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第51話 BIGBANG

 新たなメンバー榊柚葉さかきゆずはを加え、一同は有名ハンバーガーチェーン店へとやってきていた。


 目的は腹ごしらえと、OCEANオーシャンからの提供曲の歌詞の相談。だが……


美月みづきさん、それ本当にひとりで食べるんですか?」


「えっ、これが普通じゃないの!」


 柚葉ゆずはの言葉に美月はビックリする。が、他のメンバーが驚いてもおかしくない量だ。


 チーズバーガーセットに追加でテリヤキバーガー、ノーマルバーガー二つ。さらには野菜にシェイクにアップルパイが二つ。


 年頃といえど、運動部の男子級の大食いを見せられ、メンバーは驚きに包まれる。


宇崎うざきって見かけによらず結構食べるんだな」


「まぁ、よく食べるのは健康的な証拠だから」


 本当に余命宣告されているのか疑いたくなるほどの食べっぷりで、嬉しいような、そうでないような……


 他のメンバーも頼み終えたメニューを持ち、席へとついていく。


 因みに、翔兎しょうとがビッグバーガーとナゲット、健斗けんとがエビバーガー春樹はるきが肉厚バーガー、柚葉ゆずはがダブルチーズバーガーを頼んだ。(みんなセット)


 頼んだメニューを容易くたいらげていく美月みづき。そんな時、「こんな歌詞とかどう思う?」と急にスマホを見せてくる。


 急な美月みづきの豹変についていくのが難しいメンバーだが、慣れている一同はすぐに対応できる。


 メモに書かれてあった歌詞。その一部の『』に翔兎しょうとは目を奪われた。


「この『君の気持ちがわからない。でも、苦しんでいる感情だけはわかる』って歌詞、俺は共感できるな」


 翔兎しょうとにも苦しい期間があった。


 中学の頃は前科持ちの父親のせいでいじめにあった。そのすぐ後に父親は再逮捕されたため、田舎の祖父母のところに引き取られたが……やはり、そこでは馴染めず、少しグレる。


 街まで降りて一週間帰らない日もあった。


 高校生になり、地元に帰ってきた。そこで美月みづきと出会い、気持ちは少しずつ晴れていった。


 あの時の彼女の手に救われた。かけてくれた言葉も。そう、あの時の彼女の言葉を翔兎しょうとは忘れていないから。


「確か、兄貴はすれ違いをテーマにしてたっていってたよな」


「なら、歌詞は今日考えた方がいいよね。ほら、僕たちついさっきまですれ違いしてたし」


「自虐ネタにしてはキツすぎるぞ」


 健斗けんとの言葉に春樹はるきが反応するが、美月みづきは「いいかもね」と言ってくれる。


 彼女は少しだけ甘いのかもしれないと春樹はるきは思う。


「大体はこの歌詞をベースにするのがいいのではないでしょうか?」


「確かに、宇崎うざきにしては結構心に響く」


「何それ! 貶してるでしょ!」


 いつも以上にツッコミにキレがあり、からかっている春樹はるきとしても楽しかった。


美月みづきさんはどういったことを歌っていきたいのですか?」


「そうだね……というよりさ、そろそろ美月みづきさんってやめない? メンバーになったわけだし、親しみを込めてフランクに呼んでほしい」


「そ、そんな! おそれ多いですよ」


「でも、さかきはもう隣に並んでるんだ。対等に接してもいいんじゃないか?」


「でも……」


 柚葉ゆずはとしては美月みづきに尊敬の念を抱いている。いくら隣に並んだとしても、その気持ちだけは踏み躙りたくなかった。


「慣れないなら今のままでもいいよ。でも、私はフランクに接してほしい」


 美月みづきが恋人に向けるかのような懸命な眼差しを向ける。そのひとみ柚葉ゆずはは心を折られた。


「なら……美月みづきちゃんで……」


「うん、それがいいかも!」


 恥ずかしそうに顔を隠している柚葉ゆずは美月みづき笑顔を見せる。


 少し話が脱線してしまったが、柚葉ゆずはの質問に話題を戻していく。


OCEANオーシャンの気持ちも乗せたいなって思って……あの人たちは世間で凄いって言われているけど……やっぱり、悔しさを味わったり、挫折したりしたりしてると思う。スタープロジェクトもその一つだと思って」


 今や伝説と呼ばれているOCEANオーシャン。ストリーミング再生は経ったの十週で十億越え。結成から一年三ヶ月で武道館ライブ。その後は毎年冬に武道館ライブを実施している。


 そんな彼らにも涙を飲んだ時期が存在した。報われない日が存在した。あの日、流した涙の意味を自分たちが汲んであげたかった。


 それが憧れの人にできる最大の恩返しだ。


「兄貴はメジャーデビューの話が来た時、断ろうとしたんだ。デビューしちまったら、スタープロジェクトに挑戦できなくなっちまうからな。でも……俺のせいで……」


 神門じんもん家の圧力。それにOCEANオーシャンのメンバーも渋々了承したてくれたが、一番悔しかったのは夏弥自身だろう。


「そうなんだ」


「だから、兄貴たちの想いまで乗せてくれてありがとう。宇崎うざきには頭が上がらねぇ」


「そんなことないよ。私はみんなに感謝してる」


「そういうところもハニーの魅力だよ」


「ありがとう」


 煌びやかな笑顔を向ける。その後は、ハンバーガーを口に運びながら、歌詞の話を続けていく。そんな時、翔兎しょうとが、


「そういえばよ、演奏場所どうするんだ?」


「いつも通り『HOPEホープ』じゃダメなのか?」


「それじゃ変わり映えしないじゃないですか。最後ですよ! 一次予選突破が決まる大事な場面です。場所にはこだわった方がいいです!」


「そう言われても……」


 バンドを組んでから『HOPEホープ』以外の場所にはあまり出かけていない。それぞれが違う学校に通っているため、学校の講堂という選択ができない。


 思案していく五人だったが、なかなかいい場所が見つからない。そんな時、「じゃあさ、私の家にしない?」と美月みづきが提案する。


「でも、楽器全部は入らないだろ?」


「そうだ。それが課題だから親父にスタジオ使わせてもらえないか頼んだんだろ」


「でも、ベッドとかテレビ外に出せばギリギリ入るかもしれないじゃない」


「ギリギリなんですね……」


 あまりに無計画すぎる美月みづきに呆れるメンバー。だが、翔兎しょうとが口を挟む。


「入るっていうなら、俺もそこがいい。あそこはBIGBANGビッグバン始まりの地だから」


 美月みづき翔兎しょうとが二人で活動していた頃。練習場所はあの場所だった。


 たったの三ヶ月ほどだったが、あの場所にはたくさんの思い出が詰まっている。


「わかったよ。試してみよう」


「そうですね」


「わかったよハニー」


 満場一致で美月みづきの家に決まり、場所の問題はなくなった。


 最後は歌詞。できれば今日中に完成させて明日からは練習に入りたい。


 五人は自身が持っている知恵と経験を振り絞り、的確なワードを出していく。もう少しで完成……そんな時、


「あのー、申し訳ないんですが閉店時間になりました」


 女性の店員が美月みづきたちのテーブルに来る。彼女の言葉を聞いて、美月みづきたちは辺りを見渡すが、既に誰もいなかった。


「ごめんなさい!」


 全員で謝罪して急いで店を出る。


 外はまだ雪がチラチラと舞っていて部屋の中との温度差に体がびっくりする。


「寒いね」


「そうだな……」


「それより、歌詞どうしようか」


 後ちょっとだった歌詞のことを春樹はるきが心配する。


「後は私がやっておくよ」


「でも……」


「いいから、いいから。私が作りたいの。皆の納得のいくものにするから……信じてほしい」


 真剣な眼差しで四人の目を穿うがつ。その姿を見たら、四人は断ることなどできなかった。


「わかりました。信じてます……美月みづきちゃん」


「うん」


 そう言って五人はそれぞれの帰路に着いた。


 次の日からの練習に気合を入れて。


 *****


「あと五分だよ!」


 ライブ配信時間が一刻と迫ってきていて、美月みづきは焦っていた。


 あの歌詞作りの日から九日。


 最大限の練習をし、完璧に仕上げた彼女たちは一次予選最終日を迎えていた。


 だが、肝心なボーカルの翔兎しょうと美月みづきの部屋にいなかった。


「何やってるんだよ、あのバカ!」


 春樹はるきが苛立ちを見せる。


「イライラしても仕方ないですよ。信じましょうよ」


「そう言ってもな」


 そんな時、インターホンが鳴る。


翔兎しょうとくん!」


 部屋を飛び出し、階下へと降り、玄関を開ける。


「悪い、遅れた」


 肩で息をしながら美月みづきに謝る男。その男を見て、美月みづきは呆然とした。


翔兎しょうとくんで、合ってるよ、ね?」


「あぁ、どうした?」


 目の前の男性に美月みづきは不思議そうな顔を浮かべる。だが、仕方のないことだった。


 なぜなら、目の前の男は金髪ではなく、黒髪。しかも長髪だった髪の毛もショートヘアーになっていて、雰囲気が一気に変わっていたから。


 本人確認ができた。時間がないので急いで彼女の部屋へと向かっていく。


 他のメンバーにも本物か疑われたが、BIGBANGビッグバンのメンバーしか知らないことを話し、信じてもらった。


 残り三分。


 BIGBANGビッグバンは演奏体制に入った。


 翔兎しょうと美月みづきにとってはこの光景は懐かしかった。少しだけ感傷に浸りそうになる。


「終わってからだぞ」


「わかってるよ」


 春樹はるき美月みづきを抑制し、ライブ配信のための心を整えていく。


 ファンがたくさんいた。彼、彼女たちに恥じない演奏をしていこう。そう思っていると……


『頑張ってください』


 『四年前の冬の日の涙』というアカウントからメッセージが届いた。


 それを見て、春樹はるきは笑みを浮かべる。今の笑みで美月みづきたちは全てを察する。


「いくぜ!」


 翔兎しょうとがこの場を仕切り、一曲目の演奏が始まった。


 ランキング百五位。この九日間で下がってしまい、一予選突破はギリギリになってしまった。


 だが、彼らは絶対に上手くいくと信じていた。なぜなら、あの時芽生えた絆は、どのバンドよりも固いものだと確信しているから。


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