとは浅草近くのイタリアンの店へとエスコートしていく。


 彼の優しさに美月みづきはただのメンバーだった時とは違う感情を抱く。なぜか一緒にいるだけで、胸の奥がはち切れそうなほど緊張する。


 メンバーだった時はこんな感情は抱かなかったのに……


 たくましい翔兎しょうとを見て、美月みづきはうっとりする。


 彼のエスコートで店にたどり着く。


 外装は古民家風。本当にイタリアンなのかと思ってしまうような場所だった。それだけでなく、内装も和を想像させる木造の床や壁が心を温めてくれるような感覚を与えてくれる。


 椅子に座り、心配そうに声をかける。


「高そうだけど、大丈夫なの?」


「大丈夫、大丈夫」


 軽いコースだったのでとんでもない金額にはならず、痛手にはならなかった。


 大衆店だからだろうか、予約していないが、運よくコース料理にはありつけた。二人でそれを食べる。


 初めてのイタリアンで美月みづきは驚きを見せる。


 まず、料理の盛り付け方が綺麗だ。見たことも、やろうとも思ったことのない盛り付け方。


 美を追求した結果だと感じられる。


 食べるのが勿体無いが、前菜を食べていく。カルパッチョのようなもので、口溶けが滑らかだ。


 あまりのおいしさに、美月みづきは小さい声を漏らしてしまった。


 次に野菜。ドレッシングの味も、家庭で食べるものとは一線を画していた。


 メインのパスタが届く。


 今回はトマトベースのソースらしい。


 好き嫌いのない美月みづきにとっては、どんな料理でも未知の体験へと変わる。


 先ほどのドレッシングが衝撃だったのだらか、このトマトソースも家庭で食べるものとはレベルが違うのだろう。


 楽しみにしながら口に運ぶ。


 下にパスタを乗せた瞬間、脳が刺激された。


 トマトの自然な甘味と塩味のバランスが絶妙で、美味しさのパンチを一気に打ち込まれるような感覚だ。ボクシングなら一発KO。そう表現しても差し支えないものだった。


 デザートが運ばれてくる。小さなものが小皿に一口サイズで乗っている。チーズケーキとアイスとシフォンケーキ。


 デザート好きの美月としては、色々な種類を食べられるのは大満足だった。


「美味しかった」


「そうか……一生懸命探した甲斐があったよ」


 美月みづきの心からの笑顔を見れて翔兎しょうとも満足だ。


 会計を済ませて店を出る。


「申し訳ないよ」


「良いんだよ。ここは俺に出させてくれ」


 美月みづきが財布を出すが、翔兎しょあとが全額払った。


 知らない世界への感動。美月みづきはお腹だけではなく、心も満腹だった。


 昼過ぎ。まだ時間がある二人。これから何をしようと考えていると……


「今日、原宿の通りでイルミネーションがあるらしいよ」


「マジ! 今から向かおうか」


 女性の言葉に翔兎は反応し、「イルミネーションか……」と呟く。


 クリスマスと言ったらイルミネーション。しかも、デートで見たら、さぞ綺麗なことだろう。


「私、イルミネーション見たい!」


 翔兎しょうとが提案する前に美月が口にする。その言葉を聞いて、「じゃあ、原宿行くか」と言い、二人は駅の方へと向かう。


 まだ時間はあるが、ついでに原宿巡りも視野に入れていた。


「っく……色々なところ行き過ぎなのよ」


 尾行していた咲良さくらたちはため息をついていたが……「尾行するお前が悪いんじゃ……」と、春樹はるきに突っ込まれてしまった。




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