「
息を切らしながら、懸命に走っていく。
今日はクリスマスイブ。しかも土日とかぶっており、いつも以上に駅は人でごった返していた。
そんな大変な日に彼女もデートの予定が入っていた。だが、予定の時刻より三十分も遅刻。
初デートで浮かれすぎて、昨日眠れなかったのが原因だとは絶対に知られたくないが。
中央入り口に出る美月。辺りを見渡していくのだが……目的の人物はいなかった。
心配になり、電話をかけていくが……肝心の彼は「悪い、寝坊した」とだけ返事が来るだけ。
「昨日、連絡したのに……遅刻なんて信じられない」
「悪い、もう着くと思うから」
「待ってるよ」
自分も遅刻しているので、きつい言葉は言えなかった。しかし、少し焦って無駄な体力を使って損した気分だ。
「おめかしした姿、見てほしいな」
気合を入れておしゃれをした。
髪の毛一本、一本に気を使い、服もあまり着ないワンピースをチョイス。しかも、美月にしては珍しい深い赤色。靴もヒールを履いて、背を高く見せる。
その姿はとても端麗で、目の前にモデルが立っているのか錯覚するほどだ。
それだけ、彼に目を引いてほしかった。
数分して、
「悪い、遅れて」
「ぷー、もっと早く来てほしかった」
「本当に悪い。寝坊して……」
「なら仕方ないけど……」
ツンツンしながら、内面では許していく。彼の姿がとてもかっこよかったから。
紺色のコート。中に色っぽく白色のセーターを着こなし、爽やかな雰囲気を醸し出している。
ハートのピアスやネックレスも彼の魅力を押し出している。
「どこ行く?」
「決めてないの!」
「昨日あんだけ話したのに、バカ話で終わったのが悪い」
「そうだけど……けど、翔兎も楽しそうにしてたじゃない!」
「なんだよ、その言い草」
「本当のことじゃない」
昨日の電話を思い出す。
二人とも初めての恋人で浮かれており、長時間電話をしてしまった。メンバーの時とは違う特別感がとても心地よかった。
どうでもいい雑談で盛り上がったのだが、肝心のデート場所を決めるという行為をしていない。
それがこの結果を招いていた。
「一応、電話終わってから考えてみたんだけど……寝れなかったから」
そんな彼女の感情を読み取ることなどできなかった
「浅草とかどう? 色々観光もできそうだし」
「浅草?」
「なんか不服そうだね」
「だって、クリスマスだよ! もっと豪華なところでもいいんじゃって思っただけだよ。例えばさ、東京から外れるけど、デズニーリゾートとかさ」
「そうは言ってもよ……クリスマスに意外と良いらしいんだよ」
その姿がとても真剣そうに見えて、
「ありがとう」
「そんな目で見られたら……」
断れない。それほど、彼女は
話は纏まり、二人は渋谷駅の中に入っていく。その時に手を繋ぎながら、改札を通った。
時間になり、電車がやってくる。中に入り、二人は隣同士に座る。そして、
「年が明けたらスタープロジェクトだね」
「そうだな」
「それが終わったら、私の青春は終わり。闘病生活かー。去年は想像しなかったなー」
今の言葉で
「そんな顔しないで。私は後悔なんてしてないから。みんなとバンドできて楽しかったし、良い思い出になった。私の人生の宝物だと思う」
「
彼女の肩を掴んで真剣な眼差しで
「近いよ。それに電車の中、とても恥ずかしい」
赤面しながら翔兎の方を見る。突然の
「僕のハニーだぞ!」
「
「そうだよ。そのままキスしちゃえ。翔兎くん」
「
「ハイテンションじゃん!」
「こんなことして良いんですか?」
「良いんだよ。楽しいでしょ?」
「
「ただ自分が彼氏できないからでしょ」
「
不気味な声を放ち、振り向く
「降りますよ」
目的の浅草駅に到着。電車を降りる二人をさらに尾行する。結局、あのあと何も起きなかった。
「なんか視線感じない?」
「気のせいじゃないかな?」
彼の言葉を信じて目的の
あの代表的な『雷門』が見えてくる。
門の前に行き
「記念に一枚、撮ろうよ」
「良いけど……」
「じゃあいくよ!」
「もう一枚、
「わかったよ」
仕方なくピースをし、二人の記念撮影は終わる。結構良い写真になったと思う。
写真が終わると、門を潜る。
またしても手を繋ぎ、出店を見ていく。色々と種類があり、目移りしそうだ。
「美味しいそうなものがたくさんあるね」
「何か食べるか」
「うん!」
食べることが大好きな
悩んだ結果、甘味処に入り、白玉ぜんざいを食べた。とても甘くて美味しかった。
そのあとは浅草寺へと行き、お参り。
「観光って楽しいね」
「あぁ……それより、俺やりたいことがあるんだ。それが目的で浅草にしたんだけど、付き合ってくれる?」
「いいよ。
「ありがとう」
早速、
「これって……」
「あぁ、人力車だよ。浅草来たらこれ乗っておきたいだろ?」
「でも、結構値段するでしょ?」
「大丈夫。この日のために貯めておいたから」
無理してカッコつけて、今までの貯金を崩したとは言えないが、十万円は予算がある。
二人で一緒に乗るのだが……
「お客さん、ラブラブだね」
人力車を引くお兄さんが二人をからかってくる。その言葉に、ピュアすぎる二人は赤面。しばらくは目を合わせられなかった。
人力車という初めての体験でワクワクを抱いていた。
同じ景色でも違って見える。それどころか、車とも歩きとも違う。なんとも言えない感覚が爽快でもあった。
人力車は歓楽街を回る。
昭和の雰囲気を感じさせる建物。古風で、懐かしい気持ちにもなる。まるで、タイムスリップしたみたいな気分にもなれた。
「もうすぐ、終点です」
お兄さんの言葉に、二人は夢の世界の終わりを実感する。
最後に思い出として、人力車の上から写真を撮り、二人は降りてお兄さんにお礼を言う。
「次どうする?」
その言葉を聞いた直後、
恥ずかしさで顔を逸らす
「ご飯にするか。俺、良い店知ってるんだ」
「本当!」
「本当だよ」
事前に調べた情報により、
彼の優しさに
メンバーだった時はこんな感情は抱かなかったのに……
彼のエスコートで店にたどり着く。
外装は古民家風。本当にイタリアンなのかと思ってしまうような場所だった。それだけでなく、内装も和を想像させる木造の床や壁が心を温めてくれるような感覚を与えてくれる。
椅子に座り、心配そうに声をかける。
「高そうだけど、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫」
軽いコースだったのでとんでもない金額にはならず、痛手にはならなかった。
大衆店だからだろうか、予約していないが、運よくコース料理にはありつけた。二人でそれを食べる。
初めてのイタリアンで
まず、料理の盛り付け方が綺麗だ。見たことも、やろうとも思ったことのない盛り付け方。
美を追求した結果だと感じられる。
食べるのが勿体無いが、前菜を食べていく。カルパッチョのようなもので、口溶けが滑らかだ。
あまりのおいしさに、
次に野菜。ドレッシングの味も、家庭で食べるものとは一線を画していた。
メインのパスタが届く。
今回はトマトベースのソースらしい。
好き嫌いのない
先ほどのドレッシングが衝撃だったのだらか、このトマトソースも家庭で食べるものとはレベルが違うのだろう。
楽しみにしながら口に運ぶ。
下にパスタを乗せた瞬間、脳が刺激された。
トマトの自然な甘味と塩味のバランスが絶妙で、美味しさのパンチを一気に打ち込まれるような感覚だ。ボクシングなら一発KO。そう表現しても差し支えないものだった。
デザートが運ばれてくる。小さなものが小皿に一口サイズで乗っている。チーズケーキとアイスとシフォンケーキ。
デザート好きの美月としては、色々な種類を食べられるのは大満足だった。
「美味しかった」
「そうか……一生懸命探した甲斐があったよ」
会計を済ませて店を出る。
「申し訳ないよ」
「良いんだよ。ここは俺に出させてくれ」
知らない世界への感動。
昼過ぎ。まだ時間がある二人。これから何をしようと考えていると……
「今日、原宿の通りでイルミネーションがあるらしいよ」
「マジ! 今から向かおうか」
女性の言葉に翔兎は反応し、「イルミネーションか……」と呟く。
クリスマスと言ったらイルミネーション。しかも、デートで見たら、さぞ綺麗なことだろう。
「私、イルミネーション見たい!」
まだ時間はあるが、ついでに原宿巡りも視野に入れていた。
「っく……色々なところ行き過ぎなのよ」
尾行していた